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32話

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うううううっ。
すっごく緊張する……っ!!

僕は今日、商人ギルドの大きな派閥が主催する夜会に出席していた。
会場は、その派閥の人たちが出資して建設された、レンガ造りの商人館。
重厚な内装の広間には、数多の貴族と商人が集い、思い思いに歓談に興じている。
すでに最初の挨拶や乾杯などは終わっていて、宴もたけなわといった感じだ。
そんな人々の中で、僕は微笑みを浮かべながら、不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

僕……不自然じゃないよねっ!?
自然に振る舞おうとすればするほど、どうしていいか分かんなくなるよっ……!

僕は緊張が最高潮に達して、思わず側にあるニノンの像に神頼みをしたくなった。
非常時にだけ頼られても、きっと神様だって助けたくはないだろう。

ああっ……そろそろ計画を実行する時間だ……。

酔って声が大きくなっている豪商の、気のいい賛辞を受け取りながら、僕はとうとう勝負の時がやってきたのを感じた。

そう。僕たちの仕掛けた罠を発動する頃合いだ。

……よしっ、やるぞ……!!!!

僕は心の中で気合いを入れると、参加していた話の輪からそっと抜けて、飲み物をもらいに会場の端へと移動した。
これから、僕は眠気を引き起こす作用のある薬草が混入された果汁を口にする。
毒見を都合よくすり抜けたそれは、素早く体に作用して、僕は体調不良を訴えるのだ。

うう……心臓がバクバクしすぎて音がすごい……。

僕が異物入りの飲み物を手にしてしまうのは、リヴィオの策略だ。
彼はここにはいないが、この夜会の主催派閥には、ソレル商会も名を連ねている。
主催側の権限を巧みに利用して、リヴィオは今夜、第三王子を害そうとしているのだ。
弟の無念を晴らすために――

って、全て嘘っぱちの策略なんだけど。

事務会館でのリヴィオとの騒動から、この夜会の出来事。つまり『ソレル商会による第三王子への復讐劇』は、僕が考えた筋書きだ。

まずは、ソレル商会と僕との間に、悔恨があることを見せつける。
その後、リヴィオが僕を狙っているという話を密かに流して協力者を募集し、相手方をおびき寄せる。
そして、金銭で雇った者を利用できないように、舞台を夜会に設定する。
もちろん、不都合なことが起こった場合には、全てソレル商会に罪をなすりつけられる仕組みにしており、相手方には油断してもらっている。
僕たちの思惑通り、順調に彼らは罠にひっかかり、この夜会に参加していた。

全ては上手くいってるんだ……あとは、僕が頑張るだけっ!!!

予定通りに、僕は果汁が入ったグラスを、従者から受けとった。
正真正銘、ただの柑橘ジュースなのだけれど、相手方は、この中に薬草エキスがたっぷりと混入していると思っているだろう。
今晩は罠の都合上、フレデリクは傍にいない。
会場の隅で、近衛隊の一員として警備をしている。
ちらりと目を向けると、伝説の海獣クラーケンが怖がりそうなほどの険しい表情をして、壁際に立っていた。

わぁっ。不本意だと全身で主張してる……!

でも、今回ばかりは我慢してもらわないと。
フレデリクが隣にいたら、罠は上手く機能しないのだから。

さぁ、これからが舞台の本番だ!!

僕は、緊張を抑えながら、静かに果汁に口をつけた。

さり気なく、何気なく。
自然に――

そう頭の中で唱えながら、少しずつ口を潤していく。
違和感のない頻度でグラスをかたむけ、確実に中身を減らしていって――

そろそろかな……。

頃合いをみて、少しふらつく演技をした。
軽く眉根をよせ、こめかみに手をあてる。
いかにも、意識が遠のいていますというように。

すると――

「失礼いたします、殿下。お加減が優れないように、お見受けしますが……」

ゆっくりと顔をあげると、幾人かの商人と貴族が、心配そうな顔をして立っていた。

来た――!!

彼らは、ソレル商会の企みに乗った人たち。
僕を害することを目的としていて……兄を領主の座から引きずり落とそうとしている悪漢だ。

「少し、体がだるくて……」

僕は、具合が悪そうにゆっくりと瞬きをして、視線をさげた。

「最近、商人の間で性質たちの悪い風邪が流行っていると聞きます。もしかすると、それかもしれません。早く安静になされた方がいい。別室へ参りましょう」

よし。予定通りだ。

この夜会は商人が主催のため、従者は最低限しかいない。
だから、彼らが直接、体調不良の僕に手を差し伸べてくれるのだ。
本来なら、僕がこんなことになれば、音速でフレデリクがすっ飛んでくるところだけど。
今回ばかりは、しっかりと壁際に立ったまま。
しかし、僕の背中に誰かの手がそえられた瞬間、白皙の美貌が大きく歪んだのが見えた。

フレッド、あともう少しだからっ! 我慢、我慢っ!!

