恋愛SP college

らいむせいか

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第三話  傲慢

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 誠の部屋に閉じ込められて、1時間。もう学校も始まっている。休むなどと連絡も入れてない、完全なズル休み。
美絵の足には、足枷が付けられていた。抵抗が自由が効かない。この格好のままずっと、誠は美絵の体を弄んでいた。美絵は全く、気持ち良くはなかった。
可愛らしいピンクのちくび舐めまわしながら、指はスカートの下を這い回る。
「誠っ…もうやめて…」
泣き腫らした目に、誠は舌打ちをし自分の物を一気に入れてきた。
美絵は悲鳴とともに、体が仰反る。
「きっつ…。口で嫌がっても体は求めてる、可愛いよ…、美絵」
これは私が悪いんだ。記憶に無かったとは言え、清高と体を重ねた以上我慢しなきゃいけないのか。
誠が美絵の頬に手を当ててくる。その感触と清高の手を、思い出させた。涙が溢れる。
そうか、やっと分かった。律次の気持ち…、誠と同じなんだと。
やる事が終わると、誠は服を着直しバッグを持った。タンスからシャツを取り出すと、それを美絵に着せる。
「じゃあ俺、大学行ってくるから。まっててね」
美絵の顔が真っ青になる。どう言う事…。
「誠っ!私も」
「駄目だよ。外でたら美絵、悪いの付くだろう。もっと早くこうしとけば、良かったね」
誠はそれだけ言うと、部屋を出て鍵を閉めた。美絵は監禁された。

智瑛理は学校の休み時間、ずーと考え込んでいた。姉が2日家に帰ってこないのだ。こんな事なかったのに。昨日は誠が家に来て、美絵の荷物をとりに来た。もちろん、美絵のことを聞いたが、「大丈夫だよ」の一点張り。まぁ彼氏だし、誠の事だから危ない事なんてしないだろう。そう思いたいのだが…。
「全然、勉強が身に入らない…」
「なんかあった?」
隣にいたカナタが、不思議そうに聞いてくる。
「あのね、お姉ちゃんが誠君の家から帰ってこないの」
智瑛理は声を小さくして、話した。
「恋人同士なんだし、いいんじゃない?」
「なんで、家隣同士なのに?それに昨日、誠君が荷物取りに来たんだよ。お姉ちゃんが普通やる事だよ」
「それはおかしいけど…」
「でしょ?まさか危ない事になってなければ良いんだけどさ…。心配で」
智瑛理は頬杖をついて、ため息を吐いた。
「電話とかしないの?」
「いやー、なんか勇気出なくって。信じたいのが本音だし。でもあのお姉ちゃんが、まさかとか思いたく無いしさ」

美絵は辺りを見渡した。手は自由だが、片足だけベッドの脚に手錠で繋がられている。
私が嘘をついたから、そうなったんだ。両足を抱えうずくまる。
その時、着信音が部屋の中に響いた。顔を上げると、自分のバッグから聞こえるのがわかった。スマホが入ってる。ベッドから降り、机に置いてあるバッグに手を伸ばした。あと少し、腕が震える。取手が指先に触れ、床にバッグが落ちた。床に中身が散らばる。スマホの着信音が止まった。力を振り絞り、また手をスマホに伸ばす。指が画面に触れた、引っ掻いて自分の方に持っていった。
「よしっ」
小さな声で呟いた。スマホを操作する。着信は妹の、智瑛理からだった。帰ってきてないので、心配しているのだろう。ふとケースのポケットの中にある、紙を取り出した。開いて見つめる、清高の携帯番号。見ているだけで何故か、鼓動が早くなった。無意識に番号を押してしまった。電子音が鳴り響いて、慌てて切ろうとしたが遅かった。
『もしもし?どちら様ですか?』
清高の声に、心臓が高鳴る。美絵の手が珍しく震えた。唾を飲み込み、深呼吸をする。なんでこんなに、緊張しなければならないんだろう。
『悪戯なら、切りますよ』
応答がないので、呆れた声が返ってきた。美絵は急いで、声を出した。
「りっ律次さん…」
思っていた以上に声も小さく、震えてしまった。なんて弱い声、美絵は口を抑えた。
『美絵様?どうかなさいましたか?』
優しい声、泣きたくなった。
「あ、あの私」
頭の中が真っ白になった。助けてと言って、良いのだろうか。その時足音が廊下に響いた。美絵は焦った、階段を駆け上る乱暴な足取り。ドアが思いっきり開いた。息を切らした、誠が立っていた。美絵の顔が真っ青になる。スマホが手からずり落ちた。
「どこに、誰に電話を掛けている!美絵、答えろ!」
美絵の両手を掴み、誠はベッドに押し倒した。なんで、この行動がバレたのか分からなかった。
「誠っ、どうして…」
「どうしてって?当たり前だろう、ここにカメラ仕込んであるから。美絵の行動分かりきってるんだよ」
美絵の体がビクリと止まった。何、それ…。
誠の顔が美絵の首に触れた。ゾッとする。足をばたつかせた。
「いやぁぁぁ!やめてーっ!家に帰して、誠!」
首に痛みが走る。真っ赤な跡がついた。誠は満足そうな顔をして、美絵の服をたくし上げた。ふくよかな胸に手を伸ばし、強く掴んだ。
「どこに電話かけてた?言えよ、智瑛理ちゃん?それとも…」
胸を強く捻ってきて、美絵は歯を食いしばった。耳に誠の唇が近づく。
「律次か?」
「あー、そのまさかだ」
不意に視界が明るくなった。誠が床に転がっていた。うつ伏せにされており、片腕が背中に回されている。その上に誰かが乗っており、後頭部に固く黒い物が当てられていた。
「律次清高…」
誠が小さい声で呟いた。
「彼氏ですよね?彼女が嫌がる事、して良いと思っていますか?貴方は、美絵様をどうしても手に入れたくてやっと叶ったのに、また潰すのですね」
「う、うるさい!」
誠が一瞬顔を上げたが、頭に当てられていた拳銃にまた下げられる。カチャリと鈍い音が鳴る。
「あまり悲しませると、頭飛ばしますよ」
冷たい口調。誠の唇が震える。
「律次さん…。下げてください、殺さないで」
美絵は起き上がり、清高に訴えた。
清高は、誠から離れると美絵の足についていた足枷を手で壊す。美絵を抱き抱えた。
誠が立ち上がり、声を上げる。
「大体お前が美絵に、キスしたから悪いんだろう!好きでもないくせに、手を出すなよ!」
清高の足が止まった、顔だけ振り向く。
「好きだから、貴方から奪いたくて。キスもしましたし、セックスもしました。何か問題でも?」
誠は動けなくなった。その姿を横目で見て、清高は家を出た。
外は、お昼過ぎ。まだ日は高かった。美絵は、清高に肩を叩かれてハッとする。
「大丈夫ですか?」
「すみません、本当情けないところばかりで…」
清高は、美絵の頬に触れキスをした。
「もっと、頼って下さい。貴方のためなら、何があっても行きますから」
「あれは、本気なのですか」
清高の顔が柔らかくなった。
「本気、ですよ。貴方が愛しいです。心の底から」
煩いくらい心臓がドクドク言う。
「お姉ちゃん!」
2階の窓から顔を出し、智瑛理が叫んだ。満面な笑みだった。美絵は振り向いた。
「心配したんだよ、連絡もないし…」
「悪かった…。今帰るから」
智瑛理は頷くと、窓を閉めた。その姿を見て、美絵は家に向かおうとした。清高が片手を取る。手の甲にキスをして美絵を見つめる。美絵の顔が真っ赤になった。
「待ってます、返事」
美絵は手を振り解き、走って家に入った。胸の辺りを押さえる。
「煩い、静まれ…馬鹿」

「資料室から、このファイルを取ってきてくれないか?次の授業で使うんだ」
美絵は休んでいた分、先生に呼ばれていた。レポート2種類と授業の手伝い。美絵は先生からメモを受け取り、資料室へ向かった。鍵を開け、薄暗い部屋に入る。壁一面棚とファイルばかり。目で追いながら探す。
「美絵、その…悪かった」
声が聞こえ振り向くと、申し訳なさそうな顔で誠が立っていた。
「いや…私も悪かった。と言うか、悪いのは私の方だ」
重い空気が流れる。美絵は下を向き、唇を噛み締めた。誠を裏切ってしまった。
「美絵は、本気で好きになるはずないよな。律次の事、まぁその前に俺の彼女だもんな。家をまた、裏切るなんてしないだろ?」
美絵の胸が痛くなった。そうだ、律次を好きになったらまた同じことの繰り返し。でも今度は、本当に拒絶される。なってはいけない、家の為にも誠との関係を良好にしなければ…。
ファイルを抱きしめる。ふと何か金属音が響いた。美絵は顔を上げる。
「なっ、何で鍵を閉めたんだ誠」
誠はドアの前に立ち、資料室の鍵を閉めた。ゆっくりと、美絵に近づいてくる。美絵は壁に背を向け、ジリジリと横歩きをしドアの方へと向かう。
「何でって、俺たち恋人だよ。2人っきりになったら、イチャつきたいに決まってるじゃん」
「ここは学校だぞ、そんな事をする所じゃない!」
「だからじゃん。しちゃいけない所でするとか、誰かが来るとかスリルがいいんじゃないか」
誠ってこんなやつだったか?美絵は、誠を跳ね除けるとドアの鍵を開け資料室から走って遠かった。ある程度離れると、足を止め息を整える。
誠をこのまま好きで居られるか、不安になった。好きと言う感情が、薄れてきている。
「律次さん…、私どうしたらいいの…」
小さな呟きは、人の飛び交う声で消えていった。
「あれー?どなんしたんや、君確か…鈴風美絵ちゃんやな」
美絵は声がする方に、慌てて顔を上げた。目の前には、眼鏡をかけてニコニコした背の高い男が立っていた。
女の子たちが黄色い声を上げながら、男を見ては通り過ぎて行く。
「初めまして、オレは可楽明宏や。所で、何からか逃げてたんか?えらいスピードで走ってたのみたで」
美絵は恥ずかしくなり、顔を少し赤らめた。明宏はその顔を見て、自分の唇を舐めた。ゾクりとしたのだ。
「すみません、大丈夫です」
美絵は一礼をすると、そこから離れようと足を動かす。明宏は美絵の持っていたファイルを、抜き取った。美絵の足が止まる。
「なっ!何をするんです、返してください!」
「古文の先生やろ?なんや、3日休んだだけでパシリとか子供やな。オレが届けてあげるさかい、その代わり昼休みちょっと付きおーてや」
「何なんですか?別に、やってくれなくて結構です。私が頼まれた事ですから」
聞かずに、明宏はファイルを高く上げ背を向け歩いた。
「人の好意は、有り難く頂くもんやで。ほな、昼休み屋上でな」
美絵は明宏の背中を睨み付けた。やがてため息を吐き、美絵はその場を離れた。
「何あの女、可楽さんに声掛けられてあの態度。ムカつく」
その場に居た女子がヒソヒソと、愚痴る。
「美人で強いから、調子乗ってるのよ。でも、屋上に呼ばれるとか次のターゲットはあの子か…。いいなー」
「可楽さん、女の子取っ替え引っ替えで遊んでるけど。それ許せる顔してるから、私も遊びでいいから抱かれたいな」

