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当主としての選択

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 その後は王女殿下から、精霊使いの認定を受ける事のメリットとデメリットの説明を受け、旦那様が精霊使いになるにはどういった方法があるのかを教えてもらった。

 正式な手順を踏むとかなりの時間と手間がかかる上、『アウストブルクの契約精霊と他国の貴族が契約するのか?』という前例のない問題が出て来るらしい。
 契約精霊が国の宝だと考えられているなら、当然起こり得る問題だ。
 
 そうなると、手っ取り早いのは私と同じ特殊パターンで精霊と直接契約を結ぶ方法だろう。

 とりあえず一通りの説明を受けた私達は、後は人間二人と精霊三人でじっくり話し合おうという事になった。
 私が精霊使いの認定を受けるかどうかは、フォスとクンツとカイヤの三人にも深く関わっていくからだ。


 その後はアウストブルク行きの打ち合わせをしながら晩餐を楽しんだ。
 今回は非常に残念ながら、お義兄様は一緒じゃない。お義兄様は、カーミラ王女殿下との婚約が正式に結ばれる際にアウストブルクへ渡っていたので、そう再々国を空ける訳にはいかないらしい。
 公爵位を受け継いだばかりのお義兄様はする事が山積みなのだ。結婚の準備もあるしね。





「えっ! 旦那様が一緒に行けない!?」

 お義兄様とカーミラ王女殿下との晩餐会から数日後、予定の日程から大幅に遅れてマーカスが王都にやって来た。

 領地で何か問題があった訳ではない。
 領地から王都への道中で、他領の貴族からことごとく足止めをくらったのだ。

 実はこれは想定内で、少しでもそうならない様に夜会の時期を狙ってマーカスを移動させたのだが、読まれていたのかもしれない。
 最近のハミルトン伯爵領の注目度はとても高く、どうにかして取引量を増やしたいと交渉してくる貴族家が増えているのだ。

 ハミルトン伯爵家の家令が自分達の領地を通るなんて、相手方の貴族からしたら絶好のチャンスだろう。ハミルトン伯爵領と王都の間に領地を持つ貴族家の方々には、中々にやり手が多い様だ。
 
 
 日中別件で邸を空けていた私は、夜夫婦の寝室で旦那様からマーカスの報告を聞いていたのだが……
 
「ああ、どうも公爵領との街道整備の話が漏れてしまったみたいでな」

 ついにバレたか! しかもこのタイミングで!

 公爵領と伯爵領を繋ぐ街道の整備。

 これは、私への虐待でフェアファンビル公爵家が莫大な慰謝料を支払う事になった時、何とかお義兄様の負担を減らせないかと考えた結果、思い付いた案だった。
 本当は慰謝料を辞退したかったのだが、この場合『慰謝料を受け取らない=和解する気はない』という風に世間には見られてしまうらしい。
 それならばその慰謝料を公爵領の発展の為に使えないかと考えたのだ。

 街道を整備すれば、物流もしやすくなるし治安も良くなる。伯爵領と公爵領の双方にとって有益だ。

 ただ、街道の整備というのは非常に大掛かりな工事でそう簡単に出来る物ではない。
 この話を知れば、伯爵領と王都の間にある領地の貴族は、伯爵領から王都への街道こそ整備すべきだと主張してくるだろう。

「案の定、街道の整備をするのならば、王都への街道を整備した方が良いのではないかと提案されたらしいのだが……」

 旦那様はマーカスが持って来たらしき資料をガサガサと机の上に並べる。

 ……なるほど。これは……悪くない。

「見ての通り、ただ『あっちよりこっちを整備してくれ』、と要望している訳ではないようなのだ。費用はそれぞれの領地で半額負担する上に、領地間での意思は統一済み。工事の際の支援は惜しまないと言っている」

「マーカスは何と?」

「条件としては悪くないと。王都への街道も、ゆくゆくは整備していきたいとは思っていたのだが、他領を通る道を整備するのは中々に交渉が難しいのだ。向こうからこれだけの条件を提示してくれているのは好機ではあるらしい」

 やっぱりそうだよね……。

 で、領地間の街道整備の話ともなれば、流石に各家の当主、もしくはその代理を任される立場の者が話し合いの場に赴く必要があるだろう。

「以前の私なら、マーカスに当主代理として全てを任せていたと思う。だが……これからは、それではいけないと思うのだ」

 旦那様自身も相当悩んだのだろうな、というのが伝わって来る。

「話し合いに私が参加するとなるとアウストブルクへの出立には間に合わないが、出来る限り急いで、すぐに追いかけるつもりだ。今から早急に話し合いの場を設ければ三日遅れぐらいで追いつけると思う」

 それならば、正直私も出立を遅らせて旦那様と一緒に行きたい。
 でも、王女殿下が私の為に整えて下さっているであろうスケジュールを乱す訳にはいかない。

「本音を言えば、アナと別行動はしたくない。だが、私に付き合わせるよりも、王女殿下と行動を共にした方がどう考えてもアナの安全性は高い」

 
 たかが三日。されど三日。
 

 いつの間にか、旦那様と離れ離れになるのをこんなに心細く感じる様になっていたのかと自分に驚く。

 でも、最近の旦那様が当主としての務めを果たそうと必死に努力しているのを知っているから、応援もしたい。


「では、むしろ旦那様の方が心配なので、精霊トリオの誰かに旦那様に付いていって貰っていいですか?」

 私がそう言うと、旦那様は少し笑ってこう答えた。

「いや、流石に心配しすぎだろう。いくら王女殿下が一緒とはいえ、他国へ渡るアナの方が心配だからな。アナの守りは減らしたくない」


 旦那様がそこはガンとして譲らないので、結局精霊トリオも私と一緒に行く事にはなったのだが———

 

 私は、後にこの時の選択を激しく悔やむ事になるのだ。

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