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第5章
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繰り返される日々を荷担ぎの仕事で食い繋いで、細々と生きていた。
先の見えない毎日は不安と寂しさでいっぱいで。
弱い心は大都で暮らしていた温かい過去の記憶にすがりついてばかりで、現実の生活を見ていなかったのだと思う。
いつまでも町の人達と馴染めず、それを相手のせいにしていたりした。
けれど、そんな悪循環な毎日も迷い込んでしまった綺麗な庭で魔人と出逢ってから一変した。
宝石商だった父の形見である紅宝玉の中に広がっていた不思議な世界。
その中には醜い食人鬼達と、凛々しく美しい一人の魔人がいた。
ファリスと名乗ったその魔人は紅宝玉に四百年間も閉じ込められていて、ルトとは比べものにならないぐらいの孤独の中にいたのだ。
それなのに、ファリスはルトのちっぽけな悲しみや孤独に寄り添ってくれた。
美しい瞳で、弱い心をまっすぐに見つめてくれた。
寂しさに心が折れそうになっていたルトにとって、ファリスの優しさは乾いた砂漠に降る恵みの雨のようだった。
この思いやり溢れる魔人を、素敵なファリスを、これ以上、孤独の中に残していてはいけない。
ルトはファリスを紅宝玉から解放すると決心した。
優しい魔人を縛っている強い封印を解くには、紅宝玉がはめ込まれていた金の腕輪を探し出す事、ただ一つ。
四百年前に紅宝玉と離れてしまったという金の腕輪は、アレムの都に運び込まれたとファリスは教えてくれた。
世界中の富を集めて、とんでもなく豪奢に造った為に神の怒りをかってしまい、誰も知らぬ無人の都となってしまったというアレム。
てっきり伝説として語られているだけの架空の都だと思っていたのだが、大陸南部にあるハドラントの砂漠に実在するようだった。
ルトの住んでいる大陸北部の町からだと、ハドラントの砂漠は気の遠くなるような距離だ。
旅慣れしていないルトにとって、アレムの都に辿り着くのは至難の業だろう。
それでも、絶対に腕輪を手に入れてファリスを解放する。
固く約束をして、すぐに南方へ旅に出る準備をしていたのだが。
ルトはファリスとの出逢いに浮足立って油断をしてしまい、市場で何よりも大事な紅宝玉を盗まれてしまった。
己の迂闊さを後悔しながら盗んだスリ師を捜すが、当然見つからず。
絶望の中でもがいていた時に協力を申し出てくれたのが、アスアドと使いのシディだった。
藁をも掴む思いでその申し出に飛びついて、紅宝玉を取り戻してくれるようにお願いしたのだが、それが新たな波乱を生むきっかけだった。
魔人だったシディに無事に取り戻せた紅宝玉に秘められた力を嗅ぎ取られて、追われる事になってしまったのだ。
アスアドの連れであったカリムに助けられてどうにか逃げられたものの、行き着いた先は亡者の村で。
今にも命を奪われそうになっている所を、実は一国の王子とその側近であったアスアド達に守られて、ギリギリで生きながらえていた。
けれど、あまりの亡者の数に絶対絶命の危機に陥ってしまった。
もう死んでしまう。
そう思った時に助けてくれたのは、紅宝玉の中のファリスだった。
彼が紅宝玉の中から魔力を放出して、亡者達を消してくれたのだ。
喜びの中で夜が明けて、アレムの都に向かって決意を新たにしたのもつかの間。
今度はシディに見つかって捕まってしまった。
アスアドとカリムを置いて大空へとさらわれて。
一体どこへ向かうのか。
色々な事が立て続けに起こって、まるで荒れ狂う砂嵐にでも巻き込まれたかのようだ。
ファリスを紅宝玉から解放したいと望んで旅に出ようとしていたのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
少しでも早くファリスに会いたい。
ルトの心の中は、ただそれだけなのに。
(何だか大変な事になっちゃったよ……ファリス……)
心の中でつい泣きごとを零してしまう。
(これから、どうなるのかな……僕……)
彷徨っている意識が焦点を結んでいく。
(そういえば、ここは……?)
ゆっくりと意識が浮上して、ルトは瞼を開けた。
鮮やかな装飾が一面に施されている天井が目に入る。
(きれい……)
次第に意識がはっきりしてきて、周囲に目を向けながら身を起こす。
そう。自分はシディに捕らわれて、どこかへ運ばれたのだ。
どうやら空の上で気を失ってしまったようだ。
繋がった意識で改めて視線を巡らせて、半ば呆然とした。
「す、すごい……」
ルトは繊細な刺繍が施された絹が幾重にもかけてある寝台に寝かされていた。
大都で暮らしていた時に与えられていた自室の倍の広さはあろうかという部屋の中。
室内の装飾は、見た事もないぐらい華やかだった。
天井から壁に様々な色織物の天蓋がつるされていて、ルトが寝かされている寝台を引き立てている。
壁には黄金と真珠が散りばめられた上に美しい草花文の綴錦がかけ広げられていて、いつまで見ていても飽きそうにない。
とんでもなく豪華な。
息をのむ美しさ。
(王様の部屋みたいだ)
いや。ルトが住んでいた大都の王だとて、こんな豪華な部屋には住んでいないだろう。
そう思ってしまうほど贅沢な部屋。
ルトは寝台から立ち上がって室内を軽く一周した。
この部屋の中には自分しかいない。
耳を澄ますが、外からも小さな音一つ聞こえてこなかった。
(シディは主に会わせるって言ってたから、ここはシディの主の家かな……。きっと大きな邸宅か、宮殿か……)
魔人を使役しているのだから只者ではないだろうと思っていたが、こんなに豪華な家に住めるなんて、どこの王侯貴族か資産家か。
窓の外には可憐なアネモネが咲いている小さな庭が見えた。
色とりどりのアネモネは、ファリスと出逢った紅宝玉の中を思い出した。
(紅宝玉……アスアドが返してくれた時、もう絶対に手放さないって心に誓ったのにな……)
再び、紅宝玉はルトの手を離れている。
アスアドとカリムが命がけで守ってくれたのに。
(シディは何もしなかったけど、アスアド達は無事かな……怪我をしてないといいけど……)
アスアドとカリムの姿を思い浮かべていると、視界にあった金糸の刺繍がぼやけた。
涙が頬を伝う。
(僕は本当にだめだ。何一つ、上手くいかなくて)
流れた涙が窓際の綺麗な布にぽたぽたと落ちていく。
自分の無力さと捕らわれた恐怖に、胸が押し潰されそうな気持ちになった。
「泣いたら可愛い顔が台無しだよ」
「シディ!?」
室内には誰もいなかったのに。
急に後ろからシディの声がした。
振り返ると、すぐ背後に幼い魔人が立っていた。
「体調は悪くない?」
砂漠から乱暴にさらってきたくせに。
今更、常識者ぶって体調を気にするのか。
返事をするのが嫌で無言を通していると、シディが苦笑した。
「強引に連れてきたのは謝るよ」
「そういう事じゃないっ! 返してよ! 紅宝玉を返して!」
身に余る怒りをぶつけている筈なのに、涙は止まらず、声はかすれる。
どことも知れぬ場所に捕らわれ、命より大事な紅宝玉は奪われて。
心が情けなさでいっぱいになり、掌に短い爪が食いこむぐらい拳を強く握った。
泣きたくないのに、感情が制御できなくて嗚咽が漏れる。
まるで小さな子供のようだ。
それがまた己の無力さを募らせる。
「それは無理だよ。紅宝玉はもうご主人様のものだ」
「ふざけないで! あれは僕のものだ!!」
