6 / 62
本編
第6話 『アイザイア・フェリシタル』 ③
しおりを挟む
私は普段、王宮で生活をしています。そちらの方がお妃教育などで一々王宮にやってくるという移動の手間が省けるからです。時折実家に帰っておりますが、それでも一年の三分の二以上を王宮で過ごしているのが現状でした。
ですがそれは私にとって決して苦ということではありません。確かに、最初は寂しくて泣いたこともあります。ですが、アイザイア様のお父様である国王陛下も、アイザイア様のお母様である王妃様も、私のことを歓迎してくださいました。もちろん、アイザイア様も私のことを支えてくださいました。
だから、私はどんなに厳しくて辛いお妃教育であろうとも、耐えることが出来たのです。未来の為、恩を返すため、だと信じて。
そんなことを思いながら、私は王宮のとある一室、自室として与えられた部屋から出て行きます。目的の場所は王宮内にある図書館。家庭教師から出された課題を済ませるためでした。
「やぁ、モニカ。おはよう」
そして、とある廊下の一角を曲がった後。不意に私は声をかけられました。その声は、私が聞き間違えるわけがない声。透き通ったように美しく、私がいつも好きだと思っている声。
――アイザイア様の、声でした。
「おはようございます、アイザイア様」
一礼をしてから、私はそう挨拶を返します。アイザイア様は、私の挨拶を聞かれて微笑みを深めてくださいました。長い金色の髪はいつものように後ろで束ねられており、その緑色の瞳もいつもと何一つ変わりません。それの一つ一つが、私の心を安心させてくれていました。
「ふふっ、モニカは今日もお勉強かな? 熱心なのはいいけれど、たまにはきちんと休憩するんだよ」
「分かっておりますわ。アイザイア様は、いつまで経っても私のことを子供扱いするんですね。……私だって、もう立派な大人ですって何度も何度も……」
そして、またいつもの言葉が連なっていきました。六つも年齢が離れていると、自然とこんな関係が出来上がるのかもしれない。それに、アイザイア様は私のことを私が物心つく前から知っていらっしゃいます。それこそ、赤ちゃんの時のことだってまだ覚えている、とおっしゃるのですから意地が悪いです……!
「分かっているよ。俺は今日一日予定が詰め込まれているからね。……朝からモニカに会えてよかったよ。今日も頑張れそうだ」
ですが、何でもない風にそうおっしゃるアイザイア様は、いつも私の上を行かれます。どれだけ頑張っても、どれだけ願っても、アイザイア様は常に私の受けを行く。共に歩んでいきたい、と思っているのに、それが叶わない。その感情は、時に私を焦らせるものでした。
「……ありがとうございます。では、そろそろ私は……」
だからこそ、私はいつも素直になれませんでした。アイザイア様に、共に歩んでほしいと伝えたくても、自分が頑張れば全て解決するのではないか、という考えが頭をよぎるからです。
だから、私は素直に自らの気持ちをアイザイア様にお伝えすることが出来ませんでした。
「そうだね。じゃあ、またね。モニカ」
なのに、そう言われると私の心は悲しくなってしまうのです。いつだって、私の気持ちを尊重してくださるアイザイア様。ですが、それはきっと妹のわがままを聞いている。そんな気持ちで相手をしてくれている気がするからです。いつまで経っても、私はアイザイア様にとっての「妹分」であり、どれだけ頑張っても「婚約者」にはなれないのではないか。
そう、思ってしまうと自然と辛くなってしまうのです。
それが、私がアイザイア・フェリシタル様に向ける気持ちの、全てでした。
ですがそれは私にとって決して苦ということではありません。確かに、最初は寂しくて泣いたこともあります。ですが、アイザイア様のお父様である国王陛下も、アイザイア様のお母様である王妃様も、私のことを歓迎してくださいました。もちろん、アイザイア様も私のことを支えてくださいました。
だから、私はどんなに厳しくて辛いお妃教育であろうとも、耐えることが出来たのです。未来の為、恩を返すため、だと信じて。
そんなことを思いながら、私は王宮のとある一室、自室として与えられた部屋から出て行きます。目的の場所は王宮内にある図書館。家庭教師から出された課題を済ませるためでした。
「やぁ、モニカ。おはよう」
そして、とある廊下の一角を曲がった後。不意に私は声をかけられました。その声は、私が聞き間違えるわけがない声。透き通ったように美しく、私がいつも好きだと思っている声。
――アイザイア様の、声でした。
「おはようございます、アイザイア様」
一礼をしてから、私はそう挨拶を返します。アイザイア様は、私の挨拶を聞かれて微笑みを深めてくださいました。長い金色の髪はいつものように後ろで束ねられており、その緑色の瞳もいつもと何一つ変わりません。それの一つ一つが、私の心を安心させてくれていました。
「ふふっ、モニカは今日もお勉強かな? 熱心なのはいいけれど、たまにはきちんと休憩するんだよ」
「分かっておりますわ。アイザイア様は、いつまで経っても私のことを子供扱いするんですね。……私だって、もう立派な大人ですって何度も何度も……」
そして、またいつもの言葉が連なっていきました。六つも年齢が離れていると、自然とこんな関係が出来上がるのかもしれない。それに、アイザイア様は私のことを私が物心つく前から知っていらっしゃいます。それこそ、赤ちゃんの時のことだってまだ覚えている、とおっしゃるのですから意地が悪いです……!
「分かっているよ。俺は今日一日予定が詰め込まれているからね。……朝からモニカに会えてよかったよ。今日も頑張れそうだ」
ですが、何でもない風にそうおっしゃるアイザイア様は、いつも私の上を行かれます。どれだけ頑張っても、どれだけ願っても、アイザイア様は常に私の受けを行く。共に歩んでいきたい、と思っているのに、それが叶わない。その感情は、時に私を焦らせるものでした。
「……ありがとうございます。では、そろそろ私は……」
だからこそ、私はいつも素直になれませんでした。アイザイア様に、共に歩んでほしいと伝えたくても、自分が頑張れば全て解決するのではないか、という考えが頭をよぎるからです。
だから、私は素直に自らの気持ちをアイザイア様にお伝えすることが出来ませんでした。
「そうだね。じゃあ、またね。モニカ」
なのに、そう言われると私の心は悲しくなってしまうのです。いつだって、私の気持ちを尊重してくださるアイザイア様。ですが、それはきっと妹のわがままを聞いている。そんな気持ちで相手をしてくれている気がするからです。いつまで経っても、私はアイザイア様にとっての「妹分」であり、どれだけ頑張っても「婚約者」にはなれないのではないか。
そう、思ってしまうと自然と辛くなってしまうのです。
それが、私がアイザイア・フェリシタル様に向ける気持ちの、全てでした。
1
お気に入りに追加
860
あなたにおすすめの小説

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。
112
恋愛
皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。
齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。
マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった
あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。
本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……?
例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり……
異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり……
名前で呼んでほしい、と懇願してきたり……
とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。
さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが……
「僕のこと、嫌い……?」
「そいつらの方がいいの……?」
「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」
と、泣き縋られて結局承諾してしまう。
まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。
「────私が魔術師さまをお支えしなければ」
と、グレイスはかなり気負っていた。
────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。
*小説家になろう様にて、先行公開中*

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!


病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる