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第二部

第19話 醜い感情

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 勘違い。それは、一体どういうこと? そう思って私が口を開こうとすれば、それよりも早くにオルランド様が口を開いた。

「あの男は、貴女が求めている人間の生まれ変わりではありません」

 そして、オルランド様が言ったのはそんなお言葉だった。……私の、求めている人の生まれ変わり。それってつまり、煌ということよね? でも、どうしてそんなことがオルランド様に分かるの? その疑問は、ある意味当然のこと。だからこそ、私が「あ、あの」と言葉を発すれば、オルランド様は私にそのお綺麗なお顔を近づけてくる。その紫色の目に宿っているのは……明らかな、狂気。

「あの男じゃない。それだけは、断言できます」

 オルランド様はそう言って、私から顔を遠ざけていた。その瞬間、窓から入ったのか生ぬるい風が私とオルランド様の髪を揺らした。ただ無言で見つめあう形になってしまって、私は気まずさからそっと視線を逸らす。けど、オルランド様はそれさえも許さないとばかりに私の手首を力いっぱい掴んできて。……私は、与えられる痛みから眉をしかめた。

「……すみません、エステラ」

 それから、数十秒にも感じられた沈黙の後。オルランド様は不意にそう謝罪をしてきた。……意味が、分からなかった。確かに、いろいろと戸惑うことはあったし、言っていることの意味はいまいちよく分からない。でも……私も、ある意味納得できたのよ。そうよ。いくら雰囲気が似ているからといって、煌の生まれ変わりである可能性は低い。だって、同じ世界に転生するなんて奇跡としか言い表しようがないのだから。

「……いえ、おっしゃっていることは、分かります。同じ世界に転生するなんて、奇跡よりも小さな可能性ですものね」

 苦笑を浮かべながら私がそう言えば、オルランド様は一瞬だけ悲しそうな表情をした後、「そう、ですね」といつも通りの笑みに戻っていた。……あの悲しそうな表情の意味が、よく分からない。それでも、問いかけることは出来なかった。問いかけてしまえば最後、私たちの関係が壊れてしまうような予感が、してしまったから。

(いつまでも逃げていられない。分かっているのよ)

 たとえ関係が壊れるとしても、いつかは問いかけなくてはいけないことを、私は分かっている。なのに、それが恐ろしくて、怖くて。今のままの関係を壊すくらいならば、真実も本音も知らない方が良いんじゃないかって、思ってしまうのだ。……臆病者。きっと、人は私のこの気持ちを知ればそう言うだろうな。はは、分かる。だって、私も赤の他人だったらそう思うだろうから。

(……幼馴染と、一緒なのよ)

 幼少期からずっと一緒にいて、仲良く育って。その所為で、新しい関係の一歩が踏み出せない。その理屈と、似ているような気がした。煌との関係が進展しなかったのも、きっとそういうことだと思うから。

「……エステラ」

 私が一人悶々と考え込んでいると、ふとにオルランド様が私の名前を呼んでくれる。それに一瞬だけ驚くけれど、出来る限りの笑みを作って私はオルランド様と向き合った。そうすれば、オルランド様は「……俺は、貴女が好きです」といきなり告白をしてきて。……ま、待って! こういうの、予想していなかったというか……。しかも、普段みたいに茶化す雰囲気じゃないから、余計に心臓の音が……うるさい。

「だから、嫉妬します。醜い感情だって、抱きます」
「……はい」
「エステラだから、こういう風に感じるんです。……だから、エステラ、もう二度と、俺の前からいなくならないで」

 縋るような、お声だった。「もう二度と」。その部分はきっと、少し前にフロリーナ様に連れ去られた時のことを言っているのだろう。それが分かるからこそ、私はオルランド様の手を恐る恐る握る。その手は、とても温かかった。

「私……その、勝手に、いなくなったり、しません、から」

 もっとはっきりと言えれば、いいのに。だけど、生憎私にそんなことをはっきりと伝える度胸なんてなくて。私は恐る恐るといった風にそう返事をした。……オルランド様も、きっとこの回答で満足してくれる。何故だろうか、心の中でそう思う気持ちもあったのだ。

「そう、ですか。……ありがとう、ございます」

 そんな私の言葉を聞いたからなの、だろうな。オルランド様は何処か寂しそうに笑って、私にお礼を告げてきた。……その笑みが、何処となく懐かしいような気がしたのは、多分気のせい。ううん、絶対に気のせいなのよ。

(多分、笑い方が似ているのよね。つまりこういう風に笑うお方のことを、私が好きだっていうだけ)

 自分自身に、そう言い聞かせた。オルランド様が煌だという可能性は間違いなくないわけだし、そう自分に言い聞かせるのも仕方がなくて。

「……醜い、感情、嫉妬」

 そんな気持ちを誤魔化すように、私は何故かその単語を口にした。私も、醜い感情を抱く時が来る……のかな。嫉妬は……ほんの、ほんのちょっぴりだったら、することがある……の、だけれど。
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