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本編
第52話 『逃亡の黒幕と』 ①
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「お待ちしておりました、アイザイア様」
「あぁ、ありがとう。ご苦労様」
その後、アイザイア様に手を引かれて連れてこられたのは、ベアリング伯爵家の一室でした。扉の前には騎士の方々がおり、このお部屋を厳重に警護しているようです。というか、間違いなく監視なのでしょうね。このお部屋の仲には、アイザイア様のお言葉が正しければビエナート侯爵家とベアリング伯爵家の面々がいらっしゃるようですから。
そんなことを私が考えていても、お構いなしにアイザイア様は扉を開け、入っていかれます。私は、どうしたらいいのでしょうか。そう思っていましたが、アイザイア様が私のことを手招きされる。なので、ついていくことにしました。このお部屋の中には、レノーレ様もいらっしゃるはず。少し怖いけれど……それでも、アイザイア様がいらっしゃるから大丈夫。きっと、大丈夫。そんな確信がありました。
「……さて、お久しぶりですね。ビエナート侯爵。ベアリング伯爵」
私が恐る恐るアイザイア様のお隣に立つと、アイザイア様はそんなことをおっしゃいます。その視線の先には、真っ青な顔をされたビエナート侯爵と、意味が分かっていないような真っ赤な顔のベアリング伯爵がいらっしゃいました。ベアリング伯爵が領地経営をほぼ放棄していたり、お仕事をされていないということは噂に聞いていましたが……これは、明らかに噂通りでしょう。だって、お酒臭いのですもの。それに、素面ならばそんな表情をするわけがないですから。
「え、えーっと、何故私は拘束されているのでしょうかねぇ? これではまるで罪人ではありませんか」
沈黙が場を支配する中、一番に言葉を発したのはベアリング伯爵でした。そのお隣で、ビエナート侯爵が青ざめていくのが分かります。何故ならば、アイザイア様がにっこりとした良い笑みを浮かべていたためです。その笑みは、とても冷え切っていて向けられていない私でも、背筋が凍りそうでした。
「あ、アイザイア様! 私は無実です! だって、私は何も知らなくて……」
「何も知らないままで済まされるわけがないだろう? それに、少しぐらいは知っていたはずだ。とことん頭の悪いご令嬢のようだな」
アイザイア様はご自身に縋ろうとされるレノーレ様を一瞥され、手をぱんぱんと大きくたたかれました。すると、騎士の方々が一斉に集まってこられます。
「とりあえず、ビエナート侯爵家とベアリング伯爵家は『粛清』の対象で、世に言う見せしめに当たる。今すぐに王家に爵位を返還してもらう」
「……なっ! 何故……!」
「当り前だろう。今までは悪事を見逃していただろう。あえて言うのならば、こちらのしびれが切れたということだ。それに、一応最終通告はしていた」
ため息をつかれた後、アイザイア様はそんなことをおっしゃいました。それに合わせ、騎士の方々がベアリング伯爵とビエナート侯爵の前に、何やら書類を出してきました。その書類はよくよく見てみると、爵位を王家に返還し、家を取り潰しにするということが書いてある誓約書のようなものでした。お二人は、書くのを躊躇っているようです。そりゃそうですよね。この誓約書にサインをしてしまえば、貴族ではなくなるのですから。
「お、お父様! そんなものにサインをする必要はありませんわ! だって、私たちは何も悪いことなどしていませんし……! そもそも、エストレア公爵家が嵌めたのですわ! 断罪されるべきは、その女の家です!」
「……レノーレ嬢、黙ろうか。うるさい女は嫌いだ」
アイザイア様はそうおっしゃると、笑顔でお二人にサインを促します。震える手で、ビエナート侯爵とベアリング伯爵が、その誓約書に名前を刻んでいく。よくよく見ると、字が震えています。相当怖かったのでしょう。……同情する余地は、ありませんが。
「……ご苦労様。これでお前たちは今日から貴族ではない。……いい見せしめになったと思うよ。これで……少しは悪徳貴族たちが大人しくなるといいのだけれど。あ、あとビエナート侯爵に関しては、ほかにもいろいろと処罰があるから」
「な、何故、私だけ……!」
「当り前だろう? なんといっても、他国にフェリシタル王国の情報を高値で売っていたそうじゃないか。……お前の娘が、よく自慢げに話していたよ」
「れ、レノーレっ!」
アイザイア様のお言葉を聞かれたビエナート元侯爵は、レノーレ様に掴みかかります。それを、騎士たちは止めたりしません。それどころか、面白いものを見るように見物していました。もちろん、アイザイア様も例外ではありませんでした。
「あ、アイザイア様? どうして、この場に私を……?」
「うん? どうしたの? あぁ、理由ね。いや、モニカが今まであの女に散々嫌味を言われていたようだからさ……最後の最後ぐらい、見た方がいいかなぁって。惨めに落ちる様を、さ」
そんなことをおっしゃるアイザイア様は、いつも通りのアイザイア様で。おっしゃっていることはとても怖いですが、私は胸をホッとなでおろしました。もしも、私にまであんな絶対零度の視線を向けてこられたら……怖くて怖くて、仕方がありませんから。
「さて、とりあえず元伯爵には一つだけ教えてもらおうかな。……お前の子息は、どこに消えた?」
しかし、そんな優しそうな表情をされたのはほんの一瞬だけ。アイザイア様は、すぐに元の絶対零度の表情に戻られると、ベアリング元伯爵に詰め寄りられました。ですが、ベアリング元伯爵は震えながらただ「知らない、知らないっ!」と言っています。
……あの様子ですと、本当に知らないのでしょう。私がそう思ったのとほぼ同時に、アイザイア様もそう思われたのか、ため息をついていらっしゃいました。その後、ベアリング元伯爵を騎士に引き渡します。……さて、これからどうやってアラン様を探しましょうか。私は、そう思っていました。
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