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本編 第2章

第4話

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 真白のその決意を理解してくれたのか。はたまた、真白にはなにを言っても無駄だと思ったのか。

 そこは定かではないが、律哉はただ目を伏せた。かと思えば「……ありがとう」と礼の言葉を口にする。

 その姿は、ため息が出てしまいそうなほどに美しい。憂いを帯びた美しい顔立ちの人とは、こんなにも魅力的に見えるのか。

(いいえ、そんなことを思ってはダメ。律哉さんは、今までたくさん苦労されたんだから……!)

 きっと、真白には想像も出来ないほどの苦労があったに違いない。

 自分が作ったわけでもない借金を払い続け、使用人一人雇えない状況で頑張ってきたのだ。……これからは、そんな彼の支えに自らがなるべきだ。いや、なりたい。

「では、次は水回りを案内しよう」

 律哉がそう言って、踵を返す。その姿を見て、慌てて真白は彼の後を追おうとした。

 が、どうやら慌てすぎたらしい。脚が絡まってしまい転び、その場にしりもちをついてしまう。

(いたた……)

 不幸中の幸いというべきか。打ちどころはそこまでは悪くなさそうだ。腰も痛くないし、ちょっと足首が痛いくらいだろうか。

 そう思う真白を他所に、律哉がこちらに駆け寄ってくる。かと思えば、彼は真白の顔を覗き込んでくる。

 恐ろしいほどに整ったそのきれいな顔が、心配の色を映している。真白の心臓が、大きく高鳴った。

「大丈夫か!?」

 律哉に強い力で肩を掴まれて、そう問いかけられる。

 真白は、彼のその姿を見て目をぱちぱちと瞬かせてしまった。……彼がここまで焦る理由が、わからなかった。

「え、えぇ、大丈夫、ですが……」

 きょとんとしつつそう言うものの、律哉の表情から焦りは消えない。

「何処か痛いところはないだろうか? 歩けるだろうか? 無理だったら……」
「いえいえいえ、ただ転んだだけですから!」

 このままでは抱きかかえられかねない。それを悟って、真白はぶんぶんと首を横に振る。

「それに、足首は少し痛いですが、これくらい冷やせば大丈夫です!」

 心配そうな律哉の顔を見て、真白は柔らかく笑った。まるで、安心させるかのように。

 真白のその表情を見たためか、律哉もようやく落ち着いてくれたらしい。ほっと息を吐きつつ、眉を下げる。

「悪かった。取り乱して、しまったな」
「……いえ」

 確かに彼はとても取り乱していた。でも、それは根本に真白への心配があるからだ。

 ……不快なわけが、ない。

「その、ご心配をおかけしてしまって、申し訳ございません……」

 弱々しい声でそう言えば、律哉は「いや」と声を上げるだけだ。

「俺が勝手に心配しただけだ。……あぁ、そうだ。足首が痛いと言っていたな。氷を取ってこよう」
「え、そ、それくらい、私が――」
「まだあなたは何処になにがあるか、わかっていないだろう。俺が持ってきたほうが早い」

 そう言うと、律哉はさっさと歩き出す。……それに、彼の言葉はもっともだった。反論の余地もない。

(……あんな風に取り乱されることも、あるのね)

 ずっと冷静な人だと思っていた。しかし、真白を見るあの目はとても優しいもの。

 周囲を見渡す。みすぼらしい邸宅。見るからに質素な暮らしをしているのがわかる。

 ……こんな生活をしていれば、荒んでもおかしくはないというのに。

(律哉さまは、真面目に生きてこられている。……私も、この人の恥にならないようにしなくては)

 彼は真面目に、堂々と生きている。それがわかるからこそ、真白は自分の決意を強くする。

 桐ケ谷家を立派な伯爵家に戻す。そして――律哉の負担を、少しでも軽くしたい。

 正真正銘、真白の本当の気持ちだ。
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