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第1章
飲み会は苦痛です 3
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彼女が若干興奮したように前のめりになりつつ、そう言う。
その言葉を聞いた瞬間、アリスは顔から血の気が引くような感覚に襲われた。
(れ、れ、レッドメイン!?)
レッドメイン侯爵家。その名前に、アリスはくらくらしてしまいそうになった。
レッドメイン侯爵家は、国でも名門中の名門に名を連ねる貴族の一族だ。アリスのような人間では到底お近づきになれないような、雲の上の存在。……そんな彼に、二度も助けてもらったのか。
(そ、それに、部隊長って……そんなに、お偉い人だったの……!?)
部隊長とは部隊の長。騎士団長と同等の権力を持っており、さらには第一部隊は超がつくエリート部隊……。
(頭がくらくらとしてきた……)
そんな人物に不毛な恋心を抱こうとしていたのか……。
それを思い出して、アリスは自分の浅はかさを恥じた。相手のこともよく知らずに、恋心など抱きかけるものではないな。これは、一種の教訓となった……ような気が、した。
「で、どういう風に助けてもらったのぉ~?」
アリスの内情など知りもしない同僚は、ぐいぐいと顔を近づけてくる。彼女の手にはグラスが握られており、彼女も相当出来上がっているようだ。……酔っ払いのウザ絡みほど、面倒なものはない。
「い、いや、あの、ですね……」
二度目はともかく、一度目のことは言えない。自分の恥を自ら晒すようなものなのだから。
そう思いつつアリスが視線を彷徨わせていれば、同僚の頭に誰かが手を置いたのがわかった。
「こら、あんまり困らせてはダメよ」
降ってきたのは、聞き心地のいい女性の声だった。
「そういう下世話なお話はやめておきなさい」
彼女はそう言いつつ、アリスの隣に腰を下ろす。その際に、さらりとした明るい茶色の髪が見えた。その目は、美しい紫色だ。
「はぁい、団長~」
同僚は、そう言ってニコニコと笑っていた。……どうやら、彼女は団長のようで……って。
(だ、団長!?)
本日何度目になるかわからない驚きを抱きつつ、アリスは女性のほうを見つめる。グラスを持った彼女は、アリスと同僚のことを観察するように頬杖をついて、見つめている。
「あら、あなたさっきいなかったわね」
「……え、あ、はい」
到底お手洗いに行って他部署の人に絡まれていました、なんて言えるような空気じゃない。
なので、アリスは控えめに笑って頷く。
「私はパトリス。『ガーデン』で団長を務めているの。今後、よろしく」
女性――パトリスは人のよさそうな笑みを浮かべて、アリスの頭を撫でてくれた。その触れ方が、なんだかむず痒い。
「え、えぇっと……アリス、です」
とりあえず、名乗ってもらえたのだから名乗り返さないといけないだろう。それが、常識だから。
そんな気持ちだけで自己紹介をすれば、パトリスは笑った。
「ふふっ、そんな緊張しなくてもいいのに。私はあなたの上司になるのだから」
ふんわりと笑ったパトリスが、アリスのことをまっすぐに見つめてくる。何処となく大人の女性という雰囲気を持つ彼女の色気に、これまたくらくらしてしまいそうだ。……アリスは、女性だというのに。
「っていうか、団長~」
「どうしたの?」
「聞いてくださいよぉ。この子、ブレント様に助けていただいたんですって!」
すっかり酔っ払いとなった同僚が、嬉々としてパトリスにそう言う。……そういうことは、自分の口から言うものじゃないのだろうか? 一瞬だけそう思ったが、言われてしまったものは仕方がない。
「あ~あ、私もブレント様とお近づきになりたいなぁ……!」
同僚の彼女が、テーブルに突っ伏す。そんな姿見つめつつ、パトリスは笑っていた。
「そんな簡単なものじゃないわよ。それに、それがアリスの運命だったっていうだけだもの」
「……え」
なんだか、意外な言葉がパトリスの口から出てきたような気がする。そう思ってアリスが目を瞬かせていれば、パトリスがこっちを見つめてきた。
……彼女の紫色の目は、まるで何もかもを見透かしているようだ。そう、アリスの中に芽生え始めた、不毛な恋心も……。
「まぁ、あの男は世にいうカタブツだけど。……気を付けたほうがいいのは、間違いないかもね」
「……えぇっと、どういう」
「え、それ聞いちゃう?」
そこまで言ったパトリスが、グイッとグラスを口に運んで、ワインを飲む。
「そうねぇ……。ま、あなたみたいな純粋無垢な子は、ぺろりと食べられちゃうかも……っていうことよ、ね?」
口元を緩めたパトリスが、そんな言葉を口にする。
純粋無垢。ぺろりと食べられる。それ、すなわち――。
(って、ブレント様なのだから、そんなことはないわ……!)
アリスが一体ブレントのなにを知っているのか。もしも冷静なアリスがいたら、そう突っ込んだだろう。
けれど、生憎アリスもかなり酔っていた。だから、そう突っ込むような気力も起きなくて……。
ただ、顔に熱を溜めることしか出来なかった。
その言葉を聞いた瞬間、アリスは顔から血の気が引くような感覚に襲われた。
(れ、れ、レッドメイン!?)
