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本編 第2章

第19話

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 ぽかんとする私が面白かったのか、彼女は唇の端を上げた。

「あら、聞いていないの?」

 明らかに挑発されている。それはわかるけど、なんだか無性に胸の奥がもやもやとして。

 視線を彷徨わせて、唇を震わせることしか出来ない。

「まぁ、いいわ。どちらにせよ、ラインヴァルト殿下と結婚するのはこの私。……せいぜい、捨てられないように足掻くことね」

 ころころと笑う彼女は、可愛らしい。けど、何処となく怖くも見えてしまう。

(……きっと、なんらかの行き違いよ)

 だって、王妃殿下は私のことを応援してくださるって……。

 そう思った。でも、どうしてなのか。……王妃殿下のお言葉が、嘘くさく感じてしまう。そんなわけないのに。

(そうよ。だって、王妃殿下は国でも人気の高い素晴らしい女性だもの……)

 きっとこれは。この女性が私を動揺させるために言ったことなんだ。

 自分自身にそう言い聞かせて、私は顔を上げる。恐る恐る見つめれば、にっこりと笑った。

「あの……」
「なぁに?」

 ちょっとためらうように声をかければ、彼女は小首をかしげた。

 ……正直、沈黙が辛くて声をかけただけなので、なにを話そうか決めていない。

(ここは、私も応戦するべき……?)

 と、一瞬思ったけど。今の私にそんな余裕はない。そのため、当たり障りのない言葉を探す。

「えぇっと、あなたさまのお名前は、なんとおっしゃるのでしょうか……?」

 結局、そう言うことしか出来なくて。私が彼女を見つめれば、彼女はぽかんと口を開けていた。

「あ、あなた、この私を知らないの……?」
「も、申し訳ございません。私、人のお顔とお名前を一致させるのが苦手で……」

 頭を軽く下げてそう言えば、彼女は「はぁ」と大きくため息をつく。

「それだったら、余計に王太子妃なんて務まらないじゃない」
「……う」

 それは、間違いない。

 言葉に詰まった私を見てか、彼女は「コルネリア」という名前を口にする。

「私の名前。コルネリア・プライス。プライス侯爵家の娘よ」
「……コルネリア、さま」

 彼女のお名前を、かみしめるように何度か口にする。そうすれば、彼女――コルネリアさまはなんだかおかしそうな表情を浮かべられた。

 それを見て、私はきょとんとする。だからなのか。彼女はすぐに表情を引き締めていた。

「ま、まぁ、いいわね? ラインヴァルト殿下と婚姻するのは、この私。……この決定事項は、覆らないのよ」

 コルネリアさまはそれだけを言い残されると、颯爽と場を立ち去られる。かつかつとヒールを鳴らして歩く姿は、さすがは侯爵家のご令嬢と言うべきか。とても美しくて、見惚れてしまう。

(だけど……今は、そんなことよりも)

 そもそも、コルネリアさまのおっしゃることが正しいのならば。王妃殿下はいつそんなことをおっしゃったのだろうか。

 もしも、私が来るよりも前だったら……それはまぁ、おかしなことじゃないと思う。でも、私が来てからだったら?

(コルネリアさまのあの態度からして、後者みたいよね……)

 あの自信満々な態度を見ていると、そう思ってしまう。それに、彼女は明らかに私に喧嘩を売りに来ていたし。

 ということは、王妃殿下から私のことを聞いて、喧嘩を売りに来たのでは……?

(ううん、考えすぎよ。……ただの気のせい。勘違い。もしくは、行き違い)

 自分の頬を軽く叩いて、私は人気のある廊下のほうへと戻るために足を動かした。

(……でも、コルネリアさまのほうがラインヴァルトさまに相応しいのは……間違い、ない)

 彼女は侯爵家のご令嬢だし、私みたいにキズモノじゃないし。

 そう思ったら、なんだか無性に苦しくなる。私が、私じゃないみたいだった。

 こんな気持ち、ラインヴァルトさまに出逢うまで、抱いたことがなかったから。
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