25 / 58
本編 第2章
第18話
しおりを挟む
それは突然のことだった。
いつものようにいろいろと考えつつ王城の廊下を歩いていると、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。
だから、そちらに視線を向ける。そこには、ウェーブのかかった長い赤色の髪の毛を持つ女性が一人。
彼女は私の顔を見て、口元を歪める。
「ねぇ、あなたがテレジア・エーレルト?」
直球の問いかけに、返事を少し迷う。だって、明らかに好意的じゃない。
どうしようかと迷っていると、彼女が私にぐいっと顔を寄せてくる。その真っ赤な目が、私一人だけを映している。
「……は、はい」
困って、結局認めてしまう。
そもそも、ここで否定しても遅かれ早かれバレてしまう。ならば、自ら正直に肯定したほうがいい。その一心だった。
「ふぅん」
彼女は私のことを頭の先からつま先まで見つめてくる。吟味するような視線が居心地悪くて、自然と身を縮めた。
「ま、いいわ。じゃあ、ちょっとこっちに来て」
「えっ……」
いきなり手首を掴まれて、私は拒否する間もなく彼女に引っ張って行かれる。
華奢な彼女のどこに一体こんな力があるのか。それを謎に思うくらい、強い力だった。
(……どう、しよう)
このままついて行っていいはずがない。
それはわかるのに、なんだか拒めなくて。……私は、結局ずるずると彼女についていく。
そして、連れてこられたのは人気のない廊下の端。側にある階段が影になっているので、多分人はそう簡単には気が付かない場所。
「あ、あの……」
恐る恐る、彼女に声をかける。そうすれば、彼女は「知ってるかしら?」と言葉を発する。自身の唇に指を押し当てる仕草が、なんだかとても艶っぽくて似合っている。
「あなたみたいな女のことを、泥棒猫っていうらしいわよ」
けど、彼女の口から出たのは彼女には似つかないような言葉だった。
驚いて目を見開く。彼女は、くすくすと笑った。
「全く、ラインヴァルト殿下も変な女の手に落ちたのものね。無垢なふりをしているけれど、多分女狐だわ」
彼女の発する言葉の意味は、いまいちよくわからない。ただ唯一わかるのは。
――バカにされているということ。
合わせ、彼女の罵倒は私だけじゃなくて、ラインヴァルトさまにも及んでいるということ。
でも、抗議の言葉を口に出す勇気が出ない。そっと視線を下げていれば、彼女はまたくすくすと笑う。
「図星で言葉が出ないの?」
「そ、ういうわけでは……」
図星とか、図星じゃないとか。そういうわけじゃない。
ただ、勇気が出ないだけなのだ。
(それに、私はともかくラインヴァルトさまをバカにするのは許せないわ……)
ぎゅっと手のひらを握って、私は俯く。
そんな私を、面白くなさそうに見つめる彼女。かと思えば、大きくため息をついた。
「あのね、言っておくけれど、私は親切心で言っているのよ?」
……親切心で、こんな言葉が出てくるわけがない。
そう思うのに、やっぱり口から言葉が出ない。
「あなたには王太子妃は荷が重いのよ。……やっぱり、私が王太子妃になるべきなのよ」
「そんなの、決めつけないで、ください……」
ようやく出たのは、弱々しい抗議の声。ぎゅっと唇を結んでいれば、彼女が一瞬だけぽかんとしたのがわかった。
が、すぐに見る見るうちに顔を赤くする。
「言っておくけれど、これには私の気持ちなんて入っていないのよ? 周囲が私に王太子妃になれって言うから、言っているだけ。あなたに立場を弁えさせようとしているだけよ」
迷惑だった。それに、周囲を出すなんてズルい。
心の中だけでそう呟く私に、彼女は意外過ぎる言葉を吐き捨てた。
「私は、王妃殿下に選ばれたのよ! 王太子妃になるのは、あなただって!」
「……え」
頭の中が真っ白になる。……彼女が、王妃殿下に選ばれた? すぐに言葉が、理解できなかった。
いつものようにいろいろと考えつつ王城の廊下を歩いていると、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。
だから、そちらに視線を向ける。そこには、ウェーブのかかった長い赤色の髪の毛を持つ女性が一人。
彼女は私の顔を見て、口元を歪める。
「ねぇ、あなたがテレジア・エーレルト?」
直球の問いかけに、返事を少し迷う。だって、明らかに好意的じゃない。
どうしようかと迷っていると、彼女が私にぐいっと顔を寄せてくる。その真っ赤な目が、私一人だけを映している。
「……は、はい」
困って、結局認めてしまう。
そもそも、ここで否定しても遅かれ早かれバレてしまう。ならば、自ら正直に肯定したほうがいい。その一心だった。
「ふぅん」
彼女は私のことを頭の先からつま先まで見つめてくる。吟味するような視線が居心地悪くて、自然と身を縮めた。
「ま、いいわ。じゃあ、ちょっとこっちに来て」
「えっ……」
いきなり手首を掴まれて、私は拒否する間もなく彼女に引っ張って行かれる。
華奢な彼女のどこに一体こんな力があるのか。それを謎に思うくらい、強い力だった。
(……どう、しよう)
このままついて行っていいはずがない。
