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30話

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「二人はとてもいい関係を築いているんだね。彼が立派な騎士になって戻ってくる日が待ち遠しいね」
「それはもう!」

僕が大きく頷くと、皆が温かい表情を見せてくれた。

「マリウスからの便りにも、早く殿下をお守りしたいと書いてありました」
「ふふ。嬉しいです」
「……あと、こちらで荷荒らしが続いていることを、母が便りで教えてしまったらしく、いたく心配されてしまいましたよ。自身はそれどころではないだろうに、本当に優しい子です」

荷荒らしは、兄を悩ませている嫌がらせであろう。

「ソレル商会も、嫌がらせの被害に遭っておられたのですね……」
「はい。私たち商人も首謀者を探っているのですが、一見して単純な騒動でも、巧妙に策が講じられていることが多く、悔しい思いが続いています」
「かなり内情を把握している人が関わっているのは、間違いありませんね」

僕の言葉に、兄が深く頷く。

「それが捜査を難航させているといってもいい。俺はこの地では、たかだか数年ほど領主をしているだけの新参者だ。ラオネスの中枢にいる豪商や貴族たち相手となると、すぐに壁を作られてしまうことも多くてね」
「ええ。分かります。当商会は、こちらに支店を開いて二十数年経つのですが、歴史あるラオネスの豪商たちからすれば、まだ新顔。未だに介入できないことがありますから」
「二十年も経っているのにですか!?」

層が厚いと、二十年では若輩者扱いなのか。
それだと、ラオネスに来て数年の兄では、尚のことだろう。

「なら、長官補佐として、この地で長く活動されているゴーチェ子爵なら――」

僕がそう言うと、リヴィオがためらいがちに答える。

「……子爵は非常にお優しい方でいらっしゃる分、押しの弱い部分もおありになる。豪商や貴族たち相手となると、なかなか難しいのではないでしょうか」

つまり、現状ではガツガツと強気の捜査はできないということだ。
リーフェで、僕が追い詰められた時もそうだった。

ならば……残る方法はただ一つだっ!!!!

「では……この件で、僕から提案をしてもいいでしょうか」

僕はフレデリクに視線を向けて頷き合うと、兄たちに自分の考えを話しはじめた。

「僕たちで、僕を利用しませんか?」
「ん? テオを……利用?」
「そうです。兄上が前におっしゃっていましたよね。僕を狙う方が、嫌がらせを続けるよりも効率がいいと。そう考えると、僕はまだ狙われているはずです」

僕の存在は、兄を引きずり落とすのには、非常に都合のいい駒なのだから。

「隙あらば、再び第三王子を害そうとしている。それこそが、相手方の隙になると思うのです」
「だから、テオ自身を利用しようってこと?」
「はい。もちろん、僕が分かりやすく囮になるなんて単純なことはしません。みんなを心配させてしまいますし、それが成功したとしても、これまでと同様に、最末端の人が捕まるだけでしょうしね」

フレデリクは僕の言葉に首肯すると、話の続きを請け負ってくれた。

「テオドール様の存在を餌に、これまでより上位の人間をおびき寄せることは可能だと思います。『自分たちに嫌疑がかからず、確実に第三王子を害せる』という舞台を用意することができれば、必ず手を出してくるでしょう」
「……それで、テオを中心人物に据えて、罠を仕掛ければいいと?」
「そういうことですっ! といっても、具体的な話は何も思いついてなくて。まずは兄上の許可をいただいてから、みなさんの知恵を貸してもらおうと……」
「テオに危険が及ばないことを絶対条件にできるのなら、俺の方こそ協力をお願いしたいけど……」

そう言いながらも、兄の顔に迷いが見える。
きっと、弟を巻き込んでしまうことに、ためらいを感じているのだろう。

「なら、早速計画を進めていきましょう!」

僕は勢いよく話を進めながら、菫色の瞳を強く見つめた。

「兄上。許可をしてくださって、ありがとうございます。僕は、少しでも兄上のお役に立てることが、とても……とても嬉しいのです。だから、罪悪感とか遠慮とか、そんなものはいりませんからね!」

主張の強い笑みを向けると、兄の表情も明るくなった。

「礼を言うのは、俺のほうだよ。ありがとう。本当に、ありがとう」
「お礼は計画が成功してからですよっ!」
「そうだね。ありがとう」
「もうっ。お礼ばっかり!」

眉根をよせて文句を言うと、皆が声を出して笑った。

「それでは、兄上からの許可もいただいたので、みんなで計画を練りますよ!」

こうして、僕の声と共に、シンキングタイムが始まった。

「……上位の人間というと、貴族や商人ですよね。彼らが、直接顔を出さねばならない場……やはり、舞台は社交界でしょうか」
「ええ。罠を仕掛けるのは社交の場が一番でしょうね。テオドール様がお出ましになっても自然ですから、罠だと気づかれにくい」

リヴィオとフレデリクのやりとりを聞いて、僕はそっと口を開く。

「あの……リヴィオさんも、力を貸してくださるのですか?」
「もちろんですよ。当商会も嫌がらせには、とても迷惑しています。一刻も早く首謀者を捕まえるためには、助力を惜しみません。そして、両殿下にわずかながらでもお力添えできることは、ロベルティア王国民として、限りない喜びです」
「リヴィオさんっ。ありがとうございます! 商人の方がいてくださると、作戦の幅が広がりますからね!」

ソレル商会も手伝ってくれるのなら、より気合いの入った計画にしないと……!!

僕は腕を組んで、一層深く思考に沈んだ。

「舞台は社交の場にするとして、ただ僕が出席するだけだと、無意味ですもんね……」

・これまで通りにお金払って指示を出すのではなく、上の者が直接顔を見せる必要があること。
・それでいて、その人たちが絶対に捕まらないと油断をすること。
・そして、僕を必ず害せるという勝機を、相手方に感じさせること。

これらをクリアして、舞台作りをしなければならない。

信憑性のある舞台にするには、巧妙な脚本が必要だけど……難しいな……。
でも、このチャンスをものにできれば、嫌がらせも終わって、人身売買の件も解決に導けるかもしれないんだから!

「う~ん……何か説得力ある物語を含んだ策を……」

僕は静かに瞼を閉じた。

このまま僕が狙われ続けると、フレデリクたちの精神も、無駄に摩耗していくことになる。
それに、遠いボネリーの地に、僕の話が流れていかないとも限らない。
僕が海に落とされたことなんかをマリウスが耳にすれば、きっと悲しませてしまうだろう。

だから、一刻も早く――

んん? マリウス……?
そうかっ! 
マリウスのボネリー行きを、バカ王子のせいにすれば――!
僕とソレル商会の仲がいいことは、まだラオネスには広まってないはずだし!

頭の中で、するすると脚本ができあがっていく。

「マリウスですよ!!! マリウスに協力してもらえば、今回の作戦にぴったりな脚本ができます!!!」

僕は思わず立ちあがった。
ぎゅっと右手で拳を握って、希望に溢れた視線を皆に向ける。

「……どういうこと?」

兄が疑問符たっぷりに聞いてくる。
フレデリクとリヴィオも、僕の説明を待っているようだった。

「それはですね……まず、マリウスが僕の理不尽な命令により、無理やりボネリーで修業をさせられているということにします。次に――」

僕は意気揚々と、今回の脚本を語った。

これで、相手方を上手くおびき寄せることができるはずだ!
大丈夫、大丈夫。
リーフェの時みたいに、絶対に成功させてみせるから!!




30話まできましたっ!
連載を始めて、ちょうど一か月ですね。
ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございます!!
これから、クライマックスに向けてブイブイ進めていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いしますっ。
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