前世を思い出して王子の追っかけを止めたら、逆に迫られています

扇 レンナ

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第二部

第14話 兄と侍女と

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 その後、私はブラウンスマ伯爵家の別邸に戻った。別邸の前まで送ってもらい、オルランド様とはそこで別れた。

 私たちはあの後一言も会話を交わすことはなくて、微妙な空気のまま別れてしまった。それに少しの後悔を覚えるけれど、こちらから謝ることは出来なかった。多分、オルランド様も。きっと、両方が意地になっていたのだろう。

「はぁ……本当に」

 もう少し、素直になればいいのに。それは、私に対する気持ち? それとも、オルランド様に対する気持ち? それは分からないけれど、とりあえずお部屋に戻ってゆっくりとしよう。そう考え、私は別邸の廊下を歩く。

(あぁ、お花変わっているわね)

 廊下を歩きながら、私はそんなことを思う。そして、私はそのお花を指でつついた。……ひらりと花弁が落ちて、その花弁に視線を奪われる。……こんな風に感傷的になるなんて、私じゃないのに。そう思うのに、どうしてかそう思ってしまうのだ。……分からないわ。

 そんなことを考えていると、不意に私の前からお兄様が歩いてきて。お兄様は私の顔を見ると「エステラ、帰ってきていたのか」と言い、顔をぱぁっと明るくする。いつもならば「シスコン」とか言っていたかもしれないけれど、今はお兄様のそのいつも通りの表情がありがたくて。

「……どうしたんだ?」

 お兄様は、私の表情が優れないことを見抜いてか、そう問いかけてきた。だから、私は首を横に振って「……なんでも、ない」と答える。実際、いろいろとあった。だけど、それをお兄様に言うわけにはいかない。これはただの痴話喧嘩。私とオルランド様の問題だから、お兄様を巻き込むわけにはいかないのだ。

「何でもないことはないだろ。……俺には、話したくないのか?」

 私の顔を覗き込んで、お兄様はしつこくそう問いかけてくる。そのため、私は「……今は、放っておいてください」と言うことしか出来なかった。完全に、八つ当たりだった。分かっている。分かっているけれど……どうしても、素直になれなかった。お兄様のことは好きだし、信頼もしている。それでも、こんな繊細な問題言えるわけがないじゃない。

「……そうか。じゃあ、俺は深入りしない。ただ、何かあるのならばイレーナに聞いてもらえ」

 私の八つ当たりを気にすることもなく、お兄様はそう言って私の手を掴む。一体、何だというの? そんなことを思い頭上に疑問符を浮かべていれば、お兄様は「俺は、エステラの味方だ」と言ってくれて。

「オルランド殿下と何があったのかは知らないが、俺はエステラの味方だ。エステラのためだったら、王家だって敵に回してやる」
「……それは、その、少々」

 それはそれで、いろいろと困る。そういう意味を込めて私が眉をひそめていれば、お兄様は「冗談だ」と言いながら笑う。……お兄様のお言葉、冗談には聞こえないのよ。

「まぁ、うちは辺境伯だからな。少し不敬があったところで、咎められることはないだろう。……まぁ、不正は別問題だがな」
「お兄様、不正をされる気なのですか?」
「まさか。王家の親戚になるのに、そんなこと出来るわけないだろう」

 けらけらと笑いながらお兄様はそう告げてくる。……まぁ、お兄様がそんなあくどいことに手を染めるなんて想像もできないから、私のことを笑わせるための完全な冗談なのだろうけれど。そのおかげなのかな、私の心は少しずつほぐれていく。先ほどまで張っていた気が、ほどけていく。やっぱり、お兄様はなんだかんだ言っても私にとって心を許せる人なのだろう。

「あっ、お嬢様。お帰りになられたのですね」

 私とお兄様がグチグチと言い合っていると、イレーナが私たちの方に駆けよってきてくれた。イレーナの手にはバケツがあり、どうやらメイドの仕事を手伝っていたらしい。イレーナは、私の専属侍女としての仕事がないときは基本的にメイドの仕事を手伝っていたりするから。

「……えぇ、ただいま」
「……なにか、ありましたか?」

 どうやら、イレーナにも何かがあったことはバレているらしい。それを実感すると、私はなんだかいろいろなことがどうでもよくなってきて。「……まぁね」と答え、目を瞑る。

「でも、結構どうでもよくなっちゃったわ。……喧嘩なんて、誰だってすることだろうし」

 目を瞑ったままそう答えれば、お兄様は「喧嘩するほど仲が良いっていう言葉も、あるしな」と付け足してくれて。そうよね。表向きだけを見ていても、夫婦関係は長続きしないのよね。私はオルランド様のことを好いているわけだし、やっぱり長続きするような関係性を築かなくちゃだものね。

「イレーナ。エステラのこと、頼むぞ。俺は少し所用があるから、外す」
「かしこまりました、アーレント様」

 お兄様はイレーナにそれだけの言葉を残し、颯爽と場を立ち去っていく。最後に私たちの方を振り返り、「まぁ、気にするな」と言葉をかけてくるのは、忘れない。本当に、そういうところはちゃっかりしていると言いますか。

(それが、お兄様なのよね)

 そういうところも、私は好きなのよ。……もちろん、兄としてだけれど。
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