それはわかるのに、なんだか拒めなくて。……私は、結局ずるずると彼女についていく。
そして、連れてこられたのは人気のない廊下の端。側にある階段が影になっているので、多分人はそう簡単には気が付かない場所。
「あ、あの……」
恐る恐る、彼女に声をかける。そうすれば、彼女は「知ってるかしら?」と言葉を発する。自身の唇に指を押し当てる仕草が、なんだかとても艶っぽくて似合っている。
「あなたみたいな女のことを、泥棒猫っていうらしいわよ」
けど、彼女の口から出たのは彼女には似つかないような言葉だった。
驚いて目を見開く。彼女は、くすくすと笑った。
「全く、ラインヴァルト殿下も変な女の手に落ちたのものね。無垢なふりをしているけれど、多分女狐だわ」
彼女の発する言葉の意味は、いまいちよくわからない。ただ唯一わかるのは。
――バカにされているということ。
合わせ、彼女の罵倒は私だけじゃなくて、ラインヴァルトさまにも及んでいるということ。
でも、抗議の言葉を口に出す勇気が出ない。そっと視線を下げていれば、彼女はまたくすくすと笑う。
「図星で言葉が出ないの?」
「そ、ういうわけでは……」
図星とか、図星じゃないとか。そういうわけじゃない。
ただ、勇気が出ないだけなのだ。
(それに、私はともかくラインヴァルトさまをバカにするのは許せないわ……)
ぎゅっと手のひらを握って、私は俯く。
そんな私を、面白くなさそうに見つめる彼女。かと思えば、大きくため息をついた。
「あのね、言っておくけれど、私は親切心で言っているのよ?」
……親切心で、こんな言葉が出てくるわけがない。
そう思うのに、やっぱり口から言葉が出ない。
「あなたには王太子妃は荷が重いのよ。……やっぱり、私が王太子妃になるべきなのよ」
「そんなの、決めつけないで、ください……」
ようやく出たのは、弱々しい抗議の声。ぎゅっと唇を結んでいれば、彼女が一瞬だけぽかんとしたのがわかった。
が、すぐに見る見るうちに顔を赤くする。
「言っておくけれど、これには私の気持ちなんて入っていないのよ? 周囲が私に王太子妃になれって言うから、言っているだけ。あなたに立場を弁えさせようとしているだけよ」
迷惑だった。それに、周囲を出すなんてズルい。
心の中だけでそう呟く私に、彼女は意外過ぎる言葉を吐き捨てた。
「私は、王妃殿下に選ばれたのよ! 王太子妃になるのは、あなただって!」
「……え」
頭の中が真っ白になる。……彼女が、王妃殿下に選ばれた? すぐに言葉が、理解できなかった。
19
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説
【完結】フェリシアの誤算
伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。
正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。
捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。
扇 レンナ
恋愛
一途な隠れ美形の竜騎士さま×捨てられた令嬢――とろけるほどに甘い、共同生活
小さな頃から《女》というだけで家族に疎まれてきた子爵令嬢メリーナは、ある日婚約者の浮気現場を目撃する。
挙句、彼はメリーナよりも浮気相手を選ぶと言い、婚約破棄を宣言。
家族からも見放され、行き場を失ったメリーナを助けたのは、野暮ったい竜騎士ヴィリバルトだった。
一時的に彼と共同生活を送ることになったメリーナは、彼に底なしの愛情を与えられるように……。
隠れ美形の竜騎士さまと極上の生活始めます!
*hotランキング 最高44位ありがとうございます♡
◇掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス
◇ほかサイトさまにてコンテストに応募するために執筆している作品です。
◇ベリーズカフェさん先行公開です。こちらには文字数が溜まり次第転載しております。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
天使の行きつく場所を幸せになった彼女は知らない。
ぷり
恋愛
孤児院で育った茶髪茶瞳の『ミューラ』は11歳になる頃、両親が見つかった。
しかし、迎えにきた両親は、自分を見て喜ぶ様子もなく、連れて行かれた男爵家の屋敷には金髪碧眼の天使のような姉『エレナ』がいた。
エレナとミューラは赤子のときに産院で取り違えられたという。エレナは男爵家の血は一滴も入っていない赤の他人の子にも関わらず、両親に溺愛され、男爵家の跡目も彼女が継ぐという。
両親が見つかったその日から――ミューラの耐え忍ぶ日々が始まった。
■※※R15範囲内かとは思いますが、残酷な表現や腐った男女関係の表現が有りますので苦手な方はご注意下さい。※※■
※なろう小説で完結済です。
※IFルートは、33話からのルート分岐で、ほぼギャグとなっております。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる