上 下
12 / 58
本編 第2章

第5話

しおりを挟む
 私の言葉を聞いたラインヴァルト殿下は、肩をすくめられた。その後、小さく「本気なんだけどな」と呟かれる。

 ……その言葉が照れくさくて、私はもうどうすればいいかわからずに顔を覆った。

「か、からかわないで、ください……」

 もう一度、言葉を繰り返す。今度のは、照れ隠し……みたいな、ものだったんだと思う。

「からかってるつもりなんて、ないんだけどな」

 少し困ったようにそうおっしゃるラインヴァルト殿下に、私はもうなにを返せばいいかわからなくて。

 顔の熱が引くまで、顔を覆っておこうと思った。……でも、その手をラインヴァルト殿下に掴まれて。ゆっくりとどけられて、顔を見せる羽目になってしまう。

 彼の指が、私の目の下をなぞる。その後、満足そうに頷かれた。

「寝不足って感じはなさそうだし、ゆっくりと眠れたんだな」

 微笑んで、そう告げられる。……心臓がバクバクと大きく音を立てて、顔にさらに熱が溜まるような感覚だった。

 その指が、私の目の下から頬に触れる。私とは全然違う指に、心臓の音がどんどん駆け足になる。

「……その、とても、よく眠れました」

 返事をしないのも感じが悪いかと思って、私は視線を逸らしながらそう答える。ラインヴァルト殿下が、大きく頷かれたのが視界の端に映る。……どうやら、私の回答に満足されたらしい。

「だったら、よかった。慣れない場所だったからな。……眠れていないんじゃないかと、心配だった」
「……そん、なの」

 わざわざ、心配するようなことじゃないだろう。

 そう言おうとして、口を閉ざす。見えたラインヴァルト殿下の表情が、あまりにも真剣なものだったから。

 結局、押し黙ることしか出来ない。

「じゃあ、行こうか、テレジア嬢」

 そんな私に、ラインヴァルト殿下は手を差し出してこられる。……行くのは多分、朝食の席に、よね。

 それがわかっていても、私はほんの少しためらってしまう。彼はその私の気持ちを汲み取ったらしく、笑い声をあげられた。

「朝食の席に行くだけだ。……なにも、変なことをしようっていうわけじゃない」
「へ、変なことって……!」

 朝からそんなこと、言わないでほしい。

 その所為で、私は言葉を繰り返してしまった。ラインヴァルト殿下は、けらけらと笑われている。

「お望みだったら、そういうこともするが?」
「え……」

 ちょっと待ってほしい。このお方、今、なんておっしゃったの……?

(そ、そういうことって、どういうこと……?)

 頭の中がぐるぐると回る。目を回しそうになる私を見てか、彼は笑った。それはそれは、いい笑い方だった。

「冗談だ。……朝食は応接間に用意させた。明日からは、部屋に運んでもらう形にする」
「……お、おかまいなく」

 この場合、どう答えるのが正解なのか。それがわからない所為で、私は顔を背けてそう言うことしか出来ない。

 ……本当に、このお方といると調子がおかしくなってしまう。心臓の音は早足になるし、なんだか無性に照れ臭いし。

「じゃあ、行くか」

 ラインヴァルト殿下はそうおっしゃって、私の手を流れるような手つきで取られた。

 そのままそっと歩き出されるので、私も彼についていく。

(エスコート、手慣れていらっしゃる……)

 そりゃあ、王太子殿下なのだから、それは当然と言えば当然。……けど、なんだろうか。

 彼がほかの女性をエスコートしている光景を想像して、ちくりと胸が痛んだ。

 私は、彼の恋人でも婚約者でも、妻でもないというのに。

(あぁ、ダメよ。……勘違い、してはダメなの)

 自分自身にそう強く言い聞かせる。勘違いなんてしてはダメ。私は愛されない娘だから。

 ……そう、自分自身に言い聞かせて、惨めな気持ちが蘇る。このお方に、私は相応しくないって。勝手に思って、勝手に傷ついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】フェリシアの誤算

伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。 正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。

扇 レンナ
恋愛
一途な隠れ美形の竜騎士さま×捨てられた令嬢――とろけるほどに甘い、共同生活 小さな頃から《女》というだけで家族に疎まれてきた子爵令嬢メリーナは、ある日婚約者の浮気現場を目撃する。 挙句、彼はメリーナよりも浮気相手を選ぶと言い、婚約破棄を宣言。 家族からも見放され、行き場を失ったメリーナを助けたのは、野暮ったい竜騎士ヴィリバルトだった。 一時的に彼と共同生活を送ることになったメリーナは、彼に底なしの愛情を与えられるように……。 隠れ美形の竜騎士さまと極上の生活始めます! *hotランキング 最高44位ありがとうございます♡ ◇掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス ◇ほかサイトさまにてコンテストに応募するために執筆している作品です。 ◇ベリーズカフェさん先行公開です。こちらには文字数が溜まり次第転載しております。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】転生モブ令嬢は転生侯爵様(攻略対象)と偽装婚約することになりましたーなのに、あれ?溺愛されてます?―

イトカワジンカイ
恋愛
「「もしかして転生者?!」」 リディと男性の声がハモり、目の前の男性ルシアン・バークレーが驚きの表情を浮かべた。 リディは乙女ゲーム「セレントキス」の世界に転生した…モブキャラとして。 ヒロインは義妹で義母と共にリディを虐待してくるのだが、中身21世紀女子高生のリディはそれにめげず、自立して家を出ようと密かに仕事をして金を稼いでいた。 転生者であるリディは前世で得意だったタロット占いを仕事にしていたのだが、そこに客として攻略対象のルシアンが現れる。だが、ルシアンも転生者であった! ルシアンの依頼はヒロインのシャルロッテから逃げてルシアンルートを回避する事だった。そこでリディは占いと前世でのゲームプレイ経験を駆使してルシアンルート回避の協力をするのだが、何故か偽装婚約をする展開になってしまい…? 「私はモブキャラですよ?!攻略対象の貴方とは住む世界が違うんです!」 ※ファンタジーでゆるゆる設定ですのでご都合主義は大目に見てください ※ノベルバ・エブリスタでも掲載

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

処理中です...