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本編 第1章
第5話
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◇
「お、お父さま、今、なんとおっしゃいました……?」
豪華絢爛という言葉が似合いそうなほどに、贅を凝らした当主の執務室。
普通執務室はここまで煌びやかにしなくてもいいのだが、懇意にしている顧客と話す際。父がここを使用していることを真白は知っていた。だから、これもある意味当然なのだろうと納得している。
そもそも、父は人の話を聞くような人間じゃない。真白から見て祖父の代で業績を伸ばし始めた花里家。その跡を継いだ真白の父は、敏腕経営者と呼ばれている。が、その分と言うべきか。他者の言葉に耳を傾けることがないのだ。
……頑固というべきなのだろう。
そして、真白はその頑固さをしっかりと受け継いでしまっている。合わせ、亡くなった母譲りのマイペースさも。
「何度も言わせるな、真白。お前の結婚が決まった」
父は淡々とそう告げる。その視線は執務机の上にある書類に向けられており、真白にはこれっぽっちも向けられない。
その態度に、ある意味腹が立つ。でも、その気持ちをぐっとねじ伏せる。
「お言葉ですが、お父さま。私はそんなお話一度も耳にしておりません」
バンっと執務机をたたいてそう言えば、父は露骨にため息をついた。その後、視線を上げる。
「まぁ、言っていないからな」
「なっ」
「どうせお前のことだ。なにかと文句をつけるに決まっている」
ペンを置いた父は、真白をまっすぐに見据えてきた。
「合わせ、お前のようななんの取り柄もない娘には、ろくな嫁ぎ先がないだろう」
父の言葉に、ほんの少しの怒りを抱いた。だが、ここで文句を言っても無駄だろう。だって、この父なのだ。
(確かに私は……お姉さまたちみたいに華やかで素晴らしい女性じゃないけれど……!)
真白には三人の姉がいる。上二人はすでに他家に嫁いでおり、三人目の姉は懇意にしている商家の跡継ぎと婚約中。
彼女たちは皆が皆、それぞれ得意分野を持っている。さらには、容姿は華やかで愛想のいい女性たち。
変に頑固で、華やかさとは無縁の真白とは全然違う存在なのだ。
「だから、私が決めた家に嫁ぎなさい」
母は、よくもまぁ亡くなるまでこんな自分勝手な男と添い遂げたものだ。
内心でふつふつと湧き上がる怒りを抑えつつ、真白は一旦深呼吸をした。
(お父さまが決められたということは、この家にメリットのあるお相手ということだわ。……一体、どんな問題のある人なのか)
そう思ったら、微かな不安が胸の中に芽生える。父を見つめれば、父はまたペンを持って忙しなく動かしていた。
……この調子では、自ら結婚相手を教えてくれることはないだろう。
「お父さま。……せめて、結婚相手のお名前くらい教えてくださいませんか?」
ぴくぴくと頬を引きつらせていれば、父はようやく「それもそうか」と言ってくれた。
「お前が嫁ぐのは、桐ケ谷の当主である律哉さんだ」
「……桐ケ谷……って、伯爵家の……?」
「あぁ、そうだ」
父はなんてことない風にそう言うが、桐ケ谷といえば真白でも知っているほどの名家だ。
なんでも、持つ人脈が素晴らしいとか、なんとか……。
(けれど、そんなおうちのお方がどうしてこんな商家と……)
もしかして、なにか裏があるのだろうか――?
と思った真白の疑問は、あっさりと解決することになる。
「それから。桐ケ谷は現在わけあってかなり貧しい暮らしをしている」
「……は?」
「まぁ、お前のようなのんきな娘ならば、対して苦にもならんだろう」
あっさりと吐き捨てられた、超がつくほどの重大事項。それに、真白は空いた口がふさがりそうになかった。
(た、確かに、私はのんきだけれど……!)
