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本編 第2章
第7話
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「……テレジア嬢?」
いきなり表情を暗くした私を見てか、ラインヴァルト殿下が声をかけてくださる。
なので、私はゆるゆると首を横に振った。なんでもない。そうだ。なんでもない。
(これは、私の問題なんだ……)
ラインヴァルト殿下には、関係のないことだ。
そう言おうとして、顔を上げて驚く。……先ほどまで対面にいたラインヴァルト殿下が、いない。
しかも、すぐ隣から「テレジア嬢」と囁かれる。飛び上がりそうなほどに驚いた私は、多分目を真ん丸にしている。
「なんでもないわけがないだろ。……なんていうか、辛そうな顔、してる」
「そ、そんなの……」
多分、彼の指摘は正しい。私は今、見るに堪えないほど辛そうな顔をしている。
それがわかるからこそ、目をこすろうとした。けど、すぐに手を掴まれる。
「目をこするな。……傷つくぞ」
まるで幼子に言い聞かせるかのような、優しい声だった。
そんな風に声をかけられたことのない私は、ただ戸惑う。
「なにか、思うことがあるんだろ?」
彼が私の顔を覗き込んで、そう問いかけてこられる。
言えない。言えるわけがない。だって、私の考えは……ラインヴァルト殿下を、傷つけてしまう可能性がある。
(勘違いしたくない。けど、このお方を傷つけるのも嫌だ……)
私は、なんて傲慢なんだろうか。
心の中だけでそう呟きつつ、無理矢理口角を上げた。痛々しい笑みを、少しでも打ち消すことが出来れば――と思っていると、彼の手が私の頬に添えられた。
「……教えろ」
ラインヴァルト殿下が、私の目をまっすぐに見つめて、まるで命令するようにそうおっしゃる。
心臓がきゅっと縮こまったような気がする。それほどまでに、迫力があった。
「テレジア嬢のことだ。なにか、変なこととか余計なこととか考えて、落ち込んでるんだろ」
……図星だ。
なにも言い返せなくて、俯く。
「俺の言葉、信じられない?」
彼がそう続けた。……躊躇って、戸惑って。少し時間をおいて、頷く。
「だって、私は、あなたさまに愛されるような人間じゃない……」
今にも消え入りそうなほどに、小さな声でそう答える。
もしも、もしもだ。一時期の気の迷いだったとしたら。傷が浅いうちに、解放してほしいと思う。
このままだと、私は――浅ましくも、ラインヴァルト殿下に惹かれてしまう。恋心を、向けてしまうから。
「このまま優しくされると、勘違いしてしまいそうなのです。あなたさまに、惹かれてしまう」
まだ出逢って少ししか経っていない。一日すらも、経っていない。
でも、愛されることに飢えていた私は、浅ましくもこのお方の愛を望んでしまっている。
心のどこかで、愛されることはない。一時期の気の迷いだ。遊びだ。
誰かが、そう囁き続けると言うのに。
「どうか、優しくしないでください。本当に、このままでは私は――面倒な女に、なってしまいそうなのです」
このお方に恋い焦がれて、一緒になろうとしてしまう。
だから、今のうちに手酷くしてほしい。優しくないでほしい。
それが、私の願いであり、唯一の望みだ。
「……それは、俺に恋してしまいそうっていう、意味?」
彼が真剣な声音でそう問いかけてこられる。……少しして、頷いた。
「ですから、どうか――」
どうか、優しくしないでほしい。
そう言おうとして、言えなかった。ラインヴァルト殿下が、「嬉しい」って言葉を口にされたから。
「それ、本当に嬉しい。……俺のこと、好きになってほしい」
「……は?」
「じゃあ、もっともっと、優しくする。……あんたが惹かれるまで、いや、惹かれても、やめない」
……どうして、そんなことを。
そんな気持ちは、言葉にならない。彼の私を見つめる目が、あまりにも優しいから。
「テレジア嬢のこと、一生放すつもりないから」
