9 / 9
本編 第2話
02.
しおりを挟む
主食である日持ちするパンは数種類ある。また、副菜であろう肉と野菜を煮込んだスープも三種類。あとは乳製品のヨーグルト。朝食としてはまさに理想的なメニューだ。……種類が多いのは、この際置いておくとして。
(全部、美味しそうだわ……)
そう思いつつ、アルティングルはパンを手に取る。そのままヨーグルトにくぐらせて口に運んだ。
「……美味しい」
ナウファルで食べていたものと種類は似ている。が、決定的に味が違う。
あちらは貧しいこともあり、基本的には薄味だった。しかし、ここで出てくる食事は味付けがしっかりしており、するすると胃袋に収まっていくような感覚だ。
「お口に合ったようで、よろしゅうございました」
女性にそう声をかけられて、アルティングルは「とっても美味しいわ」と素直に感想を述べる。
その際に笑みを浮かべれば、女性が露骨に驚いたような表情を作る。……もしかして、醜かったのだろうか?
「……ごめんなさい、不快だったかしら?」
少し困ったように眉を下げれば、彼女はゆるゆると首を横に振る。
「いえ、私たちのような侍女に笑いかける者は、あまりおりませんので……」
肩をすくめた彼女が、そう呟く。その言葉を聞いて、アルティングルは素直に驚く。でも、ある意味納得でもあった。
(そもそも、大国なのだものね。使用人と主の距離が開いていても、おかしくはないわ……)
まぁ、ナウファルでも似たような感じだったが。
心の中だけでそう付け足して、アルティングルはスープを口に運ぶ。とろみのついたスープは、大層美味だ。スープの中に入った肉類はよく煮込まれていて、とろけていく。野菜の類も同様。ただ、野菜本来の味をよく活かしていると思った。
三種類のスープは、全て味付けが違った。そのどれもが美味しくて、アルティングルはぺろりと平らげてしまう。
……さすがに、パンをすべて平らげることはできなかったが。
「ごちそうさまでした。とても、美味しかったわ」
最後に女性にそう声をかければ、彼女は深々と頭を下げる。
そして、流れ作業のように食器を片付けていく。その際に多数の女性が退出し、残ったのは二名の若い者だけだ。
「……ねぇ」
いくら待っても彼女たちがなにも言ってくれないので、アルティングルは自ら声をかける。そうすれば、一人が「はい」と返事をしてくれる。……なんだか、素っ気ない……というか。
(一線を、引かれているわね……)
そりゃあ、いわば主と使用人なのだから当然だ。……けれど。アルティングルは、彼女たちと親しくなりたかった。
少しでも、楽しい日々を過ごしたいのだ。
「その、この後宮でのマナーとか、教えてくれないかしら……?」
とりあえず、当たり障りのないことを言ってみよう。
その一心でそう問いかければ、女性の一人が「かしこまりました」と言って頭を下げる。
「まぁ、マナーもなにも、特別重要視することはありませんけれどね」
「……そう、なの?」
ぼそりと呟かれた言葉に、アルティングルは目を見開く。
「えぇ、そもそも、小国の皇女ごときがいられる場所ではないのですから」
「……あ」
彼女のその言葉に、アルティングルは悟った。
――自分は、嫌われているのだと。
(まぁ、当然と言えば、当然よね。だって、私は本当に小国の皇女だもの……)
第一皇女とかならばまだしも、自分は第七皇女だ。それに、出自が出自である。彼女たちは知らないであろうが、アルティングルからすれば、それも立派な理由のように思えた。
「そもそも、私たちのような名家の娘が後宮に入れないのに、あなたみたいな小国の皇女が入れるなんて、おかしいじゃない」
何処か八つ当たりのような声音だった。悪意と憎悪がふんだんに込められた声に、アルティングルは自然と身を縮める。
「ねぇ、なにしたの? 大臣にでも色仕掛けしたの?」
「そ、そんなことは……」
「そういえば、あなた、王妃殿下の勧めで入ったのですってね。……どういう風に王妃殿下を誑かしたのかしら?」
にやにやと笑った彼女たちが、ほんの少し恐ろしく感じる。
「まぁ、どうでもいいわ。……どうせ、あんたみたいな小娘が陛下の寵愛を得られるとは思えないしね。……大人しく国に帰ったらいかが?」
でも、それだけには頷けない。その一心で、アルティングルは手のひらをぎゅっと握りしめた。そのまま、顔を上げる。
「たとえ、寵愛が得られなくても。私は、ここにいなければならないのです」
凛とした強い声で、そう言い返す。……彼女が、怯んだように息を呑んだのがわかった。
「言っておきますが、私はどんなに嫌味を言われても、帰国することはないでしょう」
「な、なによ! 私たちが世話をしなきゃ、なにも出来ないような小娘でしょうに……!」
確かに、世間一般的に見ればそれは正しいのだろう。生憎、アルティングルが違うだけであって。
「大体、私たちはあなたの世話を自主的にしているのよ? 感謝されることはあれど、恨まれるのは筋違いだわ……!」
「そうよ。専属侍女の一人も連れてこれないような女のくせに……!」
どうやら、彼女たちは何処までもアルティングルを敵視しているようだ。
これに近い人間たちを、アルティングルは知っている。……自身の、異母姉たちだ。
(全部、美味しそうだわ……)
そう思いつつ、アルティングルはパンを手に取る。そのままヨーグルトにくぐらせて口に運んだ。
「……美味しい」
ナウファルで食べていたものと種類は似ている。が、決定的に味が違う。
あちらは貧しいこともあり、基本的には薄味だった。しかし、ここで出てくる食事は味付けがしっかりしており、するすると胃袋に収まっていくような感覚だ。
「お口に合ったようで、よろしゅうございました」
女性にそう声をかけられて、アルティングルは「とっても美味しいわ」と素直に感想を述べる。
その際に笑みを浮かべれば、女性が露骨に驚いたような表情を作る。……もしかして、醜かったのだろうか?
