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本編 第2章
第8話
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それから、ラインヴァルト殿下は私をずっと気遣ってくださった。
でも、なんだろうか。気遣われながらする食事は、緊張して味がよくわからない。美味しいはずなのに味わえない一抹の寂しさを抱きつつ、私は朝食を済ませる。
「口に合ったか?」
「……はい」
正直、初めのときしか味はわからなかったけれど。
けど、それを言うことは出来ずに頷く。実際、初めのときに口の中に広がった味は、私にとってとても好きなものだったから。
「そうか。よかった」
ラインヴァルト殿下が、私に笑いかけてくださる。その笑みがとても眩しくて、自然と目を細めた。
彼はまるで、眩しい太陽のような人だと思う。とても美しくて、人を惹きつけて。なのに、手を伸ばしても届かない。
……そんな、尊いのに遠い存在。
「……殿下」
自然と、口がラインヴァルト殿下のことを呼ぶ。すると、彼が「なに?」と私に視線を向けて言葉をくださる。
ぎゅっと膝の上で手を握った。
「……この後、私はどうすればよろしいでしょうか……?」
それは、一番の問題だった。だって、そうじゃないか。王城に居候させてもらうのに、なにもしないわけにはいかない。そもそも、なにも持ってきていないのだ。……一度、お屋敷に帰る必要もある……かも。
「実家に戻りたいのですが……」
震える声でそう告げれば、ラインヴァルト殿下の眉間がぴくりと動いた。
かと思えば、彼が私の手を掴む。ぎゅっとつかまれたことに驚いていると、静かに「ダメだ」とおっしゃる。
「テレジア嬢を実家には帰さない」
「……そ、れは」
「荷物だったら、従者に取りに行かせる。あんたは、ここにいればいい」
きっと、ラインヴァルト殿下は私のことを気遣ってそう言ってくださっている。
……でも、それに素直に甘えてもいいものか。
悩む私に、ラインヴァルト殿下は「問題ない」と。
「俺がしたいからするだけだ。幸いにも、今の俺には公務がない。……しばらくは、ゆっくり休んでいいと言われている」
「……はい」
「だから、テレジア嬢と一緒にいることが出来る」
……ゆっくり休むのに、私がいては迷惑ではないのだろうか。
頭の中でそう思うとほぼ同時に、応接間の扉がノックされた。驚いて目を瞬かせれば、ラインヴァルト殿下が眉を顰められた。
「……ったく、誰だ」
彼が小さくそう呟かれて、扉に向かって返事をする。そうすれば、扉が開いて一人の従者が顔を見せた。
深々と頭を下げた従者は、「殿下に、至急伝言が」という。
「……ここには近づくなと言っていただろう」
「ですが、王妃殿下のご命令ですので」
「……母上の?」
王妃殿下。その単語を聞かれたラインヴァルト殿下の目が、揺れた。
「一時間後に執務室に、とおっしゃっておりました」
「はぁ?」
心底嫌そうな声を出されるラインヴァルト殿下。従者はそんな彼に怯むことはなく、頭を下げる。
「王妃殿下のご命令ですので、王太子殿下に逆らうことは許されません」
「……クソッ」
ラインヴァルト殿下の表情が見る見るうちに険しくなっていく。
そんなに、王妃殿下に会われるのが嫌なのだろうか?
