11 / 16
本編 第2章
第4話
しおりを挟む
真白のその決意を理解してくれたのか。はたまた、真白にはなにを言っても無駄だと思ったのか。
そこは定かではないが、律哉はただ目を伏せた。かと思えば「……ありがとう」と礼の言葉を口にする。
その姿は、ため息が出てしまいそうなほどに美しい。憂いを帯びた美しい顔立ちの人とは、こんなにも魅力的に見えるのか。
(いいえ、そんなことを思ってはダメ。律哉さんは、今までたくさん苦労されたんだから……!)
きっと、真白には想像も出来ないほどの苦労があったに違いない。
自分が作ったわけでもない借金を払い続け、使用人一人雇えない状況で頑張ってきたのだ。……これからは、そんな彼の支えに自らがなるべきだ。いや、なりたい。
「では、次は水回りを案内しよう」
律哉がそう言って、踵を返す。その姿を見て、慌てて真白は彼の後を追おうとした。
が、どうやら慌てすぎたらしい。脚が絡まってしまい転び、その場にしりもちをついてしまう。
(いたた……)
不幸中の幸いというべきか。打ちどころはそこまでは悪くなさそうだ。腰も痛くないし、ちょっと足首が痛いくらいだろうか。
そう思う真白を他所に、律哉がこちらに駆け寄ってくる。かと思えば、彼は真白の顔を覗き込んでくる。
恐ろしいほどに整ったそのきれいな顔が、心配の色を映している。真白の心臓が、大きく高鳴った。
「大丈夫か!?」
律哉に強い力で肩を掴まれて、そう問いかけられる。
真白は、彼のその姿を見て目をぱちぱちと瞬かせてしまった。……彼がここまで焦る理由が、わからなかった。
「え、えぇ、大丈夫、ですが……」
きょとんとしつつそう言うものの、律哉の表情から焦りは消えない。
「何処か痛いところはないだろうか? 歩けるだろうか? 無理だったら……」
「いえいえいえ、ただ転んだだけですから!」
このままでは抱きかかえられかねない。それを悟って、真白はぶんぶんと首を横に振る。
「それに、足首は少し痛いですが、これくらい冷やせば大丈夫です!」
心配そうな律哉の顔を見て、真白は柔らかく笑った。まるで、安心させるかのように。
真白のその表情を見たためか、律哉もようやく落ち着いてくれたらしい。ほっと息を吐きつつ、眉を下げる。
「悪かった。取り乱して、しまったな」
「……いえ」
確かに彼はとても取り乱していた。でも、それは根本に真白への心配があるからだ。
……不快なわけが、ない。
「その、ご心配をおかけしてしまって、申し訳ございません……」
弱々しい声でそう言えば、律哉は「いや」と声を上げるだけだ。
「俺が勝手に心配しただけだ。……あぁ、そうだ。足首が痛いと言っていたな。氷を取ってこよう」
「え、そ、それくらい、私が――」
「まだあなたは何処になにがあるか、わかっていないだろう。俺が持ってきたほうが早い」
そう言うと、律哉はさっさと歩き出す。……それに、彼の言葉はもっともだった。反論の余地もない。
(……あんな風に取り乱されることも、あるのね)
ずっと冷静な人だと思っていた。しかし、真白を見るあの目はとても優しいもの。
周囲を見渡す。みすぼらしい邸宅。見るからに質素な暮らしをしているのがわかる。
……こんな生活をしていれば、荒んでもおかしくはないというのに。
(律哉さまは、真面目に生きてこられている。……私も、この人の恥にならないようにしなくては)
彼は真面目に、堂々と生きている。それがわかるからこそ、真白は自分の決意を強くする。
桐ケ谷家を立派な伯爵家に戻す。そして――律哉の負担を、少しでも軽くしたい。
正真正銘、真白の本当の気持ちだ。
そこは定かではないが、律哉はただ目を伏せた。かと思えば「……ありがとう」と礼の言葉を口にする。
その姿は、ため息が出てしまいそうなほどに美しい。憂いを帯びた美しい顔立ちの人とは、こんなにも魅力的に見えるのか。
(いいえ、そんなことを思ってはダメ。律哉さんは、今までたくさん苦労されたんだから……!)
きっと、真白には想像も出来ないほどの苦労があったに違いない。
自分が作ったわけでもない借金を払い続け、使用人一人雇えない状況で頑張ってきたのだ。……これからは、そんな彼の支えに自らがなるべきだ。いや、なりたい。
「では、次は水回りを案内しよう」
律哉がそう言って、踵を返す。その姿を見て、慌てて真白は彼の後を追おうとした。
が、どうやら慌てすぎたらしい。脚が絡まってしまい転び、その場にしりもちをついてしまう。
(いたた……)
不幸中の幸いというべきか。打ちどころはそこまでは悪くなさそうだ。腰も痛くないし、ちょっと足首が痛いくらいだろうか。
そう思う真白を他所に、律哉がこちらに駆け寄ってくる。かと思えば、彼は真白の顔を覗き込んでくる。
恐ろしいほどに整ったそのきれいな顔が、心配の色を映している。真白の心臓が、大きく高鳴った。
「大丈夫か!?」
律哉に強い力で肩を掴まれて、そう問いかけられる。
真白は、彼のその姿を見て目をぱちぱちと瞬かせてしまった。……彼がここまで焦る理由が、わからなかった。
「え、えぇ、大丈夫、ですが……」
きょとんとしつつそう言うものの、律哉の表情から焦りは消えない。
「何処か痛いところはないだろうか? 歩けるだろうか? 無理だったら……」
「いえいえいえ、ただ転んだだけですから!」
このままでは抱きかかえられかねない。それを悟って、真白はぶんぶんと首を横に振る。
「それに、足首は少し痛いですが、これくらい冷やせば大丈夫です!」
心配そうな律哉の顔を見て、真白は柔らかく笑った。まるで、安心させるかのように。
真白のその表情を見たためか、律哉もようやく落ち着いてくれたらしい。ほっと息を吐きつつ、眉を下げる。
「悪かった。取り乱して、しまったな」
「……いえ」
確かに彼はとても取り乱していた。でも、それは根本に真白への心配があるからだ。
……不快なわけが、ない。
「その、ご心配をおかけしてしまって、申し訳ございません……」
弱々しい声でそう言えば、律哉は「いや」と声を上げるだけだ。
「俺が勝手に心配しただけだ。……あぁ、そうだ。足首が痛いと言っていたな。氷を取ってこよう」
「え、そ、それくらい、私が――」
「まだあなたは何処になにがあるか、わかっていないだろう。俺が持ってきたほうが早い」
そう言うと、律哉はさっさと歩き出す。……それに、彼の言葉はもっともだった。反論の余地もない。
(……あんな風に取り乱されることも、あるのね)
ずっと冷静な人だと思っていた。しかし、真白を見るあの目はとても優しいもの。
周囲を見渡す。みすぼらしい邸宅。見るからに質素な暮らしをしているのがわかる。
……こんな生活をしていれば、荒んでもおかしくはないというのに。
(律哉さまは、真面目に生きてこられている。……私も、この人の恥にならないようにしなくては)
彼は真面目に、堂々と生きている。それがわかるからこそ、真白は自分の決意を強くする。
桐ケ谷家を立派な伯爵家に戻す。そして――律哉の負担を、少しでも軽くしたい。
正真正銘、真白の本当の気持ちだ。
36
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
大正戀ものがたり。年の離れた婚約者は意地悪なのに、指がふれあうと頰が熱くなるのです
絹乃
恋愛
「そうや、ケーキを一緒に食べへんか?」神戸、華やかなりし大正浪漫。武史と美都子は婚約している。十二歳上の武史は、まだ女學生の美都子をすぐに子ども扱いする。そんな彼に対していつも素直になれない美都子。家同士で決められた結婚なのだから、当人の愛情なんてそこにはないのだから。わかっているのに、どうしてだか美都子は胸が苦しくなってしまう。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
捨てる王子あれば拾う皇子あり?
ねこたまりん
恋愛
真っ昼間のカフェテラスで、ローザは婚約者のヘンリー王子に罵られていた。
「言いたいことは一つだけだ。お前とは結婚しない」
結婚はしないが、婚約も破棄しない。
そう宣言したヘンリー王子は、ローザを名ばかりの公妾として、公務の肩代わりをさせるつもりなのだという。
その王子を公然と寝とった異母妹のルーシーは、ローザを娼館に売り飛ばす算段をしているらしい。
孤立無援のローザは、心の中で怒りと憎悪を燃やしながら、復讐を誓うのだけど……。
(ドアマット系ヒロインの婚約破棄ものを目指して書き始めたはずなんですが、想定外のところに着地してます…)
続編「悪役令嬢は、昨日隣国に出荷されました」の連載を始めました(不定期)。
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる