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本編 第5章

本当は

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(……恨んで、ない?)

 リベラトーレの言葉にヴェルディアナはその目を真ん丸にした。彼はヴェルディアナを好いているという。愛しているという。でも、それと同じくらい恨んでいるはずなのだ。

 そんなヴェルディアナの戸惑いは彼にしっかりと伝わっていたらしく、リベラトーレは「……本当は俺、ヴェルディアナのことを恨んでないんです」と今にも消え入りそうなほど小さな声で、告げてくる。

「ヴェルディアナがとった選択を、俺は正しいと思ってます」

 小さな声で、リベラトーレはそう続ける。その言葉に耳を傾けていれば、彼は「でも、あの頃の俺は子供だった」と震える声で話を続けた。

「あの頃の俺はヴェルディアナに子供っぽく見られたくなくて、必死に大人びようとしてました。けど、ヴェルディアナが姿を消してしまって」
「……はい」
「バッリスタ家の事情は父たちから聞いていました。でも、俺、思ったんです」

 ――あぁ、年上の男性の元に行ったんだなって。

 リベラトーレはそう言うと、今にも泣きだしそうな表情でヴェルディアナの目を見つめる。彼のその目は揺れていて、ヴェルディアナは息を呑むことしかできなかった。

「年の差はどう頑張っても埋められない。その言葉が心の中で反復して、俺のこと捨てたんだって、思い込んだ」
「……リベラトーレ様」
「そう思っていないと、俺、もう何も頑張れそうになかったんです。魔法も、侯爵家の跡取りとしての勉学も。無理やり恋慕を復讐心に変えて、十年間生きてきた」

 その言葉にヴェルディアナの胸が締め付けられる。自分がこんなことを思ってはいけないとわかっている。なのに、今の彼を抱きしめてしまいたいと思ってしまう。……あの頃のようにとは無理かもしれない。だけど、どうしても彼のことを放っておけなくなる。

「どれだけほかの女性を見ようとしても、ヴェルディアナ以上に好きになれる人はいなかった。……だから、俺、どうしても手に入れたかった」
「……リベラトーレ、さ、ま?」
「どんな手段を使ってでも、手に入れなくちゃ。たとえ憎まれてもいい。嫌われてもいい。いや、むしろ最低な奴になろう。そうすれば、ヴェルディアナの心を俺の元につなぎとめられる。――この十年間の俺のように」

 リベラトーレのその声は、今すぐにでも消え行ってしまいそうなほど小さかった。なのに、震えているのはよく伝わってくる。その所為で、ヴェルディアナは彼の青色の髪に手を伸ばし――そのまま、撫でた。リベラトーレの髪は固い質感をしており、ヴェルディアナのものとは大きく違う。

「……私のこと、抱き続けたのもそういうことですか?」

 もしも、彼がヴェルディアナをつなぎとめるために抱き続けていたのならば。それはそれで、彼だって苦しかったはずだ。そう思って目を伏せながらそう問えば、リベラトーレは「ちがい、ます」とゆっくりと答えをくれる。

「俺、ヴェルディアナの身体に溺れてた。……けど、それを悟られたくなくて乱暴にすることしかできなかったんです」
「そう、ですか」

 もしも、彼が自分のことをいやいや抱き続けていたのだとすれば。悲しくて胸が引き裂かれるような思いになっていただろう。

 それに、答えが見えたような気がした。彼はあの頃のままなのだ。復讐心で壊れてしまったように見えただけであり、根本はあの頃のまま。優しくて無邪気で、向上心のあるリベラトーレのままだった。

「ヴェルディアナ。……俺、もう貴女に愛想を尽かされていますよね。むしろ、好かれるようなことしてませんから」
「……リベラトーレ、様」
「もう、いいですよ。ヴェルディアナが望むんだったら、俺から解放します。……呪いも解きますから」

 きっと、今ここで彼から離れてしまえば。彼は壊れてしまうのだろう。それがわかるからこそ、ヴェルディアナは首を横に振った。

「私、もう少しリベラトーレ様のおそばに、います」

 ゆっくりとそう言えば、リベラトーレの目が驚いたように見開かれる。だからこそ、ヴェルディアナは「その資格が、あったら、ですけれど」と肩をすくめながら続ける。

「リベラトーレ様の心を壊してしまったのは、私です。……だから……」
「違う!」

 ヴェルディアナの言葉をリベラトーレが遮る。それにヴェルディアナが驚いていれば、彼は涙をぽろぽろと零していた。その後「俺、勝手に壊れただけなんです」とヴェルディアナに縋りつきながら言葉を発した。

「俺が、勝手に壊れたんです。壊れなきゃ、生きていけなかったから。……全部ヴェルディアナの所為にした方が、楽だったから」

 そりゃそうだ。全部人のせいにして、壊れてしまった方が生きていくうえで楽だ。それはヴェルディアナにだってよく分かる。没落貴族としての生活はお世辞にも楽だとは言えなかったし、苦しいことの方が多かった。

「でも、出来ることなら、ヴェルディアナに側に居てほしい。……俺、何でもします。だから、捨てないでください……!」

 縋りつきながら、肩を揺らしてリベラトーレはそう続ける。その言葉に、ヴェルディアナは胸をえぐられてしまった。

 あの頃、十年前の頃。リベラトーレに同じように懇願された。あの時は、前向きに捉えることが出来なかった。だけど、今ならば。彼が許してくれるのならば。

「……はい」

 リベラトーレの側に居させてほしい。そう、思ってしまうのだ。
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