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本編 第1章
第1話
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すぐには反応できなかった。
告げられた言葉をかみ砕くのに、数十秒を要していたと思う。
ただただぼうっと《彼》を見つめていれば、彼は嫌そうに眉を顰めた。
「なんだ、驚きすぎて言葉が出ないのか?」
そう問いかけられても、私は上手く反応が示せなかった。
ぎゅっと手を握って、必死に脳内を動かす。……言葉をかみ砕けても、理解はできない。
「なら、もう一度言ってやる。――俺は、お前との婚約を破棄する!」
今度は高らかな宣言だった。
……聞き間違いとか、そういう風に誤魔化せるようなものじゃない。
(……婚約、破棄)
目を伏せて、ぎゅっと唇を引き結んだ。
静まり返った周囲の空気が、肌にまとわりついているようで気持ちが悪い。あと、周囲の人たちが私を見てこそこそと話しているのも、気持ちが悪い。
耳障りな言葉たちが、耳に届く。……あぁ、嫌だ。
「どう、してで……ございます、か」
震える声を必死に抑え込んで、私は婚約者だった彼を見てそう問いかける。
彼は、にんまりと口元を緩めている。その笑みは、私がこの世で大嫌いだと言い切れる笑みだ。
「そんなもの簡単だ。お前のような真面目が取り柄なだけの女など、俺には相応しくない」
「……ですが」
「言っておくが、俺に縋ろうとも無駄だ。俺の心には、お前じゃない別の女がいる」
私の言葉など聞くつもりはないらしい彼は、私のほうに近寄って私を見下ろす。
幾分も高い背丈。威圧されるように見下ろされれば、私の身体は自然と縮こまったような気がした。
「大体、お前のような真面目しか取り柄のない地味な女が、俺の婚約者でいられたこと自体を感謝してほしい」
その言葉に、唇を噛んだ。
「もう少し愛想がいいとか、容姿が美しいとか。そういう目に見えて秀でているものが欲しい」
「……そ、んなの」
声が震えている。確かに私の容姿は地味かもしれない。愛想もないかもしれない。
でも、こんなのあんまりじゃないか。
(婚約破棄を告げるならば、せめて人のいないところでひっそりと告げてほしかった……)
こんな大衆の面前でするようなことじゃない。
まぁ、彼の目的は私に恥をかかせることだろうから、この場を選んだのだろうが。
いつだって彼は、私のことを邪険にし、手酷くあしらう。
「というわけだ。お前はもうさっさと立ち去れ。……この場に残られるだけ、不快なんだよ」
元婚約者が、そう言葉を投げ捨てて踵を返す。……私は、反応することが出来ない。
俯いて目を押さえて、涙をこらえる。別に婚約破棄されたのが辛いわけじゃない。
……私の存在価値がなくなったことが、辛いのだ。
「あら、もしかして……」
「ショックすぎて、泣いていらっしゃるの?」
周囲にいたご令嬢たちが、こそこそと言葉を交わす。
「けど、当然と言えば当然ではなくて? あんな地味な女、ゲオルグさまには相応しくないわ」
「えぇ、本当」
嘲笑を含んだ声が聞こえてきて、私は耳をふさぎたくなった。
「大体、面白みのない女なのに、次期公爵夫人に収まろうとしたのが、間違いだったのよ」
誰かがそうはっきりと言った。
その言葉は伝染していき、先ほどまで野次馬を決め込んでいた人たちも、こそこそと話をする。
内容は大体、同じものだ。
私は彼に相応しくなかった。だから、婚約破棄をされて当然だ。むしろ、今まで婚約破棄を告げられなかったことが奇跡だ……などなど。
誰も私のことなんて庇おうとはしない。
……そりゃそうだ。元婚約者であるゲオルグさまのおうちはこの国でも筆頭に名を連ねる公爵家。対する私のおうちは、名門とはいえ最近落ちぶれ始めている伯爵家の娘。