ルトは涙に濡れた琥珀の瞳で、ぬば玉のように黒々とした丸い瞳を強く見据えた。
「残念だけど、もう取り戻せないよ」
感情的になっているルトとは反対に、シディは理性的な声音で静かに答えた。
「あの紅宝玉……僕は知らなかったけど、ジンとグールが封印されてるんでしょ?」
「…………」
「そう黙らないでよ。僕は気になったから、ルトと一緒に持ち帰っただけだったけど……どうやら、あの紅宝玉はご主人様がずっと探してたものだったみたい。素敵な偶然でしょ? 僕ってば、すごいお手柄!」
何が素敵だ。
ルトにとっては最悪の偶然だ。
まさか、ルトの他にも紅宝玉の中にファリスとグールが封印されている事を知っていて、探している人がいるなんて。
どうやって知ったのか。
ファリスは封印を解いてくれる仲間を待っていたと言っていた。
ならば、その仲間とシディの主は繋がっているのか。
いや、それはあまりにも軽率な考えだろう。
どうなっているのか。
分からない。分からない。
ルトは袖で思いきり涙を拭った。
全てが終わって絶望的な状況になった訳ではない。
(泣いてないで、冷静にならないと)
少しでも周囲の流れを把握して。
これから先、もしかしたら紅宝玉を取り戻す好機が訪れるかもしれないではないか。
「それでね。ご主人様が、何でルトがアレムの都に向かおうとしてたか聞きたいんだって」
「……それはシディに言った通りだよ」
「嘘つき」
幼い魔人の視線が鋭くなる。
「あの小さい町からハドラントの砂漠まで、どれだけあると思ってるの? お父さんが見てみたいって言ってたから、なんて。そんなフワフワとした理由で辿りつける距離じゃないよ」
ずいっとシディが体を近づけて、こちらを見上げてくる。
「ねぇ。あの紅宝玉と関係があるんじゃないの? よほど特殊な理由でもない限り、アレムの都に行こうなんておかしな考え持たないよ」
何も言葉を返せずにいると、シディが小さく笑った。
「また、だんまり? まぁいいよ。ご主人様の前で話してくれたらいいから。さっそく行こうか」
シディはルトの手首を掴むと、足早に部屋を出ていく。
「……シディの主の所に行くの?」
「そうだよ。ご主人様の前では全て正直に話してね」
部屋を出ると、この世のものとは思えない美しい廊下がルトを待っていた。
床は磨かれた大理石。
両側の壁面には金銀宝玉がはめ込まれ、様々な動物の姿を刺繍した織物が並んでいる。
そのどれもが、もはや神が作り上げたのではと思うような素晴らしさだ。
「綺麗でしょ? ここには、あらゆる美しさが詰まってるからね。二つとない最高に豪華な場所だ」
ルトの手を引いて先を歩くシディが振り向いて、意味ありげに笑う。
「……ご主人様は、すごいお金持ちなんだね」
最初は王侯貴族かと思ったが、こんな大きな建物内に従者の一人も見かけないのは異常だ。
資産家ならば、豪華な宮殿を建てて、あとは使い魔に管理を任せるなんて事も可能な気がする。
一体、どれだけの資産があれば、こんな贅沢なものを建てられるのか。
想像すら出来ないが。
二人は睡蓮が浮かぶ清らかな水路を貫く渡り廊下を進む。
太陽の光を反射する大理石が目にまぶしい。
呆れる程に隅々まで贅沢な造りだ。
「……ルトはさ、紅宝玉の中のものをどうしようとしてるの?」
「え?」
「ジンとグール! 封印……解こうとしてるんじゃないの? あれだけのものを使役できたら何でも願いが叶って、無敵だもんね」
「ちょっと待ってよっ。僕はそんなっ」
大きく誤解されている。
そんな欲望に満ちた俗物的な目的なんか、一瞬だって考えた事はないのに。
思わず反論しそうになるが、ルトの言葉は続かなかった。
自分達が歩いている先。
渡り廊下の端に誰かいる。
ルトは一瞬で目を引かれた。
亜麻色の髪に、灰色の瞳。
細く通った鼻梁に、小ぶりな桃色の唇。
刺繍が美しい純白の長衣に包まれた華奢な体は、しなやかに締まっているように見える。
ファリスやシディと同じく、整い過ぎた容姿。
魔人だ。
「遅いから、逃げたのかと思った」
そう言って、魔人は桃色の唇を緩ませて笑顔を見せた。
一見、女性的にも見える柔和な笑みだが、灰色の目の奥は全く笑っていない。
向けられる冷たい視線に、肌が粟立った。
「逃げるわけないでしょ。そんなに待たせてないよ。短気すぎるんじゃない?」
シディが尖った声で返した。
「主を一秒だって待たせたくはないでしょう? あるべき使い魔の姿だと思うけれど……」
一歩、一歩とこちらに向かってくる足取りは驚くほど上品で美しい。
ルトの目の前まで来ると、再び柔らかく冷たい笑みを向けられた。
「私はヘイデル。シディと同じ主に仕えている。よろしく、ルト」
ヘイデルの白魚のような手が、ルトの頬に伸びる。
「え……」
突然の事に、体が動かない。
「綺麗な瞳。蜂蜜みたいだね」
ヘイデルがルトの頬を撫で、涙の跡をなぞる。
穏やかな仕草に、優しげな表情。
暴力的なものは少しもないのに。
次の瞬間には惨たらしく痛めつけられそうな。
そんな底のない恐怖を目の前の魔人から感じた。
「さぁ、行こうか。主が首を長くしてお待ちだ」
ひらりと身をひるがえして、ヘイデルが先を歩いていく。
その背をシディが無言で睨んでいた。
渡り廊下を終えて、建物の最奥へと足を進める。
相変わらず、どこもかしこも豪華だ。
感覚がおかしくなって、金銀の壁飾りぐらい普通に思えてきた。
それぐらい、桁違いの贅沢さだった。
「この奥で、我が主とご対面だよ」
廊下の突き当たりに黒檀の大きな扉が見える。
緻密な彫り模様に翠緑石が散りばめられている立派なものだ。
近付くと、ひとりでにそれが開いた。
「ちゃんと礼を尽くしてね」
ヘイデルがルトを一瞥して扉の中へと入った。
その背中を追うと、ルトの視界いっぱいに豪奢な広間が現れた。
燃えるような黄金の柱が広間を包むように並び、あらゆる宝石がはめ込まれた壁面が、より華やかさを際立たせている。
(広間も、この世のものとは思えないな……)
見るからに高価な布飾りや織物が天井から床に広がり、広間を彩っている。
そして、一番奥。
艶やかな絹布が幾重にも垂れ下がっている場所があった。
(この広間の形は……もしかして――)
国王専属の宝石商として大都の宮殿に出入りしていた父についていき、幼い時に何度か王の謁見を受けたので何となく分かる。
あの絹布の向こうは、きっと玉座。
そして、この広間は王の間だ。
とういう事は、ここは資産家の邸宅などではなく王宮なのか。
飛び抜けて豊かな国を思わせるほど豪華なのに、従者の一人もいない。
不気味な王宮だ。
「ルト。ご挨拶を」
玉座の前まで連れて行かれ、ヘイデルに促されて両膝をつく。
何を言えばいいかも分からず、ルトは静かに頭を下げた。
魔人を使役して美し過ぎる異様な王宮に住み、紅宝玉の封印を知っている王。
一体、どんな人なのか。
紅宝玉を求めていたのならば、ファリスや食人鬼を使役しようとしているのか。
シディが言っていたような無敵の力を得る為に。
もう誰も敵わないぐらいの資産は持っているだろうに。
ゾッとする程、強欲な話だ。
頭を下げたまま考えていると、絹布の向こうから軽やかな声に名を呼ばれた。
想像以上に若い青年だ。
予想外の爽やかな声に、ルトは面食らった。
もっと年嵩で、欲にまみれてギラギラした声音を想像していた。
「シディはなかなか無邪気でね。怪我はなかったかな?」
「…………」
顔を上げると同時に、垂れ下がっていた絹布がめくれ上がる。
遮るものが消えて、玉座が目の前に現れた。
(え……?)
黄金にあらゆる宝石を散らした贅沢な玉座。
ルトは瞬きも忘れて、そこに座る男を見上げた。
真珠を縫い付けた上質な羽布団の上で、優雅に座っている。
金銀の華やかな刺繍が細かく施された美しいを装束を纏って、年の頃は二十代後半ぐらいか。
艶のある栗色の髪に、澄んだ紅榴石の瞳。
細く高い鼻梁から薄い唇へと続く、神経質に整っているその顔自体は見た事のないものだが――。
(この髪と瞳の色……全く同じ……)
ルトの訝し気な表情を見て、王は満足気に柔らかく微笑んだ。
「私の名はアムジャット。弟のアスアドが随分と世話になったようで、礼を言うよ」
「…………」
(やっぱりだ……)
ルトは衝撃的な事実に、息をのんだ。
(この王はアスアドの兄王子……でも、そんなの、話が違う……)
驚きの表情のまま固まるルトに、アムジャットは笑みを深めた。
「兄は石になったとアスアドは言っていたか?」
ルトは声もなく、小さく頷いた。
そう。
八年前、故郷が砂と岩になった時。
両親も兄も、残らず石になったとアスアドは話してくれた。
(どうして、こんな所に? 兄王子が……シディとヘイデルの主?)
頭の中に疑問が渦巻く。
「ど、どういう事ですか……?」
口の中が乾いて上手く話せない。
心臓が鼓動する度に胸の奥が冷たくなる。
「どういう事も何も、アスアドが私も石になったと勘違いをしているだけだ。まぁ、当然だが」
何が当然だというのか。
アスアドは、国の民、そして家族全員が石になってしまった辛い気持ちを抱えて、八年間も旅を続けているのに。
「……石になってないと、どうしてアスアド達に教えないんですかっ?」
使い魔であるシディをアスアドの使いとしておきながら、どうして一番大切な事を黙っているのか。
「いい質問だ。だが、私の質問が先だな」
アムジャットが開いた手の中には、紅い石が輝いていた。
ファリスが閉じ込められている、大切なルトの紅宝玉。
「シディが強い力を感じて持ち帰った、この美しい紅宝玉。幸運にも、私が長い間、探し求めていたものだった」
紅宝玉とは違った紅い光を宿す紅榴石の瞳がきらりと光る。
「この石には凄まじい力が秘められているが……それを手にするには、まだ足りないものがある。ルトはその謎をどこまで知っているのか、全て教えて欲しい」
「そ、れは……」
言葉が続かず、ルトは視線を下げて黙り込んだ。
アムジャットがどういう理由で紅宝玉の封印を解く気でいるのかは分からないが。
腕輪に紅宝玉を戻して名を呼べば、ファリスは使い魔として外に出られると言っていた。
これはルトに限った話ではなく、誰でも名を呼べばファリスを使役できるという事だろう。
食人鬼達も同じような条件だとすれば。
紅宝玉を腕輪に戻して名を呼んだ者が、ファリスと食人鬼の強大な力を手に入れられるのだ――。
「早く話してね」
無言で考えを巡らせているルトに、後ろに控えていたヘイデルが声をかける。
優しい言い方だが、声音はひどく冷たい。
怖かったが、素直に話す訳にはいかない。
どうすればいいか。
下手な嘘やごまかしは利かないだろう。
(全部話さずに切り抜けるには……)
尚も無言を貫くルトを見て、ヘイデルが不愉快だとばかりに目を細めた。
「ヘイデル。焦らなくてもいい。ゆっくり話そうじゃないか」
アムジャットの言葉に、ヘイデルが眉根を寄せながら一歩ほど身を引いた。
「シディから聞いたが、お前はアレムの都に行こうとしていたとか。どうしてだ?」
「え……」
急に核心に迫られて、ルトは顔を引きつらせた。
「……亡くなった父が憧れていた都に、なんていう嘘はなしで頼むよ」
そんな事までシディは話しているのか。
アスアドと同じ色の瞳なのに、彼よりずっと冷たい視線をルトは全身で感じた。
「この紅宝玉と、関係があるのだろう?」
ルトは顔を伏せたまま、下唇を軽く噛んだ。
黙り続けていても、いずれ強引にでも吐かされるだろう。
事実、背後のヘイデルから、ひしひしと苛立ちを感じる。
しかし、アムジャットに紅宝玉の封印を解かせてはいけない。
ルトは直感的にそう思う。
(それに、全部話してしまったら……僕は殺されるに決まってる)
「話す気はないか?」
頑なに顔を上げないルトに、アムジャットは言葉を続けた。
「では、いい事を教えてやろう。ここは、お前の目的地だ」
「……目的地?」
どういう意味だ。
顔を上げると、アムジャットに面白い玩具でも見るかのように見下ろされていた。
「そう。ここはアレムの都。お前が長い旅の末に辿り着こうとしていた伝説の都だ」
「え……こ、ここが……!?」
ルトは再び驚きの表情の浮かべ、唇を戦慄かせた。
(そんな……ここがアレムだなんて……僕が失神している間に、遠い南方の砂漠に運ばれたっていうの……!?)