「……ごめんなさい、不快だったかしら?」
少し困ったように眉を下げれば、彼女はゆるゆると首を横に振る。
「いえ、私たちのような侍女に笑いかける者は、あまりおりませんので……」
肩をすくめた彼女が、そう呟く。その言葉を聞いて、アルティングルは素直に驚く。でも、ある意味納得でもあった。
(そもそも、大国なのだものね。使用人と主の距離が開いていても、おかしくはないわ……)
まぁ、ナウファルでも似たような感じだったが。
心の中だけでそう付け足して、アルティングルはスープを口に運ぶ。とろみのついたスープは、大層美味だ。スープの中に入った肉類はよく煮込まれていて、とろけていく。野菜の類も同様。ただ、野菜本来の味をよく活かしていると思った。
三種類のスープは、全て味付けが違った。そのどれもが美味しくて、アルティングルはぺろりと平らげてしまう。
……さすがに、パンをすべて平らげることはできなかったが。
「ごちそうさまでした。とても、美味しかったわ」
最後に女性にそう声をかければ、彼女は深々と頭を下げる。
そして、流れ作業のように食器を片付けていく。その際に多数の女性が退出し、残ったのは二名の若い者だけだ。
「……ねぇ」
いくら待っても彼女たちがなにも言ってくれないので、アルティングルは自ら声をかける。そうすれば、一人が「はい」と返事をしてくれる。……なんだか、素っ気ない……というか。
(一線を、引かれているわね……)
そりゃあ、いわば主と使用人なのだから当然だ。……けれど。アルティングルは、彼女たちと親しくなりたかった。
少しでも、楽しい日々を過ごしたいのだ。
「その、この後宮でのマナーとか、教えてくれないかしら……?」
とりあえず、当たり障りのないことを言ってみよう。
その一心でそう問いかければ、女性の一人が「かしこまりました」と言って頭を下げる。
「まぁ、マナーもなにも、特別重要視することはありませんけれどね」
「……そう、なの?」
ぼそりと呟かれた言葉に、アルティングルは目を見開く。
「えぇ、そもそも、小国の皇女ごときがいられる場所ではないのですから」
「……あ」
彼女のその言葉に、アルティングルは悟った。
――自分は、嫌われているのだと。
(まぁ、当然と言えば、当然よね。だって、私は本当に小国の皇女だもの……)
第一皇女とかならばまだしも、自分は第七皇女だ。それに、出自が出自である。彼女たちは知らないであろうが、アルティングルからすれば、それも立派な理由のように思えた。
「そもそも、私たちのような名家の娘が後宮に入れないのに、あなたみたいな小国の皇女が入れるなんて、おかしいじゃない」
何処か八つ当たりのような声音だった。悪意と憎悪がふんだんに込められた声に、アルティングルは自然と身を縮める。
「ねぇ、なにしたの? 大臣にでも色仕掛けしたの?」
「そ、そんなことは……」
「そういえば、あなた、王妃殿下の勧めで入ったのですってね。……どういう風に王妃殿下を誑かしたのかしら?」
にやにやと笑った彼女たちが、ほんの少し恐ろしく感じる。
「まぁ、どうでもいいわ。……どうせ、あんたみたいな小娘が陛下の寵愛を得られるとは思えないしね。……大人しく国に帰ったらいかが?」
でも、それだけには頷けない。その一心で、アルティングルは手のひらをぎゅっと握りしめた。そのまま、顔を上げる。
「たとえ、寵愛が得られなくても。私は、ここにいなければならないのです」
凛とした強い声で、そう言い返す。……彼女が、怯んだように息を呑んだのがわかった。
「言っておきますが、私はどんなに嫌味を言われても、帰国することはないでしょう」
「な、なによ! 私たちが世話をしなきゃ、なにも出来ないような小娘でしょうに……!」
確かに、世間一般的に見ればそれは正しいのだろう。生憎、アルティングルが違うだけであって。
「大体、私たちはあなたの世話を自主的にしているのよ? 感謝されることはあれど、恨まれるのは筋違いだわ……!」
「そうよ。専属侍女の一人も連れてこれないような女のくせに……!」
どうやら、彼女たちは何処までもアルティングルを敵視しているようだ。
これに近い人間たちを、アルティングルは知っている。……自身の、異母姉たちだ。
0
お気に入りに追加
106
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる