上 下
35 / 47
本編 第6章

裏切り

しおりを挟む
 その人物は「よいしょ」と声を上げて、降りてくる。その際に、その美しい金色の髪が太陽の光に照らされて美しく輝く。

 とても美しい人だと思っていた。優しくて、ふんわりとしたオーラの人だと。けれど、今の彼は違う。その目にぎらぎらとした色を宿らせ、リベラトーレとヴェルディアナを見つめる彼は――狂気に満ちていた。

「……オリヴァー」

 リベラトーレが彼の名前を呼べば、彼――オリヴァーはにっこりと笑う。その後「ようやく気が付いたんだ」と心底楽しそうな声で告げてきた。

 リベラトーレの手が、ヴェルディアナの肩を抱き寄せる。それはまるでヴェルディアナのことを庇うような体勢だった。それにヴェルディアナが驚いていれば、オリヴァーは「手は、出さないよ」と言って手を頭の横に上げる。

「……狙いは、何なんですか」

 震える声でリベラトーレがそう問う。すると、オリヴァーは「……いろいろと、あるんだよ」と言って肩をすくめていた。

「僕はね、王弟派の魔法使いなんだ。……『シュタイン』に入ったのは、スパイみたいな役割だよ」

 王弟派。

 その呼び名にヴェルディアナは聞き覚えがあった。このロンバルディ王国には現国王派と王弟派という二つの派閥がある。王国が認めた六つの研究所は現国王派の人間が所属している。

 現国王派は魔法は人のためにあるという考え方であり、人々のために使おうという考えなのだ。しかし、王弟派は魔法は選ばれた人間だけが使える力だと言い、その力を独占しようとしている。つまり、この二つは交わることがない水と油なのだ。

「僕も良心が痛むから、こんなことはしたくなかったよ。だけどね、命令されちゃったら仕方がないよね」

 ニコニコとした表情を崩さずにオリヴァーはそう告げる。彼の上には、誰かがいる。それを直感するものの、今憎むべきはオリヴァーだ。そう思いヴェルディアナが彼のことをにらみつければ、彼は「王国が認めた魔法使いが一般人を呪ったともなれば、醜聞だよね」と言いながら手のひらをひらひらと振っていた。

「……それ、は」
「恋に溺れたキミを操るのは簡単だったよ。恋って、優秀な人間を無能以下にするんだね」

 オリヴァーの言葉にリベラトーレの目が揺れる。それに気が付き、ヴェルディアナは一歩前に出た。それにリベラトーレが驚いているのがわかる。

 しかし、それさえお構いなしにオリヴァーの方に一歩一歩近づいていく。

「……どうしたの?」

 オリヴァーは首をかしげながらそう問うてくる。そのため、ヴェルディアナは思いっきりオリヴァーの頬をぶった。

「っつ!」

 その瞬間、オリヴァーが目を真ん丸にする。そして、ぶられた頬をさする。その橙色の目には憎悪がこもっており、ヴェルディアナだけを見据えていた。

「……最低ですね」

 自分でも驚くほど低い声が出た。ヴェルディアナがまっすぐにオリヴァーを見つめてそう言えば、彼は「……僕に喧嘩を売って、ただで済むと思っているの?」と問いかけてくる。だからこそ、ヴェルディアナは「そんなのどっちでもいいです」と彼から視線を逸らさずに告げる。

「……リベラトーレ様を苦しめて、利用して。貴方が許せないだけです」

 凛とした声でそう言えば、オリヴァーの顔が歪む。しかし、すぐに「……貴女が言えることじゃ、ないですよね」と言葉を発した。

「そもそも、貴女がリベラトーレを捨てなかったら、こんなことにはなっていないんですよ。……根本の原因は、貴女じゃないですか」
「……そうですね」

 オリヴァーの言葉を、淡々と認める。実際そうだ。これは否定することが出来ない真実。ヴェルディアナが十年前に彼を捨てたから。それが原因で、こんなことになっている。

「だから、私はリベラトーレ様に償います」
「……ヴェルディアナ」
「私は今からの一生をかけて、リベラトーレ様に罪を償います」

 まっすぐにオリヴァーを見つめてそう言えば、彼は目をぱちぱちと瞬かせていた。それに怯むことなく、ヴェルディアナは続ける。

「誰だってやり直せる。関係だって修復できる。私はそう思います。だから、私はリベラトーレ様を苦しめた分だけ、リベラトーレ様をお支えします。それが、私の覚悟です」

 凛とした声のまま、一切の震えを見せずにヴェルディアナはそう言い切った。そうすれば、オリヴァーは「……きれいごと、を」と言いながら下唇をかみしめる。

「あんたの言っていることは所詮きれいごとだ」
「そうですね。確かに、きれいごとです」

 目を閉じて、一旦深呼吸をして。その後、目をゆっくりと開いてヴェルディアナは笑った。その唇はきれいに緩んでおり、ただ一言「だけど」と続ける。

「きれいごとが必要な時だって、あるのですよ」

 そのヴェルディアナの言葉に毒気を抜かれてしまったのか、オリヴァーは「……もう、いい」とだけ言葉を残し立ち去っていく。

「でも、僕が王弟派であることに間違いはありません」

 ヴェルディアナとリベラトーレに背中を向けながら、オリヴァーはそう告げる。それに息を呑んでいれば、彼は転移の魔道具を使ったのかゆっくりと姿を消していく。

 彼の姿が完全に消えた時。ヴェルディアナはその場にへたり込んでしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

旦那様、仕事に集中してください!~如何なる時も表情を変えない侯爵様。独占欲が強いなんて聞いていません!~

あん蜜
恋愛
いつ如何なる時も表情を変えないことで有名なアーレイ・ハンドバード侯爵と結婚した私は、夫に純潔を捧げる準備を整え、その時を待っていた。 結婚式では表情に変化のなかった夫だが、妻と愛し合っている最中に、それも初夜に、表情を変えないなんてことあるはずがない。 何の心配もしていなかった。 今から旦那様は、私だけに艶めいた表情を見せてくださる……そう思っていたのに――。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

R18完結)夫は私のことが好きだったようです

ハリエニシダ・レン
恋愛
顔も知らずに結婚した夫。 初めて顔を合わせた結婚式のその日に抱かれた。 それからも、ほぼ毎晩のように。 ずっと義務だからだと思っていたのに、ある日夫が言った。 結婚するよりも前から、私のことが好きだったと。 ※他の拙作と比べて、エロが大分少ないです。 ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ 本編を一通り見直して修正入れました。 2000文字くらい増えたっぽい。 その分、前より流れがよくなってる筈です。 追加の修正はボチボチやっていきます。

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

【R18】英雄となった騎士は置き去りの令嬢に愛を乞う

季邑 えり
恋愛
とうとうヴィクターが帰って来る——シャーロットは橙色の髪をした初恋の騎士を待っていた。 『どうしても、手に入れたいものがある』そう言ってヴィクターはケンドリッチを離れたが、シャーロットは、別れ際に言った『手に入れたいもの』が何かを知らない。 ヴィクターは敵国の将を打ち取った英雄となり、戦勝パレードのために帰って来る。それも皇帝の娘である皇女を連れて。——危険を冒してまで手に入れた、英雄の婚約者を連れて。 幼馴染の騎士 × 辺境の令嬢 二人が待ちわびていたものは何なのか

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...