25 / 48
本編 第2章
第18話
しおりを挟む
それは突然のことだった。
いつものようにいろいろと考えつつ王城の廊下を歩いていると、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。
だから、そちらに視線を向ける。そこには、ウェーブのかかった長い赤色の髪の毛を持つ女性が一人。
彼女は私の顔を見て、口元を歪める。
「ねぇ、あなたがテレジア・エーレルト?」
直球の問いかけに、返事を少し迷う。だって、明らかに好意的じゃない。
どうしようかと迷っていると、彼女が私にぐいっと顔を寄せてくる。その真っ赤な目が、私一人だけを映している。
「……は、はい」
困って、結局認めてしまう。
そもそも、ここで否定しても遅かれ早かれバレてしまう。ならば、自ら正直に肯定したほうがいい。その一心だった。
「ふぅん」
彼女は私のことを頭の先からつま先まで見つめてくる。吟味するような視線が居心地悪くて、自然と身を縮めた。
「ま、いいわ。じゃあ、ちょっとこっちに来て」
「えっ……」
いきなり手首を掴まれて、私は拒否する間もなく彼女に引っ張って行かれる。
華奢な彼女のどこに一体こんな力があるのか。それを謎に思うくらい、強い力だった。
(……どう、しよう)
このままついて行っていいはずがない。
それはわかるのに、なんだか拒めなくて。……私は、結局ずるずると彼女についていく。
そして、連れてこられたのは人気のない廊下の端。側にある階段が影になっているので、多分人はそう簡単には気が付かない場所。
「あ、あの……」
恐る恐る、彼女に声をかける。そうすれば、彼女は「知ってるかしら?」と言葉を発する。自身の唇に指を押し当てる仕草が、なんだかとても艶っぽくて似合っている。
「あなたみたいな女のことを、泥棒猫っていうらしいわよ」
けど、彼女の口から出たのは彼女には似つかないような言葉だった。
驚いて目を見開く。彼女は、くすくすと笑った。
「全く、ラインヴァルト殿下も変な女の手に落ちたのものね。無垢なふりをしているけれど、多分女狐だわ」
彼女の発する言葉の意味は、いまいちよくわからない。ただ唯一わかるのは。
――バカにされているということ。
合わせ、彼女の罵倒は私だけじゃなくて、ラインヴァルトさまにも及んでいるということ。
でも、抗議の言葉を口に出す勇気が出ない。そっと視線を下げていれば、彼女はまたくすくすと笑う。
「図星で言葉が出ないの?」
「そ、ういうわけでは……」
図星とか、図星じゃないとか。そういうわけじゃない。
ただ、勇気が出ないだけなのだ。
(それに、私はともかくラインヴァルトさまをバカにするのは許せないわ……)
ぎゅっと手のひらを握って、私は俯く。
そんな私を、面白くなさそうに見つめる彼女。かと思えば、大きくため息をついた。
「あのね、言っておくけれど、私は親切心で言っているのよ?」
……親切心で、こんな言葉が出てくるわけがない。
そう思うのに、やっぱり口から言葉が出ない。
「あなたには王太子妃は荷が重いのよ。……やっぱり、私が王太子妃になるべきなのよ」
「そんなの、決めつけないで、ください……」
ようやく出たのは、弱々しい抗議の声。ぎゅっと唇を結んでいれば、彼女が一瞬だけぽかんとしたのがわかった。
が、すぐに見る見るうちに顔を赤くする。
「言っておくけれど、これには私の気持ちなんて入っていないのよ? 周囲が私に王太子妃になれって言うから、言っているだけ。あなたに立場を弁えさせようとしているだけよ」
迷惑だった。それに、周囲を出すなんてズルい。
心の中だけでそう呟く私に、彼女は意外過ぎる言葉を吐き捨てた。
「私は、王妃殿下に選ばれたのよ! 王太子妃になるのは、あなただって!」
「……え」
頭の中が真っ白になる。……彼女が、王妃殿下に選ばれた? すぐに言葉が、理解できなかった。
