土人形のコリンズ男爵は愛しの大魔導師様を幸せにしたいのだけれど。

梅村香子

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19話

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「兄さんっ、兄さん……っ」

二人きりになった部屋の中で、しがみつくように抱きつかれる。

「どうして……どうして言ってくれなかったんだっ。オリバーが兄さんだと気づきもせずに無視したりして、俺が馬鹿みたいじゃないかっ」
「アーニー……」

ぎゅっと腕の力が強くなって、エリオットは静かに瞼を伏せた。
責められるのも当然だ。
兄と会いたいと熱望している弟の隣で、何か月も他人のふりをしていた。
裏切りに等しい行為だ。

「思えば、オリバーは兄さんでしかなかった。温かい笑顔も、優しい気遣いも、穏やかな雰囲気も……全て兄さんだった。それなのに、俺は……」
「アーニーを傷つけるつもりはなかったんだよ。口封じの魔法で、上手く説明できなくて――」
「それでも、愛称は呼べてた」

すねたような漆黒の瞳が、エリオットをじっと見つめてくる。
その通りだ。盗賊に捕まった時まで気づかなかったが、愛称は口にできていた。

「一度だけでも、アーニーって呼んでくれたら……俺は、すぐに兄さんだって分かったんだっ」
「……そうだね。初めてここに来た時に呼べばよかった。僕は大切な弟を悲しませてばかりだね。ごめんね……」

エリオットが背中を撫でると、アーノルドは体を震わせながら膝をついた。

「兄さん……っ。会いたかった、会いたかった……ずっと、ずっと……会いたかった……っ」
「……っ」

ぐりぐりと胸の辺りに頬ずりされて、エリオットは愛しい弟の頭をいだいた。

「あの夜、絶対に離れないって約束したのに……気づいたら、兄さんがいなくなってて……」
「うん……」
「振り返ったら、うちが凍りついてた……。兄さんが中にいるって信じたくなかったけど、どれだけ待っても兄さんが俺のこと、迎えに来てくれなくて……」
「ごめんね……。辛かったよね……本当にごめんね……」

アーノルドの心の痛みに、苦しいほど胸が締めつけられる。

「……僕は、ひどい兄だ……。幸せにしようって心に誓ったアーニーを、悪夢の中に置き去りにして……」

エリオットは紺碧の瞳を潤ませながら、艶やかな黒髪に頬をよせた。

「……兄さんが、自分を犠牲にして助けてくれたことは、感謝しないといけないって分かってる。それが愛情だってことも……。でも、俺は……っ。ずっと一緒にいたかったっ。兄さんと一緒なら、凍ったって、死んだってよかったっ」

顔を上げた弟の漆黒の目から涙がこぼれる。

「俺は、兄さんの隣にいないと、生きてる意味がない……。俺の幸せは、兄さんの傍にしかないんだ……っ」
「……アーニー……」

アーノルドの、どこまでも深い愛に、心を強く揺さぶられる。
エリオットは、こらえきれずに大粒の涙を流した。
前人未到の偉業を成し遂げてまで、自分を求めてくれたことが嬉しくて。
こんなにも激しい情熱を抱き続けてくれたことに、奇跡のような喜びを感じる。

「僕も……アーニーと一緒じゃないと幸せになれないよ……」

ゆっくりと膝をつくと、エリオットはアーノルドの濡れた頬を両手で包んだ。

「今度は、ちゃんと約束を守るから……。何があっても、絶対に離れない」
「本当に……? 俺のこと、独りにしない?」
「絶対にしない。たとえ二人で命を落とすようなことがあったとしても……これからは、ずっと一緒だよ。アーニーと、ずっと、ずっと一緒……!」
「兄さんっ……兄さんっ……」

アーノルドが、ぎゅうと強くしがみつてくる。
互いの涙を混ざり合わせるように、何度も頬ずりされて、エリオットは喜びに震える弟の体を優しく撫で続けた。

「僕を取り戻してくれてありがとね。もう二度と寂しい思いはさせないよ」
「うん……っ」

腕の中にある温もりに、言葉にできない充足感を覚える。
この十五年間、苦しい思いをさせた分、これからは自分の全てをかけて、アーノルドを幸せにしたい。

――それが、僕の幸せでもあるんだから――……

愛しい人との抱擁ほうようひたっていると、自分を包む腕の力がわずかに緩んだ。

「兄さん……」
「ん?」
「実は……まだ現実に気持ちが追いついてなくて。十五年間、兄さんは記憶の中の存在だったから……」

そう言って、アーノルドは優しく髪を撫でてきた。

「ね……兄さん、顔をよく見せて……」

弟の希望通りに顔を上げると、隙のない美貌が眼前で微笑んでいる。

「兄さんだ……会いたくてたまらなかった兄さんだ……。俺の記憶なんかより、何倍もきれい……」

額を瞼を、鼻筋を頬を――……

漆黒の瞳にうっとりと見つめられながら、顔の部位を一つ一つ確認するように撫でられる。

「ぼ、僕の顔なんて、そんなに見るようなものじゃないよ……」
「何で? きれいだよ。兄さんは、世界一美しい人だ」
「いや、そんなことは……」

かけ値なしに褒められて、エリオットは頬を染めて視線を泳がせた。

「恥ずかしそうにしてる兄さんも、すごくかわいい……」

アーノルドは表情を甘くとろけさせて、夢中で兄の顔をなぞっていく。
紅くなった頬のまろやかな感触を存分に味わい、きれいな顎の線をたどって――

「……唇、柔らかいね……」
「ぁっ……」

親指でそっと唇を撫でさすられて、エリオットはびくっと肩を震わせた。
形を確かめるように、唇の上を指が何度も往復する。

「……っ……アーニー……」

優しい愛撫に、ドキドキと心臓が高鳴って、顔が一層熱くなる。

「……俺に触られるの、嫌……?」
「……嫌じゃない、よ……」
「じゃあ、もっと触っていい……?」

小さく頷くと、アーノルドは幸せそうに頬を緩めた。

「兄さん……きれい、すべすべ……。ずっと触ってたい……」

再度ぎゅっと抱きしめられて、首筋にぐりぐりと額を擦りつけられる。

「くすぐったいよっ」
「兄さん、兄さん……っ」

アーノルドは無邪気な仕草で、首から鎖骨の辺りに鼻先をおしつけて、思いきり匂いをかいできた。

「兄さんの匂い、好き……」
「ぁ……アーニーっ、そんな―――」

アーノルドの熱い吐息が首をくすぐり、背筋に甘いしびれが走る。

「そういえば……オリバーは土人形のせいか、何の匂いもしなかったね」
「……ん……?」
「あんなに汗ばんで興奮し――」
「あ、アーニーっっ!!!」

弟の前で汗ばんで興奮したといえば、心当たりは一つしかない。
淫らな記憶を不意に掘り返されて、エリオットは狼狽うろたえながら弟の言葉を大声でさえぎった。

「は、恥ずかしすぎるから、あの時のことは忘れて……」
「無理だよ。だって、俺の手で兄さんが興奮してたんだよ?」

アーノルドの声音に、じわりと喜びがにじむ。

「気持ちよさそうな声を、一生懸命押さえて――」
「言わないでっ!」
「俺の手に、いっぱい精液出してた……」
「アーニーっ。お願いだからっ!」

羞恥が限界を迎えて、エリオットは慌てて弟の口を両手で押さえた。

「か、からかわないのっ」
「……からかってないよ」

アーノルドは漆黒の目を色っぽく細めて、手のひらに唇をよせてくる。

「俺……初めて射精した時から、兄さんのいやらしい姿を想像してる」
「ぇ……っ」

弟の衝撃の告白に、兄は目を丸くした。

「子供の時は、兄さんに抱きしめられるのを想像してるだけだったけど、次第に、それだと満足できなくなって――」
「…………」
「兄さんの服を脱がして、きれいな体を思い浮かべて……興奮してた……。兄に向ける気持ちじゃないって分かってたけど、止められなくて……」

弟は、かすれた声で情欲を吐露しながら、すがりついてくる。

「兄さん、兄さん……。俺、気持ち悪い? 嫌いになる?」

うかがうようにエリオットを見つめてくる、黒々とした美しい瞳。
こうして、おずおずと兄の気持ちを確かめてくるのは、小さなころと同じだ。

「嫌いになんてならないよ……。アーニーは僕の大切な人なんだから」
「俺にとっても、兄さんは誰よりも大切な人だよ。俺の世界には、兄さんしかいない……。全部、全部、兄さんだけだ」
「アーニー……」

まさか、アーノルドに欲望を向けられていたなんて――
思ってもいなかったことに、驚くけれど……。
それ以上に、無上の喜びが胸を満たしていくのを感じた。
兄としても、一人の男としても、嬉しくて幸せで。
エリオットは溢れる想いを噛みしめながら、そっと口を開いた。

「……体を温めてもらった時……アーニーに触れられて、すごく恥ずかしかったけど……全然嫌じゃなかったよ」
「……本当? 嘘じゃない?」

不安そうに聞いてくるアーノルドに、エリオットは優しく微笑む。

「嘘じゃないよ……。逆にね、あの時から……アーニーのことを、どうしても意識してしまって……」
「しばらく目を逸らされてたから、気持ち悪かったのかと思ってた」
「ち、違うよっ。ドキドキしすぎて、アーニーのこと直視できなくなってた……」

どうしようもなく顔が熱い。
心臓の鼓動が激しすぎて、アーノルドに聞こえてしまいそうだ。
エリオットは、高鳴る胸を服の上から押さえると、きれいな漆黒の瞳を見つめ返す。

「弟なのにって思っても……僕だって、気持ちを止められなかったんだ……」
「……それって……」
「僕は世界でたった一人の弟を愛してる。そして、熱烈な恋もしてるんだ。アーニーが僕の身も心も求めてくれてたって知って……どうしていいか分からないぐらい幸せな気持ちなんだよ」
「……兄さん……っ」

アーノルドの顔が、喜びと幸福でいっぱいになった。

「どうしよう、兄さん……。俺も、ありえないぐらい幸せだ……!」

小さな子供のように声を弾ませるアーノルド。

「兄さん、愛してる……愛してる……っ。兄さんの全てが大好きだ!」
「僕もだよ。アーニーの全てを愛してる……!」

互いの愛に深く沈みながら固く抱き合えば、再び目が熱くなる。
流れる涙もそのままに、愛する温もりを抱きしめていると、アーノルドがためらいがちに口を開いた。

「兄さん……俺……」
「うん?」
「……兄さんとキスしたい」

そう言われた瞬間、胸が弾んだ。

「……だめ?」

鼻先が触れ合う距離で、アーノルドがねだってくる。
目の前には、期待と欲望に染まった漆黒の瞳。
弟の熱い吐息が唇をかすめて、エリオットの心も、甘い期待にとろりと溶けた。

――僕も……アーニーとキスしたい――……

「……いいよ……」

小さな声で返すと、後頭部を大きな手で包まれる。
隙のない美貌との距離が静かに消えていき、エリオットは唇を震わせながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




更新が遅くてすみませぬっ!
次話はがっつりアダルトです。
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