彼のそのお言葉に――私は、ただ口をぽかんと開けてしまうことしか出来なかった。
いきなり表情を暗くした私を見てか、ラインヴァルト殿下が声をかけてくださる。
なので、私はゆるゆると首を横に振った。なんでもない。そうだ。なんでもない。
(これは、私の問題なんだ……)
ラインヴァルト殿下には、関係のないことだ。
そう言おうとして、顔を上げて驚く。……先ほどまで対面にいたラインヴァルト殿下が、いない。
しかも、すぐ隣から「テレジア嬢」と囁かれる。飛び上がりそうなほどに驚いた私は、多分目を真ん丸にしている。
「なんでもないわけがないだろ。……なんていうか、辛そうな顔、してる」
「そ、そんなの……」
多分、彼の指摘は正しい。私は今、見るに堪えないほど辛そうな顔をしている。
それがわかるからこそ、目をこすろうとした。けど、すぐに手を掴まれる。
「目をこするな。……傷つくぞ」
まるで幼子に言い聞かせるかのような、優しい声だった。
そんな風に声をかけられたことのない私は、ただ戸惑う。
「なにか、思うことがあるんだろ?」
彼が私の顔を覗き込んで、そう問いかけてこられる。
言えない。言えるわけがない。だって、私の考えは……ラインヴァルト殿下を、傷つけてしまう可能性がある。
(勘違いしたくない。けど、このお方を傷つけるのも嫌だ……)
私は、なんて傲慢なんだろうか。
心の中だけでそう呟きつつ、無理矢理口角を上げた。痛々しい笑みを、少しでも打ち消すことが出来れば――と思っていると、彼の手が私の頬に添えられた。
「……教えろ」
ラインヴァルト殿下が、私の目をまっすぐに見つめて、まるで命令するようにそうおっしゃる。
心臓がきゅっと縮こまったような気がする。それほどまでに、迫力があった。
「テレジア嬢のことだ。なにか、変なこととか余計なこととか考えて、落ち込んでるんだろ」
……図星だ。
なにも言い返せなくて、俯く。
「俺の言葉、信じられない?」
彼がそう続けた。……躊躇って、戸惑って。少し時間をおいて、頷く。
「だって、私は、あなたさまに愛されるような人間じゃない……」
今にも消え入りそうなほどに、小さな声でそう答える。
もしも、もしもだ。一時期の気の迷いだったとしたら。傷が浅いうちに、解放してほしいと思う。
このままだと、私は――浅ましくも、ラインヴァルト殿下に惹かれてしまう。恋心を、向けてしまうから。
「このまま優しくされると、勘違いしてしまいそうなのです。あなたさまに、惹かれてしまう」
まだ出逢って少ししか経っていない。一日すらも、経っていない。
でも、愛されることに飢えていた私は、浅ましくもこのお方の愛を望んでしまっている。
心のどこかで、愛されることはない。一時期の気の迷いだ。遊びだ。
誰かが、そう囁き続けると言うのに。
「どうか、優しくしないでください。本当に、このままでは私は――面倒な女に、なってしまいそうなのです」
このお方に恋い焦がれて、一緒になろうとしてしまう。
だから、今のうちに手酷くしてほしい。優しくないでほしい。
それが、私の願いであり、唯一の望みだ。
「……それは、俺に恋してしまいそうっていう、意味?」
彼が真剣な声音でそう問いかけてこられる。……少しして、頷いた。
「ですから、どうか――」
どうか、優しくしないでほしい。
そう言おうとして、言えなかった。ラインヴァルト殿下が、「嬉しい」って言葉を口にされたから。
「それ、本当に嬉しい。……俺のこと、好きになってほしい」
「……は?」
「じゃあ、もっともっと、優しくする。……あんたが惹かれるまで、いや、惹かれても、やめない」
……どうして、そんなことを。
そんな気持ちは、言葉にならない。彼の私を見つめる目が、あまりにも優しいから。
「テレジア嬢のこと、一生放すつもりないから」
彼のそのお言葉に――私は、ただ口をぽかんと開けてしまうことしか出来なかった。
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