僕は届かないテレパシーを送りながら、男たちと共に会場を後にした。
ここから一番近い客間が空いているだろうからと、手際よく案内される。

「皆さんに迷惑をかけてしまって……申し訳ないです」

心苦しそうに謝罪して、たまに足をふらつかせてみたりして。
具合の悪い演技をしつつ進んでいると、僕たちは渡り廊下にさしかかった。
すると、館の裏手に通じている庭の奥から、数多の騎士が駆けてきた。

「なっ、騎士……!?」

僕の周りにいる男たちが、驚きに表情を強張らせている。
当然だ。
渡り廊下で対面するのは、騎士ではなく、ソレル商会が密かに手配した、盗賊集団であるはずなのだから。
予想外のことに呆然とする男たちを、騎士が瞬く間に囲い込む。
その後ろから、厳しい表情をした兄とリヴィオが現れた。

「賊ではなく騎士で驚いたか? ソレル商会とは協力関係でね」

兄の隣で、リヴィオが深く首肯する。
領主と首謀者を前にして、罠にはまったと悟った男たちが、顔色を失くしていく。

「さっそく、当局で詳しく話を聞こうか。これまでのことを、何もかも全て話し終えるまで、二度と夜明けは来ないと思っておくといい」

兄の声と共に力なく項垂れる男たちが、あっという間に拘束されていく。
その瞬間、僕は後ろから伸びてきた逞しい腕に、勢いよく抱きよせられた。

「わっ……フ、フレデリクっ!?」

いつの間にか背後に来ていた専属騎士は、兄に目礼すると、僕を半ば抱きかかえるようにして、廊下をズンズンと引き返していく。

「ちょっと待ってよ……速いって」
「…………」

ひぇ……。
すっっっごく機嫌が悪い……!

僕は全てを諦めて、人形のように騎士へ体をゆだねることにした。
フレデリクは、夜会前に使用していた控室へ僕を運び込むと、素早く扉を閉めて鍵をかけた。

「俺には無理だ」

白銀の騎士が、ぎゅっと強く僕を抱きしめてくる。

「フ、フレッド、苦しいよっ。そんなに心配しなくても、僕は何もされてないって」
「……どんな形であれ、テオがおとりになること自体、俺には無理なんだ。作戦とはいえ、ベタベタ触られながら連れて行かれるテオを見送るなんて、最悪だ」
「ちょっと背中に手が触れただけだよ」
「いや。いやらしい手つきで撫でまわしてた」

ええ……さすがにそこまででは……。

と思ったけど、あえて何も言わずに、僕は嫉妬深い恋人を抱き返した。
すると、頭にぐりぐりと頬擦りされる。
フレデリクの子供のような仕草に、僕は思わず頬を緩めた。

「……テオの悪評を、わざと流すことも耐えられない」
「僕は悪評まみれなんだから、今更、気にすることはないよ」

そう言うと、大きな手に両頬を包まれて、がっちりと顔を固定された。
視線の先には、薄暗い室内で一等美しい輝きを放つ、アクアマリンの瞳。

「テオは変わったんだ。あらゆる悪評は、全て過去のものだ」
「フレッド……」

僕の決意や自尊心まで守ってくれる恋人の深い愛情に、胸が熱くなる。

「王都に続いてラオネスでも、以前のテオの話はほとんど消えていたんだ。それなのに――」
「今回のことは全て嘘なんだし、噂はすぐに消えるよ」

背伸びをして、ちゅっと引き締まった頬に口づけると、僕はフレデリクに微笑みかけた。

「フレッドが協力してくれたおかげで、無事に計画は成功したしね。思った通り、周辺国の貴族や商人もいたね。これで嫌がらせが終わって、人身売買の件も解決すればいいけど……」
「これ以上、何かあれば……俺は問答無用で、テオを王都に連れて帰るからな」

温かい手が、僕の頬を優しく撫でる。

「今回の騒動が解決するのは、もちろん望むべきことだが……俺が何よりも優先するのはテオだ」

はっきりと断言されて、フレデリクの強く激しい愛が全身を満たしていく。
僕は愛される喜びに心を震わせながら、白皙の美貌をまっすぐに見上げた。

「僕がすっごく幸せな王子なのは、フレッドに誰よりも深く愛されてるからだね。絶えることのない愛情に、僕は支えられてるんだ。ありがとう、フレッド。僕も愛してる……大好きだよ」

そう言って、愛する人の唇に視線をすべらせる。
キスの合図に、フレデリクが嬉しそうに目を細めた。

「俺の方こそ、ありがとう……。テオの愛があるから、俺は生きていけるんだ……」

おとがいを持ちあげられ、互いの吐息が混ざり合うと、意識が甘くけぶっていく。

「テオ……愛してる……」
「フレッド……っぁ……」

愛の告白と共にそっと唇が重なると、僕はすぐに優しい口づけの虜になった。









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