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本編
第42話 『すれ違う二人』 ③
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「モニカ様。申し訳ございません。アイザイア様はただいま会議中でして……」
「……そう。では、私がお話したいことがあると言っていたと、後で伝えておいて頂戴」
「かしこまりました」
従者のそんな言葉を聞いて、私はその場を立ち去りました。
アイザイア様にきちんと謝ろうと決心をして、アイザイア様に会おうとした私。ですが、その時アイザイア様は運悪く会議中でした。アイザイア様は第一王子であり、王太子殿下。お仕事は山のようにありますし、大体の会議には参加しなくてはなりません。なので、私との時間はあまり作れないと思います。それでも、良かった。ただ、一言「言いすぎました、申し訳ございませんでした」と言えれば、それでいいのです。
「……しかし、アイザイア様、最近お仕事を詰め込みすぎているようですよね。あ、これはルーサーさんに世間話の一環で聞いただけですので、真実なのかは分かりませんが……」
そんな時、ヴィニーがそうぼやきます。その言葉を聞いて、私は考えてみます。確かに、最近のアイザイア様はお仕事を詰め込みすぎているような気もします。それに、レノーレ様とお会いすることも多いみたいで……。なんだか、嫌な予感までします。なんというか、私にはどうにも出来そうにないレベルの、嫌な予感が。
……ううん、そんな縁起でもないことは考えてはダメなのです。あ、そうだ。そう言えば、ルーサーさんとヴィニーって仲がよろしいですよね。ふと、そう思いました。比較的よく会話をしていますし、休日が合えば時折お出かけなどもしているそうです。ヴィニーはどうにもルーサーさんのことが好きなようですが……ルーサーさんは、どうなのでしょうか?
「ねぇ、ヴィニー。貴女、ルーサーさんと仲が良いわよね?」
「……そうでございますか?」
「えぇ、そうよ。だって、他の侍従の人よりも話している時間がずっと長いんだもの」
「まぁ、お互いに専属侍従のリーダーですからね」
「そう言うわけじゃないわ」
そんな会話を、ヴィニーと繰り広げてみます。そして、不意に時計を見てみました。……次の予定まで、あと一時間程度あるわね。今からだったら、自室に戻ってお茶をするぐらいの時間しかない。どうせだったら、気持ちが落ち着くようなブレンドでも用意してもらおうかな……。そんなことを、私は頭の片隅で考えていました。
「あら? 誰かと思えば、モニカ様じゃない」
ですが、そんな落ち着いた気分は一瞬にして崩れ去りました。目の前からやってこられたのは、きっちりと巻かれた縦ロールの髪型をした女性。それは、紛れもなく私の「天敵」であるご令嬢の特徴。……あぁ、嫌な人に会ってしまったわ。
「ごきげんよう、モニカ様。……それとも、貴女は今、ご機嫌が悪いのかしら? ふふっ、惨めねぇ」
「……別に、機嫌は悪くありませんわ。それに、レノーレ様にはどうせ関係のないことです」
ひきつるような笑みを浮かべて、私はレノーレ様にそう言葉を返しました。それは、ただの強がりでした。だって、レノーレ様はアイザイア様とお会いしている。それも、頻繁に。つまり、彼女は私に勝ったと思っていらっしゃるはず。
エストレア公爵家のことがあるので、レノーレ様は王妃にはなれません。しかし、王妃よりも愛される側妃というのは、よくいらっしゃるものです。レノーレ様は、きっとその「王妃よりも愛される側妃」を目指しているのでしょう。……私は、どうにも気に食わないのですが。
「機嫌が悪くない、なんて強がらなくても良くてよ。だって……貴女、捨てられたんじゃない。私が、選ばれたの。貴女は所詮、愛されない王妃になればいいのよ。私が、アイザイア様の愛を一身に受けるのですから」
「……そうとは限りませんわ。だって、アイザイア様はとてもお優しいお方。ただ、貴女のことを放っておけないから付き合っているだけかもしれませんもの」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。アイザイア様も可哀想ねぇ。エストレア公爵家のことがあるから、貴女と婚姻しなくちゃいけないのだもの」
――ふふっ。
そんな、バカにしたような笑い声が、私の耳に届きました。レノーレ様は、間違いなく私に勝っていると思い込んでいらっしゃいます。でも、私はそんなことはないと信じたいのです。信じたいだけで、終わるかもしれません。それでも……良かった。アイザイア様のことを慕う私の気持ちは、本物だから。たとえ、万が一一方通行だったとしても構いません。あの一瞬だけ見せてくださった嫉妬も、本当のことだと信じたいの。
「……お話は、それだけですか? でしたら、私は失礼いたします。これから、用事がありますので」
「勝ち誇っていられるのも、今のうちだけよ。覚悟しておきなさい、モニカ・エストレア」
私がレノーレ様のお隣を通る際に、レノーレ様はそんな言葉を私の耳元で囁く。なので、私は静かに「ご忠告、どうも」とだけ返しておきました。これで、弱みを見せずに済んだでしょうか? あのレノーレ様というお方に弱みを見せると、面倒なことになりますからね。
「……ねぇ、ヴィニー。自室に戻って、一息つきたいわ。お茶を用意して頂戴」
「かしこまりました」
私はただそれだけをヴィニーに指示しました。やはり、王宮は戦いの場なのかもしれません。私の味方ばかり……というわけでは、ないのですから。
ぎゅっと手のひらを握り締めて、私はただ祈りました。アイザイア様が、レノーレ様を選びませんように、と。これが、今の私にできる最大限の抵抗……だったの、でしょうね。
