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本編 第1話
01.
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砂漠にある無数の国。そこをまとめている三大国の一つである、イルハム国。
ここらの国では最も裕福だと言われているこの国の最奥。そこに、煌びやかな宮殿が建っている。
そして、その宮殿の王座にて。一人の男性が、頬杖をついて呆れたような表情を浮かべていた。
「……で、母上。また余計なことをおっしゃりに来たのか」
光の一筋も通しそうにないほどに、漆黒色の髪の毛。その目の色はアメジストのような美しい紫。が、現在は不機嫌そうに細められている。それでもなお、その顔立ちは恐ろしいほどに整っていた。
この国で最も権力を持ち、その有能さから『絶対的な王』と呼ばれている人間。
それが、この男、メルレイン・イルハム。年齢は二十六歳。つい三年前に先王の崩御に伴い、王位についたまだ若き王。
「余計なこととはなんですか。……お前には、この国の未来がかかっているのですよ」
対する目の前の女性は、フェイスベール越しにメルレインを見つめた。
いや、見つめているなんて生温いものじゃない。半ば睨みつけているようなものだ。それに気が付いて、メルレインは内心でため息をついた。
「だったとしても、だ。……そもそも、王室には俺以外にもたくさんの人間がいる。有能なほかの誰かが跡を継げばいいだろう」
それはメルレインの本当の気持ちだ。
わざわざ自分の直系の子供である意味などないだろうに。
なのに、目の前のこの母親は。次期王はメルレインの子供――つまり、自身の孫でなければならないという。
全く、身勝手なものだ。
(どうせ、自身の家の権威を確かなものにしたいだけだろう)
彼女の家は、ここら辺では歴史のある豪族だ。今までにも王室に何人か女性を送っている。
が、いや、だからこそ。彼女の家は傲慢だった。
メルレインはそれを知っている。自身に媚びてくる祖父の顔を見れば、それくらい容易に想像がついた。
「ダメです。あなたの直系ではなければ、なりません」
このままでは、いつもの言い合いが始まってしまう。
内心で舌打ちしつつ、メルレインは側にいた男に時間を尋ねる。……もうそろそろ、客人が来る時間だ。
「そうですか。ですが、生憎この後来客の予定がありましてね。……一旦、引いていただきたい」
とんとんと王座のひじ掛けを指でたたいてそう言えば、母がぐっと唇を噛んだのがわかった。
「来客とは、どこの誰ですか? 母の意見よりも大切なことを言うお方で?」
……もう、呆れてしまう。こういうところが、メルレインが母を苦手とする要因だった。
傲慢で強欲。挙句に強引に自分の話に持って行こうとする。話がかみ合わないことだって、よくある。
「えぇ、そうですね。……本日、他国の姫がこちらに来る予定なので。なんでも、俺と直に話がしたいと」
「……よくもまぁ、わざわざ他国の姫などとの話を受け入れましたね。どうせ、援助のお話でしょうに」
「そうだとしても、ですよ。……話を聞くくらいは、ただですからね。援助をするかどうかは、別問題ですが」
実際、最近ここら辺の近辺国から援助が欲しいという申し出は山のように受けている。
でも、メルレインはそれを話だけ聞いてすべて突っぱねてきた。
それには明確な理由がある。
(一つの国だけに援助をすれば、角が立つ。かといって、ここら辺の国すべてに援助をすることは難しい。ならば、平等に全部の国の援助を突っぱねるのが、正しい)
メルレインは合理的な考えを持っている。
無駄なことは大嫌いだ。そして、なによりも。争いが嫌いだ。
ならば、自分が憎まれる存在になったとしても、こうするのが正しい。
(国を無駄に衰退させることは出来やしない。……これが、正しい方法だ)
自分自身、薄情だと思うことはある。が、他国よりも自国だ。他国の民たちよりも、自国の民たち。
それくらい、王として当然の考えだと、メルレインは自負している。
「というわけで、母上。……今日のところは、お引き取り願いたい」
口元だけに笑みを浮かべて、メルレインがそう告げる。すると、母は「くっ……」とだけ言葉を零し、礼をした。
「では、本日は一旦引き下がります。……ですが、母はまだあきらめておりませんからね。せっかく、あなたのために後宮まで用意したのですから……」
「有難迷惑ですね」
母の言葉を一蹴し、メルレインは「はぁ」と露骨にため息をついた。
「全く、後宮など必要ないだろうに」
確かに歴代の王は、後宮――いわばハレム――を好んでいたかもしれない。でも、メルレインにはそんなもの必要ない。
そもそも、女性が苦手だ。自身の最も側にいた女性が、あの母なのだ。苦手になるなというほうが、絶対的に無理だった。
「まぁ、いい。……姫との話をさっさと済ませるぞ」
「承知いたしました」
立ち上がったメルレインに、近くにいた大臣が深々と頭を下げる。
「本日の会談のお相手は、ナウファル国の第七皇女であられる、アルティングル殿下でございます」
「そうか」
