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本編 第1章

第7話

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 けど、不可解すぎる。

 だって、そうじゃない。……どうして彼は、私なんかを「好き」とおっしゃるのだろうか。

「……あり得ない」

 小さな声でそう呟いた。

 その声はラインヴァルト殿下に聞こえていたのか、いなかったのか。それはわからないものの、彼がピクリと眉間を動かしたのが見えた。……聞こえていたんだ。

「だって、おかしいです。……私とラインヴァルト殿下、真正面からお話したの、今日が初めてじゃないですか」

 それに、私の容姿は地味なものだ。一目惚れという可能性だってゼロ。

「だから、そんなことおっしゃらないで――!」

 嘘なんて、つかないで。期待なんてさせないで。

 そういう意味を込めてぎゅっと唇を引き結ぶ。すると、ラインヴァルト殿下の顔からほんのりとしていた笑みが消えた。

「……初めてだったとしても、だ」

 彼が真剣な面持ちで、はっきりとそうおっしゃった。

「たとえそうだったとしても、俺はあんたが好きだ。……あんたのことを、放っておけない」

 ……真摯な眼差しに、真剣な声音。心臓が、どくどくと音を立てる。

 期待しちゃダメなのに。期待してしまいそうで、視線を下げる。

「このままあんたを放ったら、俺は一生後悔する」
「ど、うして……」

 どうして。それ以上の言葉は、口から出なかった。

 ラインヴァルト殿下が、私の身体を引き寄せてこられたから。

 密着しそうなほどに、近い距離。ラインヴァルト殿下が、私の手首を掴んで自身の首筋に押し当てた。

「なんだったら、あんたにだったら殺されてもいい」
「……そ、んなの」

 王太子殿下ともあろうお方が、そんなことを口にしていいはずがない。冗談だとしても、不謹慎すぎる。

「それくらい、本気だっていうことだ。……わかるな?」

 ……命を投げ出してもいい。

 つまりラインヴァルト殿下は、そうおっしゃっているのだ。

(殿下が、私に対して本気なのは、わかったわ……)

 嫌というほどに思い知らされて、ごくんと息を呑む。ラインヴァルト殿下を見つめる。きらきらとした金色の目に映るのは困惑した私自身の顔。

「……で、すが、わた、しは……」

 たとえ本気だとわかったところで、どうすることもできない。

 私はこのお方の手を取ることが出来ない。そんなこと、許されない。

(私は、ラインヴァルト殿下に相応しくない……)

 我ながらネガティブな考えだと思う。けど、長年ずたずたに傷つけられてきた自尊心は、そう簡単には修復できない。

 気まずくて、彼から視線を逸らす。

「ですがとか、だけどとか。そういうネガティブな考えは、捨てろ。……俺はほかでもないあんたがいいんだ」

 熱烈な言葉に、心臓がとくんと高鳴った。

「なんだったら、いっそ王城に住め。……そこでだったら、俺が守ってやれる」

 ……どうして、このお方は私にここまでしてくれるのか。

 それがわからなくて、混乱して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「……あんたの元婚約者からも、エーレルト伯爵夫妻からも。……あんたを傷つけるものは、俺が許さない」

 私の目と、ラインヴァルト殿下の目が醸し出す視線が絡み合う。……もう、なにも返せない。

(無理だって、突っぱねたい。……だけど)

 突っぱねたいのに、その提案に手を伸ばしてしまいそうな私もいる。

 ずっと、ずっと憧れていた。素敵な人が、私をここから連れ出してくれるんじゃないかって。

 両親からも、ゲオルグさまからも。助け出してくださるんじゃないかって。そう、願ってきた。

「俺は、あんたを、テレジア嬢を幸せにしたい。……そのために、今まで頑張って来たんだ」
「……で、んか」
「だから、一緒にいてくれ」

 懇願するような色を宿した、声。胸がぎゅっと締め付けられて、断りの言葉が口から出てこない。

 断らなくちゃ、断らなくちゃ――って、思うのに。

(……この手を、取りたい)

 浅ましい私は、ラインヴァルト殿下の手に――自らの手を、伸ばしてしまった。
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