37 / 47
本編 第7章
カザーレ侯爵夫妻
しおりを挟む
リベラトーレが王宮からの遣いに連行され、早くも三日が経った。あれ以来、ヴェルディアナは与えられた部屋に閉じこもってしまっていた。
ヴェルディアナの仕事はリベラトーレの専属侍女である。そのため、彼がいなければすることもない。ほかの仕事を手伝うと申し出たこともあるのだが、ラーレの「ヴェルディアナ様は、ゆっくりしていてください」という言葉に押されてしまった。
(……リベラトーレ、さま)
確かに、リベラトーレのしたことは許されないことかもしれない。だけど、被害者であるヴェルディアナが許すと言っているのならばそれでいいのではないだろうか? そう思ってしまうところもあったが、結局決めるのは王宮の人間なのだ。
そんなことを考えていれば、不意に部屋の扉がノックされる。それに驚き返事をすれば、「失礼するよ」と言う声と共に一人の男性が顔を見せた。その後ろには何処となくリベラトーレの面影がある女性がいる。この二人を、ヴェルディアナはよく知っていた。……とはいっても、十年前の姿だが。
「ヴェルディアナさん。この度は申し訳なかった」
男性――リベラトーレの父親がそう言って頭を下げる。
ゴトフリー・カザーレ。彼はリベラトーレの父であり、現在のカザーレ侯爵家の当主だ。元々は王国が認める研究施設の一つに所属しており、今は他国を視察目的で回っているという。
そんな彼はプライドも投げ捨て、ヴェルディアナに深々と頭を下げてくる。大方、息子のしでかしたことをそこまで重く捉えているのだろう。
「私からも、本当にごめんなさい」
ゴトフリーの隣に並び、女性――リベラトーレの母親が頭を下げる。
彼女の名前はキャロリン・カザーレ。元々は末端男爵家の令嬢ではあったものの、その魔法の才能を見出されカザーレ侯爵家に嫁いできたという経歴の持ち主だ。ちなみに、ゴトフリーよりも二つ年上らしい。
そんな二人はヴェルディアナから見てもとても仲睦まじく、いつも一緒にいた。まぁ、仲良くなければ共に視察に向かわないのだろうが。
「本当に、貴女にはどう謝罪しても許されないと思っている。……だが、どうかリベラトーレのことを恨まないでほしい」
ゴトフリーはそう言う。その後「あの子は、それほどまでに貴女のことが好きだったんだ」と頭を下げたまま続けた。
「……こんなことを言っては何だけれど、貴女がいなくなってから、あの子は何も手をつけなくなってしまったの。……それこそ、食事も食べなくなってしまった」
キャロリンがゴトフリーの言葉を引き継ぐ形で言葉を発する。その目はうるんでおり、当時のリベラトーレのことを思いだしているんだろう。それがわかるからこそ、ヴェルディアナは息を呑む。
「けど、ある日変わったの。……ヴェルディアナさんに似合うようになる。そのために、優秀な魔法使いになるって言ったの」
「……そうなの、ですか」
「えぇ、私たちはそれを喜んだわ。でも、あの子の心はずっと壊れていたのね。……私たち、それに気が付けなかった」
視線を斜め下に向けながら、キャロリンはそう言う。その言葉の節々には隠し切れない後悔がこもっており、その後悔がヴェルディアナの心をえぐっていく。だからこそ、ヴェルディアナはゴトフリーとキャロリンを見つめ「……私、恨んでいませんから」と静かな声で告げた。
「むしろ、私が原因なのです。私が、あの時リベラトーレ様との婚約を解消してしまったから」
目を伏せてそう言えば、二人は黙り込んでしまう。そのため、ヴェルディアナは続ける。
「もっと、リベラトーレ様のお気持ちを尊重すればよかった。年齢が離れているからなんて、気にしなければよかった」
「……ヴェルディアナさん」
「私、ずっと怖かったんです。私は所詮残りかすの伯爵家の娘。リベラトーレ様には似合わない。そう、言われるのが、怖かった」
バッリスタ家の娘でいる以上、ヴェルディアナは社交界で『残りかすの伯爵家の娘』としか見られない。それが、怖かった。リベラトーレの側に堂々と並べない自分が、惨めだった。
「でも、今はリベラトーレ様のこと、好いています。彼の隣に、ずっと一緒に居たいです」
まっすぐに二人を見つめそう言えば、二人はほっと息を吐く。その後「……私の方から、いろいろと働きかけてみるよ」とゴトフリーが言う。
「元々、王弟派の魔法使いは国王派の魔法使いを貶めることに必死だからね。……リベラトーレが利用されたという証拠さえあれば、情状酌量の余地があると判断されるはずだ」
ゴトフリーはそう言うと、身を翻す。そして「キャロリンさん。行きましょう」と妻に声をかけていた。
「……えぇ、旦那様。ヴェルディアナさん。私たちがどうにかするから、貴女は何もしなくていいわ」
キャロリンはヴェルディアナにそう告げると、ゴトフリーと並んで部屋を出て行く。その後ろ姿は、とても仲睦まじく見えてしまう。
(あんな未来が、あったはずなのに)
それを台無しにしたのは、ヴェルディアナ自身。そう思ったら――いてもたってもいられなかった。
ヴェルディアナの仕事はリベラトーレの専属侍女である。そのため、彼がいなければすることもない。ほかの仕事を手伝うと申し出たこともあるのだが、ラーレの「ヴェルディアナ様は、ゆっくりしていてください」という言葉に押されてしまった。
(……リベラトーレ、さま)
確かに、リベラトーレのしたことは許されないことかもしれない。だけど、被害者であるヴェルディアナが許すと言っているのならばそれでいいのではないだろうか? そう思ってしまうところもあったが、結局決めるのは王宮の人間なのだ。
そんなことを考えていれば、不意に部屋の扉がノックされる。それに驚き返事をすれば、「失礼するよ」と言う声と共に一人の男性が顔を見せた。その後ろには何処となくリベラトーレの面影がある女性がいる。この二人を、ヴェルディアナはよく知っていた。……とはいっても、十年前の姿だが。
「ヴェルディアナさん。この度は申し訳なかった」
男性――リベラトーレの父親がそう言って頭を下げる。
ゴトフリー・カザーレ。彼はリベラトーレの父であり、現在のカザーレ侯爵家の当主だ。元々は王国が認める研究施設の一つに所属しており、今は他国を視察目的で回っているという。
そんな彼はプライドも投げ捨て、ヴェルディアナに深々と頭を下げてくる。大方、息子のしでかしたことをそこまで重く捉えているのだろう。
「私からも、本当にごめんなさい」
ゴトフリーの隣に並び、女性――リベラトーレの母親が頭を下げる。
彼女の名前はキャロリン・カザーレ。元々は末端男爵家の令嬢ではあったものの、その魔法の才能を見出されカザーレ侯爵家に嫁いできたという経歴の持ち主だ。ちなみに、ゴトフリーよりも二つ年上らしい。
そんな二人はヴェルディアナから見てもとても仲睦まじく、いつも一緒にいた。まぁ、仲良くなければ共に視察に向かわないのだろうが。
「本当に、貴女にはどう謝罪しても許されないと思っている。……だが、どうかリベラトーレのことを恨まないでほしい」
ゴトフリーはそう言う。その後「あの子は、それほどまでに貴女のことが好きだったんだ」と頭を下げたまま続けた。
「……こんなことを言っては何だけれど、貴女がいなくなってから、あの子は何も手をつけなくなってしまったの。……それこそ、食事も食べなくなってしまった」
キャロリンがゴトフリーの言葉を引き継ぐ形で言葉を発する。その目はうるんでおり、当時のリベラトーレのことを思いだしているんだろう。それがわかるからこそ、ヴェルディアナは息を呑む。
「けど、ある日変わったの。……ヴェルディアナさんに似合うようになる。そのために、優秀な魔法使いになるって言ったの」
「……そうなの、ですか」
「えぇ、私たちはそれを喜んだわ。でも、あの子の心はずっと壊れていたのね。……私たち、それに気が付けなかった」
視線を斜め下に向けながら、キャロリンはそう言う。その言葉の節々には隠し切れない後悔がこもっており、その後悔がヴェルディアナの心をえぐっていく。だからこそ、ヴェルディアナはゴトフリーとキャロリンを見つめ「……私、恨んでいませんから」と静かな声で告げた。
「むしろ、私が原因なのです。私が、あの時リベラトーレ様との婚約を解消してしまったから」
目を伏せてそう言えば、二人は黙り込んでしまう。そのため、ヴェルディアナは続ける。
「もっと、リベラトーレ様のお気持ちを尊重すればよかった。年齢が離れているからなんて、気にしなければよかった」
「……ヴェルディアナさん」
「私、ずっと怖かったんです。私は所詮残りかすの伯爵家の娘。リベラトーレ様には似合わない。そう、言われるのが、怖かった」
バッリスタ家の娘でいる以上、ヴェルディアナは社交界で『残りかすの伯爵家の娘』としか見られない。それが、怖かった。リベラトーレの側に堂々と並べない自分が、惨めだった。
「でも、今はリベラトーレ様のこと、好いています。彼の隣に、ずっと一緒に居たいです」
まっすぐに二人を見つめそう言えば、二人はほっと息を吐く。その後「……私の方から、いろいろと働きかけてみるよ」とゴトフリーが言う。
「元々、王弟派の魔法使いは国王派の魔法使いを貶めることに必死だからね。……リベラトーレが利用されたという証拠さえあれば、情状酌量の余地があると判断されるはずだ」
ゴトフリーはそう言うと、身を翻す。そして「キャロリンさん。行きましょう」と妻に声をかけていた。
「……えぇ、旦那様。ヴェルディアナさん。私たちがどうにかするから、貴女は何もしなくていいわ」
キャロリンはヴェルディアナにそう告げると、ゴトフリーと並んで部屋を出て行く。その後ろ姿は、とても仲睦まじく見えてしまう。
(あんな未来が、あったはずなのに)
それを台無しにしたのは、ヴェルディアナ自身。そう思ったら――いてもたってもいられなかった。
1
お気に入りに追加
2,064
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました
高瀬ゆみ
恋愛
侯爵令嬢のフィーネは、八歳の年に父から義弟を紹介された。その瞬間、前世の記憶を思い出す。
どうやら自分が転生したのは、大好きだった『救国の聖女』というマンガの世界。
このままでは救国の聖女として召喚されたマンガのヒロインに、婚約者を奪われてしまう。
その事実に気付いたフィーネが、婚約破棄されないために奮闘する話。
タイトルがネタバレになっている疑惑ですが、深く考えずにお読みください。
※本編完結済み。番外編も完結済みです。
※小説家になろうでも掲載しています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ラヴィニアは逃げられない
棗
恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。
大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。
父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。
ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。
※ムーンライトノベルズにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる