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14話

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僕は悪くない。
いや、誰も悪くないのだと思う。
強いて言えば、フレデリクの嫉妬があまりにも深いからいけないのだ。
僕は、あからさまに表情を硬くしている専属騎士をちらりと見やった。
この険しい表情の原因は、兄と僕の仲直りの抱擁だ。
思えば、船首で抱き合うのは、ちょっとロマンティックすぎたかもしれない。

でも、兄弟だからね?

フレデリクの嫉妬は見境がない。
兄に対しても発動するので、少しやっかいなのだ。

僕を好きってことだから、嬉しくはあるんだけど……。

それから、僕は兄としっかり仲直りして涙を乾かすと、船内を見て回った。
内装が未完成なので、立ち入ることのできる場所は少なかったが、船旅が非常に過酷であることは肌で感じることができた。
馬車の旅でお尻を痛めることぐらい、船旅の辛さに比べたら何でもないことだ。

「この後は、漁船を見てみようか」

大型船の見学を終えて下船すると、兄が次の場所へと案内を始めた。

「向こうで建造中のものがいくつかあってね。ドラントの沖合漁に特化した船なんだ。甲板を広くして、塩漬けの作業を船上で行えるようにしてるんだよ」
「へぇ~! とういうことは、とれたてを海上で加工するのですか?」
「うん。造船技術の向上に伴って、かなり遠方への漁が可能になったんだけど、海上にいる時間が増えた分、とれたドラントが港に戻る前に傷むことが多くなってしまってね」
「それで、傷んでしまう前に、船上で加工してしまおうと?」
「そういうことだね」

ドラント漁や塩漬けについて話を聞きながら、漁船を建造中のドックへと足を進めていると、海沿いにある倉庫群がにわかに騒がしくなった。

「どうしたんでしょうか?」
「……ただ事じゃない雰囲気だね」

人が集まって騒いでいるだけではなさそうで、幾人かの護衛騎士が状況確認のために駆けていく。
その先から、威嚇するような男の怒鳴り声が聞こえてきて、思わず肩を震わせてしまう。

えっ、何……!?

突然の不安に包まれた僕を、フレデリクはそっと抱きよせてくれた。

「闘犬ですっ。倉庫から闘犬が逃げ出したようですっ」

倉庫群から戻ってきた騎士たちが、息を乱しながら報告してくる。
その背後、混乱している人々と倉庫の間から、大きな犬が数匹ほど飛び出してきた。
黒い弾丸のようなそれらは、周囲を蹴散らしながら、ものすごい速さでこちらに近づいてくる。

「両殿下に決して近づけるな!」

ローランの声に、周囲にいる騎士たちが呼応する。

「テオドール様。屋内へ」
「う、うん……」

僕は、フレデリクに半ば抱えられるようにして、兄やローランと共に、近くにあるギルド会館へと避難した。

「ごめんね。せっかく見て回っていたのに」

応接間に案内されながら、兄が申し訳なさそうに眉尻をさげた。

「兄上が謝ることではないですよ。何かの拍子に、おりが開いてしまったのでしょうか」

犬を戦わせる興業は、大陸各地で行われている。
ロベルティア王国内では禁止されているが、闘犬は輸送の目的でのみ、国内に持ち込みが可能だった。
ここは造船場だが、荷受けもしているようなので、そこから逃げてしまったのだろう。

「……たぶん、事故ではないと思う」

皆で応接間に入り、僕と一緒にソファに座った兄が表情を強張らせたところで、室内にノック音が響く。
深刻な面持ちで入室してきたのは、地方長官補佐のゴーチェ子爵だった。

「ちょうど、帆布はんぷギルドの職人と、こちらで打ち合わせをしておりましたので……。闘犬の捕獲が終わったと報告を受けました」

兄に頭をさげると、子爵は僕に視線を向けてきた。

「殿下……。馬車の件を伺いました」

もう、子爵の耳に入ってしまったのか。

「テオ、馬車の件って?」

兄に話すつもりはなかったが、こうなっては仕方がない。

「それは……ここに来る時に――」

僕が先程のネズミのことを話すと、兄は表情を険しくした。

「テオにまで……」

重苦しそうに視線をさげた菫色の瞳に、暗い影がさす。

「実は……俺がラオネスの領主についてから、嫌がらせが続いていてね。闘犬も故意に檻から放たれたのだろうし、馬車のネズミも、それと同一犯と考えていいと思う」
「嫌がらせ……?」

兄は頷きながら言葉を続けた。
自身が領主となって間もなく、倉庫やギルド会館が荒らされたり、人夫が襲われたりするようになった。
甚大な被害には繋がっていないものの、関係者の中で不安がどんどん広がっていき、当局は早急な騒動解決に向けて全力で捜査を開始した。
しかし、犯人が判明しても、金銭で雇われた浮浪者やならず者が捕まるばかり。
どれだけ捜査の手を深めても、その上にいる人物に辿り着けなかった。

「すぐにしっぽ切りできるような人間だけを動かしているようでね。捜査が難航するなら、せめて警備をと思って、こっちも監視を増やしたりするんだけど、どうしても隙をつかれて……情けないよ」
「つまり……兄上が領主になったことを嫌がる人がいるということですか?」

僕の言葉に、子爵が首を横にふった。

「クロード様は、ラオネスの地に少しでも馴染み、寄りそおうと尽力していらっしゃいます。領主に着任されてから、新たな政策の施行や既得権益きとくけんえきへの介入などは一切しておられません。反対勢力など、存在する理由がありませんよ」
「……強引な政治や締めつけをしてなくても、第二王子の俺が上にいるというだけで、何かと都合の悪い人間はいるだろうからね」

兄は申し訳なさそうに微笑んだ。

「不安にさせてごめんね。一刻も早く嫌がらせをしている人間を見つけだすから。造船場の見学はまた今度にして、今日は館に戻ってもらえるかな? 俺はこれから当局に行って、闘犬とネズミの件を調べるよ」
「……分かりました」
「フレデリク。テオを頼むよ」

フレデリクが頷くと同時に兄は立ちあがると、子爵やローランを連れて、慌ただしく部屋を出ていった。

「……兄上が嫌がらせに悩まされてるなんて……」

僕は胸をざわつかせながら、傍に立つフレデリクを見上げた。

「第二王子でもある領主に対して、随分と馬鹿らしい行為だとは思うが……。一つ一つは足がつかない程度の事であっても、執拗に繰り返されれば、ラオネスの商業の基盤を揺るがしかねない。相手の狙いが何かは分からないが、捕まえない限りは続きそうだな」
「そうだね……。兄上が言ってた通り、あのネズミも嫌がらせの一環なのかな……」

僕に対する嫌がらせだとばかり思っていたけど……。

「だろうな。腹立たしい事この上ない」

フレデリクは不愉快そうに眉根をよせる。

「ラオネスに来てすぐの僕にまでって、相当な気合いを感じるね……」

それだけ、兄に負の感情を抱いている人がいるということか。

「考えたくもないが、また嫌がらせの的になる可能性は充分にある。しばらくは、いかなる状況下でも、常に俺を傍に置くようにしてくれ」
「うん。僕は何があっても、ずっとフレッドと一緒にいるよ」

頼もしい騎士に向かって微笑むと、彼は僕の頭を優しく撫でてくれた。








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