転生先の第三王子はただいま出張中につき各位ご確認ねがいます!

梅村香子

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33話

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「ねぇ、僕も参加していいのかな……?」

事務会館の廊下を歩きながら、同行しているフレデリクとエヴァンに問いかける。
今日は兄に呼ばれて、先日捕まえた男たちについての話し合いに来ていた。

「テオドール様の妙計みょうけいで捜査が大きく進展したのですから。当然ですよ」

フレデリクの言葉に、僕は小さく笑う。

「それは、みんなが力を貸してくれたおかげだよ。マリウスからは、許可なく協力を得たようなものだし」
「テオドール様のためなら、マリウスは大概のことは気にしないと思いますよ」
「そうなんだよね。マリウスったら、僕のことになると何でも許しちゃうから」

マリウスの溌剌はつらつとした笑顔を思い出して、僕は少し視線をさげた。
計画に必要だったとはいえ、マリウスの高いこころざしを汚すような話を流してしまった。

「全てクロード様が撤回なさったので、ご心配は不要ですよ」

今回の大捕り物が成功すると、兄はすぐにソレル商会と協力したことを公にして『第三王子とソレル商会の確執』は偽りのものだと、きちんと広めてくれていた。

「……それでも、やっぱり勝手に利用したのは悪いなって思って。今朝ね、嘘ついてごめんねって、マリウスに書簡を送っておいたんだ」

フレデリクは、優しく目を細めて笑った。

「テオドール様が謝罪をする方が、マリウスは慌てると思いますが」
「えっ。そうかな……。また急いで返事を送ってくるかもしれないね。悪いことしちゃった」
「どのような内容でも、彼の返事は早いですよ」

僕とマリウスの文通の頻度を把握しているエヴァンの言葉に、僕は困ったような顔をした。

「疲れてるだろうから読むだけでいいよって書いてるんだけど、すぐに返事が来ちゃうんだよ。送る回数を減らせばいいのかもしれないけど、僕からの書簡が少しでも励みになるなら、いっぱい送りたいし……。悩むよなぁ~」

そんなやりとりをしながら兄の執務室に到着すると、既に話し合いの面子は揃っていた。
僕はピッと背筋に力を込めると、気持ちを切り替えて室内へと足を踏み入れた。

「お待たせして申し訳ありません」
「皆も来たばかりだよ。こっちこそ、急に呼び出してごめんね」

兄が優しい微笑みを向けてくる。
このところ、ずっと働きづめで疲れているだろうに。
疲労を感じさせない笑みに、兄の気丈な心遣いが伝わってくる。
どうか無理をしないでと言いたかったが、この場で口にするべきことではない。
僕は、他の面々とも軽く挨拶を交わすと、応接用のソファに腰をおろした。
僕の隣には兄が座り、テーブルを挟んだ正面には、人身売買について共同捜査をしていたバッツィーニ伯爵。
そして、斜向かいには、地方長官補佐のゴーチェ子爵。
今回の計画に参加したフレデリクとエヴァンも入室を許されたので、壁際に並んで話を聞いてもらうことにした。

ゴーチェ子爵、どうしたんだろう……。

ここに来てすぐに、子爵がひどく憔悴しているのが目に入っていた。
連日の激務で疲弊しているのだろうか。
それにしても、非常に気落ちしているように見える。

「早速だが。今回捕らえたのは、領主退任を目論んで嫌がらせを繰り返していた者たちで、間違いなかった」

硬い口調で話が始まり、僕は子爵から兄へ視線をうつした。

よかった……。嫌がらせを指示してた人たちが、ちゃんと捕まったんだ。

「その人たちは、人身売買にも関係していたのですか?」
「うん。全員じゃなかったけどね。俺の存在が邪魔な理由は、それぞれ違っていたよ。国も色々だったしね。『打倒ラオネス領主』で結託した感じかな」
「腹が立つ結託ですね」

僕が眉根をよせて言うと、兄が苦笑する。

「ロベルティアでは、王族が都市を直接治めることは前例がないからね。将来的に、様々な利権が崩壊することを恐れたんだろう」
「そんな身勝手な……」
「あと、人身売買で利益を得ようとしていた、ラオネス側の人間も分かったんだ」
「……誰だったのですか?」

兄が一瞬のためらいの後、一人の貴族の名を口にした。

「ガディオ伯爵だ」
「え……!?」

僕は驚きに声を失くした。
フレデリクとエヴァンも、そろって瞠目どうもくしている。
少し前に、彼のことは話題にしていた。
フレデリクやテュレンヌ家にわだかまりがあると、エヴァンから教えてもらっていたけれど。
ラオネスでは努力を重ねて、盤石の地位を築いていたはず……。

どうして、そんな犯罪行為を――……

「殿下……大変申し訳ありませんっ」

驚愕の事実を受け止めきれずにいると、子爵が震えた声で深く頭をさげてきた。

「頭をあげてください。どうして子爵が謝るのですか?」
「私は……彼がラオネスに来た時から目をかけていました。どんどん成長して頼もしくなっていく様子が嬉しく、息子のように思って……」

言葉を途切れさせた子爵が、悲痛な表情でそっと瞼を伏せる。
そうだ。ガディオ伯爵は、彼にとって家族同然の存在だとエヴァンが言っていた。

「……私は疑いもせずに、一連の捜査から、ガディオ伯爵を外していました……」
「子爵……」
「工場視察での騒動も、彼が手を回していました。私が公平に捜査をしていたら、殿下が海に落とされることも、テュレンヌ卿がお怪我をされることもありませんでした……。いえ、そもそも、もっと早くに騒動が解決していたでしょう」

震える手を必死に抑え込んでいる子爵を前に、僕は胸が締めつけられる思いがした。

「子爵お一人が責任を負うことではないですよ。それに、僕は子爵を責めません」

リーフェによって追いつめられた時のことを思い出す。
あの時、僕は侍従のデジレを疑うことなんて全くしていなかった。
彼が僕を陥れるなんて、ありえないことだったのだから。

「僕も……信頼している人を疑うなんてできないです。家族のように思っている人なら尚更ですよ」
「ガディオ伯爵を信頼していたのは、私も同じだ。子爵だけのせいじゃない」
「そうですよ。騒動に加担していたのはレナルレの者が多く、人身売買についても、先導していたのは私がよく知る豪商でした。我が国こそ迅速に動いていれば、貴国にご迷惑をおかけすることはなかったでしょう」

皆に慰められる形で声をかけられ、子爵は一層深く項垂れる。
地方長官補佐の身で、ロベルティア側の主犯格と思しき人物を、私情で捜査対象外にしていたとなれば、周囲の反応がどんなものであれ、相当な自責の念にかられることだろう。

「ガディオ伯爵の身柄は既に拘束している。これから聴取を進めて、関係者の洗い出しをしていく予定だ」

バッツィーニ伯爵は、兄の言葉に頷くと、僕に向かって微笑んだ。

「今回は、第三王子殿下の御活躍により、騒動が一息に解決へと向かいました。改めて、心から御礼申し上げます」
「いえ。僕よりも、ソレル商会のリヴィオ殿が素晴らしい活躍を見せてくれて」
「相変わらず、周りの方を立てるのがお上手でいらっしゃいますね」
「バッツィーニ伯爵ほどではありませんよ」
「謙遜もお上手だ」

笑みを深めた伯爵に、兄が少々尖った視線を向けた。

「ところで、バッツィーニ伯爵。いい加減、その分厚い仮面を外していただけませんか? 今回の騒動では後手に回ってしまったが、私たちも無能ではない」

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