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しおりを挟む第一章 前世の記憶、思い出しました(のち、婚約)
「オルランド殿下! 本日はわたくしとお話をしてくださいませ!」
「いえいえ、わたくしのほうが殿下のお好みに合ったお話ができますわ! ぜひともお茶を――」
「貴女たちは引っ込みなさい! 私のほうが……」
そんな令嬢たちの声が聞こえて、私は声のする方向に勢いよく振り返った。私のふわふわした茶色の長い髪が揺れるのも気にしない。
だって、あの声の方向には、私が熱心に『追っかけ』をしている男性がいるのだから。
きっとその人は数多の令嬢に囲まれて、いつものように困った表情を浮かべているのだから。
それに気がついて、私が思うことはただ一つ。
――負けられないっ!
ただ、それだけ。だから、私は令嬢たちの輪の中に無理やり割り込んでいく。
そこが階段の踊り場だなんてこと、おかまいなし。
問答無用。
人の迷惑なんて、知らない。
私が恋焦がれる彼は今年で学園を卒業してしまう。だから、どうにかしてこの限られた期間でお近づきにならなくては!
ほかの令嬢たちも、きっと同じような考えだろう。
私と、一緒。全然、嬉しくないけれど。
「オルランド殿下! 私のほうが――」
長い髪を振り乱して、私は令嬢たちの塊をかき分けていく。
なんとかして、彼――オルランド殿下のお心を射止めたい。今の私の頭には、それしかなかった。
初めてオルランド殿下を見たとき、私は一瞬で恋に落ちた。
さらさらした紺に近い青色の髪。おっとりとして見える紫色の目。顔のパーツはとても綺麗だし、配置も完璧。まさに、私が理想とする男性だ。そう、思った。
私が熱心に追っかけをしている男性は、この王国の第五王子。
名前をオルランド・メーレンベルフという。
彼は『メーレンベルフの至宝』と呼ばれたお母様の容姿を色濃く受け継ぎ、幼少期からとんでもない美しさを誇っていた……らしい。
その結果、数多の女性を魅了し続けた。もちろん、私も魅了された一人。
オルランド殿下には、とにかくファンが多い。そのため、私は少しでもオルランド殿下に覚えてもらおうと、熱心に追っかけをしている。
でも、オルランド殿下は誰が話しかけても、いつだって困ったように笑うだけ。
……その笑みも、とんでもなく綺麗なのだけれど。
(なによ、こんな雑魚、私の力があれば一瞬なのよ!)
心の中でそう零しながら、私は令嬢たちを押しのけてオルランド殿下に近づく。
私の名前はエステラ・ブラウンスマ。ブラウンスマ伯爵家の長女。
幼い頃から両親と年の離れた兄に、蝶よ花よと可愛がられ、自分の容姿に絶対的な自信を持っている。さらに、ブラウンスマ伯爵家は王国から『辺境伯』という役割も任せられており、素晴らしい権力を持っていた。それもきっと、私を『勘違い』させた原因の一つ。
「ちょっと、どきなさいよ! 田舎娘!」
「……あっ」
そんな私が、ほかの令嬢に突き飛ばされた。
彼女は、王都の中心部に本邸を構える侯爵家の令嬢。いつもいつも、私の邪魔ばかりをする忌々しい女。
……なによ、誰が田舎娘よ! 辺境伯爵家は、公爵家と同等の権力を持っているのよ!
私は、いつものようにそう突っかかろうとした。だけどその時、背中にドンッと強い衝撃を受けて――私は、階段から落ちた。踊り場から、足を踏み外してしまったのだ。
(……やばいっ!)
