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本編 第1章

第4話

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 そうおっしゃった彼が、私にじりじりとにじり寄ってくる。

 ……ここで退くのは失礼だと思ったので、私は動かなかった。

 肩と肩が触れ合いそうなほどに近い距離。彼が私の顔を覗き込む。……心臓がとくとくと早足になるのは、必然だ。だって、こんなにも美形のお人が――側にいるなんて。

(いいえ、それだけじゃない……)

 そうだ。それ以外にも、こんなにドキドキとしている理由がある。

「……あの、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 恐る恐るそう問いかければ、彼は「いいぞ」と言葉をくれた。

 なので、意を決して口を開く。……声は、震えていない。けど、凛ともしていない。

「あなたさまは……その、王太子さまであられる、ラインヴァルト殿下、ですよね……?」

 ラインヴァルト・アルド・ヴォルタース。

 それは、このヴォルタース王国の王太子殿下のお名前。数年前から隣国に留学されていて、帰国されるのは一年に一度か二度。

 王族としても屈指の優秀さを誇り、幼少期から大臣をも唸らす政策を提示してきたという。……そんな、お人。

 私が彼を見上げていれば、彼はにんまりと口元を緩めた。美しい顔に、不思議なほどにその笑みが似合っている。

「そうだよ。……しかし、よくわかったな」
「……王太子殿下は、ルビーがお好きだと、聞いておりましたので」

 彼の手元に視線を落として、そこにあるルビーの指輪を見つめる。

 王太子殿下は煌びやかな宝石などは好まないのに、どうしてかルビーだけは好んでいるというお話だった。

「そちらの指輪はとても高価に見えます。そして、ゲオルグさまを『あの男』呼ばわり出来るお方ですと、王家のお方しか思いつきませんでしたから……」

 小さな声でそう告げれば、ラインヴァルト殿下はぱちぱちと手をたたいてくださった。

 多分、正解ということなのだろう。

「大正解。……俺、まだ表向きには留学中っていうことになってるし。……帰国したって知らせだしてないから、誰も気が付かなかったんだよ」
「……そういう、問題なのでしょうか?」

 だって、いくらなんでも王太子殿下なのだ。そのお姿は、貴族ならば尚更頭の中に根付いているはずなのに……。

「言っておくけど、俺、何年留学してたと思うんだ? 顔立ちだって、成長して変わってるんだよ」
「……まぁ、そう、ですよね」

 確かに、ラインヴァルト殿下が留学されたときは、まだ十代前半だったという。今の彼は二十歳なので、顔立ちが変わっていてもおかしくはない。

 ……納得、出来た。

「ま、そういうことだよ」

 彼がぐいっとご自身のお顔を私に近づけてこられる。

 ……至近距離にある、端正すぎるお顔。心臓がバクバクとさらに大きく音を鳴らす。

「あんた、テレジア嬢だよな。……エーレルト伯爵家の」

 ラインヴァルト殿下のおっしゃった名前は、確かに私のものだ。

 ……この国を離れて長いというのに、このお方は貴族の名前をすべて把握されているのかもしれない。

 素直に、尊敬できる。

「言っておくけど、俺だって全員の顔と名前が一致するわけじゃないぞ。……国に戻ってきたから、今から本格的に一致させる作業をするつもりだ」
「……なんですか、それ」

 一致させる作業って……。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

「いいよ。……そういう風に笑ったほうが、あんたは可愛いから」

 でも、さすがに……そういうお言葉はどうなんだろうか?

 こんなにも顔の整ったお方にそう言われると、顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなる。

「お、お世辞は、よしてください……!」

 私は特別美人でもなければ、可愛くもない平凡な娘だ。

 そんな私がラインヴァルト殿下ほどのお方に褒められると、恥ずかしくてたまらない。……勘違い、してしまいそうになる。

(けど、ダメよ。思いあがっては、ダメ。ゲオルグさまは、私のことを地味だとおっしゃっていたもの……)

 これは、きっと。ラインヴァルト殿下なりの励ましなのだ。そう、思いこむことにした。
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