かといって。なにも、実の父親がそんなことを吐き捨てなくてもいいだろう。
それが、真白の気持ちだった。
「お、お父さま、今、なんとおっしゃいました……?」
豪華絢爛という言葉が似合いそうなほどに、贅を凝らした当主の執務室。
普通執務室はここまで煌びやかにしなくてもいいのだが、懇意にしている顧客と話す際。父がここを使用していることを真白は知っていた。だから、これもある意味当然なのだろうと納得している。
そもそも、父は人の話を聞くような人間じゃない。真白から見て祖父の代で業績を伸ばし始めた花里家。その跡を継いだ真白の父は、敏腕経営者と呼ばれている。が、その分と言うべきか。他者の言葉に耳を傾けることがないのだ。
……頑固というべきなのだろう。
そして、真白はその頑固さをしっかりと受け継いでしまっている。合わせ、亡くなった母譲りのマイペースさも。
「何度も言わせるな、真白。お前の結婚が決まった」
父は淡々とそう告げる。その視線は執務机の上にある書類に向けられており、真白にはこれっぽっちも向けられない。
その態度に、ある意味腹が立つ。でも、その気持ちをぐっとねじ伏せる。
「お言葉ですが、お父さま。私はそんなお話一度も耳にしておりません」
バンっと執務机をたたいてそう言えば、父は露骨にため息をついた。その後、視線を上げる。
「まぁ、言っていないからな」
「なっ」
「どうせお前のことだ。なにかと文句をつけるに決まっている」
ペンを置いた父は、真白をまっすぐに見据えてきた。
「合わせ、お前のようななんの取り柄もない娘には、ろくな嫁ぎ先がないだろう」
父の言葉に、ほんの少しの怒りを抱いた。だが、ここで文句を言っても無駄だろう。だって、この父なのだ。
(確かに私は……お姉さまたちみたいに華やかで素晴らしい女性じゃないけれど……!)
真白には三人の姉がいる。上二人はすでに他家に嫁いでおり、三人目の姉は懇意にしている商家の跡継ぎと婚約中。
彼女たちは皆が皆、それぞれ得意分野を持っている。さらには、容姿は華やかで愛想のいい女性たち。
変に頑固で、華やかさとは無縁の真白とは全然違う存在なのだ。
「だから、私が決めた家に嫁ぎなさい」
母は、よくもまぁ亡くなるまでこんな自分勝手な男と添い遂げたものだ。
内心でふつふつと湧き上がる怒りを抑えつつ、真白は一旦深呼吸をした。
(お父さまが決められたということは、この家にメリットのあるお相手ということだわ。……一体、どんな問題のある人なのか)
そう思ったら、微かな不安が胸の中に芽生える。父を見つめれば、父はまたペンを持って忙しなく動かしていた。
……この調子では、自ら結婚相手を教えてくれることはないだろう。
「お父さま。……せめて、結婚相手のお名前くらい教えてくださいませんか?」
ぴくぴくと頬を引きつらせていれば、父はようやく「それもそうか」と言ってくれた。
「お前が嫁ぐのは、桐ケ谷の当主である律哉さんだ」
「……桐ケ谷……って、伯爵家の……?」
「あぁ、そうだ」
父はなんてことない風にそう言うが、桐ケ谷といえば真白でも知っているほどの名家だ。
なんでも、持つ人脈が素晴らしいとか、なんとか……。
(けれど、そんなおうちのお方がどうしてこんな商家と……)
もしかして、なにか裏があるのだろうか――?
と思った真白の疑問は、あっさりと解決することになる。
「それから。桐ケ谷は現在わけあってかなり貧しい暮らしをしている」
「……は?」
「まぁ、お前のようなのんきな娘ならば、対して苦にもならんだろう」
あっさりと吐き捨てられた、超がつくほどの重大事項。それに、真白は空いた口がふさがりそうになかった。
(た、確かに、私はのんきだけれど……!)
かといって。なにも、実の父親がそんなことを吐き捨てなくてもいいだろう。
それが、真白の気持ちだった。
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