上 下
38 / 47
本編 第7章

行動

しおりを挟む
 そう思い、ヴェルディアナは慌てて身支度をする。ワンピースに上着を羽織り、靴を履く。そのまま窓の扉を開ける。……玄関からでは、怪しまれてしまう。ならば、窓から出た方が良いに決まっている。

 ヴェルディアナの私室は二階にある。そのため、普通に降りればかなりの怪我を負うことは確実だ。が、近くには丈夫な木があった。この木ならば、女性が一人乗ったところで大丈夫だろう。そんな確信を持ち、ヴェルディアナは手袋をつけたままその木の上に乗っかる。

(えぇっと、確かこうすれば……)

 幼少期。弟がよく木に登って遊んでいた。当時のことを思いだし、ヴェルディアナは木を使って庭に降りていく。寸前のところで足を踏み外し、芝生の上に落ちてしまったが大した怪我はしていない。こんなもの、リベラトーレの十年間に比べればなんてことない。

「……まずは、辻馬車を拾わなくちゃ」

 上着のポケットに入れた財布の中身を確認し、ヴェルディアナはカザーレ侯爵家の庭を駆けた。

 そのまま通りに出て、周囲を見渡す。とりあえず、辻馬車が拾える大通りにまで行こう。そう考え、ヴェルディアナは歩く。

 辻馬車を拾った後は、とりあえず王宮に向かってみよう。研究所が建ち並ぶ通りはヴェルディアナ一人では入ることが出来ない。王宮だって一緒の可能性はあるが、こちらの方がチャンスはあると思った。

 歩いて大通りにまで出れば、周囲の賑わいに目を奪われる。でもと思いなおし、ヴェルディアナは辻馬車を拾おうと周囲を見渡す。幸いにも王宮の付近には観光地が多いので、王宮に行くと行ったところで怪しまれる心配はないはずだ。

 そして、ほんの少し遠目に辻馬車が見えた。だからこそ、ヴェルディアナはその馬車を拾おうと手を挙げたのだが――後ろから誰かに口元を押さえこまれ、路地裏に引っ張り込まれてしまう。

(何⁉)

 そんな風に考え視線だけで後ろを見れば、見えたのはきれいな金色。……まさか。そう思い目を見開けば、そこにいたのは――ほかでもないオリヴァーだった。

「……ヴェルディアナさん」

 彼はこの間とは違うローブを身に纏っている。その色は禍々しいほどの赤色であり、あれが王弟派の魔法使いの正装なのだろう。それを一瞬で理解し、ヴェルディアナは口元を解放されると「放してっ!」と言って暴れる。

「……リベラトーレを、助けたいんですか?」

 オリヴァーはにっこりと笑ってヴェルディアナにそう問いかけてきた。そのため、ヴェルディアナは「……当たり前、です」と凛とした声で告げる。

「リベラトーレ様は貴方に嵌められた。それがわかれば、情状酌量の余地があるはずです」

 その橙色の目をまっすぐに見つめてそう言えば、オリヴァーは一瞬だけ困ったように笑う。それから「……覚悟は、ありますか?」と意味の分からない問いかけをしてきた。

 覚悟。

 そんなものずっと昔にできている。そういう意味を込めて彼の目を見てうなずけば、オリヴァーは「……ついてきてください」と言って歩き出す。

 オリヴァーのその行動に、ヴェルディアナは戸惑った。オリヴァーはリベラトーレを嵌めた張本人である。そんな彼に易々とついて行くことは出来ない。そう思いヴェルディアナがその場で立ち尽くしていれば、彼は「別に、襲ったりしませんよ」と言ってその口元を緩める。

「殺したりもしない。僕たち王弟派の魔法使いは、国王派の魔法使いを貶め嵌めることしかしませんから」
「……それ、は」
「だから、一般市民に手出しはしません。神に誓います」

 ヴェルディアナの目をまっすぐに見つめてそう言うオリヴァーの言葉に、嘘は見えなかった。そのため、ヴェルディアナは意を決して彼について行くことにした。

(けれど、すぐに逃げ出せるようにしなくちゃ……)

 かといって、彼を完全に信じるわけにはいかない。内心で警戒しながらオリヴァーに続いて歩いていれば、連れてこられたのは小さな屋敷だった。貴族の屋敷というには質素だが、自然豊かな住み心地のよさそうな場所。きょろきょろとヴェルディアナが周囲を見渡していれば、オリヴァーは門に手を押し当てていた。

「ここ、僕の家なんです」
「……オリヴァー、さまの」
「はい」

 オリヴァーはそう言うと、開いた門の中にすたすたと入っていく。なので、ヴェルディアナもためらいがちに一歩を踏み出していく。

 敷地の中は外観通り本当に自然豊かであり、療養にぴったりといった雰囲気だった。屋敷の中も同様であり、高価なものは一切おいていない。それに驚いていれば、オリヴァーは一つの扉の前で立ち止まる。

「……ヴェルディアナさん」
「……はい」
「僕と、交渉しませんか?」

 扉の前に立ち止まり、オリヴァーはそう問いかけてくる。……交渉。それは一体、どういう意味なのだろうか。そう思い頭上で疑問符を浮かべていれば、彼は「……僕には、病気がちの母がいます」と静かな声で言葉を発した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

R18完結)夫は私のことが好きだったようです

ハリエニシダ・レン
恋愛
顔も知らずに結婚した夫。 初めて顔を合わせた結婚式のその日に抱かれた。 それからも、ほぼ毎晩のように。 ずっと義務だからだと思っていたのに、ある日夫が言った。 結婚するよりも前から、私のことが好きだったと。 ※他の拙作と比べて、エロが大分少ないです。 ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ 本編を一通り見直して修正入れました。 2000文字くらい増えたっぽい。 その分、前より流れがよくなってる筈です。 追加の修正はボチボチやっていきます。

【R18】あなたに愛は誓えない

みちょこ
恋愛
元軍人の娘であるクリスタは、幼い頃からテオという青年を一途に想い続けていた。 しかし、招かれた古城の夜会で、クリスタはテオが別の女性と密会している現場を目撃してしまう。 嘆き悲しむクリスタを前に、彼女の父親は部下であるテオとクリスタの結婚を半ば強制的に決めてしまい── ※15話前後で完結予定です。 →全19話で確定しそうです。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...