上 下
2 / 10
第1章

女騎士なんて絶対に無理です! 2

しおりを挟む
「……キミは」

 男性がアリスを見下ろしつつ、そう零す。その声は低く、聞いていてとても心地のいいものだった。こんなシチュエーションではなければ、もしくは声をかけられたのがアリスではなければ。彼の声を堪能したいと思うはずだ。

 が、生憎今声をかけられているのはアリスであり、このシチュエーションである。堪能したいなど、到底思えない。

「……ひぇっ」

 男性の美しい紫色の目が、細められる。決して好意的とは言えないオーラに、アリスが唇をわなわなと震わせる。

(怒らせて、しまったの……?)

 ぎゅっと目を瞑って、アリスは男性が自分に興味を失うのを待とうとした。が、その男性がアリスの両肩を優しく叩く。

 恐る恐る、目を開けた。

「確かに今後のことを考えると不安だろう。もちろん、俺も大丈夫だなんて軽々しく口には出来ない」
「……え」
「怪我だってあるだろうし、最悪の場合命を落とす」

 それは、励ましにはならない。むしろ、その言葉で今すぐにでも引き返したくなった。

 そう思いつつ、アリスは母が置いて行った荷物を引き寄せ、抱きしめる。男性は、アリスの青色の目をただまっすぐに見つめていた。

「だが、この仕事はそれ相応にやりがいのあるものだ。……胸を張れ。キミは、立派な騎士だ」
「……ぁ」

 男性の手が、アリスの前髪に少しだけ触れた。その手は傷だらけであり、彼が相当鍛錬を積んでいるということがわかってしまう。

 視線を男性に向ける。彼は、さらりとした漆黒色の髪の毛を風になびかせながら、アリスを見つめていた。

 その目がとても美しくて、アリスはぼうっと見つめてしまう。まるで、彼の目に吸い込まれてしまいそうだと思った。

「あああああ、あの」
「……どうした?」

 上ずったアリスの声に嫌な顔一つせずに、男性が微笑みかけてくれる。美しくも強面だった彼の顔は、笑うととても幼く見える。

「い、いえいえいえ、その、すみませんっ! なんていうか……その」

 視線を彷徨わせて、アリスは言葉を探す。なんだろうか。情けないところを見られてしまったというか……。

「あぁ、気にするな。……毎年、こういう騎士見習いは一定数いる。……もちろん、大半は女性だがな」
「……そう、なのですか」

 どうやら、男性にとってこれは当然のことをしただけらしかった。ほんの少しの落胆の感情が、アリスの心に芽生えた。

(って、どうして落胆するの? このお人は、私のことを励まして……励まして、くださったのよね?)

 なんだか、やたらと物騒なことを言われたような気がする。

 でも、男性の目を見ているとそんなこと頭の中から吹き飛んでしまって。アリスは、ぎゅっと唇を結んだ。

「わ、わわ、私、頑張りますっ……!」

 母にも父にも告げられなかった決意。なのに、この男性にならば自然と言えた。

 まっすぐに男性の目を見ていれば、彼がくすっと声を上げて笑う。……艶めかしく、色っぽい男性だという印象も、追加される。

「あぁ、それでいい。……もちろん、新米には出来ないことも多い。その場合は、遠慮なく上司を頼れ。……キミのところの団長は、きっと力になってくれるさ」

 そこまで言った男性は、「立てるか?」と言ってアリスに手を差し伸べてくる。

 恐れ多かったものの、アリスは彼の手を掴んで立ち上がる。重たい荷物を、片手に持った。

「じゃあ、俺は行く。今後のキミの武運を、祈っている」

 なんだか戦にでも行くみたいだな。

 内心でそう思うが、どうやら彼は真面目な人種らしかった。それがわかるからこそ、声を発さずにアリスは頷く。

(……なんて、かっこいい人なのかしら)

 ぼうっとしつつ、彼の後ろ姿を眺める。彼はすたすたと歩きつつも、周囲を注意深く観察している。きっと、困っている人間がいないか見て回っているのだろう。

(……素敵、かも、しれない)

 ふと頭の中に思い浮かんだ感情に、アリスはハッとする。今、自分はなんと思ったのだろうか?

 そもそも、あんなにも素敵な人なのだ。恋人や妻くらい、いるだろうに……。

(えぇ、そうよ。私には恐れ多い人だわ)

 うんうんと頷いて、一人で納得する。その後、鞄を持って寄宿舎に足を踏み入れる。

 気持ちは、ここに来たときとは真逆なほどに、晴れ渡っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜

レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは… ◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。

大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!? 「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!! 『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。 ・R18描写のある話には※を付けています。 ・別サイトにも掲載しています。

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

処理中です...