そう思ったけれど、とっさのことで受け身を取れず、私の身体は硬い床に打ちつけられた。
落ちていく途中に見えたのは、オルランド殿下の焦ったような、驚いたような不思議な表情。
それと、階段から転落する私を見て嬉しそうに口元を歪める――とある令嬢の姿だった。
「煌って、すごいよね。本当にモテモテじゃん」
「……モテたとしても、こっちは迷惑だ。気が休まらねぇし」
「ふ~ん、モテる人にはそれ相応の悩みがあるのねぇ……。なんていうか、贅沢な悩み」
幼馴染である煌の話を聞きながら、私たちは並んで歩道を歩く。
私、春香とその隣を歩く煌は腐れ縁の幼馴染。幼い頃から兄妹のように育ってきた。たった半年早く生まれただけで年上面する煌が、最近少し気に食わないのだけれど。
「……私たちって、ずっとこのままの関係なのかなぁ」
信号を待っているとき、私は煌にそんな風に話しかけた。
私たちは、幼稚園からずっと一緒。小学校、中学校。そして、高校。
家は隣同士だし、学力も似たり寄ったり。……このままだと、大学まで一緒かも、なんて。私も煌も、進学を希望しているわけだし。
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味。私たち、このまま大人になっても腐れ縁が続くのかなぁって、思っただけ」
「……そんなわけねぇだろ」
煌がそう答えたとき、信号が青になって私たちは横断歩道を渡る。
確かに、それはちょっと嫌かも。煌みたいにモテる幼馴染を持つと、私は嫉妬の的になるわけだし。いつか煌にお似合いの美人の彼女ができるかもしれないし。
縁が切れるなら、それはそれで……。だって、私たちにはそれぞれの人生があるのだから。
「まぁ、大人になってもこの関係だったら、ある意味奇跡だな。……最悪、前世も来世も、俺たち縁があったりして」
「なーにそれ。迷惑」
「悪かったな」
本当に、私たちの関係はいつまで続くのだろうか。私はいつまで煌の隣にいられるだろうか。
そう思いながら、私たちは相変わらず並んで歩く。
「なぁ、春香――」
不意に、煌が声をかけてきて、私が振り向こうとしたときだった。
周囲の大きな悲鳴が、耳に届く。
慌ててそちらに視線を移すと、そこには暴走した乗用車が歩道に突っ込んでいて。
だから、私は――慌てて煌を突き飛ばした。
その後、逃げ遅れて乗用車にはね飛ばされる私の身体。
しばらくして、地面に打ちつけられる。
鈍い痛みが身体中を襲った。ゆっくりと目を開けるものの、意識がもうろうとして目の前がよく見えない。なのに、煌の悲痛な声だけはしっかり聞こえた。
「春香、春香!」
うぅ、うるさい。っていうか、怪我人の身体を揺さぶっちゃダメでしょう。
そう思うけれど、煌はおかまいなし。ひたすら私の名前を呼び続ける。
ぽろぽろと顔に当たるのは、煌の涙だろうか? ……そういえば、昔は泣き虫だったっけ。泣いてるところ見るの、久々かも。いや、視界がぼやけて見えていないけれど。
「春香……!」
――ずっと好きだった、のに。
そんな都合のよすぎる言葉を聞いた私は……そのまま、意識を失ってしまった。
最後に、ちょっとは煌の役に立てたかな。そんなことを、思って。
「ぎゃあっ!」
そして、ベッドから飛び起きた。
自分の頬をぺちぺちと叩く。
……生きている。
そう思ったけれど、昨日までのこの身体の記憶がしっかり残っているので、これが世にいう『転生』だと容易に想像ができた。
「お嬢様! 目が覚めたのですね……!」
「え、えぇ」
起きあがった私を見て駆け寄ってきたのは、私の専属侍女であるイレーナだ。彼女は燃えるように真っ赤な髪を後ろで一つに束ねている。こういう髪型を、前世では確か『ポニーテール』と呼んだはず。
「ねぇ、イレーナ。手鏡を持ってきてちょうだい」
「か、かしこまりました」
イレーナに指示を出して、手鏡を持ってきてもらう。
ふちに豪華な宝石があしらわれた手鏡を覗くと、そこにはふわふわした茶色の長い髪と、満月のような金色の目をした可愛らしい少女が映っていた。
……間違いない。エステラの姿だ。
ほかの令嬢に押されて、階段の踊り場から転落したエステラ・ブラウンスマ。それが、今の私。
……どうやら、眠っていた間に見た『春香』という少女の記憶は、私の前世の記憶のようだ。
だから、今の私は間違いなくエステラ。
エステラ・ブラウンスマ。
麗しのブラウンスマ伯爵令嬢……なんて、自分で言っちゃう言葉じゃないわよね。
「あぁ、よかった。旦那様や奥様、お兄様にもご報告しましょうね……!」
そう言って、イレーナは一目散にお部屋を出ていってしまった。……お父様とお母様、こっちに来てくれていたのね。そう思って、私の心が少しだけ温かくなる。
ブラウンスマ伯爵家は、家族そろって暮らしているわけではない。私とお兄様だけが、王都にあるこの別邸に住んでいる。お父様とお母様はお仕事の関係上、普段は辺境の領地にいるから。
でもまぁ、最愛の愛娘が大怪我をしたら、そりゃあ慌てて帰ってきますか。
「……しかし」
私はそう呟いて、手鏡に再び目を落とす。そこに映るのは、素晴らしく可愛らしい少女。
階段から落ちて意識を失うまでは毎日のように見つめていた顔。なのに、今は違和感しかない。茶色の髪も、金色の目も。この違和感は、日本人だった前世の影響だろう。
……それから、ものすごく反省したいことがある。
「オルランド殿下に、申し訳ないことをしたわ……」
私……というか、エステラが追いかけまわしていたオルランド・メーレンベルフ殿下について、だ。
前世の記憶が蘇った今なら、よくわかる。
あれだけ追いかけ回されたら気が休まらないだろうなぁって。
前世の幼馴染、つまりは煌の零していた「自由がない」という言葉。あれそのものだ。
本当に、悪いことをしたわ。
「けど、きっと謝って済む問題じゃないだろうしなぁ。そもそも、オルランド殿下は私の顔なんて、きっと覚えちゃいないわ」
ぺちぺちと自分の頬を叩きながら、私はそんな言葉を零す。
確かにエステラは可愛らしいけれど、どちらかといえば素朴な雰囲気。言ってしまえば地味だ。モブキャラと言ってもいい。
対して、同じようにオルランド殿下の追っかけをしていたのはとんでもなく華美な令嬢ばかり。
そんな彼女たちに囲まれてもエステラが気の強い少女であり続けたのは、両親に「そのままでもとても可愛らしい!」と言われ続けた影響だろう。ありのままの自分に、過剰なまでの自信があった。
……それが、せめてもの救いか。
しかし、エステラの性格は最悪に近い。高飛車だし、わがままだし、自分勝手だし、権力を振りかざすし。
あのままだったら、少女漫画とかに出てくる当て馬女まっしぐら。
なんというのだっけ? ほら、悪役令嬢、だっけ?
「まぁ、オルランド殿下も追っかけが一人減ったくらい、気になさらないでしょう。この際追っかけはすっぱりやめて、自由に過ごそうっと」
私はそう呟いて、うぅ~っと大きく伸びをした。
それから数分後。血相を変えたお父様とお母様、それから七つ上のお兄様がお部屋になだれ込んで、私の無事を喜んでいた。
曰く、私は三日間も眠っていたらしい。……本当に、打ち所が悪かったのね。
そんなことを思いながら、私は泣きながら喜ぶ家族を見つめていた。
なんだか、温かい家族よね。
だったらなおさら、隠し事なんてするべきじゃない。そう考えた私は、素直に前世の記憶が蘇ったことをお話しすることにした。
『春香』が生きていた世界の常識では考えられないことだけど、このメーレンベルフ王国でそれは珍しいことではない。それこそ、五人に一人は前世の記憶を持っていると言われているくらい、それが一般的なことだもの。
前世では考えられないことは、それだけじゃない。なんと、この世界では科学ではなく魔法が発展しているのだ。家電などもあるけれど、それは電気ではなく魔力で動いたりする。
魔法は、人々の暮らしの近くにある。
(でも、どう切り出そうかな……)
いきなり「私、前世の記憶が蘇ったの!」なんて、言ってもいいものなのだろうか。
エステラは前世の記憶を持っている人と関わったことがなかったから、どうするのが正解かよくわからない。いくら前世の記憶を持つ人が多いと言っても、一生のうちに一度も出会わずに終わる人だっているのだ。五人に一人って、結局は割合的な話だし。
「エステラ。もう、大丈夫か?」
私がどう切り出そうかと考えていると、一人の青年が私の顔を覗き込んできた。明るい茶色の短い髪が、ところどころ跳ねている。おっとりした印象を与える目の色は、空のような青色。顔立ちは二十歳前後に見えるけれど、実年齢は二十四歳。つまり、童顔。
この青年の名前はアーレント・ブラウンスマ。今世の私、エステラの七つ上の兄。優しそうな雰囲気から女性人気が高く、たくさんの求婚を受けている。しかし、超がつくほどのシスコンであり、妹であるエステラが大好き。
「……おにい、さま」
お兄様の青色の目が、私を射貫く。それを見ていると、もう切り出し方とかどうでもよくなって、私はただ「お、お兄様?」と震える声で呟いた。
……前世で、兄はいなかった。だから余計に「お兄様」という単語に違和感を覚えてしまう。
「どうした、エステラ」
綺麗な笑みを浮かべながら、お兄様は私の頭をゆっくり撫でた。
私は「大切な、お話が……」と視線を逸らしながら、口を開く。
その言葉を聞いたお兄様は、お父様とお母様に声をかけた。
きっと、まだ喜びで興奮冷めやらぬお二人を落ち着かせてくれているのだわ。
「エステラ、どうしたの?」
それからしばらくして、お母様が私と視線を合わせてそう問いかける。
……言わなくちゃ。そうよ、このメーレンベルフ王国で、それは当たり前。日常的なもの。なにも恥ずべきことではないし、異常なことでもない。頑張るのよ、私!
「……実は、私――」
その後、私はお父様とお母様、それからお兄様とイレーナに前世の記憶が蘇ったことを告げた。
事細かには伝えなかったものの、前世の私が『日本』という国で『高校生』というものをしていたことだけは、お話しした。ついでに、前世の名前が『春香』だったことも。……理解してくれたかどうかは、わからないけれど。
「……そうか。エステラ、話してくれてありがとう」
お父様が、そう言ってにっこり笑う。その笑みを見て、私はホッと一息をついた。
よかった。そんなに、嫌悪感は持たれなかった。まぁ、この王国で前世の記憶に対して嫌悪感を持っていたら、生きていけないと思うのだけれど。
「けど……私たちに前世の記憶はないわ。なにか手助けをと思っても、難しいわよねぇ」
頬に手を当てながら、お母様は言う。
でも、正直に言えば手助けは必要ないと思っている。だって、私はもうほぼ大人なわけだし。これが幼子に前世の記憶が蘇ったり、前世があまりにも幼かったりしたのなら話は別だけれど、今の私の状況であれば、そう困ることはないと思う。……一応、前世の記憶を持つ知り合いくらいは、いたほうがいいかもしれないけれど。
「……エステラ。俺が手助けをしよう」
不意にお兄様がそんなことを告げてくる。
私が目をぱちぱちと瞬かせると、「可愛い妹のためだ。なんでもするさ」とお兄様は続けた。
……このシスコンめ。そんな状態だから婚約者がいないのよ。
「アーレント。……大丈夫?」
「はい、大丈夫です。エステラのためなら、言葉通りなんでもするつもりですから」
にっこりと笑うお兄様からは、なんだかうすら寒い雰囲気が漂った気がした。
お兄様、怒らせるとかなり面倒な人種だったりする……のよね。
(まぁ、ごねてもなにも解決しないだろうし、この提案は素直に受け入れたほうがいいのかも……)
厚意で言ってくれているのだから、かたくなに断るのは逆に失礼だ。
私はそう判断して、「……では、お願いします」と静かに頭を下げる。
そんな私を見てか、お兄様はゆっくりと目を細めた。その表情は、やはりとても優しく見える。
さすがは社交界でもモテる貴公子。ただし、外見と雰囲気だけ。
「兄妹なんだから、そんなにもかしこまらなくてもいい。今まで通り、俺に可愛がらせてくれ」
……だけど、その、今まで通りというのは、無理と言いますか……。だって、今まで通りということは、わがまま三昧のお嬢様をやれっていうことでしょう? そんなの、無理、無理っ!
(前世で一般人だった私に、それはハードルが高すぎるわよ!)
今世では辺境伯爵家の令嬢。しかし前世はただの庶民。春香の記憶が蘇った今、わがまま三昧は無理に等しかった。
だって、普通に恥ずかしいじゃない。大人になりきれていない感じが、するじゃない……
「うぅ~」
ベッドから起きあがって、大きく伸びをする。
前世の記憶が蘇った次の日。私は大事を取って学園を休み、お昼過ぎまで眠っていた。
……なんとまぁ、贅沢な生活なのだろうか。
メーレンベルフ王国の最高教育機関である王立メーレンベルフ学園は、十五歳から十八歳までの貴族の子息子女が通う。
ただし、高位貴族の跡取りや王族は卒業後に追加で二年間、つまり二十歳まで学ぶことが義務づけられている。王族であるオルランド殿下も現在追加期間中だ。けれど彼は二十歳で、今年学園を卒業してしまう。卒業すれば、婚約者が決まることはほぼ確実。だから、令嬢たちはこぞって婚約者の座を射止めようと頑張っている。私も、そのうちの一人だった。
「お嬢様、起きられましたか」
「えぇ、イレーナ」
イレーナが私のお部屋に入ってきて、そう声をかける。
彼女は私に前世の記憶が蘇ったと知った当初はかなり驚いていたけれど、穏やかになった私を見て『良い変化』だと思ったのだろう。今はもう普通に接してくれている。多分、お父様やお母様、お兄様よりも理解が早いのではないだろうか。
(今までイレーナには迷惑ばかりかけてきたものね。これからは、イレーナ孝行もしなくちゃ)
どんな無茶ぶりをされても完璧にこなしていたイレーナは、まさに侍女の鑑。
これまで散々私のわがままにも付き合わせて、本当に申し訳ないことをしたと思っている。
それから、一つだけ気になることがある。それは――
「ところでイレーナ。その花束は……?」
私はイレーナが持っている大きな花束を見て、問いかけた。
様々な種類の花が使われた、豪華な花束。中には薔薇のような花もある。
……誰かからもらったものかしら?
