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本編 第5章
ヴェルディアナの罪
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優しい声音だった。まるで世間話でもするような声音で、オリヴァーはそんなことを告げてくる。その所為で、ヴェルディアナの心臓は大きな音を立てていた。
わかっていた。けれど、人に指摘されるとまた違う感覚だった。どれだけ理解していたとしても、人に指摘されると言葉にはまた違う意味がこもるのだ。それを嫌というほど理解してしまう。
「リベラトーレだって昔は純粋だったんですよ」
「……それ、は」
「けれど、貴女に裏切られた。その所為で、彼は歪んでしまった。人一人の人生をめちゃくちゃにしたんですよ。……貴女には、その罪がある」
オリヴァーのその言葉にヴェルディアナはぐっと下唇をかみしめる。理解していたつもりだった。なのに、突き付けられた真実はヴェルディアナの心を容赦なくえぐっていく。自分が傷つく資格などない。わかっていても傷ついてしまう。
「だから、貴女は一生リベラトーレに囚われていればいいんですよ。……僕は、それだけを望みます」
そんな言葉を残して、オリヴァーは階段を上っていく。その後ろ姿を眺めていれば、入れ替わるようにリベラトーレが降りてきた。彼はオリヴァーに気が付いてかにこやかなに話しこんでいる。どうやら、仲がいいというのは本当のことらしい。それを実感しながら俯いていれば、リベラトーレは「ヴェルディアナ」とヴェルディアナの名前を呼び、後ろから抱きしめてくる。
「どうしたんですか? 何か、ありました?」
にっこりと楽しそうな声音でそう告げてくるリベラトーレに、歪みなど見えない。彼は外面が良いのだ。それを嫌というほど理解したような気がした。
「い、いえ、オリヴァー様と、少しお話しただけです」
「そうですか。あいつ、『シュタイン』に所属していますが、実は闇魔法の方が得意なんですよ。何を思ってここを選んだのかはよく知りませんけれど」
ニコニコと笑ってそう告げてくるリベラトーレの唇が、ヴェルディアナの首筋に触れる。そのままその髪をどけ、首筋に口づけてくる。まるで跡を残すような口づけにヴェルディアナは身をよじることしかできない。だけど、先ほどのオリヴァーの言葉を聞いてしまったから拒絶できないでいた。
「……ヴェルディアナ?」
「どう、なさいましたか?」
怪訝そうに声をかけてくるリベラトーレにそう返事をすれば、彼は「……元気、ないですね」と声をかけてくる。その問いかけにゆるゆると首を横に振っていれば、彼は「帰りましょうか」と言ってくる。
「用事は……?」
「あぁ、顔を出してまとめた資料を提出するだけでいいんです。会議とかはまた別の時にするので」
リベラトーレはそう言うと、ヴェルディアナの身体をまた横抱きにする。ふわりと身体が宙に浮く感覚がするものの、抵抗することは出来なかった。ただ俯いていれば、彼は「……なんか、やっぱり元気ない」としょんぼりとしたような声で告げてくる。
「何かありました? あったんだったら――」
「いえ、何でもありませんよ」
彼の声を遮るように無理やり笑顔を作ってヴェルディアナはそう言う。そうだ。彼には自分の悩みなど明かせない。彼を十年間も苦しめてきた自分が、楽になるようなことはあってはならない。
「……ちょっと、頭が痛いだけです」
誤魔化すようにそう言えば、リベラトーレは「じゃあ、帰って寝てくださいね」と声をかけてくる。その表情は納得していないようだが、一応話を合わせてくれているらしい。それが手に取るようにわかって、ヴェルディアナはこくんと首を縦に振った。
(……十年間)
十年間とは途方もない時間だ。その間、リベラトーレはヴェルディアナのことを憎しみ、嫌い、恨んだのだろう。だけど、嫌いになることは出来なかった。そのため、彼はヴェルディアナのことを手に入れようとした。どんな手段を使ってでも。その手段が呪いという類のものだった。それだけだ。
「……リベラトーレ、さま」
ゆっくりと彼の名前を呼べば、リベラトーレは「どうしましたか?」と言いながら馬車にヴェルディアナを乗せる。そのまま彼も馬車に乗り込み、御者が扉を閉めると馬車はゆっくりと走り出した。
「……私のこと、恨んでいますか?」
そんな問いかけしたところで無駄だとわかっていた。なのに、どうしても問いかけてしまった。もしも、恨んでいるのならば。いっそ、彼に殺されてしまえばいい。そうすれば互いに楽になれるはずだから。
(もう、これ以上リベラトーレ様に心を乱されたくない……)
ほんの少しずつだが、彼に惹かれているような気がした。でも、自分が惹かれていいわけがない。彼を一度は捨ててしまった自分が彼の側に居続けるなど許されることではないのだから。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
ヴェルディアナの言葉に、リベラトーレは疑問符を頭上に浮かべながら問いかけ返してくる。だからこそ、ヴェルディアナは「何となく、です」と誤魔化すように告げた。そうすれば、彼は「……恨んで、ませんよ」と消え入るような声で言葉を発した。
わかっていた。けれど、人に指摘されるとまた違う感覚だった。どれだけ理解していたとしても、人に指摘されると言葉にはまた違う意味がこもるのだ。それを嫌というほど理解してしまう。
「リベラトーレだって昔は純粋だったんですよ」
「……それ、は」
「けれど、貴女に裏切られた。その所為で、彼は歪んでしまった。人一人の人生をめちゃくちゃにしたんですよ。……貴女には、その罪がある」
オリヴァーのその言葉にヴェルディアナはぐっと下唇をかみしめる。理解していたつもりだった。なのに、突き付けられた真実はヴェルディアナの心を容赦なくえぐっていく。自分が傷つく資格などない。わかっていても傷ついてしまう。
「だから、貴女は一生リベラトーレに囚われていればいいんですよ。……僕は、それだけを望みます」
そんな言葉を残して、オリヴァーは階段を上っていく。その後ろ姿を眺めていれば、入れ替わるようにリベラトーレが降りてきた。彼はオリヴァーに気が付いてかにこやかなに話しこんでいる。どうやら、仲がいいというのは本当のことらしい。それを実感しながら俯いていれば、リベラトーレは「ヴェルディアナ」とヴェルディアナの名前を呼び、後ろから抱きしめてくる。
「どうしたんですか? 何か、ありました?」
にっこりと楽しそうな声音でそう告げてくるリベラトーレに、歪みなど見えない。彼は外面が良いのだ。それを嫌というほど理解したような気がした。
「い、いえ、オリヴァー様と、少しお話しただけです」
「そうですか。あいつ、『シュタイン』に所属していますが、実は闇魔法の方が得意なんですよ。何を思ってここを選んだのかはよく知りませんけれど」
ニコニコと笑ってそう告げてくるリベラトーレの唇が、ヴェルディアナの首筋に触れる。そのままその髪をどけ、首筋に口づけてくる。まるで跡を残すような口づけにヴェルディアナは身をよじることしかできない。だけど、先ほどのオリヴァーの言葉を聞いてしまったから拒絶できないでいた。
「……ヴェルディアナ?」
「どう、なさいましたか?」
怪訝そうに声をかけてくるリベラトーレにそう返事をすれば、彼は「……元気、ないですね」と声をかけてくる。その問いかけにゆるゆると首を横に振っていれば、彼は「帰りましょうか」と言ってくる。
「用事は……?」
「あぁ、顔を出してまとめた資料を提出するだけでいいんです。会議とかはまた別の時にするので」
リベラトーレはそう言うと、ヴェルディアナの身体をまた横抱きにする。ふわりと身体が宙に浮く感覚がするものの、抵抗することは出来なかった。ただ俯いていれば、彼は「……なんか、やっぱり元気ない」としょんぼりとしたような声で告げてくる。
「何かありました? あったんだったら――」
「いえ、何でもありませんよ」
彼の声を遮るように無理やり笑顔を作ってヴェルディアナはそう言う。そうだ。彼には自分の悩みなど明かせない。彼を十年間も苦しめてきた自分が、楽になるようなことはあってはならない。
「……ちょっと、頭が痛いだけです」
誤魔化すようにそう言えば、リベラトーレは「じゃあ、帰って寝てくださいね」と声をかけてくる。その表情は納得していないようだが、一応話を合わせてくれているらしい。それが手に取るようにわかって、ヴェルディアナはこくんと首を縦に振った。
(……十年間)
十年間とは途方もない時間だ。その間、リベラトーレはヴェルディアナのことを憎しみ、嫌い、恨んだのだろう。だけど、嫌いになることは出来なかった。そのため、彼はヴェルディアナのことを手に入れようとした。どんな手段を使ってでも。その手段が呪いという類のものだった。それだけだ。
「……リベラトーレ、さま」
ゆっくりと彼の名前を呼べば、リベラトーレは「どうしましたか?」と言いながら馬車にヴェルディアナを乗せる。そのまま彼も馬車に乗り込み、御者が扉を閉めると馬車はゆっくりと走り出した。
「……私のこと、恨んでいますか?」
そんな問いかけしたところで無駄だとわかっていた。なのに、どうしても問いかけてしまった。もしも、恨んでいるのならば。いっそ、彼に殺されてしまえばいい。そうすれば互いに楽になれるはずだから。
(もう、これ以上リベラトーレ様に心を乱されたくない……)
ほんの少しずつだが、彼に惹かれているような気がした。でも、自分が惹かれていいわけがない。彼を一度は捨ててしまった自分が彼の側に居続けるなど許されることではないのだから。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
ヴェルディアナの言葉に、リベラトーレは疑問符を頭上に浮かべながら問いかけ返してくる。だからこそ、ヴェルディアナは「何となく、です」と誤魔化すように告げた。そうすれば、彼は「……恨んで、ませんよ」と消え入るような声で言葉を発した。
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