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第1章
飲み会は苦痛です 2
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その声の主は完全に不機嫌であり、声音には迫力がある。
「大体、こんなところでナンパとは迷惑だ。ついでに言えば、相手が嫌がっているのに無理強いするのは言語道断だとわからないのか」
「……ひぇっ」
声の主が、一人の男性の手首を掴み、ひねり上げた。
「あぁ、そういえば、お前は最近素行不良で減給を食らった男じゃないか。……また、減給処分を受けたいか?」
これ以上にないほどに刺々しい言葉に、さすがに男性たちも堪えたのだろう。一目散に逃げだす。
それを確認して、アリスはその場に崩れ落ちた。
「全く、ああいう輩はもっと厳罰に処分しないとな。……おっと、立てるか?」
ゆっくりと差し伸べられた手。その手を見つめ、アリスは恐る恐るその人物の顔に視線を向けた。
「……ぁ、朝、の」
小さくそう呟いたアリスの声を聞いてか、人物は眉を上げた。その後、納得のいったように頷いた。
「あぁ、駄々をこねていた娘じゃないか」
……しかし、その覚え方はなんだかちょっと気に食わない。でも、真実なのでアリスに反論することは出来ない。
彼――朝、アリスを励ましてくれた男性は、アリスに視線を合わせるように屈みこむ。そして、顔を覗き込んできた。
「言っておくが、騎士団だからああいう輩がいないというわけじゃない。……ここは実力さえあれば成り上がれる。つまり、裏を返せば実力さえあれば素行が多少悪かろうと見逃される」
「……は、はい」
それは、一種の忠告だったのだろう。
彼の言葉を理解して、アリスはこくんと首を縦に振る。それから、男性がもう一度差し出してくれた手に自身の手を重ねた。
その手はごつごつとしており、騎士らしさがある。
アリスが手を重ねたのを確認して、彼はアリスを立たせてくれた。
「それに、嫌だったら嫌だとはっきりと言え。あんな態度を取るから、余計にしつこく付きまとわれるんだ」
アリスだって、それくらいはわかっている。言えたら、はっきりと拒絶した。
視線を彷徨わせ、言葉を探す。男性は、ただアリスを見下ろしていた。が、ふとふっと口元を緩める。
「悪かった。あんな目に遭った後にこんな説教じみたこと、言うものじゃないな」
「……い、いえ」
彼の言葉は正しいし、正論だ。ただ、アリスが臆病で行動できなかっただけであって……。
「俺はブレントだ。キミは?」
「あ、アリス……。アリス・ラスキン、です……」
今にも消え入りそうなほど小さな声で、自己紹介をする。ぺこりと頭を下げれば、彼は鋭い目元を緩めてくれた。
その表情は、なんというかとても魅力的で。アリスの心臓がとくんと高鳴ったような気がしてしまって……。
(って、だからダメよ、ダメ!)
ぶんぶんと首を横に振って、アリスは己の気持ちを引き締める。男性――ブレントはそんなアリスをただ見つめていた。
「なにを思っているのかは知らないが、とにかく戻ろう。あまり遅くなると、キミのところの団長に心配されるだろう」
「……え」
「なんだ?」
ブレントが怪訝そうにそう問いかけてくる。なので、アリスはゆるゆると首を横に振った。
(朝も思ったけれど、ブレント様は、私の配属先を知られているのでは……?)
不意にそう思った。キミのところの団長という言葉は、そうじゃないと出てこないと思った。だって、配属先によってはリーダーの呼び名は『団長』ではなく『部隊長』だったりするのだから……。
「い、いえ、なんでもない、です……」
「そうか」
ブレントは特別深入りしてこなかった。それにほっと息をついて、アリスはブレントに連れられて会場に戻っていく。
会場に戻れば、騎士たちはほとんどすでに出来上がっている。漂うアルコールの香りに、アリスは自然と眉をひそめた。
「……それじゃあ、俺は自分のところに帰る。もう、あんなことにならないようにな」
ブレントがアリスの肩をとんっとたたいて、移動していく。その背中にぺこりと頭を下げつつ、アリスは元の場所に戻った。
すると、目の前に座っていた同僚の一人がアリスにぐいっと顔を近づけてくる。
「ねぇねぇ、ブレント様と、どういう関係!?」
彼女は興味津々とばかりにそう問いかけてくる。そのため、アリスは口ごもる。……別に、大した関係じゃない。
「た、大した関係じゃないのです……。ただ、二度ほど、助けていただいて……」
ゆるゆると手を振ってそう言えば、同僚は「えぇっ!」と大げさなまでに声を上げていた。
「う、羨ましい~!」
「……え」
アリスがきょとんとして、声を上げる。そうすれば、彼女は眉をひそめた。
「もしかして、彼のこと、あんまり知らない感じ?」
こう言うということは、彼は有名人なのか。……元々引きこもりがちで世間情勢に疎いアリスには、有名人の類がこれっぽっちもわからないのだ。
「……は、はい」
少しためらいがちに、首を縦に振る。同僚は、アリスの背中をバンバンとたたいていた。それはそれは、面白そうに。