花束にはメッセージカードのようなものが添えられていて、家族が用意したものではなさそうだ。
「あぁ、こちらはお嬢様の大好きな、オルランド殿下からのお見舞いの品ですよ」
「お、オルランド殿下……⁉」
イレーナのその言葉に、私は大きな声を上げてしまった。
驚く私に、イレーナは花束の中に入っていたメッセージカードを手に取り、手渡してくれた。
そこには確かに『オルランド・メーレンベルフより』と文字が綴ってある。
……見間違いじゃ、ないわよね。でも、どうして? オルランド殿下は、私のことなんて眼中になかったはずなのだけれど……
「なんでも、お嬢様が階段から落ちたのを見て、ご自分のせいだと責任を感じられたそうです。それで、お見舞いに花束とメッセージカードを従者に持たせて届けてくださったそうですよ」
「……そうなのね」
そういえば、階段から落ちる瞬間にオルランド殿下と視線が交わった気がする……わ。そう、ご自分のせいだなんて、思ってしまったのね。全然、そんなことはないのに。むしろ、階段の踊り場で群がっていた私たちが悪いのに。気を遣ってくださったんだわ。
(こんなにもお優しい方を困らせていたなんて……。なんだか、今までの行動がバカバカしいわ)
オルランド殿下の目に留まろうと、頑張っていた。だけど、きっとやり方が間違っていたのだろうな。もっと、違う方法で覚えてもらおうとすればよかったのに。
……まぁ、前世の記憶が蘇った以上、もうオルランド殿下につきまとおうとは思わないのだけれど。だって、私みたいな地味な女が、彼の隣にふさわしいわけがない。主に、容姿面で。
(地味なエステラと、美貌のオルランド殿下。……ないない)
ずっと、自分がふさわしいと思ってきた。思い込んでいた。しかし、前世の記憶が蘇ったことで、私は自分を客観的に見られるようになった。
それに関しては、本当に神様に感謝している。感謝してもしても足りないくらい。
そんなことを考えながら、私はリボンの模様が描かれたシンプルなメッセージカードを開く。
そこには模様と同じくシンプルな心配の言葉が綴られていた。
『心配です』やら『お大事に』という当たり障りのない内容だけれど、きっと前世の記憶が蘇る前の私だったら、「特別扱いだわ!」と思って舞い上がっていただろう。
……知らないって、とても幸せなことよね。
(どうせだし、このメッセージカードを思い出にして、私はもう身を引きましょう)
最後に書かれていた『また、学園でお会いできることを楽しみにしています』という言葉は、叶えられそうにないけれど(というか、ただの社交辞令だろうけれど)、それでもいいだろう。
それもこれも、オルランド殿下のため。
前世の記憶が蘇って人が変わることは多々あることだし。おかしなことではないと思う。
私は花束を花瓶に活けているイレーナを見つめながら、自分の行いをもう一度反省した。
何故、これまでオルランド殿下に多大な迷惑をかけてきたのか。
何故、その行為が迷惑だと気がつかなかったのか。
そんなことを思っては、ひどい後悔の念に苛まれた。
……反省したので、もう近づきません。なので、どうか許していただきたいです。
心の中でそう唱えながら、私はメッセージカードを引き出しの奥底にしまい込む。
(さようなら、私の初恋。……これからは、身の丈に合った素朴だけれど素敵な男性を見つけて、普通に結婚して添い遂げるわ)
そう思って、私は引き出しを閉めて自分の心にもふたをする。
辺境伯爵家の娘だからって、私自身が偉いわけではない。
そもそも、私よりも魅力的で権力を持っている令嬢なんて、たくさんいる。
だから、私は大人しく身の丈に合った男性を見つけます。そして、一生を添い遂げるつもりです。オルランド殿下もどうかほかのお方と幸せになってください。
……心の中でそう呟いて、私はもう一度ベッドに戻り、毛布の中に潜り込んだ。
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