レッドメイン侯爵家。その名前に、アリスはくらくらしてしまいそうになった。
レッドメイン侯爵家は、国でも名門中の名門に名を連ねる貴族の一族だ。アリスのような人間では到底お近づきになれないような、雲の上の存在。……そんな彼に、二度も助けてもらったのか。
(そ、それに、部隊長って……そんなに、お偉い人だったの……!?)
部隊長とは部隊の長。騎士団長と同等の権力を持っており、さらには第一部隊は超がつくエリート部隊……。
(頭がくらくらとしてきた……)
そんな人物に不毛な恋心を抱こうとしていたのか……。
それを思い出して、アリスは自分の浅はかさを恥じた。相手のこともよく知らずに、恋心など抱きかけるものではないな。これは、一種の教訓となった……ような気が、した。
「で、どういう風に助けてもらったのぉ~?」
アリスの内情など知りもしない同僚は、ぐいぐいと顔を近づけてくる。彼女の手にはグラスが握られており、彼女も相当出来上がっているようだ。……酔っ払いのウザ絡みほど、面倒なものはない。
「い、いや、あの、ですね……」
二度目はともかく、一度目のことは言えない。自分の恥を自ら晒すようなものなのだから。
そう思いつつアリスが視線を彷徨わせていれば、同僚の頭に誰かが手を置いたのがわかった。
「こら、あんまり困らせてはダメよ」
降ってきたのは、聞き心地のいい女性の声だった。
「そういう下世話なお話はやめておきなさい」
彼女はそう言いつつ、アリスの隣に腰を下ろす。その際に、さらりとした明るい茶色の髪が見えた。その目は、美しい紫色だ。
「はぁい、団長~」
同僚は、そう言ってニコニコと笑っていた。……どうやら、彼女は団長のようで……って。
(だ、団長!?)
本日何度目になるかわからない驚きを抱きつつ、アリスは女性のほうを見つめる。グラスを持った彼女は、アリスと同僚のことを観察するように頬杖をついて、見つめている。
「あら、あなたさっきいなかったわね」
「……え、あ、はい」
到底お手洗いに行って他部署の人に絡まれていました、なんて言えるような空気じゃない。
なので、アリスは控えめに笑って頷く。
「私はパトリス。『ガーデン』で団長を務めているの。今後、よろしく」
女性――パトリスは人のよさそうな笑みを浮かべて、アリスの頭を撫でてくれた。その触れ方が、なんだかむず痒い。
「え、えぇっと……アリス、です」
とりあえず、名乗ってもらえたのだから名乗り返さないといけないだろう。それが、常識だから。
そんな気持ちだけで自己紹介をすれば、パトリスは笑った。
「ふふっ、そんな緊張しなくてもいいのに。私はあなたの上司になるのだから」
ふんわりと笑ったパトリスが、アリスのことをまっすぐに見つめてくる。何処となく大人の女性という雰囲気を持つ彼女の色気に、これまたくらくらしてしまいそうだ。……アリスは、女性だというのに。
「っていうか、団長~」
「どうしたの?」
「聞いてくださいよぉ。この子、ブレント様に助けていただいたんですって!」
すっかり酔っ払いとなった同僚が、嬉々としてパトリスにそう言う。……そういうことは、自分の口から言うものじゃないのだろうか? 一瞬だけそう思ったが、言われてしまったものは仕方がない。
「あ~あ、私もブレント様とお近づきになりたいなぁ……!」
同僚の彼女が、テーブルに突っ伏す。そんな姿見つめつつ、パトリスは笑っていた。
「そんな簡単なものじゃないわよ。それに、それがアリスの運命だったっていうだけだもの」
「……え」
なんだか、意外な言葉がパトリスの口から出てきたような気がする。そう思ってアリスが目を瞬かせていれば、パトリスがこっちを見つめてきた。
……彼女の紫色の目は、まるで何もかもを見透かしているようだ。そう、アリスの中に芽生え始めた、不毛な恋心も……。
「まぁ、あの男は世にいうカタブツだけど。……気を付けたほうがいいのは、間違いないかもね」
「……えぇっと、どういう」
「え、それ聞いちゃう?」
そこまで言ったパトリスが、グイッとグラスを口に運んで、ワインを飲む。
「そうねぇ……。ま、あなたみたいな純粋無垢な子は、ぺろりと食べられちゃうかも……っていうことよ、ね?」
口元を緩めたパトリスが、そんな言葉を口にする。
純粋無垢。ぺろりと食べられる。それ、すなわち――。
(って、ブレント様なのだから、そんなことはないわ……!)
アリスが一体ブレントのなにを知っているのか。もしも冷静なアリスがいたら、そう突っ込んだだろう。
けれど、生憎アリスもかなり酔っていた。だから、そう突っ込むような気力も起きなくて……。
ただ、顔に熱を溜めることしか出来なかった。
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