いつものようにいろいろと考えつつ王城の廊下を歩いていると、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。
だから、そちらに視線を向ける。そこには、ウェーブのかかった長い赤色の髪の毛を持つ女性が一人。
彼女は私の顔を見て、口元を歪める。
「ねぇ、あなたがテレジア・エーレルト?」
直球の問いかけに、返事を少し迷う。だって、明らかに好意的じゃない。
どうしようかと迷っていると、彼女が私にぐいっと顔を寄せてくる。その真っ赤な目が、私一人だけを映している。
「……は、はい」
困って、結局認めてしまう。
そもそも、ここで否定しても遅かれ早かれバレてしまう。ならば、自ら正直に肯定したほうがいい。その一心だった。
「ふぅん」
彼女は私のことを頭の先からつま先まで見つめてくる。吟味するような視線が居心地悪くて、自然と身を縮めた。
「ま、いいわ。じゃあ、ちょっとこっちに来て」
「えっ……」
いきなり手首を掴まれて、私は拒否する間もなく彼女に引っ張って行かれる。
華奢な彼女のどこに一体こんな力があるのか。それを謎に思うくらい、強い力だった。
(……どう、しよう)
このままついて行っていいはずがない。
それはわかるのに、なんだか拒めなくて。……私は、結局ずるずると彼女についていく。
そして、連れてこられたのは人気のない廊下の端。側にある階段が影になっているので、多分人はそう簡単には気が付かない場所。
「あ、あの……」
恐る恐る、彼女に声をかける。そうすれば、彼女は「知ってるかしら?」と言葉を発する。自身の唇に指を押し当てる仕草が、なんだかとても艶っぽくて似合っている。
「あなたみたいな女のことを、泥棒猫っていうらしいわよ」
けど、彼女の口から出たのは彼女には似つかないような言葉だった。
驚いて目を見開く。彼女は、くすくすと笑った。
「全く、ラインヴァルト殿下も変な女の手に落ちたのものね。無垢なふりをしているけれど、多分女狐だわ」
彼女の発する言葉の意味は、いまいちよくわからない。ただ唯一わかるのは。
――バカにされているということ。
合わせ、彼女の罵倒は私だけじゃなくて、ラインヴァルトさまにも及んでいるということ。
でも、抗議の言葉を口に出す勇気が出ない。そっと視線を下げていれば、彼女はまたくすくすと笑う。
「図星で言葉が出ないの?」
「そ、ういうわけでは……」
図星とか、図星じゃないとか。そういうわけじゃない。
ただ、勇気が出ないだけなのだ。
(それに、私はともかくラインヴァルトさまをバカにするのは許せないわ……)
ぎゅっと手のひらを握って、私は俯く。
そんな私を、面白くなさそうに見つめる彼女。かと思えば、大きくため息をついた。
「あのね、言っておくけれど、私は親切心で言っているのよ?」
……親切心で、こんな言葉が出てくるわけがない。
そう思うのに、やっぱり口から言葉が出ない。
「あなたには王太子妃は荷が重いのよ。……やっぱり、私が王太子妃になるべきなのよ」
「そんなの、決めつけないで、ください……」
ようやく出たのは、弱々しい抗議の声。ぎゅっと唇を結んでいれば、彼女が一瞬だけぽかんとしたのがわかった。
が、すぐに見る見るうちに顔を赤くする。
「言っておくけれど、これには私の気持ちなんて入っていないのよ? 周囲が私に王太子妃になれって言うから、言っているだけ。あなたに立場を弁えさせようとしているだけよ」
迷惑だった。それに、周囲を出すなんてズルい。
心の中だけでそう呟く私に、彼女は意外過ぎる言葉を吐き捨てた。
「私は、王妃殿下に選ばれたのよ! 王太子妃になるのは、あなただって!」
「……え」
頭の中が真っ白になる。……彼女が、王妃殿下に選ばれた? すぐに言葉が、理解できなかった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
366
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる