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1話
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体が重い。
そして、内臓が石になったかと思うぐらい、息が苦しかった。
「おい、どういうことだよ……」
誰かの声がする。
少年と青年の間のような、若い男だ。
「何で、核が影なのに、動こうとしてるんだ?」
「僕に聞かれても……」
どうやら、若い男は二人いるようだ。
どちらも、聞き覚えのない声。
話の内容も、よく分からない。
目を開けたいのに、瞼はほとんど持ち上がらず、声も全く出せなかった。
「あ、の……体を生成したばかりなので、しばらくは動けないと思います……」
ためらいがちな声が、耳に届く。
体を……生成?
こちらに言っているのだろうか。
意味不明だったが、体が動かないのは事実だ。
「もう少ししたら、体が馴染んで、自由に動いて話せるようになります……たぶん」
……たぶん?
自信が欠けている説明に、どうにも不安を感じる。
大丈夫なのだろうか。
「レイ……。影に戻した方がいいんじゃないか? 自我を持ってるなんて異常だ。こんな土人形を作ったってバレたら、俺たちは終わりだ」
「そうだけど……。影を本人に戻すのが目的なんだ。話せるようになったら、色々と聞いてみよう。判断するのは、それからでも遅くないよ」
「……動けるようになったら、暴走するかもしれないじゃないか。俺たちに危害を加えないとも限らない」
何故だか、自分が得体の知れない化け物扱いされている。
いよいよ、訳が分からなくなってきた。
どこかに寝かせられているようだが、全く覚えがない。
――僕は……アーニーと一緒に家にいたはずで……それで――……
あいまいになっている記憶を手繰りよせようとしていると、レイと呼ばれた男が口を開く。
「こんなに細身できれいな人が、暴れるとは思えないよ」
「見た目で判断するなよ。ずっと隠れてた影なんだろ? それだけでも怪しいのに、自我を持って動こうとしてるんだ……異形かもしれない」
「ち、ちがっ……」
ひどい言われように、頑張って声帯を震わせる。
どうにか、かすれた声が喉から漏れた。
わずかだが、瞼も動くようになったので目を開くと、横になっている自身を見下ろすようにして、制服を着た二人の男子学生が側に立っていた。
この制服は知っている。
親友のスティーヴンが通っていた名門校、アップルビー魔法学園のものだ。
「こ、こは……?」
戸惑いの目を向けてきている学生二人に、質問を投げかける。
「……アップルビー魔法学園の自習室です」
声からして、答えてくれたのはレイだろう。
「おいっ。まともに答えるなよっ」
「だって……」
……ものすごく警戒されている。
自分が何をしたというのだろう。
そもそも、どうしてアップルビー魔法学園にいるのか。
まだ体は重いが、時間をかければ動けそうだ。
ゆっくりと上半身を起こして、部屋の中に視線を巡らせる。
本棚があるだけの簡素な部屋。
そして、自身は木製の作業台のようなものに寝かされていた。
全くもって、状況が分からない。
「……お名前を聞いていいですか?」
レイが、おずおずと声をかけてくる。
「エリオット・コリンズ……」
名を口にすると、学生二人は驚きに目を見開いた。
何を、そんなに驚くことがあるのか。
「コリンズって……あの館の――」
「ヘンリーっ。待って!」
もう一人の学生は、ヘンリーというようだ。
彼の言葉が、レイによって遮られた。
「僕はレイ・バンフィールドといいます。そして、彼はヘンリー・メリアム。アップルビー魔法学園の最終学年に属しています」
「バンフィールド……。じゃあ、スティーヴンの――」
「はい。僕は彼の従兄弟です」
従兄弟と聞いて、バンフィールド家で影遊びをしたことを思い出す。
そういえば、レイという名前の三歳の男の子がいたか。
親戚同士で同じ名前なのだろうか。
「僕たちは土魔法使いで、二人で組んで自由研究の題材を探していました。どうせなら、クラスメイトと一味違う研究にしたい。そう意気込んで、色々と話し合っていた時に、僕が住まわせてもらっているバンフィールド家の本邸で、隠れている影を見つけたんです」
覚えのある話に、心臓が不穏に高鳴った。
自分のものかと思ったが、エリオットがバンフィールド家に影を忘れてしまったのは、今朝の話だ。
レイが、すぐに見つけたのか?
しかし、どうも違和感がある。
バンフィールド家には頻繁に顔を出しているが、レイが住んでいるとは全く知らなかった。
会ったことはないし、スティーヴンから聞かされた覚えもない。
そんなこと、ありえるのか。
「影だけが放置されていたのを不思議に思って、バンフィールド家の人たちに聞いたんです。でも、誰の影か分かる人はいませんでした。かつて本邸に住んでいた先祖のものかとも考えたんですが、亡くなった人の影のみが残るのはありえないと言われて……」
つまり、今もどこかで影のないまま生活している人がいるということ。
そこで、レイは、謎の影を持ち主に返そうと考えて、ヘンリーを誘ったのだという。
「これを自由研究にしてしまおうと考えたんです。影の持ち主を見つけるなんて、今までにない題材だと思って、僕たちは喜びました」
「クラスメイトもびっくりしそうな研究だけど……魔法で、影の持ち主を見つけることはできるの?」
風魔法の家系に生まれているが、エリオット自身に魔法の知識はほとんどなかった。
通ったのも、魔法学校ではなく、一般の学校だ。
魔力が少なすぎて、魔法を学ぶ必要がなかったのだ。
「魔法で見つけるのは難しいです。でも、土魔法を応用すれば、影の姿を確認できます。影を核にして、土人形を生成するんです。すると、人形が影の持ち主の姿になります」
「すごいね……!」
二人共、高い魔力の持ち主なのだろう。
魔力量が多いほど、様々なことに応用できるようになる。
前髪をわずかに揺らすだけのエリオットとは大違いだ。
「それで、土人形は上手くいったのかな?」
エリオットの問いに、レイが気まずそうに頷く。
ヘンリーも表情を強張らせていた。
まずい質問をしてしまったか。
「……今日、この自習室で、生成を実行したんです」
「ここで?」
「はい……。それで生成されたのが――」
レイは一度視線を下げると、ためらいがちに続けた。
「コリンズ男爵です……」
「え……??」
エリオットは、目を丸くして固まった。
今日、この部屋で行われた生成。
全く身に覚えのない、この状況。
そして、バンフィールド家に忘れていた影。
つまり――
「僕が……土人形ってこと……?」
「はい……」
そう言われても、全く実感がわかない。
エリオットは、静かに自分の体を見下ろした。
着古した、いつもの服。少し重くだるいだけで、何の違和感もない身体。
土人形だと言われても、にわかには信じられない。
しかし、それが本当だとすると、新たに気になることが出てくる。
「影が核の人形ってことは……僕には、本体が別にいるんだよね……?」
「それは――」
どんどん硬くなる二人の表情を見ていると、言いようのない不安が胸を重くしていく。
自分自身に、何かとんでもない出来事が起きているのではないか。
頭がぐらぐらして、話の続きを聞くのが怖くなってくる。
「男爵は……ここで目覚める前の記憶はありますか?」
「記憶……」
あいまいになっている記憶をはっきりさせようと、エリオットは眉根をよせて視線を下げた。
今日は、朝一番でバンフィールド家に行った後、社交場に少しだけ顔を出した。
夕方には、学校から帰ってきたアーノルドを家で出迎えて、夕食を一緒に食べて……。
そこまで思い出すと、強烈な恐怖心が身を襲った。
心が、続きを思い出すことを拒絶している。
「……大丈夫ですか?」
顔色をなくして震える男爵に、レイは気遣わしげに問う。
エリオットは、胸元を押さえながら頷くと、再び記憶をたどり始めた。
寝る前に、少しだけ仕事をした。
書斎で書類を確認している間に、アーノルドは隣で読書をしていて。
それから、そろって寝室へ向かったが、寝る直前、書斎にぬいぐるみを忘れたことに気づいた。
――そうだ……。アーニーと一緒に、ティムを取りに行って――……。
記憶がはっきりすればするほど、胸が苦しくなって、恐怖心が増していく。
「夜遅く……家に侵入者がいて、とっさに兄弟で隠れたんだ。そうしたら――」
夜の玄関ロビーが、まざまざと瞼の裏に浮かんだ。
怖い……。
この先を明確にするのが。
でも、きちんと向き合わないと。
きっと、自分がここにいるのは、この先の出来事が原因だ。
「侵入者の一人が呪文を唱えはじめて……。逃げようとした瞬間に、苦しそうにうずくまった弟の体が光って――」
恐怖に体が震え、心臓が全力疾走したように激しく脈打つ。
エリオットはかすれた声で、その先に広がった記憶を口にした。
「驚く暇もなく、家が凍りついていったんだ。何が何だか分からないまま、急いで弟を逃がして……そのまま僕は――」
震える手で顔を覆う。
「凍ったんだ……」
「……覚えていらっしゃるのですね」
エリオットは、色をなくした顔をわずかに上げた。
「……弟は無事?」
「はい。無傷だったそうです」
「よかった……。僕は、あのまま氷の中で……死んだんだよね……」
「いいえ。男爵は、氷の中で生きていらっしゃいます。影が消滅していなかったのが、その証です」
そういえば、亡くなった人の影は残らないと言っていたか。
「……これから話すことは、男爵にとって、お辛い内容になると思いますが――」
「レイっ。全部話して、それからどうする気なんだ?」
レイの言葉にかぶせるように、ヘンリーが硬い声で言う。
「今の男爵は、自我を持った土人形なんだ。それが、どういうことか分かってるだろ?」
「ヘンリー……。分かってるけど……」
レイが、困ったように口ごもる。
「メリアム君……。僕の存在が、二人にとって想定外なのは、何となく理解してるよ。迷惑はかけたくない。でも……僕は、自分の置かれている状況を知りたいんだ」
「それは……」
今度は、ヘンリーが口ごもる。
「男爵と、こうしてお話できるのは、とても奇跡的なことだと思うんです。だから……僕は、全てをお伝えしたい」
レイの強い声音に、ヘンリーは無言で視線を下げた。
納得はしていないようだが、レイの意見を尊重してくれたようだ。
それから、レイは、エリオットが凍りついた後のことを語ってくれた。
あの時に凍ったのは、玄関ホールだけではなく、コリンズ家そのものだった。
異常な出来事を前に、魔法省が調査を担ったらしく、ほどなくして原因が公表された。
それは、魔力共鳴による力の暴走だった。
魔力共鳴とは、世界中で起こっている原因不明の超常現象だ。
二人以上の魔力が突然共鳴して、その場で爆発的な大暴走を引き起こす。
その現象は様々で、山が丸ごと燃え続けたり、街が暴風に包まれ続けたり。
共鳴した魔力の持ち主の意思や生死に関係なく、起きた現象は半永久的に継続していく。
天変地異のごとく、無慈悲に人々の生活や命を奪うので、世界中で恐れられているのだが、人々の長年の研究も空しく、原因は謎のままだった。
「共鳴した魔力の一つは、侵入者による、時止めの魔法だったようです」
「時止め? 僕の家で、そんな高度な魔法を……」
侵入者が唱えていたのは、時止めの呪文だったのか。
そこまでの上位魔法を使える者は、非常に限られてくる。
コリンズ家の時を止めてまで、何がしたかったのだろうか。
「侵入者ごと凍ったので、動機は分かっていません。その魔法と、もう一方の水魔法が共鳴して、館が時を止めたと同時に、凍りついてしまったと聞いています。時が止まっているので、男爵は凍った館の中で、生きていらっしゃるのです」
「なるほど……。そうなんだね……」
襲ってきた氷に飲み込まれた瞬間に、自身の時が止まったのか。
エリオットは、おそろしい速さで凍りついていく玄関ホールを脳裏によぎらせた。
氷は、上位の水魔法だ。
共鳴した、もう一方の水魔法。
それは――
エリオットは、一つの可能性を口にした。
「水魔法は、アーノルドの……?」
あの時、呪文を唱えていた男に反応したのは、弟だった。
「……そうです」
レイは、ゆっくりと頷いた。
あの時、アーノルド本人も知らない形で、魔力が発現したのだという。
魔力は血に宿るといわれていて、完全な遺伝だ。
アーノルドは、魔力のある血筋ではない。
しかし、まれに全く無縁の血筋から、魔力を持った人間が生まれることがあり、そういった者は突然変異と呼ばれている。
アーノルドは、世にも珍しい突然変異の水魔法使いだった。
――アーニーに、魔力があったなんて――……
エリオットは、ズボンの布を強くにぎった。
あんな状況で、突如として魔力に目覚めた上に、共鳴まで巻き起こって。
幼い心が、どれだけ苦しんだだろうか。
「……弟は、どうしてるか知ってる?」
一番重要なことを聞くと、レイは言葉を詰まらせた。
「……バンフィールド君?」
「あの……落ち着いて聞いてくださいね」
レイの声が、緊張からか、わずかに震えている。
聞くのが怖くなってくるが、アーノルドのことは、絶対に聞いておかねばならない。
不安を必死に抑え込みながら、エリオットは静かに頷いた。
「魔力共鳴による事故が起こってから、今は十五年経ってるんです」
「え……」
エリオットは、言葉をなくして呆然とした。
「信じられないと思いますが……」
受け止める余裕もないまま告げられる数々の事実に、エリオットは意識が遠のきそうになった。
「そんな……。じ、十五年……?」
兄弟で手をつないで家の中を歩いていたのは、つい先ほどのこと。
アーノルドを窓から放り投げてから、まだいくらも経っていないというのに。
信じられない。信じたくはないが、こんな状況で嘘をつかれるわけがない。
エリオットは、レイの茶色の目を力なく見つめた。
今朝、バンフィールド家で一緒に遊んだ男の子と同じ色の瞳。
そうか。親戚同士で名前が同じなのではない。
記憶にある三歳のレイと、目の前にいる学生のレイは、同一人物なのだ。
――どうして……どうして、こんなことに――……
そして、内臓が石になったかと思うぐらい、息が苦しかった。
「おい、どういうことだよ……」
誰かの声がする。
少年と青年の間のような、若い男だ。
「何で、核が影なのに、動こうとしてるんだ?」
「僕に聞かれても……」
どうやら、若い男は二人いるようだ。
どちらも、聞き覚えのない声。
話の内容も、よく分からない。
目を開けたいのに、瞼はほとんど持ち上がらず、声も全く出せなかった。
「あ、の……体を生成したばかりなので、しばらくは動けないと思います……」
ためらいがちな声が、耳に届く。
体を……生成?
こちらに言っているのだろうか。
意味不明だったが、体が動かないのは事実だ。
「もう少ししたら、体が馴染んで、自由に動いて話せるようになります……たぶん」
……たぶん?
自信が欠けている説明に、どうにも不安を感じる。
大丈夫なのだろうか。
「レイ……。影に戻した方がいいんじゃないか? 自我を持ってるなんて異常だ。こんな土人形を作ったってバレたら、俺たちは終わりだ」
「そうだけど……。影を本人に戻すのが目的なんだ。話せるようになったら、色々と聞いてみよう。判断するのは、それからでも遅くないよ」
「……動けるようになったら、暴走するかもしれないじゃないか。俺たちに危害を加えないとも限らない」
何故だか、自分が得体の知れない化け物扱いされている。
いよいよ、訳が分からなくなってきた。
どこかに寝かせられているようだが、全く覚えがない。
――僕は……アーニーと一緒に家にいたはずで……それで――……
あいまいになっている記憶を手繰りよせようとしていると、レイと呼ばれた男が口を開く。
「こんなに細身できれいな人が、暴れるとは思えないよ」
「見た目で判断するなよ。ずっと隠れてた影なんだろ? それだけでも怪しいのに、自我を持って動こうとしてるんだ……異形かもしれない」
「ち、ちがっ……」
ひどい言われように、頑張って声帯を震わせる。
どうにか、かすれた声が喉から漏れた。
わずかだが、瞼も動くようになったので目を開くと、横になっている自身を見下ろすようにして、制服を着た二人の男子学生が側に立っていた。
この制服は知っている。
親友のスティーヴンが通っていた名門校、アップルビー魔法学園のものだ。
「こ、こは……?」
戸惑いの目を向けてきている学生二人に、質問を投げかける。
「……アップルビー魔法学園の自習室です」
声からして、答えてくれたのはレイだろう。
「おいっ。まともに答えるなよっ」
「だって……」
……ものすごく警戒されている。
自分が何をしたというのだろう。
そもそも、どうしてアップルビー魔法学園にいるのか。
まだ体は重いが、時間をかければ動けそうだ。
ゆっくりと上半身を起こして、部屋の中に視線を巡らせる。
本棚があるだけの簡素な部屋。
そして、自身は木製の作業台のようなものに寝かされていた。
全くもって、状況が分からない。
「……お名前を聞いていいですか?」
レイが、おずおずと声をかけてくる。
「エリオット・コリンズ……」
名を口にすると、学生二人は驚きに目を見開いた。
何を、そんなに驚くことがあるのか。
「コリンズって……あの館の――」
「ヘンリーっ。待って!」
もう一人の学生は、ヘンリーというようだ。
彼の言葉が、レイによって遮られた。
「僕はレイ・バンフィールドといいます。そして、彼はヘンリー・メリアム。アップルビー魔法学園の最終学年に属しています」
「バンフィールド……。じゃあ、スティーヴンの――」
「はい。僕は彼の従兄弟です」
従兄弟と聞いて、バンフィールド家で影遊びをしたことを思い出す。
そういえば、レイという名前の三歳の男の子がいたか。
親戚同士で同じ名前なのだろうか。
「僕たちは土魔法使いで、二人で組んで自由研究の題材を探していました。どうせなら、クラスメイトと一味違う研究にしたい。そう意気込んで、色々と話し合っていた時に、僕が住まわせてもらっているバンフィールド家の本邸で、隠れている影を見つけたんです」
覚えのある話に、心臓が不穏に高鳴った。
自分のものかと思ったが、エリオットがバンフィールド家に影を忘れてしまったのは、今朝の話だ。
レイが、すぐに見つけたのか?
しかし、どうも違和感がある。
バンフィールド家には頻繁に顔を出しているが、レイが住んでいるとは全く知らなかった。
会ったことはないし、スティーヴンから聞かされた覚えもない。
そんなこと、ありえるのか。
「影だけが放置されていたのを不思議に思って、バンフィールド家の人たちに聞いたんです。でも、誰の影か分かる人はいませんでした。かつて本邸に住んでいた先祖のものかとも考えたんですが、亡くなった人の影のみが残るのはありえないと言われて……」
つまり、今もどこかで影のないまま生活している人がいるということ。
そこで、レイは、謎の影を持ち主に返そうと考えて、ヘンリーを誘ったのだという。
「これを自由研究にしてしまおうと考えたんです。影の持ち主を見つけるなんて、今までにない題材だと思って、僕たちは喜びました」
「クラスメイトもびっくりしそうな研究だけど……魔法で、影の持ち主を見つけることはできるの?」
風魔法の家系に生まれているが、エリオット自身に魔法の知識はほとんどなかった。
通ったのも、魔法学校ではなく、一般の学校だ。
魔力が少なすぎて、魔法を学ぶ必要がなかったのだ。
「魔法で見つけるのは難しいです。でも、土魔法を応用すれば、影の姿を確認できます。影を核にして、土人形を生成するんです。すると、人形が影の持ち主の姿になります」
「すごいね……!」
二人共、高い魔力の持ち主なのだろう。
魔力量が多いほど、様々なことに応用できるようになる。
前髪をわずかに揺らすだけのエリオットとは大違いだ。
「それで、土人形は上手くいったのかな?」
エリオットの問いに、レイが気まずそうに頷く。
ヘンリーも表情を強張らせていた。
まずい質問をしてしまったか。
「……今日、この自習室で、生成を実行したんです」
「ここで?」
「はい……。それで生成されたのが――」
レイは一度視線を下げると、ためらいがちに続けた。
「コリンズ男爵です……」
「え……??」
エリオットは、目を丸くして固まった。
今日、この部屋で行われた生成。
全く身に覚えのない、この状況。
そして、バンフィールド家に忘れていた影。
つまり――
「僕が……土人形ってこと……?」
「はい……」
そう言われても、全く実感がわかない。
エリオットは、静かに自分の体を見下ろした。
着古した、いつもの服。少し重くだるいだけで、何の違和感もない身体。
土人形だと言われても、にわかには信じられない。
しかし、それが本当だとすると、新たに気になることが出てくる。
「影が核の人形ってことは……僕には、本体が別にいるんだよね……?」
「それは――」
どんどん硬くなる二人の表情を見ていると、言いようのない不安が胸を重くしていく。
自分自身に、何かとんでもない出来事が起きているのではないか。
頭がぐらぐらして、話の続きを聞くのが怖くなってくる。
「男爵は……ここで目覚める前の記憶はありますか?」
「記憶……」
あいまいになっている記憶をはっきりさせようと、エリオットは眉根をよせて視線を下げた。
今日は、朝一番でバンフィールド家に行った後、社交場に少しだけ顔を出した。
夕方には、学校から帰ってきたアーノルドを家で出迎えて、夕食を一緒に食べて……。
そこまで思い出すと、強烈な恐怖心が身を襲った。
心が、続きを思い出すことを拒絶している。
「……大丈夫ですか?」
顔色をなくして震える男爵に、レイは気遣わしげに問う。
エリオットは、胸元を押さえながら頷くと、再び記憶をたどり始めた。
寝る前に、少しだけ仕事をした。
書斎で書類を確認している間に、アーノルドは隣で読書をしていて。
それから、そろって寝室へ向かったが、寝る直前、書斎にぬいぐるみを忘れたことに気づいた。
――そうだ……。アーニーと一緒に、ティムを取りに行って――……。
記憶がはっきりすればするほど、胸が苦しくなって、恐怖心が増していく。
「夜遅く……家に侵入者がいて、とっさに兄弟で隠れたんだ。そうしたら――」
夜の玄関ロビーが、まざまざと瞼の裏に浮かんだ。
怖い……。
この先を明確にするのが。
でも、きちんと向き合わないと。
きっと、自分がここにいるのは、この先の出来事が原因だ。
「侵入者の一人が呪文を唱えはじめて……。逃げようとした瞬間に、苦しそうにうずくまった弟の体が光って――」
恐怖に体が震え、心臓が全力疾走したように激しく脈打つ。
エリオットはかすれた声で、その先に広がった記憶を口にした。
「驚く暇もなく、家が凍りついていったんだ。何が何だか分からないまま、急いで弟を逃がして……そのまま僕は――」
震える手で顔を覆う。
「凍ったんだ……」
「……覚えていらっしゃるのですね」
エリオットは、色をなくした顔をわずかに上げた。
「……弟は無事?」
「はい。無傷だったそうです」
「よかった……。僕は、あのまま氷の中で……死んだんだよね……」
「いいえ。男爵は、氷の中で生きていらっしゃいます。影が消滅していなかったのが、その証です」
そういえば、亡くなった人の影は残らないと言っていたか。
「……これから話すことは、男爵にとって、お辛い内容になると思いますが――」
「レイっ。全部話して、それからどうする気なんだ?」
レイの言葉にかぶせるように、ヘンリーが硬い声で言う。
「今の男爵は、自我を持った土人形なんだ。それが、どういうことか分かってるだろ?」
「ヘンリー……。分かってるけど……」
レイが、困ったように口ごもる。
「メリアム君……。僕の存在が、二人にとって想定外なのは、何となく理解してるよ。迷惑はかけたくない。でも……僕は、自分の置かれている状況を知りたいんだ」
「それは……」
今度は、ヘンリーが口ごもる。
「男爵と、こうしてお話できるのは、とても奇跡的なことだと思うんです。だから……僕は、全てをお伝えしたい」
レイの強い声音に、ヘンリーは無言で視線を下げた。
納得はしていないようだが、レイの意見を尊重してくれたようだ。
それから、レイは、エリオットが凍りついた後のことを語ってくれた。
あの時に凍ったのは、玄関ホールだけではなく、コリンズ家そのものだった。
異常な出来事を前に、魔法省が調査を担ったらしく、ほどなくして原因が公表された。
それは、魔力共鳴による力の暴走だった。
魔力共鳴とは、世界中で起こっている原因不明の超常現象だ。
二人以上の魔力が突然共鳴して、その場で爆発的な大暴走を引き起こす。
その現象は様々で、山が丸ごと燃え続けたり、街が暴風に包まれ続けたり。
共鳴した魔力の持ち主の意思や生死に関係なく、起きた現象は半永久的に継続していく。
天変地異のごとく、無慈悲に人々の生活や命を奪うので、世界中で恐れられているのだが、人々の長年の研究も空しく、原因は謎のままだった。
「共鳴した魔力の一つは、侵入者による、時止めの魔法だったようです」
「時止め? 僕の家で、そんな高度な魔法を……」
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そこまでの上位魔法を使える者は、非常に限られてくる。
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「なるほど……。そうなんだね……」
襲ってきた氷に飲み込まれた瞬間に、自身の時が止まったのか。
エリオットは、おそろしい速さで凍りついていく玄関ホールを脳裏によぎらせた。
氷は、上位の水魔法だ。
共鳴した、もう一方の水魔法。
それは――
エリオットは、一つの可能性を口にした。
「水魔法は、アーノルドの……?」
あの時、呪文を唱えていた男に反応したのは、弟だった。
「……そうです」
レイは、ゆっくりと頷いた。
あの時、アーノルド本人も知らない形で、魔力が発現したのだという。
魔力は血に宿るといわれていて、完全な遺伝だ。
アーノルドは、魔力のある血筋ではない。
しかし、まれに全く無縁の血筋から、魔力を持った人間が生まれることがあり、そういった者は突然変異と呼ばれている。
アーノルドは、世にも珍しい突然変異の水魔法使いだった。
――アーニーに、魔力があったなんて――……
エリオットは、ズボンの布を強くにぎった。
あんな状況で、突如として魔力に目覚めた上に、共鳴まで巻き起こって。
幼い心が、どれだけ苦しんだだろうか。
「……弟は、どうしてるか知ってる?」
一番重要なことを聞くと、レイは言葉を詰まらせた。
「……バンフィールド君?」
「あの……落ち着いて聞いてくださいね」
レイの声が、緊張からか、わずかに震えている。
聞くのが怖くなってくるが、アーノルドのことは、絶対に聞いておかねばならない。
不安を必死に抑え込みながら、エリオットは静かに頷いた。
「魔力共鳴による事故が起こってから、今は十五年経ってるんです」
「え……」
エリオットは、言葉をなくして呆然とした。
「信じられないと思いますが……」
受け止める余裕もないまま告げられる数々の事実に、エリオットは意識が遠のきそうになった。
「そんな……。じ、十五年……?」
兄弟で手をつないで家の中を歩いていたのは、つい先ほどのこと。
アーノルドを窓から放り投げてから、まだいくらも経っていないというのに。
信じられない。信じたくはないが、こんな状況で嘘をつかれるわけがない。
エリオットは、レイの茶色の目を力なく見つめた。
今朝、バンフィールド家で一緒に遊んだ男の子と同じ色の瞳。
そうか。親戚同士で名前が同じなのではない。
記憶にある三歳のレイと、目の前にいる学生のレイは、同一人物なのだ。
――どうして……どうして、こんなことに――……
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王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
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北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
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義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
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