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本編 第5章
第5話
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彼女のその叫びに、私の肩がびくんと跳ねた。
……確かに彼女には恩がある。それは、認める。
(けど、裏切られたのは私のほうだわ……)
彼女を信頼していた。その気持ちは、私の中に未だあるのに。
私はただただ邪魔だと思われていて、ずっと陥れる機会を狙われていたのだ。
実の両親に愛されてこなかった。だから、彼女を実の母親のように慕っていた……はず、なのに。
(なんだろう。……もう、なにも気持ちがわかない)
目の前にいる女性は、一体だれなのだろうか?
私が慕っていた王妃殿下では、ない。むしろ、他人の空似だって言われたほうがずっとしっくりと来る。
……そう、合ってほしいと思ってしまった。
「あなたはそこまでして王太子妃の座が、次期王妃の立場が欲しいのね! ラインヴァルト、目を覚ましなさい。その女は、とんでもない悪魔だわ!」
王妃殿下がラインヴァルトさまに手を伸ばす。……彼は、その手を迷いなくはたき落とされていた。
「悪魔はあなただ。……あなたは、どれだけ他者を愚弄すれば気が済むんだ」
「……ラインヴァルト?」
「言っておくが、あなたが愚弄し、めちゃくちゃにしたのはテレジアだけじゃない。そこにいるゲオルグのことも、コルネリア嬢のことも。馬鹿にし、愚弄してきたんだぞ」
地を這うような低い声。……王妃殿下を見つめるラインヴァルトさまの目は、冷たい。いや、冷たいなんてものじゃない。
ただただ、恐ろしい目だった。
「なんなら、あなたはこの国の民たちみなを騙してきたことにもなる」
「……な、にを」
「以前、国の金を着服して投獄された大臣がいたな。……あとから調べた。あれは、あなたの身代わりだろう?」
……国のお金を着服して投獄された大臣。そういう人がいたことくらいは、私でも知っている。
だって、大々的にスキャンダルになっていたもの。
「なんでも、彼は重篤な病を患った子供がいたそうだな。……子供の治療費を出す代わりに、身代わりとして罰を受けろ。そうとでも命じたか?」
「……ち、がう」
「そして、その大臣は牢で毒殺された。……口封じだな」
どんどん空気が冷え切っていくような感覚だった。侍女や女官たちは、王妃殿下に縋るような目を向けている。
……その目に込められているのは、『嘘だと否定してほしい』そういう感情だと、思う。
「多分ほかにもたくさんの罪があるだろう。……全部調べ上げ、陛下に報告する。あぁ、証拠はある程度は揃えてある。言い逃れは、出来ないからな」
そのお言葉が、トドメになってしまったのだろうか。王妃殿下は、その場に崩れ落ちていた。
床をバンバンとたたく姿は、癇癪を起こす子供にしか見えない。
「……親不孝だわ」
小さく彼女がそう呟いた。
「ラインヴァルトなんて、産まなきゃよかった。……次期王太子に選ばれるために、高水準の教育なんて施さなきゃよかった」
「……そうか」
「全部、全部あんたが悪いのよ! あんたが、わたくしを不幸にしたんだわ!」
ラインヴァルトさまに、その言葉は届いていないのだろう。……彼は何処までも冷たい目で王妃殿下を見下ろす。
……でも、私はそう割り切れなかった。
「テレジア?」
私が一歩足を踏み出した。気が付いたら、無意識のうちに言葉を紡いでいた。
「……してください」
小さな小さな声。……王妃殿下が、お顔を上げる。その目を見て、今度は力いっぱい言葉を叫ぶ。
「撤回してください! ラインヴァルトさまは、悪くない……!」
ラインヴァルトさまが驚いたような視線を向けてこられている。わかる。気が付いている。
ただ、言葉が止まらなかった。
「ラインヴァルトさまは、とても素晴らしいお人です。次期国王として、立派なお人です。……母親だからって、言っていいことと悪いことがあるんです……!」
私の母は、私を愛してくれなかった。だから、今の言葉のひどさはとてもよく分かっているつもりだ。
「ラインヴァルトさまの存在を、否定しないでください……!」
それが、私の精一杯の言葉。彼女が垂れてきた前髪の奥から、私を見つめている。
ぽかんと、している。
「……私は、あなたさまに優しくしていただいて、嬉しかった。……本当の母親みたいだって、思っていた。たとえ、陥れるまでだったとしても、優しくしてくださって、感謝しています」
「……て、れ――」
「……だから、その点についてはありがとうございました」
かといって、許せるか許せないか。それは別問題。
そういう意味を込めて私は扉のほうに身体を向けて、彼女に背を向けた。
そして――また、足を踏み出した。
……確かに彼女には恩がある。それは、認める。
(けど、裏切られたのは私のほうだわ……)
彼女を信頼していた。その気持ちは、私の中に未だあるのに。
私はただただ邪魔だと思われていて、ずっと陥れる機会を狙われていたのだ。
実の両親に愛されてこなかった。だから、彼女を実の母親のように慕っていた……はず、なのに。
(なんだろう。……もう、なにも気持ちがわかない)
目の前にいる女性は、一体だれなのだろうか?
私が慕っていた王妃殿下では、ない。むしろ、他人の空似だって言われたほうがずっとしっくりと来る。
……そう、合ってほしいと思ってしまった。
「あなたはそこまでして王太子妃の座が、次期王妃の立場が欲しいのね! ラインヴァルト、目を覚ましなさい。その女は、とんでもない悪魔だわ!」
王妃殿下がラインヴァルトさまに手を伸ばす。……彼は、その手を迷いなくはたき落とされていた。
「悪魔はあなただ。……あなたは、どれだけ他者を愚弄すれば気が済むんだ」
「……ラインヴァルト?」
「言っておくが、あなたが愚弄し、めちゃくちゃにしたのはテレジアだけじゃない。そこにいるゲオルグのことも、コルネリア嬢のことも。馬鹿にし、愚弄してきたんだぞ」
地を這うような低い声。……王妃殿下を見つめるラインヴァルトさまの目は、冷たい。いや、冷たいなんてものじゃない。
ただただ、恐ろしい目だった。
「なんなら、あなたはこの国の民たちみなを騙してきたことにもなる」
「……な、にを」
「以前、国の金を着服して投獄された大臣がいたな。……あとから調べた。あれは、あなたの身代わりだろう?」
……国のお金を着服して投獄された大臣。そういう人がいたことくらいは、私でも知っている。
だって、大々的にスキャンダルになっていたもの。
「なんでも、彼は重篤な病を患った子供がいたそうだな。……子供の治療費を出す代わりに、身代わりとして罰を受けろ。そうとでも命じたか?」
「……ち、がう」
「そして、その大臣は牢で毒殺された。……口封じだな」
どんどん空気が冷え切っていくような感覚だった。侍女や女官たちは、王妃殿下に縋るような目を向けている。
……その目に込められているのは、『嘘だと否定してほしい』そういう感情だと、思う。
「多分ほかにもたくさんの罪があるだろう。……全部調べ上げ、陛下に報告する。あぁ、証拠はある程度は揃えてある。言い逃れは、出来ないからな」
そのお言葉が、トドメになってしまったのだろうか。王妃殿下は、その場に崩れ落ちていた。
床をバンバンとたたく姿は、癇癪を起こす子供にしか見えない。
「……親不孝だわ」
小さく彼女がそう呟いた。
「ラインヴァルトなんて、産まなきゃよかった。……次期王太子に選ばれるために、高水準の教育なんて施さなきゃよかった」
「……そうか」
「全部、全部あんたが悪いのよ! あんたが、わたくしを不幸にしたんだわ!」
ラインヴァルトさまに、その言葉は届いていないのだろう。……彼は何処までも冷たい目で王妃殿下を見下ろす。
……でも、私はそう割り切れなかった。
「テレジア?」
私が一歩足を踏み出した。気が付いたら、無意識のうちに言葉を紡いでいた。
「……してください」
小さな小さな声。……王妃殿下が、お顔を上げる。その目を見て、今度は力いっぱい言葉を叫ぶ。
「撤回してください! ラインヴァルトさまは、悪くない……!」
ラインヴァルトさまが驚いたような視線を向けてこられている。わかる。気が付いている。
ただ、言葉が止まらなかった。
「ラインヴァルトさまは、とても素晴らしいお人です。次期国王として、立派なお人です。……母親だからって、言っていいことと悪いことがあるんです……!」
私の母は、私を愛してくれなかった。だから、今の言葉のひどさはとてもよく分かっているつもりだ。
「ラインヴァルトさまの存在を、否定しないでください……!」
それが、私の精一杯の言葉。彼女が垂れてきた前髪の奥から、私を見つめている。
ぽかんと、している。
「……私は、あなたさまに優しくしていただいて、嬉しかった。……本当の母親みたいだって、思っていた。たとえ、陥れるまでだったとしても、優しくしてくださって、感謝しています」
「……て、れ――」
「……だから、その点についてはありがとうございました」
かといって、許せるか許せないか。それは別問題。
そういう意味を込めて私は扉のほうに身体を向けて、彼女に背を向けた。
そして――また、足を踏み出した。
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