「モニカ様。申し訳ございません。アイザイア様はただいま会議中でして……」
「……そう。では、私がお話したいことがあると言っていたと、後で伝えておいて頂戴」
「かしこまりました」
従者のそんな言葉を聞いて、私はその場を立ち去りました。
アイザイア様にきちんと謝ろうと決心をして、アイザイア様に会おうとした私。ですが、その時アイザイア様は運悪く会議中でした。アイザイア様は第一王子であり、王太子殿下。お仕事は山のようにありますし、大体の会議には参加しなくてはなりません。なので、私との時間はあまり作れないと思います。それでも、良かった。ただ、一言「言いすぎました、申し訳ございませんでした」と言えれば、それでいいのです。
「……しかし、アイザイア様、最近お仕事を詰め込みすぎているようですよね。あ、これはルーサーさんに世間話の一環で聞いただけですので、真実なのかは分かりませんが……」
そんな時、ヴィニーがそうぼやきます。その言葉を聞いて、私は考えてみます。確かに、最近のアイザイア様はお仕事を詰め込みすぎているような気もします。それに、レノーレ様とお会いすることも多いみたいで……。なんだか、嫌な予感までします。なんというか、私にはどうにも出来そうにないレベルの、嫌な予感が。
……ううん、そんな縁起でもないことは考えてはダメなのです。あ、そうだ。そう言えば、ルーサーさんとヴィニーって仲がよろしいですよね。ふと、そう思いました。比較的よく会話をしていますし、休日が合えば時折お出かけなどもしているそうです。ヴィニーはどうにもルーサーさんのことが好きなようですが……ルーサーさんは、どうなのでしょうか?
「ねぇ、ヴィニー。貴女、ルーサーさんと仲が良いわよね?」
「……そうでございますか?」
「えぇ、そうよ。だって、他の侍従の人よりも話している時間がずっと長いんだもの」
「まぁ、お互いに専属侍従のリーダーですからね」
「そう言うわけじゃないわ」
そんな会話を、ヴィニーと繰り広げてみます。そして、不意に時計を見てみました。……次の予定まで、あと一時間程度あるわね。今からだったら、自室に戻ってお茶をするぐらいの時間しかない。どうせだったら、気持ちが落ち着くようなブレンドでも用意してもらおうかな……。そんなことを、私は頭の片隅で考えていました。
「あら? 誰かと思えば、モニカ様じゃない」
ですが、そんな落ち着いた気分は一瞬にして崩れ去りました。目の前からやってこられたのは、きっちりと巻かれた縦ロールの髪型をした女性。それは、紛れもなく私の「天敵」であるご令嬢の特徴。……あぁ、嫌な人に会ってしまったわ。
「ごきげんよう、モニカ様。……それとも、貴女は今、ご機嫌が悪いのかしら? ふふっ、惨めねぇ」
「……別に、機嫌は悪くありませんわ。それに、レノーレ様にはどうせ関係のないことです」
ひきつるような笑みを浮かべて、私はレノーレ様にそう言葉を返しました。それは、ただの強がりでした。だって、レノーレ様はアイザイア様とお会いしている。それも、頻繁に。つまり、彼女は私に勝ったと思っていらっしゃるはず。
エストレア公爵家のことがあるので、レノーレ様は王妃にはなれません。しかし、王妃よりも愛される側妃というのは、よくいらっしゃるものです。レノーレ様は、きっとその「王妃よりも愛される側妃」を目指しているのでしょう。……私は、どうにも気に食わないのですが。
「機嫌が悪くない、なんて強がらなくても良くてよ。だって……貴女、捨てられたんじゃない。私が、選ばれたの。貴女は所詮、愛されない王妃になればいいのよ。私が、アイザイア様の愛を一身に受けるのですから」
「……そうとは限りませんわ。だって、アイザイア様はとてもお優しいお方。ただ、貴女のことを放っておけないから付き合っているだけかもしれませんもの」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。アイザイア様も可哀想ねぇ。エストレア公爵家のことがあるから、貴女と婚姻しなくちゃいけないのだもの」
――ふふっ。
そんな、バカにしたような笑い声が、私の耳に届きました。レノーレ様は、間違いなく私に勝っていると思い込んでいらっしゃいます。でも、私はそんなことはないと信じたいのです。信じたいだけで、終わるかもしれません。それでも……良かった。アイザイア様のことを慕う私の気持ちは、本物だから。たとえ、万が一一方通行だったとしても構いません。あの一瞬だけ見せてくださった嫉妬も、本当のことだと信じたいの。
「……お話は、それだけですか? でしたら、私は失礼いたします。これから、用事がありますので」
「勝ち誇っていられるのも、今のうちだけよ。覚悟しておきなさい、モニカ・エストレア」
私がレノーレ様のお隣を通る際に、レノーレ様はそんな言葉を私の耳元で囁く。なので、私は静かに「ご忠告、どうも」とだけ返しておきました。これで、弱みを見せずに済んだでしょうか? あのレノーレ様というお方に弱みを見せると、面倒なことになりますからね。
「……ねぇ、ヴィニー。自室に戻って、一息つきたいわ。お茶を用意して頂戴」
「かしこまりました」
私はただそれだけをヴィニーに指示しました。やはり、王宮は戦いの場なのかもしれません。私の味方ばかり……というわけでは、ないのですから。
ぎゅっと手のひらを握り締めて、私はただ祈りました。アイザイア様が、レノーレ様を選びませんように、と。これが、今の私にできる最大限の抵抗……だったの、でしょうね。
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