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27話
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「ガディオ伯爵は、軋轢を深めたいのでしょうか。およそ優秀な方とは思えない言動ですね」
エヴァンが呆れたような口調で言う。
「突然の嫌味にびっくりしちゃったよ。フレデリクとガディオ伯爵は仲が悪いの?」
「いえ……私と伯爵は、ほとんど話したこともないのですが……」
フレデリクの曖昧な表情と声に、何やら複雑な事情を感じる。
「テュレンヌ卿からは、お話ししづらいでしょうから。よろしければ、私からご説明いたしましょうか」
エヴァンの提案に、フレデリクが静かに頷く。
話しづらいとは、一体どんな事情なのか。
思わず身を乗り出した僕に、侍従は語りはじめた。
「事の発端は、お二人のお父上の対立にあります。約二十年前、テュレンヌ侯爵と前ガディオ伯爵は、次期宰相の位を求めて争っていらっしゃいました」
「え、そうなの? 父上と侯爵は信頼しあう旧友だと聞いてるし、てっきり父上が宰相に任命したのだと思ってたよ」
「ええ。その通りです。陛下はご自身の御代での宰相は、侯爵にと決めておられました。ですので、争いといっても、しっかりと政争と呼べるようなものではありませんでした」
テュレンヌ侯爵が次期宰相に着任するのは既定路線であった中で、当時のガディオ伯爵は、それに横槍を入れる形で何かと妨害工作を行っていたようだ。
しかし、そんなものに揺るがされるわけもなく、侯爵は国王の強い要望で宰相の座へと就いた。
「前伯爵は、ご自分で仕掛けた争いで身を滅ぼすこととなり、宮廷内で閑職に追いやられています」
「うう~ん……。何というか、自業自得な話だね……」
「はい。それ以外の何ものでもない話なのですが、前伯爵はそれで終わらせようとはしませんでした。侯爵のご子息が見習い騎士になったと耳にして、ご自分の嫡男にも後追いさせたのです。しかも、同じ門弟にする形で。きっと、子息を通して、ご自身の雪辱を果たしたかったのでしょう」
ガディオ伯爵がグラック卿のもとで修業していたのは、そんな理由があったのか。
「でも……それは成功しなかったんだよね?」
剣の道を途中で断念したと、本人が言っていた。
「テュレンヌ卿が目をみはる早さで実力をつけていく中で、随分と伸び悩んでいたという話です。そもそも、父親の個人的な感情に振り回されて、見習い騎士にさせられていますからね。その辺りにも、葛藤があったのではと推測されます。次第に態度も悪くなっていき、破門もやむなしとなった辺りで、本人から辞退を申し出たと」
「そうだったんだ……。ガディオ家は騎士の家系でもないだろうに、お父上の報復行為の道具として利用されたのは、辛かっただろうね」
「騎士に対して情熱を持つこともできなかったのでしょう。傍からみれば、必然といってもいい流れですが、前伯爵は非常に失望されたと聞きます。長男を廃嫡にすると口にされるほどに」
「え!? さすがに、それは……」
僕は思わず眉をひそめた。
「いくら自分の思うようにならなかったからって、廃嫡にしようとするなんて……。強引に騎士への道を歩ませておいて、勝手すぎるよ」
「ええ。周囲からも反発をかっていたようです。そうして親類縁者と争っているうちに、前伯爵は心臓の発作で突然帰らぬ人となり、現伯爵が若くして爵位を継がれました。急逝されたのは悲しいことですが、廃嫡の手続きが無理やり行われなくてよかったと、当時の宮廷では話題となっていました」
「…………」
フレデリクとガディオ伯爵との間に横たわる事情に、どう言葉を返していいか分からなかった。
だから……視察の時に、お父さんに対して、あんなことを言ってたんだ……。
僕は、工場視察の時の伯爵との会話を思い出していた。
「……私はガディオ家について、周囲から何となく話を聞いていましたが、グラック卿のもとにいた時には、特に交流をもつことはありませんでした。しばらくすると、見習い騎士を辞めていたので、剣の道が合わなかったのだろうと」
「そうなんだ……」
少なくとも、気軽に交流を望めるような間柄ではない。
見習い騎士になった経緯が、まるで違う二人の気持ちの温度差も、埋められるものではなかっただろう。
「現伯爵は爵位を継がれてから、すぐにラオネスで活動をはじめたようです。宮廷では隅に追いやられていましたから、地方で一旗あげようと考えたのでしょう。もともと、ガディオ家は優れた文官として地位を獲得した法服貴族で、領地はお持ちではありません。身一つで名をあげていく場として、商業都市のラオネスを選んだのでしょうね」
「今や、屋台骨だと隣国の伯爵に言われるぐらいだから、この地での活動は大正解だったってことだね。すごく努力を重ねたんだろうし」
「そうですね。地方長官補佐であるゴーチェ子爵は、ガディオ伯爵を息子のように可愛がっておられるようですし、ラオネスでの地位は盤石なものといえそうです。だからこそ、テュレンヌ卿へのあのような発言は、実に惜しいと言えますね」
「……お父上の意向で、見習い騎士をしていた日々に対して、色々と思うところがあるんだろうね」
突然、放り込まれたであろう騎士への修業道。
上手く進めずに挫折した先には、父の失望と廃嫡宣言。
その一方で、フレデリクは着々と実力を高めて、鳴り物入りで騎士に叙任されて。
人生が上手くいかないと周囲に八つ当たりをしていた僕にとって、ガディオ伯爵が嫌味を言いたくなる気持ちは痛いほどよく分かった。
もちろん、フレデリクを馬鹿にするような言葉を擁護するつもりはないけれど。
「……それにしても、ボーシャン殿の密偵の実力は素晴らしいものですね。テュレンヌ家に関することでありながら、私が把握していない話もありました。今回、改めてお調べになった情報もあるのでしょうが、やはり普段から貴族間の情報には精通しておられるのですか?」
フレデリクの賛辞に礼を言うと、エヴァンは問いに答えた。
「あらゆる方の社交界での立ち位置を把握しておくためにも、特に人間関係のいざこざは頭に叩き込んでいましたね。侍従としても有益なので、今も情報収集は続けています」
「すごいなぁ。社交界のことなら、エヴァンに聞けば間違いないね!」
「テオドール様のお役に立てるよう、これからも精進してまいります」
いかにも侍従らしく丁寧に敬礼するエヴァンに合わせて、いかにも主君らしく鷹揚に頷いてみせると、フレデリクが小さく笑った。
エヴァンが呆れたような口調で言う。
「突然の嫌味にびっくりしちゃったよ。フレデリクとガディオ伯爵は仲が悪いの?」
「いえ……私と伯爵は、ほとんど話したこともないのですが……」
フレデリクの曖昧な表情と声に、何やら複雑な事情を感じる。
「テュレンヌ卿からは、お話ししづらいでしょうから。よろしければ、私からご説明いたしましょうか」
エヴァンの提案に、フレデリクが静かに頷く。
話しづらいとは、一体どんな事情なのか。
思わず身を乗り出した僕に、侍従は語りはじめた。
「事の発端は、お二人のお父上の対立にあります。約二十年前、テュレンヌ侯爵と前ガディオ伯爵は、次期宰相の位を求めて争っていらっしゃいました」
「え、そうなの? 父上と侯爵は信頼しあう旧友だと聞いてるし、てっきり父上が宰相に任命したのだと思ってたよ」
「ええ。その通りです。陛下はご自身の御代での宰相は、侯爵にと決めておられました。ですので、争いといっても、しっかりと政争と呼べるようなものではありませんでした」
テュレンヌ侯爵が次期宰相に着任するのは既定路線であった中で、当時のガディオ伯爵は、それに横槍を入れる形で何かと妨害工作を行っていたようだ。
しかし、そんなものに揺るがされるわけもなく、侯爵は国王の強い要望で宰相の座へと就いた。
「前伯爵は、ご自分で仕掛けた争いで身を滅ぼすこととなり、宮廷内で閑職に追いやられています」
「うう~ん……。何というか、自業自得な話だね……」
「はい。それ以外の何ものでもない話なのですが、前伯爵はそれで終わらせようとはしませんでした。侯爵のご子息が見習い騎士になったと耳にして、ご自分の嫡男にも後追いさせたのです。しかも、同じ門弟にする形で。きっと、子息を通して、ご自身の雪辱を果たしたかったのでしょう」
ガディオ伯爵がグラック卿のもとで修業していたのは、そんな理由があったのか。
「でも……それは成功しなかったんだよね?」
剣の道を途中で断念したと、本人が言っていた。
「テュレンヌ卿が目をみはる早さで実力をつけていく中で、随分と伸び悩んでいたという話です。そもそも、父親の個人的な感情に振り回されて、見習い騎士にさせられていますからね。その辺りにも、葛藤があったのではと推測されます。次第に態度も悪くなっていき、破門もやむなしとなった辺りで、本人から辞退を申し出たと」
「そうだったんだ……。ガディオ家は騎士の家系でもないだろうに、お父上の報復行為の道具として利用されたのは、辛かっただろうね」
「騎士に対して情熱を持つこともできなかったのでしょう。傍からみれば、必然といってもいい流れですが、前伯爵は非常に失望されたと聞きます。長男を廃嫡にすると口にされるほどに」
「え!? さすがに、それは……」
僕は思わず眉をひそめた。
「いくら自分の思うようにならなかったからって、廃嫡にしようとするなんて……。強引に騎士への道を歩ませておいて、勝手すぎるよ」
「ええ。周囲からも反発をかっていたようです。そうして親類縁者と争っているうちに、前伯爵は心臓の発作で突然帰らぬ人となり、現伯爵が若くして爵位を継がれました。急逝されたのは悲しいことですが、廃嫡の手続きが無理やり行われなくてよかったと、当時の宮廷では話題となっていました」
「…………」
フレデリクとガディオ伯爵との間に横たわる事情に、どう言葉を返していいか分からなかった。
だから……視察の時に、お父さんに対して、あんなことを言ってたんだ……。
僕は、工場視察の時の伯爵との会話を思い出していた。
「……私はガディオ家について、周囲から何となく話を聞いていましたが、グラック卿のもとにいた時には、特に交流をもつことはありませんでした。しばらくすると、見習い騎士を辞めていたので、剣の道が合わなかったのだろうと」
「そうなんだ……」
少なくとも、気軽に交流を望めるような間柄ではない。
見習い騎士になった経緯が、まるで違う二人の気持ちの温度差も、埋められるものではなかっただろう。
「現伯爵は爵位を継がれてから、すぐにラオネスで活動をはじめたようです。宮廷では隅に追いやられていましたから、地方で一旗あげようと考えたのでしょう。もともと、ガディオ家は優れた文官として地位を獲得した法服貴族で、領地はお持ちではありません。身一つで名をあげていく場として、商業都市のラオネスを選んだのでしょうね」
「今や、屋台骨だと隣国の伯爵に言われるぐらいだから、この地での活動は大正解だったってことだね。すごく努力を重ねたんだろうし」
「そうですね。地方長官補佐であるゴーチェ子爵は、ガディオ伯爵を息子のように可愛がっておられるようですし、ラオネスでの地位は盤石なものといえそうです。だからこそ、テュレンヌ卿へのあのような発言は、実に惜しいと言えますね」
「……お父上の意向で、見習い騎士をしていた日々に対して、色々と思うところがあるんだろうね」
突然、放り込まれたであろう騎士への修業道。
上手く進めずに挫折した先には、父の失望と廃嫡宣言。
その一方で、フレデリクは着々と実力を高めて、鳴り物入りで騎士に叙任されて。
人生が上手くいかないと周囲に八つ当たりをしていた僕にとって、ガディオ伯爵が嫌味を言いたくなる気持ちは痛いほどよく分かった。
もちろん、フレデリクを馬鹿にするような言葉を擁護するつもりはないけれど。
「……それにしても、ボーシャン殿の密偵の実力は素晴らしいものですね。テュレンヌ家に関することでありながら、私が把握していない話もありました。今回、改めてお調べになった情報もあるのでしょうが、やはり普段から貴族間の情報には精通しておられるのですか?」
フレデリクの賛辞に礼を言うと、エヴァンは問いに答えた。
「あらゆる方の社交界での立ち位置を把握しておくためにも、特に人間関係のいざこざは頭に叩き込んでいましたね。侍従としても有益なので、今も情報収集は続けています」
「すごいなぁ。社交界のことなら、エヴァンに聞けば間違いないね!」
「テオドール様のお役に立てるよう、これからも精進してまいります」
いかにも侍従らしく丁寧に敬礼するエヴァンに合わせて、いかにも主君らしく鷹揚に頷いてみせると、フレデリクが小さく笑った。
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