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本編 第3章

第3話

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「その、コルネリアさまを不快にしてしまったのは、間違いなく私なのです……」

 消え入りそうなほど小さな声で、必死にそう訴える。ラインヴァルトさまは、眉間にしわを寄せられる。

 でも、すぐに「どういうことだ?」とおっしゃる。どうやら、私の言葉を聞いてくださるらしい。……よかった。

「その、私が、突然現れたから……です」

 コルネリアさまのお気持ちは、私にも少しわかった。

 長年ずっと一緒にいた異性が、自分じゃない人に愛を囁いている。しかも、自分が妻になるはずだったのに……と思うと、苦しいに決まっている。

 彼女はきっと、ずっとラインヴァルトさまに気持ちを捧げていたのだろうから。

「……そうか」

 私のいろいろと端折った説明を聞いたラインヴァルトさまは、頷かれた。

 かと思えば、コルネリアさまのほうに向かい、彼女と見つめ合う。

「俺は、なにがあってもお前の気持ちは受け入れない。……そう、伝えていたな」
「……はい」

 俯いたコルネリアさまの表情は、私には見えない。ただ、身体が微かに震えているのだけは、わかった。

「そんな冷たい男よりも、他にいいやつを探そうという気は、なかったのか?」

 その場に跪いて、コルネリアさまのお顔を覗き込んだラインヴァルトさまが、そう問いかけられた。

 コルネリアさまがぎゅっと手を握ったのが、私にも見える。

「当たり前、ですわ。……だって、ラインヴァルト殿下よりも好きになれるお人が、いなかったのですもの」
「……そうか」

 そこで、会話は打ち切られた。ラインヴァルトさまが立ち上がって、私のほうに歩いてこられる。

 けど、途中で止まって、コルネリアさまのほうに視線を向けられた。

「だが、テレジアを傷つけたことは、許しがたい。傷害罪を咎めないのは、問題だからな」
「……はい」
「というわけで、三日間の自宅謹慎。あと、適当に奉仕活動でもしろ。……それで、いい」
「……え」
「勘違いするな。昔のよしみ。あとは、テレジアがあぁ言ったからだ」

 ラインヴァルトさまはそこまで言うと、私の真ん前に立たれた。その後、ふっと口元を緩められる。

「行くぞ、テレジア」

 彼はそうおっしゃると――足首を痛めた私のことを、横抱きにした。

(……え?)

 突然の行動に、頭がついていかない。目をぱちぱちと瞬かせていれば、ラインヴァルトさまは「落ちるぞ」と注意をしてこられる。い、いや、そういうことじゃなくて……!

「ほら、首に腕を回して」
「え、あ、はい……」

 彼のほうはずっと平常だから、私が間違えているのではないかと思ってしまう。

 その所為で、私は考えることを放棄して彼の首に腕を回す。……ほんの少し、身体が熱い。

「お前らは、さっさと持ち場に戻れ。あと、誰かコルネリア嬢を邸宅まで送ってやれ」
「はい!」

 ラインヴァルトさまの指示を聞いて、使用人たちがてきぱきと動き始める。

 一人の従者がコルネリアさまに声をかける。彼女は、ちらりと私に視線を向けた。

「……偽善者」

 ぽつりと呟かれた言葉。……が、その言葉に覇気はない。

「……ごめんなさい」

 それから、少し間をおいて零された謝罪の言葉。私は、頷く。

 彼女が私とラインヴァルトさまの側を通り抜けるとき。不意に、彼女が私になにかを呟いた。

「――王妃殿下には、気を付けて」

 まるで、忠告のようだった。いや、間違いなく忠告だったのだろう。

 ただ、このときの私はそれを深くは考えなかった。胸の奥底では、モヤモヤが募っていたのに。

 でも、私は――信じたかった、のだと思う。王妃殿下のことを。
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