上 下
15 / 62
本編

第15話 『ベアリング伯爵家の子息』 ③

しおりを挟む
「……ところで、モニカ様はこれからしばらくお時間はあるでしょうか? もしよろしければ……僕と少しばかりお話をしてくださいませんか?」
「え、えーっと……」

 そんな突然のアラン様からのお誘いに、私は戸惑ってしまいました。異性と二人きりでお話をしているところを、他の方に見られたら、一体どう思われてしまうでしょうか? 仮にも、私はアイザイア様の婚約者であり、未来の王妃なのです。不貞を働いていると思われれば、アイザイア様の未来にも関わってきます。ですが、そのお誘いは私にとってとても魅力的でもありました。元々、アイザイア様がいらっしゃらないこともあり私は暇だったのです。もしも、アラン様とお話をして時間を潰すことが出来れば……それ以上に、良いことはないと思ってしまったのです。

「いえ、無理に、とは言いません。……アイザイア様がいらっしゃるまで、ですが……」

 そんなことをおっしゃいながら、アラン様が悲しげに眉を下げられる。それを見た私の気持ちは、さらに揺れました。私は性格上、悲しそうな表情には弱いのです。そんな表情を浮かべられては……断るという選択肢が、消えてしまうのです。

「……はい、こちらこそ、少しの間、で良いのならば……」

 だから、私はこのお誘いを了承してしまったのです。このお誘いを了承しなければ、きっとあの未来は防げていたはずなのに、です。後から思っても、手遅れなのですが。

 しかし、この時の私はそんなことを知る由もなかった。これは、社交なのだ。そう自分自身に言い聞かせながら、私はアラン様のお言葉に相槌を打つ。社交であり、アイザイア様がいらっしゃるまでの時間を有効活用しているのです。そんな風に思いながら会話を始めた私ですが……それは、案外楽しいものでした。

 アラン様と私の趣味や好みは、どうやらとても近いらしく、お話が弾んだのです。私は本を読むことが好きです。ですが、アイザイア様は忙しいこともありあまり本は読まれないということ。そのため、いつも本については私が一方的に語る形になってしまうのです。

 ですが、アラン様は本を読まれることがお好きらしく、私のお話についてきてくださいます。それが、私にとってとても嬉しいことでした。私は貴族の令嬢である前に、年頃の女の子なのです。人の思惑を見抜く術を持っているとはいえ、それはまだ確実ではなかった。だから、アラン様のお言葉の裏に隠された感情に、この時は気が付けなかった。

 そして、会話は弾み、時間がどんどん過ぎ去っていく。そんな時、不意に周りの貴族のご令嬢方がにぎやかになられました。ご令嬢たちは我先に、と押し合いながらホールの入口の方に向かって行かれます。その先頭は……やはり、レノーレ様でした。

 その瞬間、入口が開き、豪奢な衣装に身を包んだアイザイア様が、現れました。ご令嬢方はアイザイア様の登場に歓喜しながら、我先に自身を見てもらおうとアピールをしているようでした。それに気が付いた時には……遅かった。私は、完全に出遅れてしまったのです。それは、アラン様との会話がとても楽しかったから。

 それでも、急いでアイザイア様の元に向かおうとしました。しかし……一瞬アイザイア様と私の視線が交わった時に、向けられた悲しそうな視線。その視線に射抜かれてしまうと、その場に立ち尽くすことしか私は出来なかった。

 ――モニカに、一番に出迎えてほしかったのに。

 まるで、アイザイア様の視線はそうおっしゃっているかのようでした。それに気が付いてしまった私は……やはり、その場に立ち尽くすことしか出来なくて。その間にも、周りのご令嬢方のあげる大きな歓声や話し声は、とめどなく続いておりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

内気な貧乏男爵令嬢はヤンデレ殿下の寵妃となる

下菊みこと
恋愛
ヤンデレが愛しい人を搦めとるだけ。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)

夕立悠理
恋愛
 伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。 父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。  何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。  不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。  そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。  ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。 「あなたをずっと待っていました」 「……え?」 「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」  下僕。誰が、誰の。 「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」 「!?!?!?!?!?!?」  そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。  果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。

私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」 帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。 混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。 ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。 これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

処理中です...