昼休み、美絵は仕方なく屋上に向かった。ドアを開けると、それに気付き明宏が振り向いた。
「来ないかと思ってだけど、来てくれはったんやな。あんなに怒ってたのに」
「一応、頼んでませんが届けてくれましたし。申し訳ないと思いましたし、呼ばれましたから」
顔はまだ剥れていたが、可愛いと明宏は惚れ惚れとした顔で美絵を見た。
「素直じゃ無いなー。直した方がええで、そうした方がもっと可愛くなるのに」
美絵はそっぽを向いた。明宏は美絵をゆっくりと眺める。
流石、学園一の美女。綺麗で可愛い。ガードが硬くて、男嫌いなのが勿体ない。でも、こんな子抱いたらどんな声で鳴くのだろう。初めて自分に、靡かないタイプで想像しただけでゾクゾクした。
「話って何ですか?くだらない内容でしたら、帰ります」
「まぁまぁ、ええやないの。休み時間やさかい、有効に使おうや」
明宏が近くにあったベンチに座ると、笑顔で隣の席を叩いた。美絵に座るよう誘っている。美絵はためらったが、少し離れて座った。すると、明宏は美絵におにぎりとお茶を渡した。
「お昼ご飯、まだか?良かったら食べてや。購買のやつですまんが」
美絵は慌てて、返した。
「良いです、そんな流石に悪いです」
「さっきも言ったやろ?人の好意は、有り難く頂くべきやって。本当勿体無いで自分」
明宏は美絵の膝におにぎりとを置くと、自分は焼きそばパンに齧り付いた。美絵は躊躇いがちに、お茶を開けて口をつける。
「彼氏は、大丈夫なんか?見た感じえらい、やきもちやきな感じに見えたから」
美絵は「ええ、まぁ」と小さく呟いた。その反応で、明宏はすぐに悟った。
「何や、上手くいっておらへんの?そりゃあこっちとしては、好都合や」
パンを完食すると、明宏は美絵に詰め寄った。にっこりと笑う。
「なぁ、美絵ちゃん。オレと付き合ってみないか?」
その言葉に美絵は、距離を置いた。
「何ですかいきなり!変な冗談言うのは、やめて下さい」
「なんや、本気やのに。見た時からええなって思ってたんや。それに彼氏さんと、上手く行ってないようならええやないの」
とても本気だとは思えなかった。さっきからへらへらしてる。何となく気に食わなかった、それに会ったばかりでそれはおかしい。美絵はそう思い、ベンチから立ち上がった。
「貴方のことは、クラスから聞きました。女遊びが、物凄く好きみたいですね」
「なんや、調査済みか。そうや、かわええ女の子は大好きやし。でもそれはそれ、それにオレが誘ってるちゃう、あっちからくるんや。オレから誘うんは、美絵ちゃん初めて」
明宏も立ち上がり、美絵を指差す。
「そんな人、私無理です。遊びで付き合うとか、人の気持ちを何だと思ってるんですか?」
すると、明宏は笑い出した。美絵は不気味に思った。
「あー悪い。でもな、オレやて告られて全員は抱かんで。美絵ちゃんやてそうやろ?告られて全員とは付き合えないやろ、それと一緒や。それやて、人の気持ち貶してると一緒や。現に美絵ちゃん、彼氏さんと別れ話でも近々する感じやろ?」
正論だ、言ってることは合ってる。好きで告白してこっちが振ったら、気持ちが台無しになる。美絵は言葉に詰まった。
「そう言うことや、そこまで垂らしやない。おれは好みの子だけや。中には見境ない奴もいる、それとオレは別。それでも女の子はええと言ってるから、来るんや。初めはセフレでもかまへん、付き合おう」
「目的はそれですか?無理です。それに私、誠に別れ話とかしてませんので。そんな用事なら、失礼します」
セフレと聞いた瞬間、美絵はカナタの言葉が脳によぎり頭にきた。
屋上の出入り口に美絵は向かった。
「こっちかて、色々聞いてるで。オレはメグと古い付き合いやからな。律次清高、美絵ちゃんそいつの事実は好きなんやろ?」
一瞬美絵の足は止まったが、振り向きもせずドアを開けその場を出た。
「なんや、えらい堅物やな。こりゃ落とすのは難しそうや」
明宏はドアを見つめながら、腰に手を当てため息を付いた。しばらくしてまたドアが開いた。怒った顔のメグが立っていた。
「何やってんの?」
「なんや、盗み聞きが新作趣味なんか?やらしいなー」
「違うわよ、あんたが女を誘って屋上に行ったなんて珍しいこと聞いたから。まぁ物珍しさに…、覗きと言うか…」
メグがモゴモゴしてると、明宏はニヤニヤした。
「やーぱり、覗きに来たんか。メグ、お前オレのこと好きなんか?」
「そんな訳ないでしょ!あんたみたいな、遊び人こっちから願い下げよ!」
「じゃ何で、オレに抱かれて喘いでるんや?嫌いなら普通、セフレにならんやろ?」
「それはっ…、そう練習よ。勉強とも言えるわ。そんな事どうでも良いじゃない。でどうよ、鈴風美絵は」
メグは真剣な顔になる。明宏は腕を組んだ。
「この人生、振られたのはほんの一握りや。でもあの子は、付き合ってもセフレ関係でもないのに振ってきた。初めてな例や。でも、メグ少しは見習った方がええで?」
「何がよ」
「したたかな所とか、奥ゆかしい所とか。まぁええけど。直したところで、おれにはどうでも良い話やし」
メグはポケットを弄った。1つの手紙を出す。
「直さなくても、私はモテるから良いのよ。こうやって毎日何通か、ラブレターやら告白やらあるんだから」
メグは手紙を両手で持つと、真っ二つに破って手から離す。紙は風に乗って、何処かへ飛んでいった。明宏はそれを目で追った。
「あーあ、可哀想に。勇気出して書いた手紙を、そんなふうに捨てるとか本当悪魔やで」
「良いのよ、読んだし振ったんだから。それに、あんたもそんなの言えた義理じゃないでしょ?まぁそれより、本題なんだけど」
その言葉に、明宏はメグの方に体を向けた。
「剣道部の次期主将は駄目だったから、あんたが鈴風美絵を、物にしなさいよ。抱きたいんでしょ?」
「そりゃそうやけど。でもそんなことせえへんでも、フリーになるで。宮島誠くん。どうやら2人の中は冷めてるらしい、特に美絵ちゃんの方がや」
「根拠は?」
「休んでた間で、なんかしら冷めたんやろ。美絵ちゃんの態度、そんな感じやった」

大学が終わり、美絵は一軒のお菓子屋に入った。智瑛理に頼まれていた物を買うためだ。
店内に入ると、最近出来たと言うこともあり女の子の客が多かった。
「あっ、美絵さん?久しぶり」
声をかけられ前を見ると、店員の制服の女の子が笑顔で手を振っていた。
「もしかして、星野さん?」
星野かかや、高校時代の同級生だ。かかやは何度も頷き、近寄ってきた。
「私ここで働いてるの。偶然だね、美絵さんは?大学終わり?」
「ああ、妹に頼まれて。ここのカヌレを買ってきて欲しいと」
「わぁー、さすがお目が高いね~智瑛理ちゃん。ここのお店1番の人気だよ。お酒もそこまで強くないから、多分智瑛理ちゃんでも大丈夫だと思うよ」
かかやはにっこり笑い、商品を見せた。美絵はいまいち良く分からないが、チラリと見ると「これを四つ」と言いかかやは包むため奥に引っ込んだ。
もう1人お店に入ってきた。女の子が圧倒的に多い店内で、男の人がきて少し浮いていた。帽子を深く被りキョロキョロしてる。美絵はなんとなく見てると、近くを通った。
「末道…くん?」
帽子から顔を覗き込む様に、美絵は目をやり声をかける。男は慌てて帽子を押さえて、口元に人差し指を立てた。
「しーっ。ドッキリさせようと思ってるから、知らんぷりしてて」
「そんな事言っても、バレるぞ。ここ、女の子の方が客多いし」
末道湖太郎、高校時代の同級生でかかやの彼氏だ。湖太郎は周りを見て、苦笑いをした。
「だっだよねー。でも美絵ちゃん、珍しいね。こう言うところに来るとか」
「まぁ、用事があってな」
美絵は照れた笑みを見せた。湖太郎はついドキリとしてしまった。
「美絵ちゃん、なんか雰囲気変わったね。柔らかくなったって言うか、可愛くなった感じ。それって、誠のおかげとか」
湖太郎は自分の後ろ首を掻きながら、話し始めた。聴きながら美絵は、ヒヤヒヤしてた。
「ほら前はさ、綺麗でピリピリしてていかにも近寄らないで下さい見たいなオーラ出してたじゃん?綺麗なのは変わり無いけど、なんか違うって言うか…」
「お待たせしました!」
声を遮る様に、怒った声でかかやが割って入ってきた。美絵は、少し弾き気味で袋を受け取った。
「へぇー、私の前で他の女の子そんなに褒めるんだ。昔、美絵さんの事好きだったからよく見てたのねー」
「あーいや、違う。まぁ確かに好きだったけど。過去じゃん、お互い今相手いるんだし。分かるだろう?」
「ふーん、私には一度も可愛いとか言ってくれたことない癖に!」
美絵はそろりと帰ろうと、ゆっくりその場を去ろうとしたが、かかやに腕を掴まれた。
「あと30分で私仕事上がりなの。3人で話しましょ?美絵さん、いいよね」
この空気で笑顔で言われ、少し恐怖を感じ頷くしかなかった。
店の外で2人で待つことに。
「ごめん、巻き込んじゃって」
湖太郎が申し訳なさそうに、手を合わせ謝ってきた。
「あーいや、大丈夫。予定ないし。でも今後は気をつけろよ」
呆れ顔で美絵に言われ、湖太郎は顔を赤くさせ下を向いた。
「世辞でも、他の女の子可愛いとか褒めたら誰でも怒るから」
湖太郎は慌てて掴みかかった。美絵は驚く。
「お世話じゃないし、本当前より可愛くなったよ。オレもし今フリーだったら、惚れてる。あっいや、前も良かったけどっ」
美絵は可笑しくなり、口を押さえ小さく笑った。湖太郎の顔が、ますます紅潮する。
「だから、そう言うのが駄目だって言ってるんだ。本当末道くんは、素直で面白いな」
「そう言う顔しないでよ。心臓持たない。彼女いるのに、ヤバい気持ちになるじゃん」
湖太郎は小さく呟き、髪の毛を掻き上げた。
「お待たせ、近くのカフェでいいかな?」
3人で5分くらい歩いたカフェに入った。座ると、飲み物を頼み店員が奥に行くとかかやが口を開いた。
「さてと、あの事は後でしっかりと2人で聞くとして。美絵さん、どうあの大学。エリートばっかって感じ?」
湖太郎はおどおどして、隅っこで縮こまった。かかやは身を乗り出した。
「そうだな。でも元々あそこはエスカレーター式で、中学からずーと林礼って言う人が多いから緩かったりもするよ」
「へぇー、いいなぁ。私も大学進んどけばよかったかなー」
「そう言えば、誠は?付き合ってるなら、あいつ絶対毎日一緒に帰ろうってゴネそうなのに…」
届いた、アイスコーヒーのストローを弄りながら美絵は黙った。
沈黙が流れる、かかやが声を顰めた。
「まさか、上手く言ってないとか…」
美絵の手が止まった。かかやはビンゴかと言う感じで、ため息を付いた。湖太郎はビックリした。
「宮島くんの事だし、どうせ先走って自分勝手な事したんでしょ?暴走しやすい所あるから。高校時代さ、麗奈さんに乗せられてすっごい形相で美絵さんの所に走って言う姿、よく見たもん」
頬杖つき、呆れ顔でかかやは呟いた。
「一途なのはいいけどさ、ちょっと度が過ぎるんだよね。見てて分かるもん、独占欲人一倍強そうだし」
かかやは話しながら、紅茶を飲む。元マネージャーなだけある。観察力はピカイチだ。
「その通りで、少し今怖いなって感じで…。家の為にも、このまま誠と上手くいった方が良いんだが…。自信持てなくなって」
「じゃあ、美絵ちゃんフリーになるって事?
おっ」
湖太郎が声を上げた瞬間、かかやが強めに頭を叩いた。また隅っこで縮こまる。
「そんなの美絵さん可哀想じゃん。恋愛でやっと、上手くいきそうだったのに」
「元はと言えば私も悪かったし、でもさすがに最近性格が誠変わった気がして…」
「例えば?」
美絵は口籠った。
「みっ、見境無くなったりとか…。嫉妬が酷いと言うか…。私の行動、隠し撮りしたりとか」
「犯罪でしょ!?隠し撮りはダメよ、美絵さんの事取られたくないからやってるでしょーね。それは怖いわ…」
かかやは、言いながら湖太郎を横目で見た。
「まぁ、少しは見習って欲しいわ。そんくらい私の事独占して欲しいけど」
「えっ?好意持った男を殴ったり、彼女を隠し撮りしたりとかして欲しいわけ?」
「そんな事して欲しいわけじゃないけど。大体、私がいる前でよくもまぁ褒めちぎれるわね。その勇気も怖いわ」
「すみません…」
湖太郎がしょんぼりした。
「それとも、美絵さんあなた他に好きな人できたとか」
「そっそんな、まさか」

「つまんなーい」
楽屋でメグは愚痴ってた。メイクリストのリュウがメグの顔をメイクする。
「何か悩み?」
「上手くいかないことだらけよ。特に恋とか」
メグが手を伸ばすと、清高が水の入ったペットボトルを渡す。受け取りキャップを開けると、半分くらい飲み干した。
「私、可愛くないわけ!?どうでもいい男に好かれても、本命がこなきゃ意味ないのに」
「そんな事ないよ、ちゃんとメグちゃんは可愛いから」
メグはため息を吐き、席を立つとスタジオに向かった。
スタジオに入ると、男の人の後ろ姿が目に入った。見たことない、新人かなーとメグは見つめていると、マネージャーが声をかけてきた。
「姉崎さん、今日は街で見た素人さんと写真撮ってもらうよ。テーマは初めてのデート。相手さんは初々しい方がいいだろって、スカウトで」
男が振り向いて、メグは大きく目を開いた。
「あ…姉崎さんっ」
「誠君」
指導の女性が、声を上げた。
「あら、知り合い?ならいいわねー、緊張とか解れるから。結構なイケメンでしょ?一眼見てスカウトしちゃった。出演料はちゃんと出すから、お願いね」
メグの肩を軽く叩き、通り過ぎた。確かにかっこいい。軽くメイクをされていて、髪型も違う。メグはドキドキした。
「何か、小遣い程度は貰えるからって引き受けたけど…。これっきりだし、よろしく」
「う、うん。よろしく」
変に意識して、上がってしまう。いつもの自分でいなくちゃ。メグは唾を飲み込んだ。
撮影が始まり、カメラ越しに2人が並ぶ。フラッシュ音が鳴り響く。
「じゃあ今度は、腕を組んでもらえる?メグちゃんが、しがみつく感じで」
「えっ!」
男と絡む撮影が、無かったわけではない。でも密着するのはあまり無かった、しかも好きな人にしがみつくとか。ましてや普段と雰囲気が違って、ただでさえ自分らしく居れないのに。
メグは声を上げてしまい、慌てて口を押さえた。
えーい、なるようになるしかない!
メグは意を決して、誠の左腕にしがみ付いた。誠を見ないように、カメラを見つめると笑顔ができた。
誠は少し顔を赤くした。腕に柔らかい感触が当たり、少し緊張した。
そう言えば、美絵に触れてないな…。少し欲求不満なのかもと、項垂れた。
撮影が終わり、誠が楽屋に戻ろうとした。
「ありがとう、お疲れ様」
メグが声をかけた。誠は振り向き、立ち止まる。
「そっちこそ、お疲れ様。なんだか楽しかったよ。普段やらない経験だし」
「なら、えっとモデルやってみない?結構、似合ってたし」
「そんな、いいよ。芸能界とか興味ないし、勉強と部活で手一杯だからさ」
「あっ、あの鈴風さんとはどお?」
試しに聴いてみた。何で私がこんなに緊張しなきゃいけないんだろう、そう思いながらメグは握り拳を作った。
「恋人だよ、どうしたの?急に」
和かに笑う誠の姿に、メグは大きく目を見開いた。明るい表情に見えるのに、なんとなく寂しげに見えたのは気のせいか。
メグは下を向き、首を振ると楽屋に戻った。
なぜか凄い敗北感をメグは感じた。何があっても、美絵のことが好きでその気持ちは揺るがない人なんだと思った。
「どうやっても、振り向かないのかな…」

美絵は少し気持ちが腫れた気がした。喫茶店で少し話した後、かかやと湖太郎の言い争いを見てて笑えた自分がいた。ああ言うのが羨ましかったりする。あんな風に慣れてたら、違ったかもしれない。
今度の休み、誠と話してみようか…。美絵はふと思いスマホを取り出した。答えはもう出ている気がしたのだ。
3回コールが鳴り、相手が出た。
「もしもし、誠。今大丈夫か?」
『あーうん、周りうるさいかもしれないけどそれでもいいなら』
よく聞くと誠の方から、電車の音が聞こえた。なんでだろう、大学から家ならバスで帰れるのに。
「どこにいるんだ?」
『ごめん、原宿辺りかな今。少し寄り道してたから。あと少しで着くと思うよ』
寄り道なんて珍しい。美絵は少し驚いた。
「今度の休み、出かけないか?話したいことあるんだ」
『えっ、あっうん!いいよ。美絵からなんて嬉しいな~。じゃあ土曜にしよっか』
誠の明るい声に美絵は、少し胸が痛んだ。まるであの事が無かったかの様に…。
美絵は会話に頷きながら、自分の胸を押さえた。

当日土曜。
「きーちゃった、きーちゃった♪誠君とデート、なんだって?」
着替えていると、智瑛理が明るい声で美絵の部屋に入って来た。
美絵はギョッとした。
「誰から聞いた?」
「いやー、誠君から。昨日さ、街でばったり会って話聞いたの。まぁあんな事あったから、ちょっと気まずかったけど反省してるから仲直りデート?」
美絵は苦笑いをした。智瑛理は勝手に、美絵の洋服箪笥を開ける。
「こら、勝手に漁るな!」
脱ぎ途中の服に手をかけるのを辞め、美絵は智瑛理を止めた。
「いいじゃない、デートなら可愛くコーデしないと。これとかさー」
白いブラウスを笑顔で智瑛理は掲げた。美絵は目線を落とし、髪を纏める。
「そんなんじゃない…。ごめん…」
智瑛理の顔から、笑顔が消えた。寂しげな表情になる。美絵は、目線を合わせず智瑛理からブラウスを受け取った。
「どう言う事…。許してないの?何があったの、あの時。お姉ちゃんも誠君も教えてくれないじゃん。私には、言えない事…」
「智瑛理、お前はなんでも私に話せるか?包み隠さず、何もかも」
智瑛理は戸惑い、躊躇いながら首を小さく振った。美絵はそれを見て、ため息をひとつ付いた。
「そう言う事だ。誰にだって言えることと、言えない事がある」
着終えると、美絵は無言で家を出た。智瑛理だけぽつんと、部屋に残された。

待ち合わせの時間、誠は柱に背をつけソワソワしていた。やたら時計を気にする。
「悪い、待たせたな」
左側から声をかけられ、慌てて振り向く。
「あーえっと、どこ行く?映画とかショッピング?でっでも、どっちも美絵って柄じゃないっか。水族館とかは?」
誠がワタワタしていると、美絵は少し笑えて来た。誠の左手を取ると、照れた笑みを見せる。
「じゃあ、そこで…よろしくな」
誠は顔を赤くし、何度も頷いた。
水族館に着き、2人はいろんな魚達を見て回った。休みの日ということで、中は家族や恋人達、友達などで賑わっている。
お土産屋の前で、誠は美絵の前に立った。
「何か欲しいものある?この前のお詫びと言うか、したくて…。でも俺、高いものは無理だけど…これとか」
誠がイルカのキーホルダーを手に取り、美絵に差し出した。美絵はそれを少し寂しそうな笑顔で見つめ、手を出し止めた。
「いいんだ、ありがとう。そんな事しなくていい。場所、変えよう。話したいことがあるんだ」
誠は呆然としながら、キーホルダーを棚に戻し先に進む美絵の背中を追った。
駅前まで2人は無言で歩く。急に美絵が振り向いた。
「誠…ありがとう。そして、さようならだ」
美絵の屈託のない笑顔、誠の開いた口が塞がらなかった。
「何…それ…。やっぱあのこと怒ってる?だったら謝るよ、何度でも!何か望みは?俺何でもっ…。何でもする、だから…」
誠は言葉を詰まらせながら、訴えた。美絵の言葉の意味はわかってる。誠は下を向いた。
「別れるなんて…言わないでくれよ…。ずっと10年以上片思いで、やっと繋がったのに…俺…美絵以外なんて無理だ…」
美絵はゆっくり、誠に近く。その顔を覗き込んだ。
「バカだな、こんな家柄の私を好きになって。私なんかのために、手に豆作って夜遅くまで剣道やって…。本来ならそんな事せずとも、恋愛できる女なんていくらでもいるのに」
誠は、顔を上げた。美絵の辛そうな顔が、目に飛び込んだ。誠は急いで、掌を見せまいと隠した。
「美絵のことそんくらい、好きだってことだ。俺は美絵のそばに居れるなら、なんだって頑張れる。こんなの辛くも何も…」
美絵は誠の手を掴み、両手で包み込んだ。
「もういい、頑張らなくていい。剣道も勉強も…。悪かった、私が林礼なんかに誘って…単位取るだけでも辛いのに、更に慣れない事までさせて」
誠の指に、美絵の涙が当たった。誠の鼓動が高鳴り、唾を飲み込む。
「本当…全部、私の責任だ…。里志さんの居ない寂しさを、お前に押しつけて…本当…いけない事ばっか…。最低な女だ」
「それでもいいって思ってる!俺は、美絵に里志を忘れろなんて思ってない。無理な話だって、分かってる。最低なんかじゃない。それでもいい、美絵の彼氏は俺の長年の夢だったんだ」
誠は必死に首を振った。手が震える。
「あの事は私に火があった。誠が狂ったのも、無理ない…。当然だ…、怒っては居ない。
それに、そんな夢を持つな」
2人の横にバスが止まる音が鳴った。美絵は誠を軽く押すと、バスに乗り込んだ。誠は動けなかった。美絵は誠を見た。
「会わないは無理だが、お前は明日から自由だ。学校だって辞めたっていい。もっと自由に恋愛して、好きな夢を持て。古い仕来りの家を継ぐ私に、今まで苦労かけて悪かった」
美絵は涙を拭った。バスのドアが、もうすぐ閉まる音が耳に響く。
「そして、今日…ありがとう。楽しかった」
ドアが閉まり、美絵は席に座る。バスはエンジン音を鳴らしながら、ゆっくりと前進した。誠は追いかける事はしなかった。動けなかったのだ、理解はできてる。言葉の意味はわかる、でも心が追いつかない。
美絵を嫌いになる理由が見当たらないのだ。まだ好きで、好きで仕方がない。誠は、悔しくてたまらなかった。

美絵はバスの中で、ずっと下を向いていた。顔を上げたら、誠を目で追ってしまう自分が嫌だった。
別れるって決めたのに、何未練がましい事しているんだろう…。正直、自分だって誠が完全に嫌いになったわけじゃない。誠といると着飾らなくてもいい、自然体でいられる。いつか忘れようと思った。里志さんと違う性格の誠と居れば、いつか上書きされると思ってた。でも違ってて、でもそんな私でもいいと言ってくれる誠に甘えてた。そして、同じ思いを抱えた律次と再開してまた思い出してしまった。同じ傷を負っている相手、そんな彼がいつの間にか気にせずにはいられなくなった。
こんな思いのまま、誠といては駄目だ。そう思ったし、誠にもう辛い思いしてほしくない。これが良い判断かは、自分には分からない。しかし律次とは、付き合う事は出来ないに等しい。でも止められない、好きという気持ちは。つくづく本当、自分は馬鹿だ。

美絵は家に着き、ふと誠の家を見た。無事に着いただろうか。美絵は寂しげな笑みを見せ、家に入った。
「お姉ちゃん!」
智瑛理が駆け足で、階段を降りて来て美絵に抱きついた。
「どっどうした、智瑛理」
美絵は慌てた。少し間が開く。
「誠君と何があった?ほら、嬉しいデートじゃないって言ってたし」
智瑛理の腕の力が、少し強まる。美絵はそんな彼女の背中を、優しく叩いた。
「あっ、えっとこれは聞いて…答えてくれる質問?」
智瑛理は朝に言った事を思い出し、しどろもどろになった。
思わず笑みが溢れた。
「そうだな、いずれは分かる事だ」
智瑛理が離れる。
「私、今日な誠と別れてきた」
智瑛理の顔が驚きに変わる。口が大きく開いた。
「え、えーーーっ!」

誠は駅のベンチに座っていた。普段は飲めない、ブラックのコーヒーを一気飲みする。少し咳き込みながらも、喉に流し込んだ。2本飲み終わると、缶をゴミ箱に投げた。
「何やってるんだ、俺…」
誠は呟き、下を向くと項垂れた。美絵はもう、家に着いただろうか。外は薄暗くなりはじめている。ぼーと街行く人たちを見ていると、知っている面影があった。誠がゆっくり立ち上がる。
腰まであるロングヘア、おしゃれなワンピースに帽子を深くかぶっていた。
「堂?堂麗奈じゃないか?」
その声に女性は立ち止まり、躊躇いがちに振り向いた。
「まっ誠君……」
麗奈はバツが、悪そうな顔をした。
「びっくりした、髪…切ったんだね」
麗奈は少々驚きながらも、誠の隣に座った。誠は、首を描きながら頷く。
「イメチェン的な感じだよ。堂は、今何してたの」
「えっ…あーえっと…、用事があってね。って言うか、コーヒー臭い!何やってんの?」
麗奈は鼻を押さえ、距離を取った。誠の横には空になったコーヒー缶2つと、手には飲み掛けの3本目のコーヒがあった。
「いやー、実はさ…。美絵とさっきまで、デートしてて」
誠は一生懸命、作り笑顔をしたがやがて崩れ下を向く。
「振られたよ。何でだろうな…、美絵の彼氏って言うポジション欲しくて堪らなかったのに。自分で壊して、本当馬鹿だ」
「仕方ないよ。誠君、重たいもん」
麗奈は頬杖をつきながら言う。誠は、そんな簡単に言わなくてもって思った。
「だってさ、好きな人の為ならとことんやるじゃん。何でも、それに自分を押し付けるし。一途で頑張り屋って、いい解釈よ」
「そんなに、責めて…。お前だって、俺の事好きとか言ってたくせに…」
「そんなの、高校の時の話でしょ?私だって、振られてんだからね。まぁ私も、欲しい物があれば友達でさえ犠牲にしてたから、誠君と変わりないっか」
麗奈は立ち上がった。
「一緒にするなよ。俺は友達を犠牲にしてない。と言うか、どっか行くのか?」
「私も重いって事。どっかって…用事よ、用事。私暇じゃ無いんだから」
肩にバッグを掛け直し、麗奈は歩き出す。誠も遅れて、立ち上がった。
「そう言えば、堂って就職だったよな?どこで働いてるんだ?」
「別に、どこだって良いでしょ。何で誠君に、そんな事言わなきゃいけないのよ。家族や彼氏じゃあるまいし」
それだけ言うと、そそくさと歩き街中に消えていった。
誠は手に持っていたコーヒーを飲み干すと、ベンチから立ち歩き出した。

次の日、大学。
誠は休み時間になると、美絵を探した。同じ教科を何個か選択してるのに、見つけられない。人の多さもあるのだろう、授業が終わると見渡しても分からなかった。
何でだろう、今までそんな事なかったのに。そう言えば、大学入りたての頃は美絵が俺の所まで来てくれてた。優しい笑みで、俺を見ていた。眩しいくらい、好きだった。全部…。
どこにいるんだ、美絵…。

「ほら、言った通りやろ?別れ話するって。俺の予想は的中や」
図書室、可楽明宏は嬉しそうに言った。隣で本が閉じられる音がする。
「うるさいです」
冷めた顔で、美絵はボソリと呟いた。美絵は本棚に本を戻すと、違う本を探し始める。明宏は、そんな姿を目で追った。
「明らか、宮島君を避けて終わったと同時にここに来て。見つからない様にしてる姿、もう決まってるやろ」
美絵は明宏に背を向ける。明宏は後ろから、美絵の真横に手を伸ばし本棚に手をつけた。
「なぁ、今フリーなら俺と付き合ってみないか?美絵ちゃんの為やったら、女遊び辞めてもええ」
「そんな事、まだ言ってるんですか。見えすいた嘘、誰が信じるとでも?」
明宏は美絵の髪の毛を掴み、弄んだ。美絵は髪を押さえ、振り向く。明宏を睨みつけた。
「かわええなー、その顔。ほんまやで、試してみるか?」
「私は、あなたの事好きではないです」
「ハッキリ言うねー。そか、他に好きなやつでも居るんやろ?律次清高とか」
美絵の顔が少しだけ紅潮した。明宏はそれを見て、唇を舐めた。
「いい顔だ。やっぱ、人の物って…最高だよ」
欲望に満ちた恐ろしい目付きに、美絵は絶句して動けなくなる。唾を飲むと同時に、首筋にキスされた。

誠は時間いっぱい、美絵を探した。図書室を見つけ、ゆっくりドアを開ける。男と女がいた。女は首元を押さえ、座り込んでいた。男は誠を見るなり、口元が歪んだ。
「み…え…」
座り込んだ少女が美絵だと分かるには、そう時間はかからなかった。誠は歯軋りをしながら、男に近づく。
「てめぇ誰だ、美絵に何した!言えよ!」
誠は場所も考えず叫んだ。図書室にいた人たちが、迷惑そうな顔をして立ち上がる。
「君、ここは図書室だ。静かに…」
1人の生徒が止めに入り、明宏はそれを手で制した。明宏が手を伸ばし、美絵を立たせる。
「場所、変えよう。叫ぶなら」
そう言うと、明宏は美絵を支えて図書室を出て屋上の方へと足を動かした。誠は舌打ちをし、後を追う。
ドアを開けると、青い空が広がっていた。
「さて、あー自己紹介まだやったな。俺は可楽明宏だ。よろしく、宮島君」
目が光、誠はゾクリとし少し怯んだが頭を振り明宏を睨んだ。
「可楽だか知らんが、お前何してたんだ!美絵は、俺のっ」
「"俺の物"ではないやろ、宮島君。君は俺が思っている以上に、嫉妬深くて独占欲が強いな。異常や、それにその獣のような目も」
誠はまた歯軋りをする。分かってる、振られたのだから違うことも。でもまだ誠の心は理解できていない。
「うるせー!黙れよ、美絵!こいつのこと好きなのか!」
美絵は慌てて首を振る。
「何言ってる!好きではない」
「だったら触らせんな!いつも見たく拒絶しろよ!」
美絵は下を向き、首元に手をやる。誠はいつも以上にイライラした。
「大体、なぜお前にそこまで言われなきゃならない!私たちはもう、終わったはずだ」
「終わっちゃいねーよ!俺は受け入れない、受け入れるつもりもない!美絵はずっと、俺の中では俺のもんだ!」
美絵は流石に恐怖を覚えた。ここまで、自分を独占するなんて。
誠は、美絵の両腕を掴んだ。がすぐに美絵は振り解く。
「なら分からせる!私は好きな人ができたの!だから、邪魔しないで」
誠の口が固く閉じた。心臓が、今まで以上に高鳴った。
「私っ私は…、本気で好きなの!律次さんの事…だから、邪魔しないで!」
美絵は、走り屋上を出た。わかっていた、でも認めたくなかったのだ。
いやだ、自分が何度も何度もキスをしたその口で他の男の名前を呼ぶな!
誠の握り拳は、手のひらに爪痕をくっきりと残させた。
誠は美絵を追おうとした。明宏に肩を掴まれる。
「追ったところで、どないするんや。あんなに否定されて受け入れるとも、思わへんけどな。いい加減、諦めも肝心やで」
誠は肩を大きく振り、手を退けた。言われなくても、分かってる。これじゃまるで、里志の時と同じ。
「知ったような口聞くな!俺がどんな思いで、美絵を愛してたか知らないくせに!あいつは、俺と付き合ってても俺なんか見てくれてない!ずっと…」
誠は、言葉を飲み込むと天を仰いだ。息をこれでもかと、沢山吸う。
「何でだよ!くそーーっ!」
叫んだ。本当は悔しかった、辛かった。里志を忘れられなくていいなんて、真っ赤な嘘だ。本当に忘れて、自分だけを見て欲しかったに、決まってる。口を開ければすぐに、美絵は里志の思い出話。正直、聞きたくなかった。里志、何であんたはこうまでも美絵を支配するんだ。もう、死んだんだから解放しろよ。夢の中でもいい、出てきて美絵に怒れよ!誠を見ろって、忘れろって言えよ!
誠は涙を堪えるに必死だった。

