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第1章
「好きになることはない」宣言 2
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が、しかし。ローゼリーンは公爵家の娘である。感じている気持ちをそのまま顔に出したりなど、決してしない。もちろん、態度にも出さない。ただ粛々と食事を進めるだけだ。
唯一、テレサだけはローゼリーンの変化に気が付いているようだが。
そう思いつつ、ローゼリーンはバーグフリートを見つめる。
もしかしたら、彼は敏い人で、ローゼリーンの心に秘めた感情を察してくれるかも……などと、甘いことを考えてみる。
……けれど、そんなことはなかった。彼はローゼリーンに見つめられると、そっと視線を逸らす。挙句、ローゼリーンに見つめられ続けたためか、ナイフを落としていた。
「……まぁ」
さすがにそれは予想外すぎて、ローゼリーンは声を上げてしまう。
慌てて侍女の一人がナイフを拾い、新しいナイフをバーグフリートに手渡す。彼は「悪いな」と小さく告げていた。
「……大丈夫、ですか?」
なんだか、彼の落ち着きがないような気がしてしまう。
手元だって、先ほどよりもおぼつかなくなっている。
……まさかだが、無理をしているのではないか。
「もしも、なにかありましたら……」
ローゼリーンが気遣った言葉をかけようとすれば、彼は「なんでもない」と即座に返してきた。
……まだ、半分くらいしか言っていないのに。
「少し、疲れているだけ、ですから。……気にしないでください」
彼が早口でそう紡ぐ。
それならばまぁ、構わないか……と思ったのもつかの間、ローゼリーンには気にかかることがあった。
「あの、私に敬語は必要ありませんよ。だって、あなたは私の夫でしょうに」
そこだけは修正する必要があるような気がして、ローゼリーンは口にする。バーグフリートは、一瞬だけぽかんとしていた。
「今までの私は、クラウヴェル公爵家の娘でした。でも、今日からはあなたの妻ですよ」
本当、まだ全然実感がわかないけれど……と心の中だけで付け足して、バーグフリートを見つめる。
彼が少し困っている。視線を彷徨わせる。グラスを口に運んで、ワインを飲み干してしまった。
「そ、その、だな」
「……はい」
ちょっと声が上ずっている。でも、それを指摘する気もなくて、ローゼリーンは頷いた。
バーグフリートが、グラスを置いてはもってを繰り返す。……中身のワインは、先ほど飲み干したと教えたほうがいいのだろうか?
「俺は……その、ローゼリーンさまのこと……を」
「さまは不要です」
何処の夫が、妻をさま付けで呼ぶのだろうか。
婚約者時代ならばまだしも、婚姻しているというのに。
「ろ、ローゼ、リーンのこと……を」
強く言ったためか、彼が言葉を直した。ローゼリーンは、それを聞いて大きく頷く。
「その、だな。あぁ、そうだ。俺は、別にローゼリーンのことなんて……好きには、ならない」
「……はい?」
一瞬彼が紡いだ言葉の意味がわからなかった。その所為でぽかんとしていれば、バーグフリートはごほんと大きく咳ばらいをした。
その後、勢いよく立ち上がる。
「俺はローゼリーンのことなんて、好きじゃない。今後、好きにもならない」
「……はぁ」
そんなこと、ローゼリーンに言われても困ってしまう。だって、政略結婚にはそういう個人の感情などいらないのだから。
「だから、その。俺と、深く関わることはやめてくれ。……同居している空気くらいだと、思ってくれ」
同居している空気とは、どういうことなのだろうか?
ローゼリーンがそう思っている間に、彼はすたすたと食堂を出て行ってしまう。
彼の席にある食事はすでに平らげられている。……きちんと残さず食べたらしい。
「……はて」
好きじゃない、今後好きになることもない……。
バーグフリートに告げられた言葉を、頭の中で復唱する。しばらくして、ようやくローゼリーンは意味を呑み込めた。
「つまりは、好きにしていいということかしら?」
そもそも、同居している空気など気にしなくてもいい存在だ。
……まぁ、彼ほど図体がデカかったら、まったく気にしないというのは無理そうだが。
「ろ、ろ、ローゼリーンさま……!」
さすがにバーグフリートの態度が心配になったのか、テレサがローゼリーンのほうに近づいてくる。
「あんなお言葉、気にされなくて結構ですわ。大体、ローゼリーンさまは姫さまですのに……」
王族の血を引いている、公爵家のお姫さま。それがローゼリーンだ。
テレサはそう言いたいのだろう。そのうえで、彼の態度が信じられないのだ。
「ローゼリーンさま。私は、抗議に行ってこようと思いますわ。……いくら夫となられても、あれはあんまりです」
実家から連れて来た別の侍女が、息を荒くしてそう言ってくる。なので、ローゼリーンはゆるゆると首を横に振った。
「いえ、その必要はないわ」
端的にそう言って、カトラリーをテーブルの上に戻す。グラスを取って、水を口に運んで。のどを潤したら、彼女たちを見つめた。
「こうなることは、まぁ、よくあることでしょうし」
貴族の夫婦関係など、冷めきっていてもおかしくはない。
「あなたたちが抗議をすることで、この国の英雄の機嫌を損ねるのは、やめたほうがいいわね」
ローゼリーンは現実的な考えの持ち主でもある。自分の幸せと、国の利益。どちらを重要視するべきかは、理解しているつもりだ。
「だから、このことはくれぐれもお父さまやお兄さま、伯父さまのお耳には入れないで頂戴。極秘案件よ」
目の前で指でバツを作って、ローゼリーンがそう告げる。二人は、納得していない様子だったが頷いてくれた。
「と、いうわけだから。……どうやら、私は愛されない結婚生活というものを、送ることになったみたいだわ」
そして、ぽつりとそう呟いた。その声は、何処か弾んでいる……ようにも、感じられた。
唯一、テレサだけはローゼリーンの変化に気が付いているようだが。
そう思いつつ、ローゼリーンはバーグフリートを見つめる。
もしかしたら、彼は敏い人で、ローゼリーンの心に秘めた感情を察してくれるかも……などと、甘いことを考えてみる。
……けれど、そんなことはなかった。彼はローゼリーンに見つめられると、そっと視線を逸らす。挙句、ローゼリーンに見つめられ続けたためか、ナイフを落としていた。
「……まぁ」
さすがにそれは予想外すぎて、ローゼリーンは声を上げてしまう。
慌てて侍女の一人がナイフを拾い、新しいナイフをバーグフリートに手渡す。彼は「悪いな」と小さく告げていた。
「……大丈夫、ですか?」
なんだか、彼の落ち着きがないような気がしてしまう。
手元だって、先ほどよりもおぼつかなくなっている。
……まさかだが、無理をしているのではないか。
「もしも、なにかありましたら……」
ローゼリーンが気遣った言葉をかけようとすれば、彼は「なんでもない」と即座に返してきた。
……まだ、半分くらいしか言っていないのに。
「少し、疲れているだけ、ですから。……気にしないでください」
彼が早口でそう紡ぐ。
それならばまぁ、構わないか……と思ったのもつかの間、ローゼリーンには気にかかることがあった。
「あの、私に敬語は必要ありませんよ。だって、あなたは私の夫でしょうに」
そこだけは修正する必要があるような気がして、ローゼリーンは口にする。バーグフリートは、一瞬だけぽかんとしていた。
「今までの私は、クラウヴェル公爵家の娘でした。でも、今日からはあなたの妻ですよ」
本当、まだ全然実感がわかないけれど……と心の中だけで付け足して、バーグフリートを見つめる。
彼が少し困っている。視線を彷徨わせる。グラスを口に運んで、ワインを飲み干してしまった。
「そ、その、だな」
「……はい」
ちょっと声が上ずっている。でも、それを指摘する気もなくて、ローゼリーンは頷いた。
バーグフリートが、グラスを置いてはもってを繰り返す。……中身のワインは、先ほど飲み干したと教えたほうがいいのだろうか?
「俺は……その、ローゼリーンさまのこと……を」
「さまは不要です」
何処の夫が、妻をさま付けで呼ぶのだろうか。
婚約者時代ならばまだしも、婚姻しているというのに。
「ろ、ローゼ、リーンのこと……を」
強く言ったためか、彼が言葉を直した。ローゼリーンは、それを聞いて大きく頷く。
「その、だな。あぁ、そうだ。俺は、別にローゼリーンのことなんて……好きには、ならない」
「……はい?」
一瞬彼が紡いだ言葉の意味がわからなかった。その所為でぽかんとしていれば、バーグフリートはごほんと大きく咳ばらいをした。
その後、勢いよく立ち上がる。
「俺はローゼリーンのことなんて、好きじゃない。今後、好きにもならない」
「……はぁ」
そんなこと、ローゼリーンに言われても困ってしまう。だって、政略結婚にはそういう個人の感情などいらないのだから。
「だから、その。俺と、深く関わることはやめてくれ。……同居している空気くらいだと、思ってくれ」
同居している空気とは、どういうことなのだろうか?
ローゼリーンがそう思っている間に、彼はすたすたと食堂を出て行ってしまう。
彼の席にある食事はすでに平らげられている。……きちんと残さず食べたらしい。
「……はて」
好きじゃない、今後好きになることもない……。
バーグフリートに告げられた言葉を、頭の中で復唱する。しばらくして、ようやくローゼリーンは意味を呑み込めた。
「つまりは、好きにしていいということかしら?」
そもそも、同居している空気など気にしなくてもいい存在だ。
……まぁ、彼ほど図体がデカかったら、まったく気にしないというのは無理そうだが。
「ろ、ろ、ローゼリーンさま……!」
さすがにバーグフリートの態度が心配になったのか、テレサがローゼリーンのほうに近づいてくる。
「あんなお言葉、気にされなくて結構ですわ。大体、ローゼリーンさまは姫さまですのに……」
王族の血を引いている、公爵家のお姫さま。それがローゼリーンだ。
テレサはそう言いたいのだろう。そのうえで、彼の態度が信じられないのだ。
「ローゼリーンさま。私は、抗議に行ってこようと思いますわ。……いくら夫となられても、あれはあんまりです」
実家から連れて来た別の侍女が、息を荒くしてそう言ってくる。なので、ローゼリーンはゆるゆると首を横に振った。
「いえ、その必要はないわ」
端的にそう言って、カトラリーをテーブルの上に戻す。グラスを取って、水を口に運んで。のどを潤したら、彼女たちを見つめた。
「こうなることは、まぁ、よくあることでしょうし」
貴族の夫婦関係など、冷めきっていてもおかしくはない。
「あなたたちが抗議をすることで、この国の英雄の機嫌を損ねるのは、やめたほうがいいわね」
ローゼリーンは現実的な考えの持ち主でもある。自分の幸せと、国の利益。どちらを重要視するべきかは、理解しているつもりだ。
「だから、このことはくれぐれもお父さまやお兄さま、伯父さまのお耳には入れないで頂戴。極秘案件よ」
目の前で指でバツを作って、ローゼリーンがそう告げる。二人は、納得していない様子だったが頷いてくれた。
「と、いうわけだから。……どうやら、私は愛されない結婚生活というものを、送ることになったみたいだわ」
そして、ぽつりとそう呟いた。その声は、何処か弾んでいる……ようにも、感じられた。
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