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第二部
第17話 懐かしむ
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(……こんな感覚に、なるなんて)
ジュリアンさんの手を払うことも出来ず、私は呆然としていた。そんな私を正気に戻したのは、イレーナの「お嬢様」という声で。だからこそ、私はハッとしてジュリアンさんに「すみません」と言う。それは、頭を撫でないでほしいという意味だった。
「……あぁ、そういえば貴女には恋人がいました、ね。こんなところ、見られたら勘違いされてしまう、か」
私の言葉の意味を汲み取ってか、ジュリアンさんはそう言葉を告げてきた。……オルランド様は恋人じゃなくて婚約者だけれど、そんな些細なことはどうでもいいか。そう思い直し、私は「勘違い、されたくない、ので」と言葉を発する。ただでさえ今、オルランド様との関係がこじれているのだ。これ以上こじれることは、避けたい。
「……そう、か」
「はい」
「けど」
視線を逸らしながら私が返事をすれば、ジュリアンさんは笑う。その後、私の手を取った。今、私は勘違いされたくないと言ったのに。どうして、ジュリアンさんはこんなことを……? そう思って躊躇う私を他所に、ジュリアンさんは「エステラ様に、こんな悲しそうな顔をさせるなんて」と呟いていた。……なんというか、口調が軽くなっている、ような。……まぁ、気にしないけれど。
「俺だったら、エステラ様にそんな顔をさせない。……そんな、暗い表情はエステラ様には似合わないから」
……なんだろうか。ジュリアンさんは、何が目的なのだろうか。呆然とする私を見て、ジュリアンさんはただ笑う。そして、「貴女を見ていると、懐かしい気持ちになっちゃって」とはにかみながら続けた。……懐かしい気持ち、か。
(やっぱり、ジュリアンさんって――)
――煌、なのだろうか?
そう思ったら、私の心が揺れる。ドクンドクンと心臓が大きく音を鳴らし、ジュリアンさんのことを真正面から見つめることが出来なくなってしまう。……懐かしい。私の心も、その感情に支配されている。その所為なのだろうか、ジュリアンさんの手を振り払うことが出来なくて。
「……わ、私、は」
ゆっくりと唇を動かし、声を発しようとする。なのに、上手く言葉にならない。「貴方の前世は、煌という名前でしたか?」なんて尋ねられるわけがない。だって、前世の記憶がなかったらただの変な人なのだもの。本能で、懐かしいと思っている可能性も、あるわけだし。
「……エステラ様は、とても可愛らしい」
ぎゅっと握られた手が、熱い。違う。私は、オルランド様のことが好きなの。だから、ジュリアンさんのことなんて好きじゃない。好きじゃ、ない。……そう思うのに、心が揺らぐ。それは、弱くなっているところを見られたから? それとも、オルランド様との関係にひびが入っているから? だから、私は新しい恋を追い求めているの? なんて、ダメなの。ダメなのよ――。
「ごめんなさいっ!」
そう思ったら、私はジュリアンさんの手を振りほどいて、後ろに下がった。そのまま、ワンピースを翻し全力疾走。後ろからイレーナの戸惑うような声が聞こえたけれど、止まれなかった。今止まったら、変な表情を見せてしまうから。
(違う、違うっ! 私が好きなのは……オルランド様なのよ)
いくらジュリアンさんが煌に似ているからといって、心変わり出来るわけがない。私が好きなのは間違いなくオルランド様。煌への恋心は……前世の捨ててきた。そう、思わないとダメなのよ――!
そんなことを想って全力疾走していれば、勢いよく誰かとぶつかってしまう。その衝撃で、私は座り込んでしまった。……お、お尻が痛い……。けど、それよりも。そう思い直し、私は勢いよく顔を上げる。すると、そこには怪訝そうな表情を浮かべたオルランド様がいて。
「お、オルランド、さ、ま……」
「エステラ。どうか、しましたか?」
オルランド様は、私に手を差し出しながらそう問いかけてくれた。……今は、顔を見たくない。そう思っていたのに、突然顔を合わせてしまって、私はただ戸惑う。でも、突き放すことは出来なくて。私は、オルランド様の手に自身の手を重ねた。
「王宮は走ってはいけませんよ。……それくらい、エステラにも分かっているでしょう?」
「……は、はぃ」
さりげなく注意されて、私はぎこちない笑みを浮かべて返事をした。その後「ちょっと、気持ちの悪い虫が、いて……」と言い訳にもならない言い訳をする。そうすれば、オルランド様は「それでも、ですよ」と呆れたような表情を浮かべてそう言う。……うぅ、ぐうの音も出ないわ。だって、正論だもの。
「……ところで、今の時間は?」
時計を見て、オルランド様はそう告げてくる。そのため、私は静かに「休憩時間、でして」と肩をすくめながら言った。実際、あと一時間ほど休憩時間がある。教師の人の所用で授業がなくなったため、今日の休憩時間はいつもよりもかなり長かった。
「そうです、か」
オルランド様は私を立たせた後、静かに「……では、少しお話でもしますか?」と言ってきて。……距離を置き始めて、初めてまともに会話をしたかも。私は、心の中でそう思ってしまった。