誠は授業が終わるとさっさと、帰る支度を始めた。リュックを背負う。
後ろにいたメグが心配そうに、誠を伺いながら声をかけた。
「まっ誠君、あの…」
誠は気付いてないのか、振り向きもせず教室を出た。メグは走って後ろを追いかける。正門のところで足を止めた。そこにいたスーツケースの男に、誠は掴みかかった。
「律次!お前、いい加減にしろよ!」
清高は驚きもせず、誠を見た。その涼しい顔が、誠をイラつかせる。
「何がですか?」
「美絵が、美絵がお前のこと好きだって言ったんだよ!なんでよりによって、あんたなんだよ!」
清高の顔が少し、柔らかくなった。誠と後ろにいたメグの心臓が、大きく波打った。
「そうですか、それは嬉しい響きですね。でもまだ、本人の口から聞いてませんし本当かどうかは、謎ですが」
清高は顔を上げ、目線を遠くにやった。メグが振り向くと、美絵がこちらに歩いて向かってくるのが見えた。仲間と話しながら、清高には気づかず歩いてくる。
「本当じゃなきゃ、俺が振られる理由なんてないんだ!絶対に!」
その言葉にメグは口を抑えた。好きな人が、たった今振られたと言った。
数名が2人が争ってるのに気づき、騒ぎ出す。メグはそれを見て、1人で慌ててキョロキョロし始めた。美絵は前をみて、足を止めた。カバンが手から落ちそうになる。
「あれって、確か姉崎さんの執事さんと宮島さん?彼氏だよね?」
美絵の横にいた友達が、言うと美絵は頭を抱えた。
「元…な。全くあいつは」
「えー、別れたの?もったいない、宮島さんって結構人気あるんだよ」
美絵は答えず、前を歩き取り巻きの中に入っていく。
美絵がくるとまた、騒ぎ出した。1人で熱くなってる誠の頭を、美絵は持っていたカバンで思いっきり叩いた。
「いってーな!邪魔すんなよ…って美絵!」
頭を押さえながら、誠は振り向き慌てた。
「お前は馬鹿か。喧嘩なら他所でやれ。ここでは、迷惑だ。場を弁えろ」
「そうですね、場所を変えましょう。話し足りないようですし」
美絵は清高を見ると、顔に赤みが差した。4人は大学を出て、近くの人気がない公園に着く。
「さて、何から話しますか?宮島さん」
間が空き、誠は取り乱した。
「おっ、お前、何涼しい顔してんだ!今俺がどんな状況か、知ってんのかよ!」
「ええ、美絵様に振られて当然の事をして、あっけなく振られて。諦めがつかず、美絵様が気になっていると言う私に掴みかかってる。単純な状況ですね」
この言葉を聞いて、美絵は真っ赤になった。
「まっ誠、お前言ったのか」
「だって、本当の事なんだろ!」
「それは、まことなのですか?美絵様」
美絵は顔を赤らめ、下を向く。誠は唾を飲み込んだ。かわいい、勝手に鼓動が早まる。止めなきゃいけない、これは自分に向けられてる気持ちではないのだから。
「それは、喜ばしい事です。自惚れてしまいます」
美絵は顔を上げ、清高を見た。美絵の口が開く。
「本当…ですか?」
その姿が嫌で、誠は舌打ちをすると美絵を自分の方に引き寄せた。
唇を奪おうとする誠の行動、それを美絵は彼の頬を叩いて止めた。
「もう…やめろ。私たちは、終わったんだ」
「やめろよ!そいつと繋がっちゃいけない事くらい、わかってるだろ!俺は、美絵との事終わらせたくない。終わりたくないんだ!」
誠はやるせ無かった。こんな事しても、美絵は戻って来るはずないのに。
「いい加減にしなよ。だったら、私が誠君を貰う。それで誰も傷つかないでしょ」
後ろで黙ってたメグが、誠の腕にしがみ付き震える声で言った。誠は、焦ってメグを振り解こうとする。
「離せよ。俺はそんな気ない」
「なくてもいい、だって好きなんだもん。付き合っていくうちに、好きになってくれればそれで良い」
メグは、誠を引っ張り走って行ってしまった。
清高はため息を吐き、メグが走って行った方へ足を伸ばした。
「ひとまず、解散で。また後日どこかで会いましょう」
清高は美絵にそれだけ言うと、行ってしまった。
美絵もただ呆然していたが、仕方なさそうに家に向かった。










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