「あの大方はブレント・レッドメイン様。かの有名なレッドメイン侯爵家の人間で、エリート部隊の第一部隊の部隊長を務めていらっしゃる、超、超、超将来有望な男性よ!」
「大体、こんなところでナンパとは迷惑だ。ついでに言えば、相手が嫌がっているのに無理強いするのは言語道断だとわからないのか」
「……ひぇっ」
声の主が、一人の男性の手首を掴み、ひねり上げた。
「あぁ、そういえば、お前は最近素行不良で減給を食らった男じゃないか。……また、減給処分を受けたいか?」
これ以上にないほどに刺々しい言葉に、さすがに男性たちも堪えたのだろう。一目散に逃げだす。
それを確認して、アリスはその場に崩れ落ちた。
「全く、ああいう輩はもっと厳罰に処分しないとな。……おっと、立てるか?」
ゆっくりと差し伸べられた手。その手を見つめ、アリスは恐る恐るその人物の顔に視線を向けた。
「……ぁ、朝、の」
小さくそう呟いたアリスの声を聞いてか、人物は眉を上げた。その後、納得のいったように頷いた。
「あぁ、駄々をこねていた娘じゃないか」
……しかし、その覚え方はなんだかちょっと気に食わない。でも、真実なのでアリスに反論することは出来ない。
彼――朝、アリスを励ましてくれた男性は、アリスに視線を合わせるように屈みこむ。そして、顔を覗き込んできた。
「言っておくが、騎士団だからああいう輩がいないというわけじゃない。……ここは実力さえあれば成り上がれる。つまり、裏を返せば実力さえあれば素行が多少悪かろうと見逃される」
「……は、はい」
それは、一種の忠告だったのだろう。
彼の言葉を理解して、アリスはこくんと首を縦に振る。それから、男性がもう一度差し出してくれた手に自身の手を重ねた。
その手はごつごつとしており、騎士らしさがある。
アリスが手を重ねたのを確認して、彼はアリスを立たせてくれた。
「それに、嫌だったら嫌だとはっきりと言え。あんな態度を取るから、余計にしつこく付きまとわれるんだ」
アリスだって、それくらいはわかっている。言えたら、はっきりと拒絶した。
視線を彷徨わせ、言葉を探す。男性は、ただアリスを見下ろしていた。が、ふとふっと口元を緩める。
「悪かった。あんな目に遭った後にこんな説教じみたこと、言うものじゃないな」
「……い、いえ」
彼の言葉は正しいし、正論だ。ただ、アリスが臆病で行動できなかっただけであって……。
「俺はブレントだ。キミは?」
「あ、アリス……。アリス・ラスキン、です……」
今にも消え入りそうなほど小さな声で、自己紹介をする。ぺこりと頭を下げれば、彼は鋭い目元を緩めてくれた。
その表情は、なんというかとても魅力的で。アリスの心臓がとくんと高鳴ったような気がしてしまって……。
(って、だからダメよ、ダメ!)
ぶんぶんと首を横に振って、アリスは己の気持ちを引き締める。男性――ブレントはそんなアリスをただ見つめていた。
「なにを思っているのかは知らないが、とにかく戻ろう。あまり遅くなると、キミのところの団長に心配されるだろう」
「……え」
「なんだ?」
ブレントが怪訝そうにそう問いかけてくる。なので、アリスはゆるゆると首を横に振った。
(朝も思ったけれど、ブレント様は、私の配属先を知られているのでは……?)
不意にそう思った。キミのところの団長という言葉は、そうじゃないと出てこないと思った。だって、配属先によってはリーダーの呼び名は『団長』ではなく『部隊長』だったりするのだから……。
「い、いえ、なんでもない、です……」
「そうか」
ブレントは特別深入りしてこなかった。それにほっと息をついて、アリスはブレントに連れられて会場に戻っていく。
会場に戻れば、騎士たちはほとんどすでに出来上がっている。漂うアルコールの香りに、アリスは自然と眉をひそめた。
「……それじゃあ、俺は自分のところに帰る。もう、あんなことにならないようにな」
ブレントがアリスの肩をとんっとたたいて、移動していく。その背中にぺこりと頭を下げつつ、アリスは元の場所に戻った。
すると、目の前に座っていた同僚の一人がアリスにぐいっと顔を近づけてくる。
「ねぇねぇ、ブレント様と、どういう関係!?」
彼女は興味津々とばかりにそう問いかけてくる。そのため、アリスは口ごもる。……別に、大した関係じゃない。
「た、大した関係じゃないのです……。ただ、二度ほど、助けていただいて……」
ゆるゆると手を振ってそう言えば、同僚は「えぇっ!」と大げさなまでに声を上げていた。
「う、羨ましい~!」
「……え」
アリスがきょとんとして、声を上げる。そうすれば、彼女は眉をひそめた。
「もしかして、彼のこと、あんまり知らない感じ?」
こう言うということは、彼は有名人なのか。……元々引きこもりがちで世間情勢に疎いアリスには、有名人の類がこれっぽっちもわからないのだ。
「……は、はい」
少しためらいがちに、首を縦に振る。同僚は、アリスの背中をバンバンとたたいていた。それはそれは、面白そうに。
「あの大方はブレント・レッドメイン様。かの有名なレッドメイン侯爵家の人間で、エリート部隊の第一部隊の部隊長を務めていらっしゃる、超、超、超将来有望な男性よ!」
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