上 下
2 / 58
本編 第1章

第2話

しおりを挟む
 だけど、私にとっては周囲の野次馬たちのように楽観的な問題じゃない。

 何故ならば、私は婚約破棄を突きつけられた当事者なのだ。……このままだと、どうなるのか。それくらい、想像力の乏しい私にだってわかる。

(……お父さまやお母さまは、とてもお怒りになるでしょうね……)

 あのお二人は、ずっと私に言い聞かせていた。

 ――お前の価値は、ゲオルグさまの婚約者。すなわち『次期公爵夫人』ということだけだ。

 それが、あのお二人の口癖だった。

 すなわち、その立場と肩書きがなくなった私に対する待遇なんて、誰にだってわかる。

(……どうしよう、どうしよう)

 お屋敷に帰ったところで、どういう扱いを受けるかは大体想像がつく。

 よくて勘当。悪かったら……何処かに売られるとか、そういうことだろうか。

(売られる……とすれば、悪い評判の絶えない貴族とか、老人の後妻とか。……あとは、娼館とか)

 どう足掻いてもろくなことにはなりそうにない。……ならば、お屋敷に戻らずに逃亡する……ということも考えて、やめた。

 だって、私には働く術がない。特別な技術を持ってもいなければ、庶民の常識にも疎い。こんな私を雇ってくれる人なんて、絶対にいない。

 わなわなと唇が震えてしまう。徐々に手や身体も震え出して、恐ろしい未来に目をぎゅっと瞑った。

(ゲオルグさまを追いかける? 婚約破棄を撤回してって、申し出に行く?)

 そんなことをしたところで、彼が考えを改めてくれるわけがない。彼は私のことを見下している。あの態度が、その証拠。

 あと、彼は心に決めた女性が云々とおっしゃっていた。……私のことなんて、もうどうなろうが知らないというような態度。

(ど、うすればいいの……?)

 徐々ににぎやかさを取り戻しつつあるパーティーホールで、私はじっと俯いていた。

 しばらくして、肩になにかがぶつかった。驚いて顔を上げれば、そこには煌びやかなドレスを身にまとったご令嬢がいる。

「ゲオルグさまに出て行けと言われたのに、まだここに居座るの?」
「……それは」
「目障りなんだから、さっさと出て行きなさいよ!」

 そのご令嬢がそう叫んで、私の肩を強く押す。高いヒールの所為で踏ん張りがきかなくて、しりもちをつく私。

 ……彼女たちは、私を見下ろして笑っていた。

「全く、本当に可愛げのない女だわ。……ゲオルグさまに振られるのも、当然だわ」
「本当にそうですわ。……あぁ、辛気臭いのが移ってしまいそう」
「そうよ。じゃあ、行きましょう」

 けらけらと笑いながら、彼女たちが私の側を通り抜ける。……悔しさは、感じている。けど、彼女たちのおっしゃっていることは真実。……言い返す術なんてない。それに、言い返す元気も気力も、今の私には残っていなかった。

「……どう、すればいいの」

 小さくそう呟いて、目を伏せる。

 周囲の喧騒が遠のいていくような感覚だった。まるで、私一人だけがこの世界から切り離されたような。

 どうしようもない、感覚。

 目を瞑れば、お父さまの無の表情。お母さまの失望したような表情。お兄さまの呆れたような表情が、浮かんでくる。

「私、本当に期待外れなんだわ……」

 小さくそう呟いて、ぎゅっと手を握る。

 物語の中ならば、ここで誰かが助けてくれるんだろう。……かといって、ここはそういう物語の世界じゃない。

 だから、私は――このまま、自然と忘れられていく。誰の目にも留まらない雑草のように、消えていくんだ。

 そう、思っていたときだった。

「大丈夫か?」

 誰かが、私に手を差し出して、そう声をかけてくれた。

 驚いて顔を上げる。……そこには、美しい銀髪の貴公子が、いらっしゃった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完結】フェリシアの誤算

伽羅
恋愛
前世の記憶を持つフェリシアはルームメイトのジェシカと細々と暮らしていた。流行り病でジェシカを亡くしたフェリシアは、彼女を探しに来た人物に彼女と間違えられたのをいい事にジェシカになりすましてついて行くが、なんと彼女は公爵家の孫だった。 正体を明かして迷惑料としてお金をせびろうと考えていたフェリシアだったが、それを言い出す事も出来ないままズルズルと公爵家で暮らしていく事になり…。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】硬派な殿下は婚約者が気になって仕方がない

らんか
恋愛
   私は今、王宮の庭園で一人、お茶を頂いている。    婚約者であるイアン・ギルティル第二王子殿下とお茶会をする予定となっているのだが……。     「また、いらっしゃらないのですね……」    毎回すっぽかされて、一人でお茶を飲んでから帰るのが当たり前の状態になっていた。    第二王子と婚約してからの3年間、相手にされない婚約者として、すっかり周知されていた。       イアン殿下は、武芸に秀でており、頭脳明晰で、魔法技術も高い。そのうえ、眉目秀麗ときたもんだ。  方や私はというと、なんの取り柄もない貧乏伯爵家の娘。  こんな婚約、誰も納得しないでしょうね……。      そんな事を考えながら歩いていたら、目の前に大きな柱がある事に気付いた時には、思い切り顔面からぶつかり、私はそのまま気絶し……       意識を取り戻した私に、白衣をきた年配の外国人男性が話しかけてくる。     「ああ、気付かれましたか? ファクソン伯爵令嬢」       ファクソン伯爵令嬢?  誰?  私は日本人よね?     「あ、死んだんだった」    前世で事故で死んだ記憶が、この頭の痛みと共に思い出すだなんて……。  これが所謂、転生ってやつなのね。     ならば、もう振り向いてもくれない人なんていらない。  私は第2の人生を謳歌するわ!  そう決めた途端、今まで無視していた婚約者がいろいろと近づいてくるのは何故!?  

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

処理中です...