にわかには信じがたい。
けれど、ここがアレムの都だとすれば、この世のものとは思えない美しさ、絢爛さには納得がいく。
立派な宮殿だというのに従者が一人もいないという異常な状況にも、だ。
「信じられないかな? 私は嘘は言わないよ。ここは正真正銘、アレムの都。そして……私はアレムの王だ」
「…………」
一体、何がどうなっているのか。
数多の疑問と思考が脳内を行き交って、頭がグラグラする。
八年前に石になっているとアスアドが思っていた兄のアムジャットが、実は生き延びていた。
アムジャットは弟に生存を伝えないまま魔人を使役して、伝説の都に王として君臨している。
都にも宮殿にも、誰一人として民はいないだろうに。
美しいばかりの無人の都の王。
一方で、自分の故郷は砂と岩になり、大事な人は全て石になっている。
意味が分からない。
理解ができず、ルトの心を底知れぬ恐怖が襲う。
しかも、アムジャットは紅宝玉の存在を知っていて探していたという。
封印を解いて、ファリスや食人鬼の力を手にしたら、この王は何をする気なのか。
「さぁ、話してくれ。何故、ここを目指していたのか。この紅宝玉について、お前は何を知っているのか……」
(どうしよう。どうすればいいんだ……。このまま黙っていても、追い詰められるだけだ)
カリムが、四百年の間に腕輪が移動した可能性は少ないと言っていた。
アムジャットがアレムにあるものを外に持ち出していない限り、腕輪はここにあるだろう。
もう、目と鼻の先と言っていい。
(最悪な形だけど、こんな短い時間でアレムの都に来れたのは奇跡だ……)
すぐにでも、金の腕輪を探し始めたいと胸が騒ぐ。
しかし、今の捕らわれの身では到底無理だ。
アムジャットから紅宝玉を取り戻す事も。
ヘイデルやシディに阻まれれば、人間の自分に勝ち目はない。
己を拷問して問い詰めたり、殺してしまうのなんて簡単だ。
(それならば、逆に――)
ルトは考えついた策を胸の奥にしっかりと置いて、慎重に口を開いた。
「もうシディから聞いていると思いますが、その紅宝玉は亡くなった父からもらったもので――」
ルトは、まっすぐにアムジャットの紅榴石の瞳を見据えた。
「中にはジンと沢山のグールが封印されていると聞いています」
「……その通りだ」
アムジャットの表情が喜色に染まった。
「どうやって、その事を知った?」
「中に封印されているジンと、少しだけ話ができました」
「封印されているのにか?」
「はい……」
ここからが重要だ。
ルトは強く気を引き締めた。
「紅宝玉から、ある日突然、声が聞こえてきました。声の主は、紅宝玉の中にグールと一緒に封印されているジンだと言って、どうか封印を解いて欲しいと頼んできました」
「なかなかに怪しい話だが……。それぐらいの事が起こらねば、お前が封印の事実を知る由もないだろうからな」
信じてやろうとでも言いたげに頷いたアムジャットを見て、ルトは乾いた口から唾液を奪い取って無理やり嚥下した。
「封印を解く方法は? 聞いているだろう?」
「……四百年前に紅宝玉がはめられていた金の腕輪を探し出して、元に戻して欲しいと。そして、腕輪はアレムの都にあると言われました」
「なるほど」
アムジャットは楽し気な笑い声を上げた。
「それで、このアレムを目指していたのだな」
「……封印を解けば、何でも願いを叶えてやると言われて……。ずっと貧しい暮らしを続けていたので、豊かな人生が手に入るのなら遠方の砂漠だろうが伝説の都だろうが、どこにでも行ってやろうと思って、旅に出ようとしていました」
「ジンの魔法なら、一瞬で大富豪だ。貧困にあえぐお前のような者からすれば、人生の一大好機の到来だ……まぁ、その機会を今から私が奪うのだがな」
紅宝玉が手に入り、封印を解く為の腕輪も己の支配下にあると知って、アムジャットはひどく気分を高揚させているようだった。
「他には? ジンは何と言っていた?」
「今、話した事が全てです。僕も色々質問をしようとしたんですけど、紅宝玉からの声が途絶えてしまって、それきりです」
昔から、嘘は得意ではないと自覚している。
(どうか、どうか疑わずに騙されて――!)
ルトは祈るような気持ちだった。
下手に言及されれば、上手く嘘を貫き通す自信はない。
紅宝玉の中のジンとはわずかな時間、言葉を交わしただけ。
封印を解くにはハドラントの砂漠のアレムの都にある金の腕輪に紅宝玉を戻す事。
それだけしか聞いていない。
ルトは自分にもそう思いこませてアムジャットの瞳を見つめ返した。
表情に出てしまえば、全てが終わる。
心臓が激しく鼓動して、心音が側にいるヘイデルやシディに聞こえてしまうのではと思うぐらいだ。
「……それだけ聞いていれば充分だ」
アムジャットはルトからヘイデルに視線を移した。
「お前の従僕を全て集めろ」
後ろでヘイデルが短く返事をすると、一瞬で姿を消した。
背後からのピリついた気配が消えて、ルトは周囲に分からないように、わずかに体の力を抜いた。
(大丈夫……だったよね……?)
真実と虚偽を織り交ぜた言葉に違和感はなかっただろうか。
今の状況から上手く抜け出す為には本当の事を全て知られては絶対にいけない。
「偶然とは、素晴らしいものだな」
神経を尖らせるルトの前で、アムジャットは鷹揚に笑った。
その笑い方が少しだけアスアドに似ていて、砂を噛んだような気持ちになる。
「弟とお前が巡り会い、私に紅宝玉をもたらした。そして、金の腕輪はこの都に。偶然ではなく、必然だったのかもしれないな」
「……腕輪の封印を解いて……陛下は何をなさるおつもりなのですか?」
強い魔力を持っているだろうファリスと、数多の食人鬼。
故郷や弟を顧みる事なくアレムの王となったアムジャットは、封印を解いて何をする気なのか。
「愚問だな。お前も中のジンの魔力を目当てに旅をしようとしていたのだろう?」
「そうですけど……。陛下はすでにジンを使役していて……今更、紅宝玉の中のジンが必要だとは思えないのですが……」
「私の目当てはジンではない。グールだ」
アムジャットはルトに向かって紅宝玉を掲げて見せた。
「この中に封印されているグール達は、魔界の王たる大魔神が作った最強の魔軍だ」
「魔、軍……?」
ファリスから聞いていない新たな事実だ。
あの異形達は、ただの食人鬼の集団ではなかったのか。
「そう。大魔神が世界を滅ぼそうと作り上げた強大な軍団。その力を手にするのが、どれだけ素晴らしい事か……っ!」
掲げた紅宝玉を再び手中にして、アムジャットはうっとりと言葉を続けた。
「魔軍を使役できれば……世界を支配するのも、滅ぼすのも己の命令一つだ」
とんでもない言葉に、ルトは己の耳を疑った。
(あの食人鬼達が魔軍で……世界を支配? 滅ぼす……!?!?)
「そ、んなの……まさか、グール達を世界中に放つ気ですか……!?」
美しい庭で見たおぞましい異形達が、ルトの脳裏をよぎる。
あんなものが解放されれば、世界は大惨事だ。
ルトの背に冷たい汗が流れた。
この男は、何を考えているのだ。
「アムジャット様」
二人の会話に割り込むように、ヘイデルがアムジャットの前に音もなく現れた。
「準備が出来ました。どうぞ、ご命令を」
(な、なんだ……この数は……っ)
アムジャットの視線を追って、ルトは瞠目した。
宮殿には自分達以外の気配は全くしていなかったのに。
いつのまにか、豪奢な都に似つかわしくない醜い魔人や食人鬼が王の間にひしめいていた。
「この都中にある金の腕輪を全て集めろ。細工のみに金が使われているものも含めてだ」
アムジャットの声が広間に響く。
王の命令に一斉に頭を下げると、従僕達は我先にと都中に散っていった。
先の見えない毎日は不安と寂しさでいっぱいで。
弱い心は大都で暮らしていた温かい過去の記憶にすがりついてばかりで、現実の生活を見ていなかったのだと思う。
いつまでも町の人達と馴染めず、それを相手のせいにしていたりした。
けれど、そんな悪循環な毎日も迷い込んでしまった綺麗な庭で魔人と出逢ってから一変した。
宝石商だった父の形見である紅宝玉の中に広がっていた不思議な世界。
その中には醜い食人鬼達と、凛々しく美しい一人の魔人がいた。
ファリスと名乗ったその魔人は紅宝玉に四百年間も閉じ込められていて、ルトとは比べものにならないぐらいの孤独の中にいたのだ。
それなのに、ファリスはルトのちっぽけな悲しみや孤独に寄り添ってくれた。
美しい瞳で、弱い心をまっすぐに見つめてくれた。
寂しさに心が折れそうになっていたルトにとって、ファリスの優しさは乾いた砂漠に降る恵みの雨のようだった。
この思いやり溢れる魔人を、素敵なファリスを、これ以上、孤独の中に残していてはいけない。
ルトはファリスを紅宝玉から解放すると決心した。
優しい魔人を縛っている強い封印を解くには、紅宝玉がはめ込まれていた金の腕輪を探し出す事、ただ一つ。
四百年前に紅宝玉と離れてしまったという金の腕輪は、アレムの都に運び込まれたとファリスは教えてくれた。
世界中の富を集めて、とんでもなく豪奢に造った為に神の怒りをかってしまい、誰も知らぬ無人の都となってしまったというアレム。
てっきり伝説として語られているだけの架空の都だと思っていたのだが、大陸南部にあるハドラントの砂漠に実在するようだった。
ルトの住んでいる大陸北部の町からだと、ハドラントの砂漠は気の遠くなるような距離だ。
旅慣れしていないルトにとって、アレムの都に辿り着くのは至難の業だろう。
それでも、絶対に腕輪を手に入れてファリスを解放する。
固く約束をして、すぐに南方へ旅に出る準備をしていたのだが。
ルトはファリスとの出逢いに浮足立って油断をしてしまい、市場で何よりも大事な紅宝玉を盗まれてしまった。
己の迂闊さを後悔しながら盗んだスリ師を捜すが、当然見つからず。
絶望の中でもがいていた時に協力を申し出てくれたのが、アスアドと使いのシディだった。
藁をも掴む思いでその申し出に飛びついて、紅宝玉を取り戻してくれるようにお願いしたのだが、それが新たな波乱を生むきっかけだった。
魔人だったシディに無事に取り戻せた紅宝玉に秘められた力を嗅ぎ取られて、追われる事になってしまったのだ。
アスアドの連れであったカリムに助けられてどうにか逃げられたものの、行き着いた先は亡者の村で。
今にも命を奪われそうになっている所を、実は一国の王子とその側近であったアスアド達に守られて、ギリギリで生きながらえていた。
けれど、あまりの亡者の数に絶対絶命の危機に陥ってしまった。
もう死んでしまう。
そう思った時に助けてくれたのは、紅宝玉の中のファリスだった。
彼が紅宝玉の中から魔力を放出して、亡者達を消してくれたのだ。
喜びの中で夜が明けて、アレムの都に向かって決意を新たにしたのもつかの間。
今度はシディに見つかって捕まってしまった。
アスアドとカリムを置いて大空へとさらわれて。
一体どこへ向かうのか。
色々な事が立て続けに起こって、まるで荒れ狂う砂嵐にでも巻き込まれたかのようだ。
ファリスを紅宝玉から解放したいと望んで旅に出ようとしていたのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
少しでも早くファリスに会いたい。
ルトの心の中は、ただそれだけなのに。
(何だか大変な事になっちゃったよ……ファリス……)
心の中でつい泣きごとを零してしまう。
(これから、どうなるのかな……僕……)
彷徨っている意識が焦点を結んでいく。
(そういえば、ここは……?)
ゆっくりと意識が浮上して、ルトは瞼を開けた。
鮮やかな装飾が一面に施されている天井が目に入る。
(きれい……)
次第に意識がはっきりしてきて、周囲に目を向けながら身を起こす。
そう。自分はシディに捕らわれて、どこかへ運ばれたのだ。
どうやら空の上で気を失ってしまったようだ。
繋がった意識で改めて視線を巡らせて、半ば呆然とした。
「す、すごい……」
ルトは繊細な刺繍が施された絹が幾重にもかけてある寝台に寝かされていた。
大都で暮らしていた時に与えられていた自室の倍の広さはあろうかという部屋の中。
室内の装飾は、見た事もないぐらい華やかだった。
天井から壁に様々な色織物の天蓋がつるされていて、ルトが寝かされている寝台を引き立てている。
壁には黄金と真珠が散りばめられた上に美しい草花文の綴錦がかけ広げられていて、いつまで見ていても飽きそうにない。
とんでもなく豪華な。
息をのむ美しさ。
(王様の部屋みたいだ)
いや。ルトが住んでいた大都の王だとて、こんな豪華な部屋には住んでいないだろう。
そう思ってしまうほど贅沢な部屋。
ルトは寝台から立ち上がって室内を軽く一周した。
この部屋の中には自分しかいない。
耳を澄ますが、外からも小さな音一つ聞こえてこなかった。
(シディは主に会わせるって言ってたから、ここはシディの主の家かな……。きっと大きな邸宅か、宮殿か……)
魔人を使役しているのだから只者ではないだろうと思っていたが、こんなに豪華な家に住めるなんて、どこの王侯貴族か資産家か。
窓の外には可憐なアネモネが咲いている小さな庭が見えた。
色とりどりのアネモネは、ファリスと出逢った紅宝玉の中を思い出した。
(紅宝玉……アスアドが返してくれた時、もう絶対に手放さないって心に誓ったのにな……)
再び、紅宝玉はルトの手を離れている。
アスアドとカリムが命がけで守ってくれたのに。
(シディは何もしなかったけど、アスアド達は無事かな……怪我をしてないといいけど……)
アスアドとカリムの姿を思い浮かべていると、視界にあった金糸の刺繍がぼやけた。
涙が頬を伝う。
(僕は本当にだめだ。何一つ、上手くいかなくて)
流れた涙が窓際の綺麗な布にぽたぽたと落ちていく。
自分の無力さと捕らわれた恐怖に、胸が押し潰されそうな気持ちになった。
「泣いたら可愛い顔が台無しだよ」
「シディ!?」
室内には誰もいなかったのに。
急に後ろからシディの声がした。
振り返ると、すぐ背後に幼い魔人が立っていた。
「体調は悪くない?」
砂漠から乱暴にさらってきたくせに。
今更、常識者ぶって体調を気にするのか。
返事をするのが嫌で無言を通していると、シディが苦笑した。
「強引に連れてきたのは謝るよ」
「そういう事じゃないっ! 返してよ! 紅宝玉を返して!」
身に余る怒りをぶつけている筈なのに、涙は止まらず、声はかすれる。
どことも知れぬ場所に捕らわれ、命より大事な紅宝玉は奪われて。
心が情けなさでいっぱいになり、掌に短い爪が食いこむぐらい拳を強く握った。
泣きたくないのに、感情が制御できなくて嗚咽が漏れる。
まるで小さな子供のようだ。
それがまた己の無力さを募らせる。
「それは無理だよ。紅宝玉はもうご主人様のものだ」
「ふざけないで! あれは僕のものだ!!」
ルトは涙に濡れた琥珀の瞳で、ぬば玉のように黒々とした丸い瞳を強く見据えた。
「残念だけど、もう取り戻せないよ」
感情的になっているルトとは反対に、シディは理性的な声音で静かに答えた。
「あの紅宝玉……僕は知らなかったけど、ジンとグールが封印されてるんでしょ?」
「…………」
「そう黙らないでよ。僕は気になったから、ルトと一緒に持ち帰っただけだったけど……どうやら、あの紅宝玉はご主人様がずっと探してたものだったみたい。素敵な偶然でしょ? 僕ってば、すごいお手柄!」
何が素敵だ。
ルトにとっては最悪の偶然だ。
まさか、ルトの他にも紅宝玉の中にファリスとグールが封印されている事を知っていて、探している人がいるなんて。
どうやって知ったのか。
ファリスは封印を解いてくれる仲間を待っていたと言っていた。
ならば、その仲間とシディの主は繋がっているのか。
いや、それはあまりにも軽率な考えだろう。
どうなっているのか。
分からない。分からない。
ルトは袖で思いきり涙を拭った。
全てが終わって絶望的な状況になった訳ではない。
(泣いてないで、冷静にならないと)
少しでも周囲の流れを把握して。
これから先、もしかしたら紅宝玉を取り戻す好機が訪れるかもしれないではないか。
「それでね。ご主人様が、何でルトがアレムの都に向かおうとしてたか聞きたいんだって」
「……それはシディに言った通りだよ」
「嘘つき」
幼い魔人の視線が鋭くなる。
「あの小さい町からハドラントの砂漠まで、どれだけあると思ってるの? お父さんが見てみたいって言ってたから、なんて。そんなフワフワとした理由で辿りつける距離じゃないよ」
ずいっとシディが体を近づけて、こちらを見上げてくる。
「ねぇ。あの紅宝玉と関係があるんじゃないの? よほど特殊な理由でもない限り、アレムの都に行こうなんておかしな考え持たないよ」
何も言葉を返せずにいると、シディが小さく笑った。
「また、だんまり? まぁいいよ。ご主人様の前で話してくれたらいいから。さっそく行こうか」
シディはルトの手首を掴むと、足早に部屋を出ていく。
「……シディの主の所に行くの?」
「そうだよ。ご主人様の前では全て正直に話してね」
部屋を出ると、この世のものとは思えない美しい廊下がルトを待っていた。
床は磨かれた大理石。
両側の壁面には金銀宝玉がはめ込まれ、様々な動物の姿を刺繍した織物が並んでいる。
そのどれもが、もはや神が作り上げたのではと思うような素晴らしさだ。
「綺麗でしょ? ここには、あらゆる美しさが詰まってるからね。二つとない最高に豪華な場所だ」
ルトの手を引いて先を歩くシディが振り向いて、意味ありげに笑う。
「……ご主人様は、すごいお金持ちなんだね」
最初は王侯貴族かと思ったが、こんな大きな建物内に従者の一人も見かけないのは異常だ。
資産家ならば、豪華な宮殿を建てて、あとは使い魔に管理を任せるなんて事も可能な気がする。
一体、どれだけの資産があれば、こんな贅沢なものを建てられるのか。
想像すら出来ないが。
二人は睡蓮が浮かぶ清らかな水路を貫く渡り廊下を進む。
太陽の光を反射する大理石が目にまぶしい。
呆れる程に隅々まで贅沢な造りだ。
「……ルトはさ、紅宝玉の中のものをどうしようとしてるの?」
「え?」
「ジンとグール! 封印……解こうとしてるんじゃないの? あれだけのものを使役できたら何でも願いが叶って、無敵だもんね」
「ちょっと待ってよっ。僕はそんなっ」
大きく誤解されている。
そんな欲望に満ちた俗物的な目的なんか、一瞬だって考えた事はないのに。
思わず反論しそうになるが、ルトの言葉は続かなかった。
自分達が歩いている先。
渡り廊下の端に誰かいる。
ルトは一瞬で目を引かれた。
亜麻色の髪に、灰色の瞳。
細く通った鼻梁に、小ぶりな桃色の唇。
刺繍が美しい純白の長衣に包まれた華奢な体は、しなやかに締まっているように見える。
ファリスやシディと同じく、整い過ぎた容姿。
魔人だ。
「遅いから、逃げたのかと思った」
そう言って、魔人は桃色の唇を緩ませて笑顔を見せた。
一見、女性的にも見える柔和な笑みだが、灰色の目の奥は全く笑っていない。
向けられる冷たい視線に、肌が粟立った。
「逃げるわけないでしょ。そんなに待たせてないよ。短気すぎるんじゃない?」
シディが尖った声で返した。
「主を一秒だって待たせたくはないでしょう? あるべき使い魔の姿だと思うけれど……」
一歩、一歩とこちらに向かってくる足取りは驚くほど上品で美しい。
ルトの目の前まで来ると、再び柔らかく冷たい笑みを向けられた。
「私はヘイデル。シディと同じ主に仕えている。よろしく、ルト」
ヘイデルの白魚のような手が、ルトの頬に伸びる。
「え……」
突然の事に、体が動かない。
「綺麗な瞳。蜂蜜みたいだね」
ヘイデルがルトの頬を撫で、涙の跡をなぞる。
穏やかな仕草に、優しげな表情。
暴力的なものは少しもないのに。
次の瞬間には惨たらしく痛めつけられそうな。
そんな底のない恐怖を目の前の魔人から感じた。
「さぁ、行こうか。主が首を長くしてお待ちだ」
ひらりと身をひるがえして、ヘイデルが先を歩いていく。
その背をシディが無言で睨んでいた。
渡り廊下を終えて、建物の最奥へと足を進める。
相変わらず、どこもかしこも豪華だ。
感覚がおかしくなって、金銀の壁飾りぐらい普通に思えてきた。
それぐらい、桁違いの贅沢さだった。
「この奥で、我が主とご対面だよ」
廊下の突き当たりに黒檀の大きな扉が見える。
緻密な彫り模様に翠緑石が散りばめられている立派なものだ。
近付くと、ひとりでにそれが開いた。
「ちゃんと礼を尽くしてね」
ヘイデルがルトを一瞥して扉の中へと入った。
その背中を追うと、ルトの視界いっぱいに豪奢な広間が現れた。
燃えるような黄金の柱が広間を包むように並び、あらゆる宝石がはめ込まれた壁面が、より華やかさを際立たせている。
(広間も、この世のものとは思えないな……)
見るからに高価な布飾りや織物が天井から床に広がり、広間を彩っている。
そして、一番奥。
艶やかな絹布が幾重にも垂れ下がっている場所があった。
(この広間の形は……もしかして――)
国王専属の宝石商として大都の宮殿に出入りしていた父についていき、幼い時に何度か王の謁見を受けたので何となく分かる。
あの絹布の向こうは、きっと玉座。
そして、この広間は王の間だ。
とういう事は、ここは資産家の邸宅などではなく王宮なのか。
飛び抜けて豊かな国を思わせるほど豪華なのに、従者の一人もいない。
不気味な王宮だ。
「ルト。ご挨拶を」
玉座の前まで連れて行かれ、ヘイデルに促されて両膝をつく。
何を言えばいいかも分からず、ルトは静かに頭を下げた。
魔人を使役して美し過ぎる異様な王宮に住み、紅宝玉の封印を知っている王。
一体、どんな人なのか。
紅宝玉を求めていたのならば、ファリスや食人鬼を使役しようとしているのか。
シディが言っていたような無敵の力を得る為に。
もう誰も敵わないぐらいの資産は持っているだろうに。
ゾッとする程、強欲な話だ。
頭を下げたまま考えていると、絹布の向こうから軽やかな声に名を呼ばれた。
想像以上に若い青年だ。
予想外の爽やかな声に、ルトは面食らった。
もっと年嵩で、欲にまみれてギラギラした声音を想像していた。
「シディはなかなか無邪気でね。怪我はなかったかな?」
「…………」
顔を上げると同時に、垂れ下がっていた絹布がめくれ上がる。
遮るものが消えて、玉座が目の前に現れた。
(え……?)
黄金にあらゆる宝石を散らした贅沢な玉座。
ルトは瞬きも忘れて、そこに座る男を見上げた。
真珠を縫い付けた上質な羽布団の上で、優雅に座っている。
金銀の華やかな刺繍が細かく施された美しいを装束を纏って、年の頃は二十代後半ぐらいか。
艶のある栗色の髪に、澄んだ紅榴石の瞳。
細く高い鼻梁から薄い唇へと続く、神経質に整っているその顔自体は見た事のないものだが――。
(この髪と瞳の色……全く同じ……)
ルトの訝し気な表情を見て、王は満足気に柔らかく微笑んだ。
「私の名はアムジャット。弟のアスアドが随分と世話になったようで、礼を言うよ」
「…………」
(やっぱりだ……)
ルトは衝撃的な事実に、息をのんだ。
(この王はアスアドの兄王子……でも、そんなの、話が違う……)
驚きの表情のまま固まるルトに、アムジャットは笑みを深めた。
「兄は石になったとアスアドは言っていたか?」
ルトは声もなく、小さく頷いた。
そう。
八年前、故郷が砂と岩になった時。
両親も兄も、残らず石になったとアスアドは話してくれた。
(どうして、こんな所に? 兄王子が……シディとヘイデルの主?)
頭の中に疑問が渦巻く。
「ど、どういう事ですか……?」
口の中が乾いて上手く話せない。
心臓が鼓動する度に胸の奥が冷たくなる。
「どういう事も何も、アスアドが私も石になったと勘違いをしているだけだ。まぁ、当然だが」
何が当然だというのか。
アスアドは、国の民、そして家族全員が石になってしまった辛い気持ちを抱えて、八年間も旅を続けているのに。
「……石になってないと、どうしてアスアド達に教えないんですかっ?」
使い魔であるシディをアスアドの使いとしておきながら、どうして一番大切な事を黙っているのか。
「いい質問だ。だが、私の質問が先だな」
アムジャットが開いた手の中には、紅い石が輝いていた。
ファリスが閉じ込められている、大切なルトの紅宝玉。
「シディが強い力を感じて持ち帰った、この美しい紅宝玉。幸運にも、私が長い間、探し求めていたものだった」
紅宝玉とは違った紅い光を宿す紅榴石の瞳がきらりと光る。
「この石には凄まじい力が秘められているが……それを手にするには、まだ足りないものがある。ルトはその謎をどこまで知っているのか、全て教えて欲しい」
「そ、れは……」
言葉が続かず、ルトは視線を下げて黙り込んだ。
アムジャットがどういう理由で紅宝玉の封印を解く気でいるのかは分からないが。
腕輪に紅宝玉を戻して名を呼べば、ファリスは使い魔として外に出られると言っていた。
これはルトに限った話ではなく、誰でも名を呼べばファリスを使役できるという事だろう。
食人鬼達も同じような条件だとすれば。
紅宝玉を腕輪に戻して名を呼んだ者が、ファリスと食人鬼の強大な力を手に入れられるのだ――。
「早く話してね」
無言で考えを巡らせているルトに、後ろに控えていたヘイデルが声をかける。
優しい言い方だが、声音はひどく冷たい。
怖かったが、素直に話す訳にはいかない。
どうすればいいか。
下手な嘘やごまかしは利かないだろう。
(全部話さずに切り抜けるには……)
尚も無言を貫くルトを見て、ヘイデルが不愉快だとばかりに目を細めた。
「ヘイデル。焦らなくてもいい。ゆっくり話そうじゃないか」
アムジャットの言葉に、ヘイデルが眉根を寄せながら一歩ほど身を引いた。
「シディから聞いたが、お前はアレムの都に行こうとしていたとか。どうしてだ?」
「え……」
急に核心に迫られて、ルトは顔を引きつらせた。
「……亡くなった父が憧れていた都に、なんていう嘘はなしで頼むよ」
そんな事までシディは話しているのか。
アスアドと同じ色の瞳なのに、彼よりずっと冷たい視線をルトは全身で感じた。
「この紅宝玉と、関係があるのだろう?」
ルトは顔を伏せたまま、下唇を軽く噛んだ。
黙り続けていても、いずれ強引にでも吐かされるだろう。
事実、背後のヘイデルから、ひしひしと苛立ちを感じる。
しかし、アムジャットに紅宝玉の封印を解かせてはいけない。
ルトは直感的にそう思う。
(それに、全部話してしまったら……僕は殺されるに決まってる)
「話す気はないか?」
頑なに顔を上げないルトに、アムジャットは言葉を続けた。
「では、いい事を教えてやろう。ここは、お前の目的地だ」
「……目的地?」
どういう意味だ。
顔を上げると、アムジャットに面白い玩具でも見るかのように見下ろされていた。
「そう。ここはアレムの都。お前が長い旅の末に辿り着こうとしていた伝説の都だ」
「え……こ、ここが……!?」
ルトは再び驚きの表情の浮かべ、唇を戦慄かせた。
(そんな……ここがアレムだなんて……僕が失神している間に、遠い南方の砂漠に運ばれたっていうの……!?)
にわかには信じがたい。
けれど、ここがアレムの都だとすれば、この世のものとは思えない美しさ、絢爛さには納得がいく。
立派な宮殿だというのに従者が一人もいないという異常な状況にも、だ。
「信じられないかな? 私は嘘は言わないよ。ここは正真正銘、アレムの都。そして……私はアレムの王だ」
「…………」
一体、何がどうなっているのか。
数多の疑問と思考が脳内を行き交って、頭がグラグラする。
八年前に石になっているとアスアドが思っていた兄のアムジャットが、実は生き延びていた。
アムジャットは弟に生存を伝えないまま魔人を使役して、伝説の都に王として君臨している。
都にも宮殿にも、誰一人として民はいないだろうに。
美しいばかりの無人の都の王。
一方で、自分の故郷は砂と岩になり、大事な人は全て石になっている。
意味が分からない。
理解ができず、ルトの心を底知れぬ恐怖が襲う。
しかも、アムジャットは紅宝玉の存在を知っていて探していたという。
封印を解いて、ファリスや食人鬼の力を手にしたら、この王は何をする気なのか。
「さぁ、話してくれ。何故、ここを目指していたのか。この紅宝玉について、お前は何を知っているのか……」
(どうしよう。どうすればいいんだ……。このまま黙っていても、追い詰められるだけだ)
カリムが、四百年の間に腕輪が移動した可能性は少ないと言っていた。
アムジャットがアレムにあるものを外に持ち出していない限り、腕輪はここにあるだろう。
もう、目と鼻の先と言っていい。
(最悪な形だけど、こんな短い時間でアレムの都に来れたのは奇跡だ……)
すぐにでも、金の腕輪を探し始めたいと胸が騒ぐ。
しかし、今の捕らわれの身では到底無理だ。
アムジャットから紅宝玉を取り戻す事も。
ヘイデルやシディに阻まれれば、人間の自分に勝ち目はない。
己を拷問して問い詰めたり、殺してしまうのなんて簡単だ。
(それならば、逆に――)
ルトは考えついた策を胸の奥にしっかりと置いて、慎重に口を開いた。
「もうシディから聞いていると思いますが、その紅宝玉は亡くなった父からもらったもので――」
ルトは、まっすぐにアムジャットの紅榴石の瞳を見据えた。
「中にはジンと沢山のグールが封印されていると聞いています」
「……その通りだ」
アムジャットの表情が喜色に染まった。
「どうやって、その事を知った?」
「中に封印されているジンと、少しだけ話ができました」
「封印されているのにか?」
「はい……」
ここからが重要だ。
ルトは強く気を引き締めた。
「紅宝玉から、ある日突然、声が聞こえてきました。声の主は、紅宝玉の中にグールと一緒に封印されているジンだと言って、どうか封印を解いて欲しいと頼んできました」
「なかなかに怪しい話だが……。それぐらいの事が起こらねば、お前が封印の事実を知る由もないだろうからな」
信じてやろうとでも言いたげに頷いたアムジャットを見て、ルトは乾いた口から唾液を奪い取って無理やり嚥下した。
「封印を解く方法は? 聞いているだろう?」
「……四百年前に紅宝玉がはめられていた金の腕輪を探し出して、元に戻して欲しいと。そして、腕輪はアレムの都にあると言われました」
「なるほど」
アムジャットは楽し気な笑い声を上げた。
「それで、このアレムを目指していたのだな」
「……封印を解けば、何でも願いを叶えてやると言われて……。ずっと貧しい暮らしを続けていたので、豊かな人生が手に入るのなら遠方の砂漠だろうが伝説の都だろうが、どこにでも行ってやろうと思って、旅に出ようとしていました」
「ジンの魔法なら、一瞬で大富豪だ。貧困にあえぐお前のような者からすれば、人生の一大好機の到来だ……まぁ、その機会を今から私が奪うのだがな」
紅宝玉が手に入り、封印を解く為の腕輪も己の支配下にあると知って、アムジャットはひどく気分を高揚させているようだった。
「他には? ジンは何と言っていた?」
「今、話した事が全てです。僕も色々質問をしようとしたんですけど、紅宝玉からの声が途絶えてしまって、それきりです」
昔から、嘘は得意ではないと自覚している。
(どうか、どうか疑わずに騙されて――!)
ルトは祈るような気持ちだった。
下手に言及されれば、上手く嘘を貫き通す自信はない。
紅宝玉の中のジンとはわずかな時間、言葉を交わしただけ。
封印を解くにはハドラントの砂漠のアレムの都にある金の腕輪に紅宝玉を戻す事。
それだけしか聞いていない。
ルトは自分にもそう思いこませてアムジャットの瞳を見つめ返した。
表情に出てしまえば、全てが終わる。
心臓が激しく鼓動して、心音が側にいるヘイデルやシディに聞こえてしまうのではと思うぐらいだ。
「……それだけ聞いていれば充分だ」
アムジャットはルトからヘイデルに視線を移した。
「お前の従僕を全て集めろ」
後ろでヘイデルが短く返事をすると、一瞬で姿を消した。
背後からのピリついた気配が消えて、ルトは周囲に分からないように、わずかに体の力を抜いた。
(大丈夫……だったよね……?)
真実と虚偽を織り交ぜた言葉に違和感はなかっただろうか。
今の状況から上手く抜け出す為には本当の事を全て知られては絶対にいけない。
「偶然とは、素晴らしいものだな」
神経を尖らせるルトの前で、アムジャットは鷹揚に笑った。
その笑い方が少しだけアスアドに似ていて、砂を噛んだような気持ちになる。
「弟とお前が巡り会い、私に紅宝玉をもたらした。そして、金の腕輪はこの都に。偶然ではなく、必然だったのかもしれないな」
「……腕輪の封印を解いて……陛下は何をなさるおつもりなのですか?」
強い魔力を持っているだろうファリスと、数多の食人鬼。
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「愚問だな。お前も中のジンの魔力を目当てに旅をしようとしていたのだろう?」
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「私の目当てはジンではない。グールだ」
アムジャットはルトに向かって紅宝玉を掲げて見せた。
「この中に封印されているグール達は、魔界の王たる大魔神が作った最強の魔軍だ」
「魔、軍……?」
ファリスから聞いていない新たな事実だ。
あの異形達は、ただの食人鬼の集団ではなかったのか。
「そう。大魔神が世界を滅ぼそうと作り上げた強大な軍団。その力を手にするのが、どれだけ素晴らしい事か……っ!」
掲げた紅宝玉を再び手中にして、アムジャットはうっとりと言葉を続けた。
「魔軍を使役できれば……世界を支配するのも、滅ぼすのも己の命令一つだ」
とんでもない言葉に、ルトは己の耳を疑った。
(あの食人鬼達が魔軍で……世界を支配? 滅ぼす……!?!?)
「そ、んなの……まさか、グール達を世界中に放つ気ですか……!?」
美しい庭で見たおぞましい異形達が、ルトの脳裏をよぎる。
あんなものが解放されれば、世界は大惨事だ。
ルトの背に冷たい汗が流れた。
この男は、何を考えているのだ。
「アムジャット様」
二人の会話に割り込むように、ヘイデルがアムジャットの前に音もなく現れた。
「準備が出来ました。どうぞ、ご命令を」
(な、なんだ……この数は……っ)
アムジャットの視線を追って、ルトは瞠目した。
宮殿には自分達以外の気配は全くしていなかったのに。
いつのまにか、豪奢な都に似つかわしくない醜い魔人や食人鬼が王の間にひしめいていた。
「この都中にある金の腕輪を全て集めろ。細工のみに金が使われているものも含めてだ」
アムジャットの声が広間に響く。
王の命令に一斉に頭を下げると、従僕達は我先にと都中に散っていった。
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「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
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