(王妃殿下は、とてもお優しくておおらかなお方なのに……)
私も何度か会話をさせていただいたけれど、つねに笑みを崩さない素敵な女性だった。
……もちろん、息子であるラインヴァルト殿下に見せる一面とは、全然違うのだろう。だけど、あの王妃殿下が無茶ぶりをするなんて考えにくい。
そう思っていれば、従者が私に視線を向けてきた。少し戸惑って、視線を逸らす。
「殿下。私は、とりあえず待っておりますので……」
正直、この間に帰ろうかという気持ちは微かにある。が、帰る勇気が出なかった。
……帰ったら、なにをされるかわからないから。主に、両親に。
「……テレジア嬢」
ラインヴァルト殿下が、まるで縋るような目で私を見つめられる。
安心させるように、私は頷く。
しかし。次に続けられた従者の言葉に、私はあっけにとられるしかなかった。
「あと、テレジア・エーレルトさまにも、共に来ていただきたいということでございました」
でも、なんだろうか。気遣われながらする食事は、緊張して味がよくわからない。美味しいはずなのに味わえない一抹の寂しさを抱きつつ、私は朝食を済ませる。
「口に合ったか?」
「……はい」
正直、初めのときしか味はわからなかったけれど。
けど、それを言うことは出来ずに頷く。実際、初めのときに口の中に広がった味は、私にとってとても好きなものだったから。
「そうか。よかった」
ラインヴァルト殿下が、私に笑いかけてくださる。その笑みがとても眩しくて、自然と目を細めた。
彼はまるで、眩しい太陽のような人だと思う。とても美しくて、人を惹きつけて。なのに、手を伸ばしても届かない。
……そんな、尊いのに遠い存在。
「……殿下」
自然と、口がラインヴァルト殿下のことを呼ぶ。すると、彼が「なに?」と私に視線を向けて言葉をくださる。
ぎゅっと膝の上で手を握った。
「……この後、私はどうすればよろしいでしょうか……?」
それは、一番の問題だった。だって、そうじゃないか。王城に居候させてもらうのに、なにもしないわけにはいかない。そもそも、なにも持ってきていないのだ。……一度、お屋敷に帰る必要もある……かも。
「実家に戻りたいのですが……」
震える声でそう告げれば、ラインヴァルト殿下の眉間がぴくりと動いた。
かと思えば、彼が私の手を掴む。ぎゅっとつかまれたことに驚いていると、静かに「ダメだ」とおっしゃる。
「テレジア嬢を実家には帰さない」
「……そ、れは」
「荷物だったら、従者に取りに行かせる。あんたは、ここにいればいい」
きっと、ラインヴァルト殿下は私のことを気遣ってそう言ってくださっている。
……でも、それに素直に甘えてもいいものか。
悩む私に、ラインヴァルト殿下は「問題ない」と。
「俺がしたいからするだけだ。幸いにも、今の俺には公務がない。……しばらくは、ゆっくり休んでいいと言われている」
「……はい」
「だから、テレジア嬢と一緒にいることが出来る」
……ゆっくり休むのに、私がいては迷惑ではないのだろうか。
頭の中でそう思うとほぼ同時に、応接間の扉がノックされた。驚いて目を瞬かせれば、ラインヴァルト殿下が眉を顰められた。
「……ったく、誰だ」
彼が小さくそう呟かれて、扉に向かって返事をする。そうすれば、扉が開いて一人の従者が顔を見せた。
深々と頭を下げた従者は、「殿下に、至急伝言が」という。
「……ここには近づくなと言っていただろう」
「ですが、王妃殿下のご命令ですので」
「……母上の?」
王妃殿下。その単語を聞かれたラインヴァルト殿下の目が、揺れた。
「一時間後に執務室に、とおっしゃっておりました」
「はぁ?」
心底嫌そうな声を出されるラインヴァルト殿下。従者はそんな彼に怯むことはなく、頭を下げる。
「王妃殿下のご命令ですので、王太子殿下に逆らうことは許されません」
「……クソッ」
ラインヴァルト殿下の表情が見る見るうちに険しくなっていく。
そんなに、王妃殿下に会われるのが嫌なのだろうか?
(王妃殿下は、とてもお優しくておおらかなお方なのに……)
私も何度か会話をさせていただいたけれど、つねに笑みを崩さない素敵な女性だった。
……もちろん、息子であるラインヴァルト殿下に見せる一面とは、全然違うのだろう。だけど、あの王妃殿下が無茶ぶりをするなんて考えにくい。
そう思っていれば、従者が私に視線を向けてきた。少し戸惑って、視線を逸らす。
「殿下。私は、とりあえず待っておりますので……」
正直、この間に帰ろうかという気持ちは微かにある。が、帰る勇気が出なかった。
……帰ったら、なにをされるかわからないから。主に、両親に。
「……テレジア嬢」
ラインヴァルト殿下が、まるで縋るような目で私を見つめられる。
安心させるように、私は頷く。
しかし。次に続けられた従者の言葉に、私はあっけにとられるしかなかった。
「あと、テレジア・エーレルトさまにも、共に来ていただきたいということでございました」
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