どちらの味方をすれば利益が大きいか。そんなもの、子供でも分かる。
それほどまでに簡単な問題だった。
告げられた言葉をかみ砕くのに、数十秒を要していたと思う。
ただただぼうっと《彼》を見つめていれば、彼は嫌そうに眉を顰めた。
「なんだ、驚きすぎて言葉が出ないのか?」
そう問いかけられても、私は上手く反応が示せなかった。
ぎゅっと手を握って、必死に脳内を動かす。……言葉をかみ砕けても、理解はできない。
「なら、もう一度言ってやる。――俺は、お前との婚約を破棄する!」
今度は高らかな宣言だった。
……聞き間違いとか、そういう風に誤魔化せるようなものじゃない。
(……婚約、破棄)
目を伏せて、ぎゅっと唇を引き結んだ。
静まり返った周囲の空気が、肌にまとわりついているようで気持ちが悪い。あと、周囲の人たちが私を見てこそこそと話しているのも、気持ちが悪い。
耳障りな言葉たちが、耳に届く。……あぁ、嫌だ。
「どう、してで……ございます、か」
震える声を必死に抑え込んで、私は婚約者だった彼を見てそう問いかける。
彼は、にんまりと口元を緩めている。その笑みは、私がこの世で大嫌いだと言い切れる笑みだ。
「そんなもの簡単だ。お前のような真面目が取り柄なだけの女など、俺には相応しくない」
「……ですが」
「言っておくが、俺に縋ろうとも無駄だ。俺の心には、お前じゃない別の女がいる」
私の言葉など聞くつもりはないらしい彼は、私のほうに近寄って私を見下ろす。
幾分も高い背丈。威圧されるように見下ろされれば、私の身体は自然と縮こまったような気がした。
「大体、お前のような真面目しか取り柄のない地味な女が、俺の婚約者でいられたこと自体を感謝してほしい」
その言葉に、唇を噛んだ。
「もう少し愛想がいいとか、容姿が美しいとか。そういう目に見えて秀でているものが欲しい」
「……そ、んなの」
声が震えている。確かに私の容姿は地味かもしれない。愛想もないかもしれない。
でも、こんなのあんまりじゃないか。
(婚約破棄を告げるならば、せめて人のいないところでひっそりと告げてほしかった……)
こんな大衆の面前でするようなことじゃない。
まぁ、彼の目的は私に恥をかかせることだろうから、この場を選んだのだろうが。
いつだって彼は、私のことを邪険にし、手酷くあしらう。
「というわけだ。お前はもうさっさと立ち去れ。……この場に残られるだけ、不快なんだよ」
元婚約者が、そう言葉を投げ捨てて踵を返す。……私は、反応することが出来ない。
俯いて目を押さえて、涙をこらえる。別に婚約破棄されたのが辛いわけじゃない。
……私の存在価値がなくなったことが、辛いのだ。
「あら、もしかして……」
「ショックすぎて、泣いていらっしゃるの?」
周囲にいたご令嬢たちが、こそこそと言葉を交わす。
「けど、当然と言えば当然ではなくて? あんな地味な女、ゲオルグさまには相応しくないわ」
「えぇ、本当」
嘲笑を含んだ声が聞こえてきて、私は耳をふさぎたくなった。
「大体、面白みのない女なのに、次期公爵夫人に収まろうとしたのが、間違いだったのよ」
誰かがそうはっきりと言った。
その言葉は伝染していき、先ほどまで野次馬を決め込んでいた人たちも、こそこそと話をする。
内容は大体、同じものだ。
私は彼に相応しくなかった。だから、婚約破棄をされて当然だ。むしろ、今まで婚約破棄を告げられなかったことが奇跡だ……などなど。
誰も私のことなんて庇おうとはしない。
……そりゃそうだ。元婚約者であるゲオルグさまのおうちはこの国でも筆頭に名を連ねる公爵家。対する私のおうちは、名門とはいえ最近落ちぶれ始めている伯爵家の娘。
どちらの味方をすれば利益が大きいか。そんなもの、子供でも分かる。
それほどまでに簡単な問題だった。
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