上 下
21 / 47
本編 第4章

お仕事開始

しおりを挟む
 それからしばらくして、ヴェルディアナはラーレに連れられ、厨房に向かった。リベラトーレの三時の軽食だというスイーツを料理人からもらい、ワゴンを押しながら屋敷の廊下をラーレと歩く。目的地はもちろんリベラトーレの部屋だ。

「えぇっと、ラーレ、さん、は……」
「私のことはラーレで構いませんよ、ヴェルディアナ様」

 ヴェルディアナがラーレのことをどう呼べばと思えば、彼女は淡々とそう言葉を返してくる。そのため、ヴェルディアナは静かに「……ラーレ」と呼び捨てにした。すると、彼女は満足そうにうなずく。どうやら、これで正解らしい。

「……その、私のことを様付けするのは、ちょっと」

 次にそう言って、ヴェルディアナは眉を下げる。

 今の自分は貴族ではないのだ。だからこそ、様付けされる意味はない。そういう意味を込めてラーレに抗議したのだが、彼女は「いえ、リベラトーレ様にそう命じられておりますので」としか言わない。……どうにも、リベラトーレはヴェルディアナのことを普通の侍女として雇ったわけではないらしい。まぁ、自身の専属として雇った時点で、普通ではないのだろうが。

 その後しばらく歩けば、一つの豪華絢爛な扉の前でラーレが立ち止まる。その扉には色とりどりの宝石が埋め込まれており、何処となく神秘的な雰囲気だった。

 宝石たちは光を受けて輝いている。とても、きれいだ。

 ヴェルディアナがそう思いながらぼんやりとそれらを見つめていれば、ラーレは「リベラトーレ様」と扉越しに声をかけ、ノックする。

「ヴェルディアナ様をお連れしました。それから、三時のスイーツでございます」

 ラーレがそう声をかければ、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。そのためだろう、ラーレは扉の前から退き、ヴェルディアナに入るようにと促す。……ここからは、一人か。何処となく心細い気持ちになりながらも、ヴェルディアナは与えられた仕事を全うしようと足を踏み出す。少し丈の短いスカート部分の所為だろうか。足元が少しだけ寒い。

「リベラトーレ様。……スイーツを、お持ちいたしました」

 部屋に入り、ラーレに教えられたとおりのセリフを口にする。それから、ゆっくりと顔を上げた。

 そうすれば、リベラトーレは部屋の一番奥にある執務机の前で何かの書類と格闘しているようだった。彼の目の前には山積みの書類が置いてある。ちなみに、部屋の最奥には黒色の星に金色の縁取りがしてある大きな壁掛け時計がかかっていた。あの形は『シュタイン』の紋章だ。そう思いながらヴェルディアナがワゴンを押して執務机の横に移動すれば、リベラトーレはにっこりと笑う。

「今日のスイーツは、何ですか?」
「えっと……マドレーヌと、フィナンシェでございます」

 リベラトーレの問いかけに、教えてもらった通りのセリフを返す。ワゴンの上にはティーセット、それからマドレーヌとフィナンシェが載った皿が置いてある。これをリベラトーレに届ければ、この仕事は終わりだ。そんなことを思いながらヴェルディアナは机の空いたスペースにティーセットと皿を載せる。

「わ、私は、これにて失礼いたしま――」

 呼び止められることはないだろう。ヴェルディアナはそう楽観視していた。しかし、リベラトーレは「待ってください」とヴェルディアナに声をかけてくる。……なんとなく、嫌な予感がする。背中に伝う嫌な汗を感じながらヴェルディアナがリベラトーレと視線を合わせれば、彼は口元を歪めながら「食べさせてください」とある意味とんでもないことを言ってきた。

「……そ、その」

 リベラトーレは幼子ではない。だから、何故自分が食べさせなければいけないのか。そんなことを考えていたヴェルディアナを他所に、リベラトーレは立ち上がりヴェルディアナの方に近づいてくると、その身体を抱き上げる。そして、自身が腰掛けていた椅子に戻ると、そのまま腰掛けた。ちなみに、ヴェルディアナは彼の膝の上に座ることを強要されている形だ。もちろん、対面で。

「ほら、あーんって、して?」

 甘えるようにそう言われ、ヴェルディアナは戸惑った。リベラトーレはヴェルディアナの目をしっかりと見つめている。つまり、真っ赤になったこの顔もしっかりと見られているということだ。その所為で、さらに顔に熱が溜まるのを実感してしまう。

「そ、その、ご自分で――」
「俺の専属侍女なんですから、俺の言うことはきちんと聞いてください」

 そう言われても、これは絶対に侍女の仕事じゃない――!

 視線だけでリベラトーレにそう訴えるものの、彼は「あーんって、して?」なんて甘えたように言ってくるだけだ。……柄にもなく可愛らしいと思ってしまうのは、幼い頃の彼の姿を知っているからだろうか。あの十年前の少年と目の前の青年が重なる。その所為で、拒めないのだろうか。

「あーんってしてくれないと、俺、ちょっと悪戯しちゃうかもしれません」

 躊躇い続けるヴェルディアナにしびれを切らしたのか、リベラトーレはヴェルディアナの腰に手を回し、その細い腰を撫でた。その撫で方には下心がこもっており、身体がびくりと震え反応してしまう。そのままエプロンの中に手を入れられ、リベラトーレの手はヴェルディアナのブラウスのボタンを一つ、外した。

「や、やめ……!」

 ぷつり、ぷつりと外されていくブラウスのボタン。それに混乱していれば、リベラトーレは「ほら、あんまり遅いと……」と言って、ヴェルディアナのブラウスのボタンを一つ残らず外してしまう。そのままエプロンに手をかけ、さらりと取り除く。そうすれば、ヴェルディアナは胸元を隠す下着をリベラトーレの眼下に晒してしまった。

「ヴェルディアナの身体、とってもきれいですよね……! 下着もずらしちゃおうっと」

 そう言って、リベラトーレはヴェルディアナの胸を覆う下着をずらす。その結果、ヴェルディアナの胸を隠すものは何一つとしてなくなってしまう。胸を隠そうと手を持っていこうとしたが、リベラトーレの視線にねじ伏せられてしまう。彼の目は、言っている。

 ――絶対に隠すな、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】私は義兄に嫌われている

春野オカリナ
恋愛
 私が5才の時に彼はやって来た。  十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。  黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。  でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。  意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...