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第2章
合同任務 1
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アリスが新米女騎士として国に従事し始めて、あっという間に一ヶ月が経った。
この一ヶ月、特別なことはなかった。いや、特別なことがないというよりは……。
「あーもうっ! 本当に疲れたわ!」
ボフッと音を立てて、クリスタが寝台に倒れこむ。ふらふらする足を無理やり前に動かして、アリスも自身の寝台に腰掛けた。
「っていうか、本当に上司は悪魔なんだからっ!」
ボフボフと枕をたたきつつ、クリスタがそんな悪態をつく。アリスはそれに返事をする気にもなれなかった。
正直なところ、指一本動かすのも難しい。それほどまでに、疲れているのだ。
(し、新人教育って、とんでもないのね……)
そう。この一ヶ月間特別なことがなかったわけではない。特別なことをする『余裕がない』のだ。
朝から夕方まで上司にしごかれ、夜になると倒れるように眠る。ただ、それだけ。週に一度の休日も、眠っているだけで終わってしまうというありさまだ。
(一年の辛抱……だけれど)
寝台に背中から倒れこんで、アリスは「ふぅ」と息を吐いた。父はアリスに一年間が経てばもう一度話し合うと言ってくれていた。それを信頼するのならば、あと十一ヶ月の辛抱だ。
もちろん、この十一ヶ月、アリスが生きているという保証はないが。
「ねぇねぇ、アリス。この後、どうする?」
不意にクリスタがそう声をかけてくる。彼女の言う「この後どうする?」とは、大方入浴のことだろう。
この寄宿舎には私室に浴室がある以外に、大浴場がある。なので、そちらに行ってもいいのだが……。
(この状態で行く余裕なんてないわ)
大浴場まで動くのもしんどい。正直、この後食堂に行くのだって、憂鬱なのに……。
「別にいいわ。部屋の浴室で済ませる」
「そうよねぇ。あーあ、いつになったら大浴場使えるのかな」
クリスタがそう呟く。はっきりと言えば、使おうと思えばいつでも使える。単に、そこまで行く余裕がないだけであって……。
「……ねぇねぇ、そういえば、アリス」
そう思っていれば、クリスタが寝台から起き上がってアリスに視線を送ってきた。そのため、自然ときょとんとしてしまった。彼女がこういう顔をするときは、大体いい情報をくれるときだ。
ここ一ヶ月で知ったことだが、クリスタはフレンドリーで友人も顔見知りも多い。だから、情報通なのだ。
「今度、合同任務があるって、知ってた?」
「……合同任務?」
このアイレス王国にはいくつもの騎士団がある。それらはそれぞれの役割を持ち、得意なことを活かして国に貢献するのだ。
そして、必要があればほかの騎士団と合同で任務をすることもあるとは聞いている。でも……。
「でも、合同任務って一年に一度あるかないかじゃなかったっけ……?」
初めの説明で、パトリスがそう言っていたのを思い出す。大体の騎士団は、自分たちの力だけで案件を解決しようとする。なので、滅多なことでは助け合おうという思考回路にはならないそうだ。
「えぇ、そうよ。だけど、やっぱり必要なときってあるんじゃなぁい? そもそも、上層部の考えなんて私たちが知る由もないわけだし」
「……まぁ、そうかも」
クリスタの言葉に、納得してしまう。
「それでさぁ、合同で任務にあたるのがね……第一部隊と、『ガーデン』だっていう噂なの」
ほんの少し声を潜めて、クリスタがそう言った。……第一部隊と、『ガーデン』。
(……第一部隊って)
アリスの考えていることがわかったのだろう、クリスタがにんまりと唇の端を上げた。
「えぇ、あのブレント様の部隊よ」
その名前を聞いた瞬間、アリスの頬に熱が溜まった。けれど、それを必死に振り払おうとする。
(あれ以来、ブレント様と会話はしていないけれど……)
どうしてか、自然と彼の姿を目で捜し、追うようになってしまった。彼を見かけると一日ハッピーで過ごせるし、逆もしかり。
そんな状態のアリスを、クリスタが面白がっているのは容易に想像が出来る。
「部隊長であるブレント様は、きっと合同任務に参加される」
「……そ、っか」
そう言われても、アリスがその合同任務に参加できるわけがない。だって、自分は所詮新米騎士なのだから。
「って、そんな気落ちした表情をしないの! 多分私の予想が正しかったら……」
「正しかったら?」
「一人だけ、新人も選ばれるはずよ、合同任務に!」
ぱちんとウィンクを飛ばして、クリスタが笑う。そのため、アリスは目を見開いた。
「え、でも……」
「社会経験っていうの? 今までの記録を調べてみたら、絶対に合同任務に新人が一人は突っ込まれているのよねぇ」
何処か遠くを見つめつつ、クリスタがそうぼやく。彼女の声は何処となく楽しそうであり、アリスは少し肩をすくめてしまった。
「だけど……。社会経験を積むのならば、私よりもいい人がたくさんいるわ。……だって、私……」
クリスタに対してこそ、こういう風に話せるようになった。だが、ほかの人と話す際はまだまだ挙動不審になってしまう。
そんなアリスが、重要な任務を任せる人物に選ばれるわけがない。
この一ヶ月、特別なことはなかった。いや、特別なことがないというよりは……。
「あーもうっ! 本当に疲れたわ!」
ボフッと音を立てて、クリスタが寝台に倒れこむ。ふらふらする足を無理やり前に動かして、アリスも自身の寝台に腰掛けた。
「っていうか、本当に上司は悪魔なんだからっ!」
ボフボフと枕をたたきつつ、クリスタがそんな悪態をつく。アリスはそれに返事をする気にもなれなかった。
正直なところ、指一本動かすのも難しい。それほどまでに、疲れているのだ。
(し、新人教育って、とんでもないのね……)
そう。この一ヶ月間特別なことがなかったわけではない。特別なことをする『余裕がない』のだ。
朝から夕方まで上司にしごかれ、夜になると倒れるように眠る。ただ、それだけ。週に一度の休日も、眠っているだけで終わってしまうというありさまだ。
(一年の辛抱……だけれど)
寝台に背中から倒れこんで、アリスは「ふぅ」と息を吐いた。父はアリスに一年間が経てばもう一度話し合うと言ってくれていた。それを信頼するのならば、あと十一ヶ月の辛抱だ。
もちろん、この十一ヶ月、アリスが生きているという保証はないが。
「ねぇねぇ、アリス。この後、どうする?」
不意にクリスタがそう声をかけてくる。彼女の言う「この後どうする?」とは、大方入浴のことだろう。
この寄宿舎には私室に浴室がある以外に、大浴場がある。なので、そちらに行ってもいいのだが……。
(この状態で行く余裕なんてないわ)
大浴場まで動くのもしんどい。正直、この後食堂に行くのだって、憂鬱なのに……。
「別にいいわ。部屋の浴室で済ませる」
「そうよねぇ。あーあ、いつになったら大浴場使えるのかな」
クリスタがそう呟く。はっきりと言えば、使おうと思えばいつでも使える。単に、そこまで行く余裕がないだけであって……。
「……ねぇねぇ、そういえば、アリス」
そう思っていれば、クリスタが寝台から起き上がってアリスに視線を送ってきた。そのため、自然ときょとんとしてしまった。彼女がこういう顔をするときは、大体いい情報をくれるときだ。
ここ一ヶ月で知ったことだが、クリスタはフレンドリーで友人も顔見知りも多い。だから、情報通なのだ。
「今度、合同任務があるって、知ってた?」
「……合同任務?」
このアイレス王国にはいくつもの騎士団がある。それらはそれぞれの役割を持ち、得意なことを活かして国に貢献するのだ。
そして、必要があればほかの騎士団と合同で任務をすることもあるとは聞いている。でも……。
「でも、合同任務って一年に一度あるかないかじゃなかったっけ……?」
初めの説明で、パトリスがそう言っていたのを思い出す。大体の騎士団は、自分たちの力だけで案件を解決しようとする。なので、滅多なことでは助け合おうという思考回路にはならないそうだ。
「えぇ、そうよ。だけど、やっぱり必要なときってあるんじゃなぁい? そもそも、上層部の考えなんて私たちが知る由もないわけだし」
「……まぁ、そうかも」
クリスタの言葉に、納得してしまう。
「それでさぁ、合同で任務にあたるのがね……第一部隊と、『ガーデン』だっていう噂なの」
ほんの少し声を潜めて、クリスタがそう言った。……第一部隊と、『ガーデン』。
(……第一部隊って)
アリスの考えていることがわかったのだろう、クリスタがにんまりと唇の端を上げた。
「えぇ、あのブレント様の部隊よ」
その名前を聞いた瞬間、アリスの頬に熱が溜まった。けれど、それを必死に振り払おうとする。
(あれ以来、ブレント様と会話はしていないけれど……)
どうしてか、自然と彼の姿を目で捜し、追うようになってしまった。彼を見かけると一日ハッピーで過ごせるし、逆もしかり。
そんな状態のアリスを、クリスタが面白がっているのは容易に想像が出来る。
「部隊長であるブレント様は、きっと合同任務に参加される」
「……そ、っか」
そう言われても、アリスがその合同任務に参加できるわけがない。だって、自分は所詮新米騎士なのだから。
「って、そんな気落ちした表情をしないの! 多分私の予想が正しかったら……」
「正しかったら?」
「一人だけ、新人も選ばれるはずよ、合同任務に!」
ぱちんとウィンクを飛ばして、クリスタが笑う。そのため、アリスは目を見開いた。
「え、でも……」
「社会経験っていうの? 今までの記録を調べてみたら、絶対に合同任務に新人が一人は突っ込まれているのよねぇ」
何処か遠くを見つめつつ、クリスタがそうぼやく。彼女の声は何処となく楽しそうであり、アリスは少し肩をすくめてしまった。
「だけど……。社会経験を積むのならば、私よりもいい人がたくさんいるわ。……だって、私……」
クリスタに対してこそ、こういう風に話せるようになった。だが、ほかの人と話す際はまだまだ挙動不審になってしまう。
そんなアリスが、重要な任務を任せる人物に選ばれるわけがない。
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