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本編 第2章
第2話
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「とりあえずにはなるが、邸宅の中を少しだけ案内しよう」
ぼうっとする真白を他所に、律哉がそう声をかけてくる。それが耳に入ったので、真白は慌てて首を縦に振った。
……自身が彼に見惚れていたのは、どうか悟られていないことを祈る。
律哉が扉を開ける。その際にぎぃっというような音が聞こえたのは、気のせいじゃないはずだ。
(何事も、手入れが大切だわ。どんなにいい品だったとしても、手入れを怠れば長持ちしなくなってしまう)
律哉もそれを理解していないわけではないだろう。ただ、そこまで手が回らないというだけだと真白は思う。
「汚くて悪い。……これでも、掃除をしたほうなんだ」
玄関に入ると、律哉が少し困ったように笑いながらそう言ってくる。
確かに玄関はこぎれいだ。しかし、よくよく見れば隅に埃が溜まっていたり、床になんらかの汚れがある。
きっと、慌てて掃除したのだろう。真白を、迎えるためなのかはわからないが。
「いいえ、お構いなく」
ゆるゆると首を横に振って靴を脱いで床に足をつける。また、ぎしりという音がしたような気がした。
「悪い、出来ればこの部分は踏まないでほしい」
「あ、はい……」
あまりにも彼が真剣な面持ちで言うものだから。……もう、納得するしか出来なかった。
「その、失礼なことをお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「なんだろうか?」
「外観に比べ、内観はずっと古く感じられるのですが……」
邸宅の外観は数年前に流行ったものだった。だが、中に入ってわかったことだが、内観はそこまで改装されていないような気がする。まるで、外だけを改装したかのような……。
「あぁ、そうだな。以前の当主……俺の兄が、外観だけは改装したんだ。だが、中身を改装する金がなかったんだろう」
まるで忌々しい記憶を思い出すかのように、律哉がそう零す。……嘘だとは、思えなかった。
「聞いているかもしれないが、うちは財政難だ」
「……はい」
「まぁ、あなたのお父上が借金を返済してくれたので、マシにはなっているのだがな」
憂いを帯びたような目で、律哉がそう言う。真白の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(このお方は、この状況下でとても頑張ってこられたのだわ。……態度を見れば、それがわかる)
お金がない華族など、惨めで仕方のないものだろう。合わせ、商家の娘とはいえ、庶民と結婚することを強いられているのだ。
……彼の苦しさは、真白には計り知れない。
「だから、贅沢はさせてやれないと思う。もちろん、少し金銭面で安定したら――」
律哉がなにを言おうとしたのかを、真白は察した。だからこそ、律哉の手を勢いよく握る。
「私は、贅沢など必要とはしておりません」
はっきりとそう告げる。律哉が、驚いたように目を瞬かせているのがわかる。
「だが……」
「私が望むのは、たった一つ。……あなたさまと一緒に、この桐ケ谷家を建て直したい。それだけです」
心の底からの本心だった。
贅沢な暮らしなんていらない。着るものや食べるもの、住む場所に困らなければそれでいい。少なくとも、真白はそう思っている。
「しかし、それでは……」
「いいえ、私にはその覚悟があります。……長年お父さまに鍛えられただけはありますから」
鍛えられたと言えば、聞こえはいいかもしれない。けれど、それは鍛えたというものじゃない。ただ、一歩間違えれば虐待に当たるような。そんなものだった。
「ですので、どうか。律哉さまのお力になりたく思います」
彼の目を見つめて、自分の決意を口にする。……律哉は、ふっと口元を緩めてくれた。その姿が、とても艶めかしい。
その所為で、真白は息を呑んでしまう。柄にもなく顔に熱が溜まっているのがわかってしまう。
ぼうっとする真白を他所に、律哉がそう声をかけてくる。それが耳に入ったので、真白は慌てて首を縦に振った。
……自身が彼に見惚れていたのは、どうか悟られていないことを祈る。
律哉が扉を開ける。その際にぎぃっというような音が聞こえたのは、気のせいじゃないはずだ。
(何事も、手入れが大切だわ。どんなにいい品だったとしても、手入れを怠れば長持ちしなくなってしまう)
律哉もそれを理解していないわけではないだろう。ただ、そこまで手が回らないというだけだと真白は思う。
「汚くて悪い。……これでも、掃除をしたほうなんだ」
玄関に入ると、律哉が少し困ったように笑いながらそう言ってくる。
確かに玄関はこぎれいだ。しかし、よくよく見れば隅に埃が溜まっていたり、床になんらかの汚れがある。
きっと、慌てて掃除したのだろう。真白を、迎えるためなのかはわからないが。
「いいえ、お構いなく」
ゆるゆると首を横に振って靴を脱いで床に足をつける。また、ぎしりという音がしたような気がした。
「悪い、出来ればこの部分は踏まないでほしい」
「あ、はい……」
あまりにも彼が真剣な面持ちで言うものだから。……もう、納得するしか出来なかった。
「その、失礼なことをお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「なんだろうか?」
「外観に比べ、内観はずっと古く感じられるのですが……」
邸宅の外観は数年前に流行ったものだった。だが、中に入ってわかったことだが、内観はそこまで改装されていないような気がする。まるで、外だけを改装したかのような……。
「あぁ、そうだな。以前の当主……俺の兄が、外観だけは改装したんだ。だが、中身を改装する金がなかったんだろう」
まるで忌々しい記憶を思い出すかのように、律哉がそう零す。……嘘だとは、思えなかった。
「聞いているかもしれないが、うちは財政難だ」
「……はい」
「まぁ、あなたのお父上が借金を返済してくれたので、マシにはなっているのだがな」
憂いを帯びたような目で、律哉がそう言う。真白の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(このお方は、この状況下でとても頑張ってこられたのだわ。……態度を見れば、それがわかる)
お金がない華族など、惨めで仕方のないものだろう。合わせ、商家の娘とはいえ、庶民と結婚することを強いられているのだ。
……彼の苦しさは、真白には計り知れない。
「だから、贅沢はさせてやれないと思う。もちろん、少し金銭面で安定したら――」
律哉がなにを言おうとしたのかを、真白は察した。だからこそ、律哉の手を勢いよく握る。
「私は、贅沢など必要とはしておりません」
はっきりとそう告げる。律哉が、驚いたように目を瞬かせているのがわかる。
「だが……」
「私が望むのは、たった一つ。……あなたさまと一緒に、この桐ケ谷家を建て直したい。それだけです」
心の底からの本心だった。
贅沢な暮らしなんていらない。着るものや食べるもの、住む場所に困らなければそれでいい。少なくとも、真白はそう思っている。
「しかし、それでは……」
「いいえ、私にはその覚悟があります。……長年お父さまに鍛えられただけはありますから」
鍛えられたと言えば、聞こえはいいかもしれない。けれど、それは鍛えたというものじゃない。ただ、一歩間違えれば虐待に当たるような。そんなものだった。
「ですので、どうか。律哉さまのお力になりたく思います」
彼の目を見つめて、自分の決意を口にする。……律哉は、ふっと口元を緩めてくれた。その姿が、とても艶めかしい。
その所為で、真白は息を呑んでしまう。柄にもなく顔に熱が溜まっているのがわかってしまう。
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