上 下
26 / 37
第二部

第9話 そのままでも十分

しおりを挟む
 なのに、オルランド様はただにっこりと笑って「そのままで、良いですよ」なんて言う。……そのままで、いいわけがない。それは、私が一番よく分かっている。だから、甘やかさないでほしいのに。

「……俺は、そのままのエステラが好きですからね。……変わる必要なんて、ないですよ」

 でも、そんなお言葉を告げられたら、私の胸が柄にもなく……きゅんとしてしまった。このお方は、本当にずるい。お顔のよさが尚更、そのずるさに拍車をかけている。だけど、このお方が私の好きな人なのだ。……こんな人を好きになった時点で、私の負けなのだろう。

「エステラはそのままで十分可愛らしいです。……ですので、このまま存分に俺のことを楽しませてください」
「……あの、私って、おもちゃじゃないですよ?」
「おもちゃだなんて思っていませんよ。……エステラは、俺が唯一愛する婚約者です」

 だから、そういう甘ったるいセリフがずるいのよ! 心の中でそう思うけれど、私の口からその言葉が出ることはなかった。だって、嬉しいじゃない。特別扱いって。……うん、我ながらちょろい自覚はあるわよ?

「エステラ、照れています?」
「う、うるさいです!」

 確かに照れているけれど、それを指摘されたくなかった。だから、私は照れ隠しとばかりに顔を両手で覆いながら、そう叫ぶ。そんな私を面白がっているのか、オルランド様は「……本当に、可愛らしい」なんて零していた。……うぅ、可愛い可愛いって言わないでほしい。まるで、手のひらの上で弄ばれているみたいだもの。

(わ、私だって、オルランド様のことを手のひらの上で弄ぶことくらい……って、いつも思うけれど無理なのよね……)

 いつも、そこまでは思えるのだ。でも、肝心の一歩が踏み出せない。手のひらの上で弄ぼうとすると、自分もダメージを受けてしまう。……それって、結局意味ないわよね。自分もダメージを受けていたら、本当に意味がない。

「さて、エステラ。……休憩がてら、俺と座って話しましょうか」
「……そう、ですね」

 オルランド様はにっこりと笑うと、私に手を差し出してくる。その手に自分の手を重ねれば、ゆっくりとソファーまでエスコートされた。……こういうのも、ずるい。オルランド様はとても美形だから、こういうのが似合うもの。……って、私、今日ずるいずるいしか言っていないわよね。もうちょっと、落ち着かなくちゃ。

「オルランド、様」
「どうしましたか?」

 私の言葉を聞いて、オルランド様はにっこりと笑いながら私に視線を向けてくれる。……何を、お話しよう。話しかけたのは良いけれど、特に内容は決めていなかった。その所為で、私の視線が彷徨う。

「……エステラ、何も考えていなかったでしょう」

 そんな私を見て、オルランド様はそう言う。……ず、図星過ぎる。でも、素直にそれを認めることは出来なくて。私は、オルランド様から視線を逸らしながら「……私も、オルランド様のこと、弄びたい、です」なんて言ってしまう。……いや、どうしてよりにもよってそれを言ったのかしら? ついでに言うのならば、それを本人の前で宣言したら、意味ないでしょう?

「……それは、どういう意味で?」
「私も、オルランド様のことをドキドキさせたいです。……私ばっかりドキドキして、意識して、いつも不公平ですから……!」

 けど、続けたその言葉は本音だった。本当に、私たちは不公平な関係だ。私ばっかりドキドキして、私ばっかり意識をして。オルランド様はずーっと涼しいお顔。たまには、私も小悪魔属性を持ってもいいのではないだろうか? そう、思うのよ。だって思うだけは、タダだし。

「……エステラ」

 私が俯きながらそんなことを言えば、オルランド様は不意に私のすぐそばに来る。肩と肩が触れ合う程度の距離に来たオルランド様は、私に対して「俺は、エステラのことが大好きですよ」と告げてくる。……そ、それが、ずるいって言っているのよ……!

「だから、エステラのことを考えると不安になりますし、エステラに嫌われたくないと思って、頑張っています。……だから、その点では不公平ではないですよね?」
「し、信じられません……!」
「そりゃそうでしょう。そんなもの、表に出すようなことじゃないですから」

 ……それは、確かに一理あるかも。そう思って私が納得していれば、オルランド様は「エステラの照れている姿、すごく可愛らしいですよね」と告げてきた。……だから――。

「可愛らしいって、言わないでください……!」

 本当に、そのお言葉は言わないでほしい。だって、尚更手のひらの上で弄ばれている感じがするのだもの。

 でも、きっとこれが平和ということなのだろう。だから、ずっと、ずっと。私とオルランド様はこんな風に仲睦まじく過ごしていけたらなぁって、思っていた。

 ……この関係に、ひびが入っていくまでは。私たちは確かに互いを想い合い、支え合おうと思っていたのだと、思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。