ジュリアンさんの手を払うことも出来ず、私は呆然としていた。そんな私を正気に戻したのは、イレーナの「お嬢様」という声で。だからこそ、私はハッとしてジュリアンさんに「すみません」と言う。それは、頭を撫でないでほしいという意味だった。
「……あぁ、そういえば貴女には恋人がいました、ね。こんなところ、見られたら勘違いされてしまう、か」
私の言葉の意味を汲み取ってか、ジュリアンさんはそう言葉を告げてきた。……オルランド様は恋人じゃなくて婚約者だけれど、そんな些細なことはどうでもいいか。そう思い直し、私は「勘違い、されたくない、ので」と言葉を発する。ただでさえ今、オルランド様との関係がこじれているのだ。これ以上こじれることは、避けたい。
「……そう、か」
「はい」
「けど」
視線を逸らしながら私が返事をすれば、ジュリアンさんは笑う。その後、私の手を取った。今、私は勘違いされたくないと言ったのに。どうして、ジュリアンさんはこんなことを……? そう思って躊躇う私を他所に、ジュリアンさんは「エステラ様に、こんな悲しそうな顔をさせるなんて」と呟いていた。……なんというか、口調が軽くなっている、ような。……まぁ、気にしないけれど。
「俺だったら、エステラ様にそんな顔をさせない。……そんな、暗い表情はエステラ様には似合わないから」
……なんだろうか。ジュリアンさんは、何が目的なのだろうか。呆然とする私を見て、ジュリアンさんはただ笑う。そして、「貴女を見ていると、懐かしい気持ちになっちゃって」とはにかみながら続けた。……懐かしい気持ち、か。
(やっぱり、ジュリアンさんって――)
――煌、なのだろうか?
そう思ったら、私の心が揺れる。ドクンドクンと心臓が大きく音を鳴らし、ジュリアンさんのことを真正面から見つめることが出来なくなってしまう。……懐かしい。私の心も、その感情に支配されている。その所為なのだろうか、ジュリアンさんの手を振り払うことが出来なくて。
「……わ、私、は」
ゆっくりと唇を動かし、声を発しようとする。なのに、上手く言葉にならない。「貴方の前世は、煌という名前でしたか?」なんて尋ねられるわけがない。だって、前世の記憶がなかったらただの変な人なのだもの。本能で、懐かしいと思っている可能性も、あるわけだし。
「……エステラ様は、とても可愛らしい」
ぎゅっと握られた手が、熱い。違う。私は、オルランド様のことが好きなの。だから、ジュリアンさんのことなんて好きじゃない。好きじゃ、ない。……そう思うのに、心が揺らぐ。それは、弱くなっているところを見られたから? それとも、オルランド様との関係にひびが入っているから? だから、私は新しい恋を追い求めているの? なんて、ダメなの。ダメなのよ――。
「ごめんなさいっ!」
そう思ったら、私はジュリアンさんの手を振りほどいて、後ろに下がった。そのまま、ワンピースを翻し全力疾走。後ろからイレーナの戸惑うような声が聞こえたけれど、止まれなかった。今止まったら、変な表情を見せてしまうから。
(違う、違うっ! 私が好きなのは……オルランド様なのよ)
いくらジュリアンさんが煌に似ているからといって、心変わり出来るわけがない。私が好きなのは間違いなくオルランド様。煌への恋心は……前世の捨ててきた。そう、思わないとダメなのよ――!
そんなことを想って全力疾走していれば、勢いよく誰かとぶつかってしまう。その衝撃で、私は座り込んでしまった。……お、お尻が痛い……。けど、それよりも。そう思い直し、私は勢いよく顔を上げる。すると、そこには怪訝そうな表情を浮かべたオルランド様がいて。
「お、オルランド、さ、ま……」
「エステラ。どうか、しましたか?」
オルランド様は、私に手を差し出しながらそう問いかけてくれた。……今は、顔を見たくない。そう思っていたのに、突然顔を合わせてしまって、私はただ戸惑う。でも、突き放すことは出来なくて。私は、オルランド様の手に自身の手を重ねた。
「王宮は走ってはいけませんよ。……それくらい、エステラにも分かっているでしょう?」
「……は、はぃ」
さりげなく注意されて、私はぎこちない笑みを浮かべて返事をした。その後「ちょっと、気持ちの悪い虫が、いて……」と言い訳にもならない言い訳をする。そうすれば、オルランド様は「それでも、ですよ」と呆れたような表情を浮かべてそう言う。……うぅ、ぐうの音も出ないわ。だって、正論だもの。
「……ところで、今の時間は?」
時計を見て、オルランド様はそう告げてくる。そのため、私は静かに「休憩時間、でして」と肩をすくめながら言った。実際、あと一時間ほど休憩時間がある。教師の人の所用で授業がなくなったため、今日の休憩時間はいつもよりもかなり長かった。
「そうです、か」
オルランド様は私を立たせた後、静かに「……では、少しお話でもしますか?」と言ってきて。……距離を置き始めて、初めてまともに会話をしたかも。私は、心の中でそう思ってしまった。
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