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本編 第2章

第10話

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「……本当に、会うのか?」
「はい」

 この一時間で、一体何度このやり取りをしたのだろうか。そう思いつつ、私は頷く。

「なにかあれば、容赦なく話は切り上げるからな」

 彼は私にだけ聞こえる声量でそう言葉を発し、目の前の扉をノックする。

 しばらくして、「どうぞ」という凛とした女性の声が聞こえてきた。

 ちらりとラインヴァルト殿下の横顔を見つめる。先ほどの何処となく不安そうな表情は消えており、きりりとした表情を浮かべられている。……心臓がぎゅっとつかまれたような感覚だった。

(って、ダメよ。こんなこと、思っては……)

 軽く頭を横に振っていれば、ラインヴァルト殿下が扉を開けられる。

「ラインヴァルト、よく来てくれたわね」

 お部屋の奥にある執務机。そこの前に腰掛けていた一人の女性は、立ち上がってこちらに近づいてくる。

 彼女はきれいな銀色の髪を美しく結い上げている。吊り上がった形をしているその青色の目は柔和に細められ、私たちを見ている。

(……王妃、殿下)

 いろいろなところで拝見することがあるので、王妃殿下のお顔は頭の中に焼き付いている。

 そして、この女性のお顔は――まさしく、私の頭の中に焼き付いている王妃殿下そのものだった。

「本当に久々だわ。あなたったら、帰国後ちっとも会ってくれないんだから……」

 王妃殿下は、頬に手を当てつつ困ったように笑われた。その仕草は、同性である私でも見惚れてしまいそうなほどに似合っている。

 ちらりと隣に立たれるラインヴァルト殿下を見つめる。彼は、険しい表情をされていた。

「当たり前だ。……あんたに会うような時間はない」
「まぁ、本当にいつまで反抗期なんだか」

 ラインヴァルト殿下のお言葉を、軽く躱す王妃殿下。彼女はある程度ラインヴァルト殿下と言葉を交わすと、次に私に視線を向けてこられた。

 ……自然と、ごくりと息を呑む。

「あなたが、テレジア・エーレルトさんね」
「は、はい……」
「ラインヴァルトのお気に入りの子だと、いろいろな筋から聞いているわ」

 いろいろな筋って、何処なんだろうか。

 頭の片隅でそう思いつつも、私は背筋を正す。それから、深々と礼をする。

「お初にお目にかかります。テレジア・エーレルトと申します」

 淑女の一礼を披露すれば、王妃殿下はにっこりと笑ってくださる。

「なんて完璧な一礼なのかしら」
「……そんな」

 素直な称賛に照れくさくて、視線を逸らす。そんな私を見ても、彼女はニコニコと笑っているだけだった。

「あぁ、そうだわ。わたくしも自己紹介をしなくては。ラインヴァルトの母親のアデルハイト・ヴォルタースよ。今後よろしくね、テレジアさん」

 にこやかな笑みを崩さずに、王妃殿下は自己紹介をしてくださった。でも、彼女はしばらくして表情を曇らせた。

「……こんなことを言うのは、なんなのだけれど」
「は、い」

 なんだか、空気が悪いような気もする。王妃殿下のお顔を見つめると、困ったような表情を浮かべられていた。

「あなたの身に起きたことは、わたくしの耳にも入っています」
「……そ、れは」

 多分、ゲオルグさまとの婚約破棄の件だろう。むしろ、それしかない。

 喉がカラカラに渇くのがわかった。……どういう風に、言葉を紡げばいいかがわからない。

「わたくし個人としてはともかく、王家としての面目があるのです。きっと、あなたを王家に入れることを反対する輩も多いでしょう」

 ……正直なところ、私はラインヴァルト殿下と結婚するつもりはない。

 が、今、そんなことを言える空気じゃなった。視線を下げて、王妃殿下のお言葉を待つ。

「だけど、大丈夫よ。……わたくしは、あなたの力になりたいわ」
「……え」

 目をぱちぱちと瞬かせる。王妃殿下は、またにこやかな笑みを浮かべられていた。

「だって、この子がこんなにも必死に捕まえようとしているんだもの。親として応援するのは、当然でしょう?」
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