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本編 第3章

第1話

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 ――ラインヴァルトさまを、信じる。彼の気持ちを、信じる。

 そう決めてから、少しの時間が経って。私の心には少しずつだけれど、余裕ができ始めていた。

 それはきっと、いいや、間違いなく。ラインヴァルトさまが、私に愛を与えてくださるからだろう。

 毎日のように「好き」って言ってくださって、笑顔を見せてくださる。私は、それだけでとても幸せだった。

 かといって、それだけで満足しているわけにはいかない。

 私は、周囲からラインヴァルトさまに相応しいと、認められなくちゃならない。

(……頑張らなくちゃ)

 自分自身にそう言い聞かせて、私は目の前に立つコルネリアさまを見据えた。

 彼女の目に、私が映っている。ただその場で立ち尽くし、コルネリアさまを見据える私の姿が。

「……あなた、まだここに居座っているのね」

 しばらくして、コルネリアさまは私にそう声をかけてこられた。

 その言葉に宿る感情は、なんなのだろうか。純粋な嫌悪感とか、憎悪とか。恋敵に向ける感情とは、少し違うような気もする。優越感に浸っているのとも、違うような気がする。

 焦りとか、焦燥感とか。そういう類の感情なのかもしれない。

「いい加減、ご実家に帰ったらいかが? どうせ、ラインヴァルト殿下の婚約者になるのはこの私なのだから」

 彼女が自身の胸に手を当てて、微笑みつつそう告げる。

 その姿を見ても、心はざわつかない。それもこれも、全てラインヴァルトさまのおかげだ。

「……なに、笑ってるのよ」

 そう思っていると、彼女が眉間にしわを寄せてそう問いかけてくる。……笑っているつもりは、なかった。

 彼女の言葉に驚いて、唇の端に指を押し当ててみる。……口角が、少しだけ上がっているような気も、する。

(けど、別に笑っているというレベルではないわ)

 でも、笑っている、笑っていないの判断は個人によるものだ。だから、コルネリアさまにそう見えてもおかしくはない。

「笑っているつもりは、ありません」

 けれど、否定しなくちゃ。だって、私は彼女を不快にしたいわけではないのだ。

 ……私はただ、彼女と向き合いたいのだ。それだけ。

「嘘言わないで! あなた、私のことを嘲笑っているんでしょ!?」
「……え」

 しかし、続けられた彼女の言葉に驚く。

 自然と目を瞬かせていれば、コルネリアさまは強く唇をかみしめる。

 ひどい悪意を宿した目で、私を見つめる。

「次期王太子妃として期待されてきたのに、あんたみたいなぽっと出の女に立場を、殿下の寵愛を奪われそうになっている」
「あ、あの」
「きっと、あなたからすれば私は嘲笑い見下す対象なのでしょうね!」

 なんだか、普段の彼女と少し違うような気がした。

 だって、普段の彼女は。感情的になることはあれど、ここまで悪意をぶつけてくることはなかった。

 ……今まで幾度となく喧嘩を売られたけれど、ここまで露骨な言葉は初めてだった。

「本当に嫌だわ。……私は周囲から笑い者にされているのよ?」
「そ、そんなことは」

 コルネリアさまは周囲から認められている。……笑い者は、私のほうだ。

「長年側にいながら、殿下に愛を与えられない、惨めな女。……それが、私よ」

 彼女が私のことを強く睨みつける。その目に宿った憎悪に、背筋がぶるりと震えた。

 自然と足を後ろに引いて、彼女から逃れようとする。……でも、それより早く。彼女が、私の身体を突き飛ばした。

「ひゃっ――!」

 不幸なことに、後ろは階段だった。

 宙を舞う身体。どんどん遠のいていく、コルネリアさまのお姿。

 彼女の目が、驚いたように揺れているのは、どうして?

(――コルネリアさま、本当はこんなこと、したくなかったのでは?)

 頭の中に宿ったその感情を、確かめるすべはない。

 私は、床に強く身体を背中を打ち付けた。
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