上 下
6 / 58
本編 第1章

第6話

しおりを挟む
(ど、どどど、どういうこと!?)

 私はどうして、ラインヴァルト殿下に手首を掴まれているのだろうか。

 意味がわからなくて、混乱してしまう。……掴まれた手首が、熱いような気がするのは気のせいじゃない……と、思う。

 混乱して、目が回るような感覚だった。

「テレジア嬢、少し、真剣な話がある」

 さらには、ラインヴァルト殿下が真剣な面持ちでそう告げてこられるものだから。

 頭の中が真っ白になる。ゲオルグさまに婚約の破棄を告げられたときの比ではない。今のほうが、ずっとずーっと混乱している。

「ひゃっ、ひゃい……!」

 その所為で、上ずった変な声が漏れた。

 自分の発した声が耳に届いて、たまらなく恥ずかしくなる。

 視線をそっと逸らせば、ラインヴァルト殿下が私の手首を掴む手に力を込められる。

 ……逃がさないという意思が、ひしひしと伝わってくるようだった。

「あんたは、今、フリーなんだよな?」
「……あ、あの」

 フリーって、どういう意味……?

 目をぱちぱちとさせてそう視線で問いかければ、彼は「婚約者や恋人がいないっていう意味だ」と教えてくださる。

 ……婚約者、恋人。

「い、いません! その、お恥ずかしいことに、先ほどのが全てなので……」

 私はゲオルグさまの妻になるものだと思っていた。彼がいくら私のことを見下し、蔑ろにしてきても。私にはそれ以外の未来なんて用意されていないと、思っていたから。

 ぶんぶんと首を横に振ってそう言葉を返すと、ラインヴァルト殿下の口元が歪む。

 まるで、楽しそうなおもちゃを見つけた子供のような表情。でも、ちょっと違うかもしれない。

 ……これは多分、狙った獲物を逃がさないとしている肉食獣のような表情なのだ。

「じゃあ、俺が求婚しても問題ないな?」
「……は?」

 自然と間抜けな声が零れた。

(い、今、おかしなお言葉が聞こえたような……?)

 聞き間違いじゃなかったら、求婚と聞こえた。その求婚は求婚であって、球根とかではないと思う。

 むしろ、球根の話だったら怖い。なんの脈絡もなく、変なほうに話が移ったことになるから。

「え、えぇっと、求婚とは、求めるに結婚の婚で、間違いないです……か?」

 きょとんとしつつ、そう問いかける。ラインヴァルト殿下は、頷いてくださった。

「むしろ、ほかになんの求婚がある」
「しょ、植物の、球根とか……」

 自分で言っておいて、なんとも意味の分からない会話である。

 その所為で私が頬を引きつらせていれば、ラインヴァルト殿下の手がこちらに伸びてくる。

「いつも思っていたが、テレジア嬢は面白いな」
「お、面白いって……」

 それは、女性に対する褒め言葉じゃない。

 ……そう思うのに、なんだか悪くないなって。ずっと、面白みのない女だと言われ続けてきたから……かな。

「まぁ、そういう意味だ。……テレジア嬢、俺と結婚してほしい」

 ラインヴァルト殿下の金色の目が醸し出す視線が、私に絡みつくような感覚だった。

 ……胸がむずむずとするのは、どうしてなんだろうか。

「む、む、無理です! 絶対に無理です!」

 でも、そう易々と受け入れられるようなお話じゃない。

(だって、ラインヴァルト殿下は王太子さまなのよ? 私とじゃあつり合いが取れないわ……!)

 婚約破棄された娘が、王太子殿下に嫁ぐなんてありえない。それこそ、物語の世界の中だけの出来事だ。

(もしかして、ラインヴァルト殿下はからかわれている……?)

 そういった考えが思い浮かんで、彼の目を見つめる。……疑うことさえ申し訳なくなるほどに、まっすぐに私を見つめられる殿下。

 ……違う。からかっているわけじゃない。

(じゃあ、同情……とか)

 そうだ。多分、これはラインヴァルト殿下なりの同情なのだ。

 婚約破棄された私を放っておけなくて――。

「言っておくが、同情とかじゃない。俺は本気でテレジア嬢が好きなんだ」

 ……違った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完結】フェリシアの誤算

伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。 正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

捨てられ令嬢ですが、一途な隠れ美形の竜騎士さまに底なしの愛を注がれています。

扇 レンナ
恋愛
一途な隠れ美形の竜騎士さま×捨てられた令嬢――とろけるほどに甘い、共同生活 小さな頃から《女》というだけで家族に疎まれてきた子爵令嬢メリーナは、ある日婚約者の浮気現場を目撃する。 挙句、彼はメリーナよりも浮気相手を選ぶと言い、婚約破棄を宣言。 家族からも見放され、行き場を失ったメリーナを助けたのは、野暮ったい竜騎士ヴィリバルトだった。 一時的に彼と共同生活を送ることになったメリーナは、彼に底なしの愛情を与えられるように……。 隠れ美形の竜騎士さまと極上の生活始めます! *hotランキング 最高44位ありがとうございます♡ ◇掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス ◇ほかサイトさまにてコンテストに応募するために執筆している作品です。 ◇ベリーズカフェさん先行公開です。こちらには文字数が溜まり次第転載しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】硬派な殿下は婚約者が気になって仕方がない

らんか
恋愛
   私は今、王宮の庭園で一人、お茶を頂いている。    婚約者であるイアン・ギルティル第二王子殿下とお茶会をする予定となっているのだが……。     「また、いらっしゃらないのですね……」    毎回すっぽかされて、一人でお茶を飲んでから帰るのが当たり前の状態になっていた。    第二王子と婚約してからの3年間、相手にされない婚約者として、すっかり周知されていた。       イアン殿下は、武芸に秀でており、頭脳明晰で、魔法技術も高い。そのうえ、眉目秀麗ときたもんだ。  方や私はというと、なんの取り柄もない貧乏伯爵家の娘。  こんな婚約、誰も納得しないでしょうね……。      そんな事を考えながら歩いていたら、目の前に大きな柱がある事に気付いた時には、思い切り顔面からぶつかり、私はそのまま気絶し……       意識を取り戻した私に、白衣をきた年配の外国人男性が話しかけてくる。     「ああ、気付かれましたか? ファクソン伯爵令嬢」       ファクソン伯爵令嬢?  誰?  私は日本人よね?     「あ、死んだんだった」    前世で事故で死んだ記憶が、この頭の痛みと共に思い出すだなんて……。  これが所謂、転生ってやつなのね。     ならば、もう振り向いてもくれない人なんていらない。  私は第2の人生を謳歌するわ!  そう決めた途端、今まで無視していた婚約者がいろいろと近づいてくるのは何故!?  

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...