援助の申し出をしに来るのに、相手は第七皇女なのか。
(訳あり、のようだな)
心の中だけでそう呟いて、メルレインは歩き始めた。
ここらの国では最も裕福だと言われているこの国の最奥。そこに、煌びやかな宮殿が建っている。
そして、その宮殿の王座にて。一人の男性が、頬杖をついて呆れたような表情を浮かべていた。
「……で、母上。また余計なことをおっしゃりに来たのか」
光の一筋も通しそうにないほどに、漆黒色の髪の毛。その目の色はアメジストのような美しい紫。が、現在は不機嫌そうに細められている。それでもなお、その顔立ちは恐ろしいほどに整っていた。
この国で最も権力を持ち、その有能さから『絶対的な王』と呼ばれている人間。
それが、この男、メルレイン・イルハム。年齢は二十六歳。つい三年前に先王の崩御に伴い、王位についたまだ若き王。
「余計なこととはなんですか。……お前には、この国の未来がかかっているのですよ」
対する目の前の女性は、フェイスベール越しにメルレインを見つめた。
いや、見つめているなんて生温いものじゃない。半ば睨みつけているようなものだ。それに気が付いて、メルレインは内心でため息をついた。
「だったとしても、だ。……そもそも、王室には俺以外にもたくさんの人間がいる。有能なほかの誰かが跡を継げばいいだろう」
それはメルレインの本当の気持ちだ。
わざわざ自分の直系の子供である意味などないだろうに。
なのに、目の前のこの母親は。次期王はメルレインの子供――つまり、自身の孫でなければならないという。
全く、身勝手なものだ。
(どうせ、自身の家の権威を確かなものにしたいだけだろう)
彼女の家は、ここら辺では歴史のある豪族だ。今までにも王室に何人か女性を送っている。
が、いや、だからこそ。彼女の家は傲慢だった。
メルレインはそれを知っている。自身に媚びてくる祖父の顔を見れば、それくらい容易に想像がついた。
「ダメです。あなたの直系ではなければ、なりません」
このままでは、いつもの言い合いが始まってしまう。
内心で舌打ちしつつ、メルレインは側にいた男に時間を尋ねる。……もうそろそろ、客人が来る時間だ。
「そうですか。ですが、生憎この後来客の予定がありましてね。……一旦、引いていただきたい」
とんとんと王座のひじ掛けを指でたたいてそう言えば、母がぐっと唇を噛んだのがわかった。
「来客とは、どこの誰ですか? 母の意見よりも大切なことを言うお方で?」
……もう、呆れてしまう。こういうところが、メルレインが母を苦手とする要因だった。
傲慢で強欲。挙句に強引に自分の話に持って行こうとする。話がかみ合わないことだって、よくある。
「えぇ、そうですね。……本日、他国の姫がこちらに来る予定なので。なんでも、俺と直に話がしたいと」
「……よくもまぁ、わざわざ他国の姫などとの話を受け入れましたね。どうせ、援助のお話でしょうに」
「そうだとしても、ですよ。……話を聞くくらいは、ただですからね。援助をするかどうかは、別問題ですが」
実際、最近ここら辺の近辺国から援助が欲しいという申し出は山のように受けている。
でも、メルレインはそれを話だけ聞いてすべて突っぱねてきた。
それには明確な理由がある。
(一つの国だけに援助をすれば、角が立つ。かといって、ここら辺の国すべてに援助をすることは難しい。ならば、平等に全部の国の援助を突っぱねるのが、正しい)
メルレインは合理的な考えを持っている。
無駄なことは大嫌いだ。そして、なによりも。争いが嫌いだ。
ならば、自分が憎まれる存在になったとしても、こうするのが正しい。
(国を無駄に衰退させることは出来やしない。……これが、正しい方法だ)
自分自身、薄情だと思うことはある。が、他国よりも自国だ。他国の民たちよりも、自国の民たち。
それくらい、王として当然の考えだと、メルレインは自負している。
「というわけで、母上。……今日のところは、お引き取り願いたい」
口元だけに笑みを浮かべて、メルレインがそう告げる。すると、母は「くっ……」とだけ言葉を零し、礼をした。
「では、本日は一旦引き下がります。……ですが、母はまだあきらめておりませんからね。せっかく、あなたのために後宮まで用意したのですから……」
「有難迷惑ですね」
母の言葉を一蹴し、メルレインは「はぁ」と露骨にため息をついた。
「全く、後宮など必要ないだろうに」
確かに歴代の王は、後宮――いわばハレム――を好んでいたかもしれない。でも、メルレインにはそんなもの必要ない。
そもそも、女性が苦手だ。自身の最も側にいた女性が、あの母なのだ。苦手になるなというほうが、絶対的に無理だった。
「まぁ、いい。……姫との話をさっさと済ませるぞ」
「承知いたしました」
立ち上がったメルレインに、近くにいた大臣が深々と頭を下げる。
「本日の会談のお相手は、ナウファル国の第七皇女であられる、アルティングル殿下でございます」
「そうか」
援助の申し出をしに来るのに、相手は第七皇女なのか。
(訳あり、のようだな)
心の中だけでそう呟いて、メルレインは歩き始めた。
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