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第二部
第10話 デートします
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そして、次の休日。私とオルランド様は、王都の街に出てきていた。
街は活気に満ち溢れており、客引きの声も聞こえてくる。……今日は、にぎやかな通りを通っているのだ。もちろん、静かな通りもあるのだけれど。
「……エステラ。本当に、ここで良いんですか?」
オルランド様にそう問いかけられて、私は頷く。今日は、にぎやかな場所に行きたい気分だった。だから、この道を選んだ。平民の人たちが楽しそうにお買い物をしている光景。それは、何処となく落ち着く。
「たまにはいいじゃないですか。……貴族の生活を、忘れたくて」
私はこっそりとオルランド様にそう告げる。実際は、少し違う。忙しない現実を忘れたいだけ。貴族の生活は何も不便がないし、金銭面も心配する必要はない。でも、時間には追われている。特に、お妃教育を受けているとそれを強く実感する。
「そうですか。……懐かしい、気が、しますよね」
私の言葉を聞いて、オルランド様はそう零す。その『懐かしい』が何を指しているのかは、よく分からない。それでも、今はお出掛けを楽しみたい。そう思っていれば、オルランド様は不意に私の手を掴み、そのまま繋いでくる。
「はぐれたら、ダメでしょう?」
「……はい」
確かに、それは間違いない。そのため、私はその手を振り払うことなく、その手を握り返した。……初めの頃は抵抗があった手を繋ぐということも、最近ではそこそこ慣れた……と、思う。まぁ、手を繋ぐということ自体なかなかないのだけれど。だって、貴族って基本的には腕を組むことの方が多いわけだし。
「さて、エステラ。……今から、何処に行きますか?」
オルランド様はきょろきょろと街を見渡す私に対して、そう問いかけてくれる。だから、私は少し考えたのち「……食べ歩きとか、どうですか?」なんて提案した。正直、オルランド様が食べ歩きをするイメージが全くわかないのだけれど。たまには、そういうことをしてもいいと思う。私は、そう思っていた。
「……そうですか。では、適当に回りましょうか」
「……いいのですか?」
「俺は、エステラの意見を尊重したいので」
本当のところ、断られると思っていた。そういうこともあって、私はオルランド様に訊き返してしまう。でも、オルランド様は嫌な顔一つせずに、私の手を引いて人ごみの中に入っていく。……私は、それについて行くことしか出来なかった。
(本当に、このお方のお顔って……お美しいわよね)
少し視線を上げれば、オルランド様の横顔が視界に入る。その造形の良さに、私は見惚れてしまった。いつもいつも見ているお顔だけれど、こういう風に変装されているのはやっぱり新鮮だし。……それと同時に、どうしてこのお方が私のことを好きだと言ってくれるのかが、気になってしまう。だって、どう考えても似合っていないじゃない。決して、オルランド様のお気持ちを信じていないわけではないのよ。
「エステラ?」
「あっ、申し訳ございません、ぼーっとしておりました……」
オルランド様のお顔を呆然と見上げていると、不意にオルランド様がそう声をかけてくれる。そのため、私はハッとしてそう返した。
「……エステラは、ぼーっとしていることが多いですよね」
そして、オルランド様は私の返事を聞いてそんなことを言う。……私、そんなにもぼーっとしていたっけ? そう思ったけれど、結構心当たりがあって。……うん、私って結構ぼーっとしていることが多いわね。
「まぁ、そんなエステラを俺は可愛らしいと思いますけれど」
だけど、そんな風に言われたら……その、なんていうか、こそばゆい。直球の褒め言葉には、弱いのよ……! まぁ、多分みんなそうだろうけれどさ。
「……褒めないで、ください」
私が顔を真っ赤にしながら俯けば、オルランド様は「そういうところも、可愛らしいですよ」なんて追い打ちをかけてくる。こ、このお方……! 絶対に、私のことをからかって遊んでいるわ。私も、ここは自分の気持ちを伝えてみる? ……出来るわけがないわ。
(こんなにもたくさん人がいる中で、そんなこと言えるわけがないじゃない……!)
本当に、そんなことを言うのならば二人きりの時に言うわよ。心の中でそう思っていれば、オルランド様はただにっこりと笑っていた。
「露店のものって、新鮮ですよね。……久々、かな」
「……オルランド様って、露店のものを食べられたことがあるのですか?」
オルランド様の呟きに、私は反応をしてしまう。その問いかけに、オルランド様は「……まぁ、ずっと昔のことですよ」と返答をする。……ずっと、昔。それは一体、どんな頃? そう思うけれど、そんなことを問いかけられるわけもなく。私は「そうなのですね」と目を細めて言うことしか出来なかった。
「じゃあ、行きましょう――」
そして、オルランド様がそう言って私の腕を引いてくれた時だった。不意に、誰かが勢いよく私にぶつかってくる。それに驚いて私が倒れてしまいそうになれば――オルランド様が、支えてくれて。
「エステラっ!」
そんな声が、すぐそばで聞こえてきた。だから、私はオルランド様の目を見て「大丈夫ですよ」と言おうとした。でも、言えなかった。だって――オルランド様が、酷く焦ったような表情を、していたから。
街は活気に満ち溢れており、客引きの声も聞こえてくる。……今日は、にぎやかな通りを通っているのだ。もちろん、静かな通りもあるのだけれど。
「……エステラ。本当に、ここで良いんですか?」
オルランド様にそう問いかけられて、私は頷く。今日は、にぎやかな場所に行きたい気分だった。だから、この道を選んだ。平民の人たちが楽しそうにお買い物をしている光景。それは、何処となく落ち着く。
「たまにはいいじゃないですか。……貴族の生活を、忘れたくて」
私はこっそりとオルランド様にそう告げる。実際は、少し違う。忙しない現実を忘れたいだけ。貴族の生活は何も不便がないし、金銭面も心配する必要はない。でも、時間には追われている。特に、お妃教育を受けているとそれを強く実感する。
「そうですか。……懐かしい、気が、しますよね」
私の言葉を聞いて、オルランド様はそう零す。その『懐かしい』が何を指しているのかは、よく分からない。それでも、今はお出掛けを楽しみたい。そう思っていれば、オルランド様は不意に私の手を掴み、そのまま繋いでくる。
「はぐれたら、ダメでしょう?」
「……はい」
確かに、それは間違いない。そのため、私はその手を振り払うことなく、その手を握り返した。……初めの頃は抵抗があった手を繋ぐということも、最近ではそこそこ慣れた……と、思う。まぁ、手を繋ぐということ自体なかなかないのだけれど。だって、貴族って基本的には腕を組むことの方が多いわけだし。
「さて、エステラ。……今から、何処に行きますか?」
オルランド様はきょろきょろと街を見渡す私に対して、そう問いかけてくれる。だから、私は少し考えたのち「……食べ歩きとか、どうですか?」なんて提案した。正直、オルランド様が食べ歩きをするイメージが全くわかないのだけれど。たまには、そういうことをしてもいいと思う。私は、そう思っていた。
「……そうですか。では、適当に回りましょうか」
「……いいのですか?」
「俺は、エステラの意見を尊重したいので」
本当のところ、断られると思っていた。そういうこともあって、私はオルランド様に訊き返してしまう。でも、オルランド様は嫌な顔一つせずに、私の手を引いて人ごみの中に入っていく。……私は、それについて行くことしか出来なかった。
(本当に、このお方のお顔って……お美しいわよね)
少し視線を上げれば、オルランド様の横顔が視界に入る。その造形の良さに、私は見惚れてしまった。いつもいつも見ているお顔だけれど、こういう風に変装されているのはやっぱり新鮮だし。……それと同時に、どうしてこのお方が私のことを好きだと言ってくれるのかが、気になってしまう。だって、どう考えても似合っていないじゃない。決して、オルランド様のお気持ちを信じていないわけではないのよ。
「エステラ?」
「あっ、申し訳ございません、ぼーっとしておりました……」
オルランド様のお顔を呆然と見上げていると、不意にオルランド様がそう声をかけてくれる。そのため、私はハッとしてそう返した。
「……エステラは、ぼーっとしていることが多いですよね」
そして、オルランド様は私の返事を聞いてそんなことを言う。……私、そんなにもぼーっとしていたっけ? そう思ったけれど、結構心当たりがあって。……うん、私って結構ぼーっとしていることが多いわね。
「まぁ、そんなエステラを俺は可愛らしいと思いますけれど」
だけど、そんな風に言われたら……その、なんていうか、こそばゆい。直球の褒め言葉には、弱いのよ……! まぁ、多分みんなそうだろうけれどさ。
「……褒めないで、ください」
私が顔を真っ赤にしながら俯けば、オルランド様は「そういうところも、可愛らしいですよ」なんて追い打ちをかけてくる。こ、このお方……! 絶対に、私のことをからかって遊んでいるわ。私も、ここは自分の気持ちを伝えてみる? ……出来るわけがないわ。
(こんなにもたくさん人がいる中で、そんなこと言えるわけがないじゃない……!)
本当に、そんなことを言うのならば二人きりの時に言うわよ。心の中でそう思っていれば、オルランド様はただにっこりと笑っていた。
「露店のものって、新鮮ですよね。……久々、かな」
「……オルランド様って、露店のものを食べられたことがあるのですか?」
オルランド様の呟きに、私は反応をしてしまう。その問いかけに、オルランド様は「……まぁ、ずっと昔のことですよ」と返答をする。……ずっと、昔。それは一体、どんな頃? そう思うけれど、そんなことを問いかけられるわけもなく。私は「そうなのですね」と目を細めて言うことしか出来なかった。
「じゃあ、行きましょう――」
そして、オルランド様がそう言って私の腕を引いてくれた時だった。不意に、誰かが勢いよく私にぶつかってくる。それに驚いて私が倒れてしまいそうになれば――オルランド様が、支えてくれて。
「エステラっ!」
そんな声が、すぐそばで聞こえてきた。だから、私はオルランド様の目を見て「大丈夫ですよ」と言おうとした。でも、言えなかった。だって――オルランド様が、酷く焦ったような表情を、していたから。
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